平清盛の出生の秘密

ちょっとしたきっかけで平清盛について調べることになりました。昔々、吉川英治の「新平家物語」を読んだことがあります。あまりはっきりとは憶えていませんが、「平忠盛白河法皇のお妾で妊娠中の祇園女御をなにかの褒美でもらいうけ、生まれたのが清盛であった」との話が記されていた記憶があります。その時は小説だからと思っていました。しかし、私はまだ読んでいませんが、本家の平家物語にも、清盛が白河法皇のご落胤だとする噂話が世間に流れていたとあるそうです。

史料としては、滋賀県犬上郡胡宮神社蔵、文暦2年(1235年、清盛の死後54年)に書かれた「仏舎利相浮承記」があります。これには祇園女御の妹に生まれた子(清盛)が姉の祇園に預けられ猶子となったと記されています。かつ、その妹は白河院の胤を宿したのち、忠盛にゆずられた関係から皇胤ながら、生まれた子は宮号を称さなかった。忠盛の子として清盛と名のるにいたったとあるそうです。

[2005/02/07]

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