はじめに |
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わが国のろう学校では、手話で表現をすることそのものを教えておらず、手話による教科教育もほとんど行われていない。ろう学校では、補聴器による残存聴力の活用と読唇を併用し、音声言語による言語取得を目的とした聴覚口話法が教育方法の主流である。
こうした現状に対し、近時ろう児・ろう者等から手話による教育を求める声が高まっている。その背景には、世界的な手話の言語性の認知と障害のある人たちの権利およびアイデンティティーの確立の潮流がある。
手話による教育を受けることは、教育を受ける権利・学習権(憲法26 条)、教育の機会均等・平等権(憲法14 条)、言語選択権・幸福追求権(憲法13
条)等、憲法上保障された人権であると主張され、当連合会に対してもそうした立場から人権救済の申立がなされている。
当連合会は、人権擁護委員会に対する同申立を契機として、ろう学校と手話教育に関する調査・研究を行い、本意見書をとりまとめた。 |
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第1 提言 |
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1 |
国は、手話が言語であることを認め、言語取得やコミュニケーションのバリアを取り除くために以下の施策を講じ、聴覚障害者が自ら選択する言語を用いて表現する権利を保障すべきである。 |
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(1) |
手話を教育の中で正当に位置づけ、教育現場における手話の使用に積極的に取り組み、手話による教育を受けることを選択する自由を認める。 |
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(2) |
教科書の手話ビデオ化を妨げている著作権法の規定を改正し、教科書の手話ビデオの充実など手話による効果的な教育方法についての助成や、手話で教育ができる教員の養成に取り組む。 |
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(3) |
子どもの聴覚障害が判明した場合、家族にも手話を学んでもらうことが大切であり、そのため保護者に対し手話を学習する必要性について説明し、家族に対し手話教育の機会を無料で与えるなど、子どもが家庭や地域で手話を使用できる環境を保障する。 |
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2 |
教育委員会は、ろう学校に手話のできる教員を積極的に採用するなどして、手話による教育が可能となるような環境を整備するとともに、普通校においても、手話を学ぶ機会を積極的に提供するよう配慮すべきである。 |
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3 |
ろう学校は、幼稚部、小学部から手話を積極的に活用して子どもの言語能力の取得、向上を図るべきである。 |
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第2 提言の理由 |
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1 |
ろう者にとっての手話の必要性・重要性 |
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(1) |
聴覚障害者の団体を中心に、手話こそがろう者が自然に使用する言語であり、コミュニケーション手段であると主張されるようになった。
聴こえる子どもは、生まれてすぐ親など周囲の人が話す大量の言葉を聞いて育ち、話し言葉を自然に言語として取得する。そして、取得した話し言葉で自分の意思を表現し、他者とコミュニケーションすることで、知的にも発育する。この自然に獲得する言語が、聴覚からの刺激が入らないろう児(※1)にとっては手話と考えられる。幼い時期からろう児を手話に接する環境におき、手話を習得させることで、ろう児はあらゆる能力の基盤となる言語能力を獲得、向上させることができ、人間が生きるための基本的な情報をより容易に取得することができるのである(別紙4
手話とろう教育についての世界的潮流と現在の問題点)。
※1 ろう児、ろう者この意見書では、「ろう」という言葉を用いている。この言葉が差別語として使われたこともあるが、近時、当事者団体等では、先天的あるいは言語獲得前に失聴したことを「ろう」として、言語獲得後の後天的な聴覚障害とは区別する言葉として用いている。この意見書でも、その趣旨で、「ろう児」「ろう者」の言葉を用いる。 |
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(2) |
しかし、新生児聴覚検査や乳幼児の検診・相談で聴覚障害が判明した場合、保護者に対しては、障害の存在の告知がされるのみで指導・助言がなかったり、助言があったとしても補聴器の選定や人工内耳の埋込み手術についての情報提供がされる程度であり、手話についての適切な説明はされてこなかった。そのため、言語獲得の最も重要な時期に、十分な言葉の獲得ができないろう児も少なくなかった(別紙4)。 |
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(3) |
ろう者は、進学後も言語獲得が困難な状況におかれた。
従来、ろう教育において最優先されてきたのは、「健聴者のように話せるようになること」であり、そのために補聴器を使用して残存聴力を最大限活用する聴覚口話法がろう教育の中心とされてきた(別紙1
わが国のろう教育の歴史)。ろう児も日本人である以上、日本語を聞きとり、音声で話せなければならないと考えられてきたのである。反面、聴覚活用の阻害要因となるものは、すべて否定された。手話は、発声や読唇を学ぶことの動機付けを妨げ、習得を阻害するものとされたのである。そのため、かつてはほとんどのろう学校の幼稚部や小学部において、手話の使用を認めていない状況にあった。
