長編投稿集

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[論点]言語としての手話
小嶋勇(寄稿)

2005年6月22日付 読売新聞
ろう学校「学習権」不十分

「国は、手話が言語であることを認め……聴覚障害者が自ら選択する言語を用いて表現する権利を保障すべきである」

 これは今年4月に公開された日本弁護士連合会「手話教育の充実を求める意見書」の提言の冒頭部分である。この提言でわかる通り、わが国において、耳の聞こえない「ろう者」は、自ら選択する言語を用いて表現する権利が、保障されていない。

 私たちは普通、無意識のうちに自ら選択する言語を用いて表現しており、それを権利として意識することはない。ところがその当たり前のことが、ろう者には保障されていない。その「意見書」の「はじめに」にも、「わが国のろう学校では、手話で表現をすることそのものを教えておらず、手話による教科教育もほとんど行われていない」とも指摘している。

 ろう学校で手話が積極的に活用されていないということは、驚くべきことではないだろうか。

 外国では現在、手話が憲法で認められている国(ウガンダ、フィンランド、ブラジル、ギリシャなど)がある。法律や政策で認めている国(オーストラリア、カナダ、スウェーデン、フランス、アメリカ、スイスなど)もある。また、欧米のろう学校では、手話とその国の主要言語による「バイリンガル教育」が実践されている。

 そのような中にあって日本は、憲法どころか法律でさえ、手話を積極的に位置付けて認めたものはない。法的な面での整備が不十分な一方、テレビなどでは手話を目にする機会は増え、手話関係の書籍も数多く出版されている。耳の聞こえる人で、手話を学ぼうとする人が増えている。手話は確実に一般社会に認知されつつあると言ってよい。

 ところが、最も手話が必要なはずの、ろう学校で、手話が積極的に活用されておらず、ろう学校に通う生徒は、「わかる言葉」で授業を受けるという当たり前のことが保障されていない。ろうの子どもは、学業が進んでいないと言われることが多いが、それは授業がわからないのではなく、先生の言っていることが通じていないのである。

 本来教育とは、教える側の事情ではなく、教えられる子どもの事情が最優先に考慮されるべきであろう。これを最高裁判所は「学習権」と表現したが、わが国のろう学校では、子どもの学習権が十分に保障されていない。

 そこで、日本全国のろうの子どもとその親107人が、一昨年5月末、ろう教育の変革を求めて日本弁護士連合会へ人権救済を申し立てた。今回の「意見書」は、このような現状を踏まえて公表された。今後、その内容が広く知れ渡り、文部科学省をはじめ、地方公共団体の教育委員会、ろう学校などのろう教育関係機関が、ろう教育の変革へ踏み出すことが期待される。

 そもそも耳の聞こえないろう者は、言語の点から見た場合、圧倒的多数の耳の聞こえる者の中にあって、絶対的な少数者である。多数の者による少数の者への差別や権利の侵害が行われやすいことは、歴史が示すところだが、その場合の差別や権利の侵害は、意識的になされた場合よりも、無意識に行われた場合の方が歯止めがかからない。

 無意識や無関心は罪深いのである。手話についての正しい認識が広まるとともに、ろうの子どもたちの現在置かれている状況が広く知れ渡り、その状況が改善されることが望まれる。

◇こじま・いさむ(弁護士) 東京弁護士会子どもの人権救済センター相談員。38歳。
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も ど る

耳の聞こえない子供に
手話で教育を
ろう学校普及不十分

2005年5月21日付 読売新聞  田中秀一記者
 耳の聞こえない「ろう」の子供を育てるには手話が最適−。一見当たり前のことが、実は必ずしも行われていない。ろう学校などでは、音声を使って教える場合が多いからだ。ろうの子供を持つ親たちが「ようこそ、ろうの赤ちゃん」(全国ろう児をもつ親の会編著、三省堂刊)を出版し、手話での子育ての意義をアピールしている。

「口話」よりも意思疎通スムーズ

 「おうちがほしいなぁ」。賃貸住宅に住む東京都練馬区の西脇智子さん(33)が、長男将伍君(4)に手話で語りかける。
 「ぼくが大きくなったら、いっぱいはたらいて、おうち買ってあげる。」将伍君が手話で答える。「まだまだ先のことじゃない」「おばあちゃんのうち大きくて広い。送ってもらう」
 なごやかなやりとりを繰り広げる母と子は、ともに「ろう」だ。
 3歳で聞こえないことが分かった西脇さんは、ろう学校幼稚部に入り、「口話教育」をうけた。教師の唇の動きなどから言葉を読み取り、自分でも発音できるようにするものだ。家では母から訓練を受け、「たばこ」「たまご」など似た言葉を習得するまで夕食を与えられない厳しさ。「子供心にも苦しかった」が、小学校から通った普通学校の授業はほとんど理解できなかった。20歳を過ぎて手話を覚え、「こんなに話が通じるのか」と驚いた。
 将伍君は、ろう学校ではなく、手話教育のフリースクールに通わせている。西脇さんは「手話で息子と100%通じ合える。子育てが楽しく、私も表情が豊かになった気がします」という。
 ろうの子供は1000人に1〜3人とされる。「ようこそ、ろうの赤ちゃん」には、西脇さんら、ろうの子を持つ33家族の手記が写真入りで掲載され、手話で家族のきずなをはぐくむ様子がうかがえる。
 「親の会」代表の岡本みどりさんは「手話はろう児の母語であり、小さい時から教えることが大切なのに、多くのろう学校ではきちんとした手話教育がされていない。簡単な言葉を発するために時間を費やす口話教育では、学力も十分に育たない」と指摘する。
 上越教育大教授の我妻敏博さんの調査によると、全国のろう学校(小学部)で「半数以上の教師が授業に手話を使っている」割合は1997年に27%だったが、2002年には76%に急増した。ただ、そうした学校でも口話教育主体の場合があるほか、手話を使いこなせる教員はまだ少ないという。
 日本弁護士連合会は先月、手話を言語として認め、ろう学校での普及を求める意見書を文部科学省に提出した。弁護士の小嶋勇さんは「聴力が残っているなど口話教育が適している子供もいるが、手話教育も選択肢として保障するべきだ」と話している。
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も ど る