また、聴覚口話法によって話せるようになるためには、学校のみならず家庭生活においても発声練習等に多くの時間を費やし、学校においては普通の教科の学習時間が発音練習のようになってしまうなど、ろう児と親に多大な負担を強い、親子の自然な交流や教科自体の学習等を犠牲にすることを余儀なくさせる面があった。しかも、そのような努力をしても、聴覚口話法で「話せるようになった」ろう児の数は少数であるとの現実があったし、文章力も十分に得られない場合も少なくなかった(別紙4)。 |
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(4) |
このような手話に対する扱いは、ろう児やろう者に対して、健聴者の言語やコミュニケーション手段を強制するものであり、手話のもつ独自の言語性や、手話がろう者にとって自然かつ有効なコミュニケーション手段であることを無視する面があったことは否定できない。国が手話通訳士の認定等の手話表現を積極的に認める政策を一方で進めながら、教育では異なった立場をとり続けていることには、当事者団体等から批判のあるところである。 |
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(5) |
現在、制定が準備されている国連の障害者権利条約は、手話が言語であることを明確に位置づけようとしている。また、同条約案では、教育の分野でも、ろう者や盲ろう者が、自分たちのグループの中で教育を受け、手話と音声言語、書記言語のバイリンガルな使用者となる権利を有する旨の規定が検討されている(別紙4)。
また、北欧に見られるように、手話を用いたバイリンガル教育(※2)の有効性が認識され、広まってきている(別紙3)。
※2 バイリンガル教育ろう教育において、まず第一言語として手話による教育を実施し、手話を習得した上で、第二言語(日本においては日本語)による教育を実施する教育法。 |
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2 |
必要な施策・取り組み |
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(1) |
国に求められること |
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T |
手話の言語性の保障を |
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諸外国には、憲法や法律で、手話が言語として認知されていたり、公用語とされている国がある。我が国においては、手話通訳士の認定制度等についての法制はあるものの、そのような制度がなぜ必要かを根拠づける明示的な法規が存しない。国は、法的に、手話を言語として認めるべきである。
手話を言語として位置づけることによって、大学での手話学習を語学の選択科目に取り入れることが容易になり、教育における手話使用も推進されるであろう。
更に、手話が公用語として認知されれば、公の集会、公報等で手話を併用することが当然要請されるものとなり、その波及効はより大きなものとなるであろう。 |
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U |
ろう教育の専門性のさらなる向上と手話の活用を現在、文部科学省(以下「文科省」という。)は、盲・ろう・養護学校の学校種別の教員免許を一本化し、これらの学校を統合して「特別支援学校」とすることを検討している。しかし、ろう教育において教員が高い専門性を持つ必要があることは、聴覚口話法による教育を行っている現在でも自明のことである。このような特殊教育の一本化によって、ろう教育に対する専門性が低下するようなことがあってはならない。 |
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@ |
教育における手話の正当な位置づけを |
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文科省は、教育の達成目標とされている「日常生活に必要な『国語』を、正しく理解し、使用する能力を養うこと」(学校教育法第18条第4号等)にいわれる「国語」が、「話し言葉」であると解釈している。そのため、ろう教育において手話を禁じているわけではないとしながらも、音声言語ではない手話を「話し言葉」の取得手段とすることに懐疑的であり、従来聴覚の活用を第一義的なものと考えてきた。
しかし、仮に「国語」が話し言葉であるとしても、「『国語』を正しく理解し、使用する能力を養う」ために、手話そのものを手段として用いることは何ら否定されるものではない。また、「話し言葉」は文字表記することが可能であり、「話し言葉」イコール音声言語ではないはずである。健聴児は、国語の授業で主に、文字そのものや、文章の読解力、作文力の訓練を受けているのであり、ろう児がこのような書かれた日本語(書記日本語)を十分に理解できるようになることで、「国語」の習得として何ら不足はないであろう。
文科省は、聴覚口話教育をろう学校での当然の前提とする姿勢、具体的には、ろう学校に対する教育要領、学習指導要領中の「保有する聴覚などを十分に活用」「保有する聴覚を最大限に活用」することを特に留意すべき事項とする規定を見直し、聴覚に障害のある子どもに対しての手話の有効性をより一層認識し、教育現場における手話の使用により積極的に取り組むべきである。 |
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A |
手話による教育の効果的な方法の確立を |
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子どもたちが手話で学ぶためには、手話による効果的な教育方法を確立する必要がある。国による、ろう学校における手話教育の実態や手話教育の効果についての研究は緒についたばかりである。手話教育の効果的な実践方法を早急に探求することは急務であり、手話教育を実践しているフリースクールなど、民間での手話による教育の成果を検証することも一つの方法であろう。 |
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B |
教材の充実を |
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現在、全日本ろうあ連盟が、ある国語教科書の手話ビデオを作成しているものの、未だ全学年のものは揃っていない。このような教材を充実させる作業に対しては、早期に全教科、全種類の教科書、副読本についての手話教材が完成するよう、国が積極的に支援すべきである。 |
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C |
手話で教育できる教員の養成を |
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手話で教育を行うためには、手話ができる教員が必要である。現在、手話への理解をもつ教員が増加しているが、コミュニケーションレベルでの手話は取得(日常会話が通じる、とも言いかえ得る)しているものの、言語レベルとしての手話までは取得(正確で高度な表現ができる、とも言いかえ得る)できていない教員も多いというのが、聴覚障害者団体等の認識である。高等教育を受け、他者とのコミュニケーションが必要な医療や法律や教育などの専門分野に進む聴覚障害者が増えていくためには、子どもたちが単にコミュニケーションレベルでの手話を取得するだけではなく、言語レベルとしての手話を身につけ、言葉の能力自体を高めることが必要である。聴覚障害者を対象とした筑波技術短大の4年制大学化が決定され、聴覚障害者が教員になる途が広がったことは評価されるべきであるが、特殊教育に関わる教員の養成課程に手話を導入したり、手話を使用した教育実習の充実をはかるべきである。また、ろう学校の教員に対しては赴任の際に手話の研修を義務づけ、また、手話表現が向上するように定期的な研修を行うことも大切である。
さらに、外国語教育に外国語のネイティブを補助教員として採用しているように、ろう学校において手話に長けた外部の人の協力を仰ぐことも有効であり、文科省はこのような教育方法を積極的に進めるべきである。 |
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D |
手話環境の確保 |
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手話を言葉として使いこなせるようになるためには、子どもたちが集団で手話を学び得る環境を作る必要がある。過去、ろう学校において手話が禁じられていた時代においても、ろう学校の寄宿舎においてろう者集団が形成されることで、手話が引き継がれてきた。手話の伝承維持には手話を使う集団が不可欠である。ろう学校が「特別支援学校」として盲学校、養護学校と統合され、解体されてしまうとしたら、その点で問題があり、手話を使用できる集団を維持できるよう配慮されるべきである。
さらに、ろう学校の子どもたちに対して、地元の手話サークル、成人ろう者との交流などを通じて、大人の「慣れた」手話と接する機会を設けることも大切である。 |
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E |
普通校に通う聴覚障害のある子どもへの支援 |
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現在、ろう学校よりも普通校で学ぶ聴覚障害のある子どもの方が増えている。
これは、ろう学校において聴覚口話の訓練のために教科学習がおろそかになることへの危惧など、現在のろう学校のあり方に対する批判の面もあるのではなかろうか。
普通校に入学した聴覚障害のある子どもに対しては、難聴学級に通学する場合以外、補聴器や聴覚口話法についての情報はおろか手話に関する情報の保障は全くない。普通校に在籍する聴覚障害のある子どもが、他の子どもとコミュニケーションがはかれないために孤立化したり、いじめの対象となったりするケースもままみられる。普通校に入学した障害のある子どもと親の意識調査によると、親の満足度に対して、聴覚障害のある子どもの満足度は他の障害のある子どもよりも低いという結果がでている。その一因として「なぜ手話を教えてくれなかったのか」という不満も少なくない。普通校から大学に進学した聴覚障害のある子どもの意見においても、普通校に学んだことに対する賛否は二分される。その原因の一つは、そのような子どもたちが手話を学ぶ機会がなかったことである。十分な学力と聴覚口話法や筆談によるコミュニケーション能力を有していても、多数者とディスカッションする場合には、口型を読むこともリアルタイムでの筆記も困難なのである。そのため、成人になってから手話を覚える必要に迫られることも少なくない。しかし、成人になってからの手話取得には困難をともなう場合がある。
普通校に学ぶ聴覚障害の子どもに対して、ろう学校との交流をはかり、地域のろう者団体や手話サークルなどの協力のもとで手話を学んだり、成人の聴覚障害のある人々の活躍などを知る機会を与えるべきであろう。 |
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F |
選択の自由を |
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手話を言語と位置づける世界的な潮流を考えれば、日本においても、少なくとも手話による教育を受けることを選択する自由が認められるべきであろう。
また、一方で聴覚口話法を選択することを希望する者に対しても、それが保障される必要がある。 |
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V |
著作権法の改正を |