手話教育で情操豊かに

2005年5月13日(金) 朝日新聞
 生まれつき耳が聞こえない子どものため、幼児のうちから手話を身につけられる環境に−。そんな動きが父母らの間で強まっている。ろう学校の多くが補聴器を使った聞き取りや会話の訓練に力をいれている一方で、くらしの「母語」となる手話での教育は十分とはいえないためだ。手話で育てた父母らの体験をつづった本が3月に出版され、4月には、日本弁護士連合会が手話教育の充実を求めた意見書を国に送った。 (永井靖二)

ろう児の父母ら体験つづる
「第三の誕生」
 奈良市に住む会社員、神戸秀明さん(44)は、長男祐輝君(9)が3歳7ヶ月で初めて手話と接した日のことを、こう呼ぶ。第一の誕生は生まれた日。第二の誕生は、耳が聞こえないと分かって1歳半で初めて補聴器をつけ、ろう学校の先生から、「今日が祐輝君の『耳の誕生日』だね」と、言われた日だ。
 「お父さん」と肉声で呼ばれたかった。ろう学校が学齢期前の児童向けにしている、個別指導も受けさせた。そこで使う絵カードの発音を覚えさせようと、深夜まで予習させたこともある。しかし、ろう学校のあり方を討論する集まりで、祐輝君が女性から手話であいさつされるのを見た瞬間、「手話がこの子の『母語』だ」と気づいた。人生のリセットボタンを押されたように感じた。
 フリースクールに通って親子で手話を覚えるにつれ、聞き取りと発音の訓練に必死だった頃よりはるかに、祐輝君の感情表現が豊かになったことに驚いた。当時住んでいた兵庫県内で手話教育に積極的なろう学校を探したが見あたらず、転居を決意した。
 神戸さんは「人間の様々な能力が開花する幼児期、コミュニケーション能力を伸ばすことよりも聞き取りと発音の訓練に力を入れると、生きるうえで大切な他の能力が抑えられてしまうのでは」と指摘する。
 今年3月「全国ろう児をもつ親の会」(FAX03−3761−9905)が、ろうの子どもを持つ父母30人の手記を納めた「ようこそ ろうの赤ちゃん」を出版した。同会副会長の玉田さとみさん(43)=東京都大田区=は「情操やコミュニケーション能力が培える手話を幼児期から学べるようにすることが必要」と訴える。
 玉田さんの次男で、耳が聞こえない宙(ひろ)君(7)は手話で寝言を言う。自然に手話を覚えた長男海士(かいと)君(9)と連日、手話で兄弟げんかをしたり遊んだりしている。


日弁連「独自の言語として認知を」

 日本弁護士連合会は4月13日、手話教育の充実を求める意見書を文部科学省に送った。意見書では「ろう学校では、手話で表現をすることそのものを教えておらず、手話による教科教育もほとんど行われていない」と主張。ろうの子どもの親には無償で手話を学ぶ環境が保障されているスウェーデンの例を挙げ、日本でも手話を独自の「言語」とし、手話で教育を受ける権利を認めるよう求めた。
 新しい動きもある。フリースクール「しゅわっち」(京都市左京区、ファックス020−4664−7245)は4月16日、耳の聞こえない幼児向けの「寺子屋」を初開催。京都市に住む3〜5歳の6人が参加し、スタッフに手話で絵本を読んでもらったり、紙芝居を楽しんだりした。代表の丸山多香子さん(33)は「手話を学べる環境を提供するため、こんな場を月に1回でも設けていきたい」と手話で決意を語った。

手話とろう教育

 ここでいう手話は「日本手話」と呼ばれるもの。耳の聞こえない人が意思疎通を図るため受け継いできた独自の「言語」とされている。音声を使わず複雑な意味や内容を伝えるため、話し言葉とは違う文法や独特の表現を持つ。
 意思伝達の方法としてはほかに、手話の単語を日本語の語順通りに置き換えた「日本語対応手話」や母音を口の形で、子音を指のサインで表して、ひらがなに対応させた「ミュード・スピーチ」などがある。だが、耳の聞こえない子どもにはほとんど通じない。
 桜美林大学国際学研究所の長谷部倫子・客員研究員によると、ろう学校の手話への取り組みや採用している方式、教員の手話の能力にはばらつきが大きい。教員と生徒のやりとりを解析したところ、生徒が手話で訴える内容の約7割を教員側が理解していない例もあった。


ご参考に
「ようこそ ろうの赤ちゃん」
     全国ろう児をもつ親の会編著、三省堂、1470円
●「はじめての手話」
     市田泰弘・木村晴美共著、日本文芸社、1260円
●「もうひとつの手話 ろう者の豊かな世界」
     斉藤道雄著、晶文社、1995円
●「ろう文化」
     現代思想編集部編、青土社、1995円
「ぼくたちの言葉を奪わないで ろう児の人権宣言」
     全国ろう児をもつ親の会編著、明石書店、1575円
「ろう教育と言語権 ろう児の人権救済申立の全容」
     小嶋勇監修、全国ろう児をもつ親の会編著、明石書店、5040円
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