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手話教材の作成を妨げているのは、単に予算の問題だけではない。現在、教科書の手話ビデオを作成しようとする者は、教科書という著作物の翻訳を行うことになるから、教科書出版社の同意のみか、著作権者の翻案権を侵害しないように教科書に記載された著作の全ての権利者の同意を得る必要に迫られる。全日本ろうあ連盟のビデオ作成の担当者は、教科書の手話翻訳ビデオ作成に際して、著作権者の同意を得ることが極めて複雑で煩瑣な作業であり、これが教科書や教材の手話ビデオ化を妨げる要因となっていると述べている。
この問題の解決には、著作権法37条1項の点字複製の条項と同様に、公表された著作物に、手話への翻訳を認めることが考えられる。この改正は、書籍一般についてのものであり、教科書もその一部として翻訳が可能になる。また、同法33条では、教科書等に著作物を掲載することが許容されている。障害のある子どもには教育にアクセスする権利がある。教科書の手話への翻訳はろうの子どもの教育に不可欠のものである。同条の教師用指導書の中に、手話ビデオも含むとする解釈、運用もはかり得るのではないか。また、同条の2は、弱視の子どものために教科書を拡大図書として複製することを許容しているので、この規定のように、手話への翻訳を許容する規定を設けることも考えられるべきではないか。 |
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W |
乳幼児教育での手話の活用を |
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手話による教育は
・乳幼児期の言語取得に非常に有効である
・聴覚に障害のある子どもたちにとってストレスの少ない表現方法であり、コミュニケーションを豊かにする効果がある
ということが既に認知されている。
しかしながら、0歳から3歳までの、子どもの言語能力や知能が最も発達する時期に、手話を取り入れた教育を受けられる環境は現在必ずしも整っていない。
ろう児の健全な生育のためには、乳幼児期の手話環境をいかに作るかが重要である。現在、新生児聴覚検査を受けることにより、生後6ヶ月くらいで聴覚障害の有無は確認できるという。補聴器使用や人工内耳の埋込み手術という「聞こえる者」に近づけるための指導だけではなく、手話による教育の選択も非常に有効である旨のアドバイスや指導のシステムを確立することが必要である。また、ろう学校で行われている乳幼児相談においても、手話についての適切なアドバイスが行われるような制度作りが必要であろう。
ろう児が日常的に接触するのは両親であり、子どもの人格形成においては、まず親子のコミュニケーションが何よりも重要である。健聴者の両親のもとに生まれたろう児が手話を学び手話を通して知的に発育していくためには、親が手話を覚えることが不可欠である。そのためには親に手話を学習する必要性について説明し、手話の講習を受けられるようにすることが必要である。スウェーデンでは、子どもが聞こえないとわかった瞬間から、親などの家族に無償で手話を学ぶ環境が保障される。日本においても、このような制度の創設が必要である。その他にも、地域のろう者との交流の機会を設けるなど、子どもの手話環境を整備する方策は考えられる。文科省は、乳幼児教育での言語獲得の重要性に配慮し、ろう児の手話での言語取得ができるよう、ろう学校の幼稚部の活用等を積極的に推進するべきである。
近隣のろう者がベビーシッターや遊び相手として自然に聴覚に障害のある子どもに接し、自然に手話を覚えられる環境を整える試みも有用である。これは、手話の取得というだけでなく、成人ろう者を成長のモデルとして持つことができることも意味する。
このような乳幼児の教育条件の整備については、文科省のみならず、医療、福祉等を管轄する厚生労働省(以下「厚労省」という。)も、積極的に役割を果たしていく必要がある。乳幼児相談における医師や保健士の手話に対する意識の改革や、親など家族への手話教育の支援について厚労省の果たす役割が期待される。 |
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(2) |
教育委員会に求められること |
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T |
手話のできる教員、聴覚に障害のある教員の積極的採用を |
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文科省は、聴覚の障害が「採用選考上、不利益となることがないように、通知・指導している」と述べている。教育委員会は、聴覚に障害のある子どもに対しての手話の有効性を十分認識し、ろう学校に手話ができる教員、特にその中でも聴覚に障害のある教員を積極的に採用すべきである。
前述したように、手話に長けた外部の人の協力を仰ぐことも有効であり、非常勤講師としての採用も含め、手話ができる者、特にその中でも聴覚に障害のある者を補助教員として積極的に採用すべきである。 |
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U |
聴覚障害についての知識やスキルをもった教員の確保を |
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現在、ろう学校への赴任の前に教員に対し、聴覚口話法の技術や手話についての十分な研修がなされていない。教育委員会は、ろう教育を適切に行うために、着任前の研修を充実させるべきである。また、着任後の教員に対して、手話能力の向上のために定期的な研修を行うべきである。
ろう学校では、手話に長け、ろう教育に情熱を注いでいる教員が数年で転勤してしまう例もある。教員人事について、教員の能力と子どものニーズの合致を図れるよう努めるべきである。 |
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V |
普通校に通う聴覚障害をもつ子どもへの支援 |
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教育委員会は、普通校に通う聴覚障害をもつ子どもの実態を把握するとともに、手話をはじめとした聴覚障害に関する情報を積極的に提供するよう配慮し、言語能力の向上や有効なコミュニケーションのために、手話を学ぶ機会を保障するべきである。 |
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(3) |
ろう学校に求められること |
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ろう学校は、子どもの自然で無理のない言語取得、言語能力の向上のために、幼稚部、小学部において手話を積極的に活用することが望まれる。教科教育にも積極的に手話を取り入れるべきであろう。
また、手話による効果的な教育方法が確立していない現在、各ろう学校の取組みに期待されるところは大きい。ろう学校相互の交流を図り、手話による効果的な教育方法の実践、研究が進められることが望まれる。 |
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参考文献・資料 |
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一般書籍 |
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・ |
ろう教育と言語権 |
小嶋勇監修 |
明石書店 |
・ |
ぼくたちの言葉を奪わないで |
全国ろう児をもつ親の会 |
明石書店 |
・ |
聞こえない子どもと共に |
全日本ろうあ連盟 |
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・ |
聾教育の脱構築 |
金澤貴之編著 |
明石書店 |
・ |
大人の手話子供の手話 |
中野聡子 |
明石書店 |
・ |
言語の脳科学 |
酒井邦嘉 |
中公新書 |
・ |
聴覚障害教育の手引き |
文部省 |
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・ |
日本のろう教育小史 |
浅野史行 |
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・ |
実感的手話文法試論 |
松本晶行 |
全日本ろうあ連盟 |
・ |
ろうあ者、手話、手話通訳 |
松本晶行 |
文理閣 |
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雑誌 |
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・ |
月刊言語 32巻 8号 |
2003年8月号 |
大修館書店 |
・ |
現代思想 24巻 5号 |
総特集ろう文化 |
青土社 |
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報告書 |
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・ |
デンマークのバイリンガル |
ろう教育ろう教育の明日を考える連絡協議会 |
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・ |
第12回全国聴覚障害教職員シンポジウム東京大会綱領 |
全国聴覚障害者教職員協議会 |
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・ |
聴覚障害をもつ教職員に関する全国調査報告書
(SSKP 290号) |
全国聴覚障害教職員連絡協議会 |
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・ |
北欧のろう教育から学ぶ |
2001年トータルコミュニケーション研究会 |
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・ |
日本の聴覚障害者教育構想プロジェクト中間報告 |
日本の聴覚障害者教育構想プロジェクト |
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論文 |
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・ |
聴覚障害児教育における手話の位置づけ |
伊東雋祐 |
障害者問題研究
弟21巻4号 |
・ |
言語を権利と捉えること |
大江洋 |
立教法学第55号 |
・ |
聾学校における手話の使用状況に関する研究 |
我妻敏博 |
上越教育大学研究紀要
大17 巻第2 号 |
・ |
聴覚障害者本人および親の意識調査(1) |
脇中起余子 |
ろう教育科学44 巻2 号 |
・ |
同(2) |
脇中起余子 |
ろう教育科学44 巻3 号 |
・ |
手話の言語発達とその言語能力評価法に関する基礎的研究 |
国立特殊教育総合研究所聴覚・
言語障害教育研究部 |
・ |
聴覚障害児の読解力を向上させるための
コミュニケーションのあり方 |
長南浩人 |
ろう教育科学45巻3号 |
・ |
聴覚障害教育の歴史文部省聴覚障害教育の手引第1章第1 |
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|
・ |
聴覚障害教育と手話 |
我妻敏博 |
上越教育大学障害児教育
実践センター紀要第8巻 |
・ |
聴覚障害児教育における手話の位置づけ |
伊東雋祐 |
障害者問題研究第21巻4号 |
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ホームページ |
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