―始まりの始まり― 或る晴れた日曜日の午後。 とある建売住宅の2階の一室。 3人の少年達がテレビゲームに興じている。 一人はこの家の長男で、ヒョロッとした優しそうな顔立ちのミキオ。 一人は、ミキオの幼馴染みで、女の子なのに腕っぷしの強いマユミ。 一人は、眼鏡を掛けていて賢そうだが、明るい雰囲気のあるキイチ。 ミキオがゲームのコントローラを握り、他の二人は両脇で目を輝かせて画面を見ている。 彼らが、今夢中で興じているゲームは昨日発売されたばかりのRPG(注1)で、シリーズ12作目にもなる人気ソフトである。このゲームは、発売前から難解なシナリオが膨大に用意されているという触れ込みがあった。各シナリオの謎解きのレベルが高く、しかも巧妙にプレイヤーの心理を揺さぶる仕掛けが多いので、全シナリオをクリアするには、頭脳と度胸がかなり必要らしいということから、「決して独りでは辿り着けない」というキャッチフレーズが、新聞・雑誌広告などで喧伝されていた。 ゲームの中で主人公の仲間を探すのではなく、実際に何人かで力を合わせて知恵を絞らないとクリアできないように工夫が凝らされているらしいのである。 さらに、このゲームが従来のRPGと異なる点は、プレイヤーが操るキャラクターを死なせてしまうと、死ぬ前のセーブデータを呼び出すことが出来ず、また初めからやり直さなければならないという点である。だから、謎解きに失敗するわけにはいかない。 ミキオは昨日いち早くこのゲームを手に入れたものの、触れ込み通り、一人ではほとんどシナリオをクリアできず、今日、六年一組の級友で仲良しのマユミとキイチを呼んだのである。 マユミは運動神経がよく、喧嘩も強い。そそっかしいが、度胸はピカイチである。成績は悪いが全く本人は気にしていない。彼女は、自分のことを成績が悪くても頭が悪いとは思っていないのである。かなり、思いこみが激しい方である。そのせいか、自分がクラスでモテる存在になりつつあることにも気づいていない。ミキオとは幼稚園からの幼馴染みで、彼に対して淡い恋心を抱くようなことはないが、彼女から見てミキオはあまりにも頼りないらしく、放っておけない存在のようである。ともあれ、ミキオが今でも一番の遊び相手であることには、変わりがない。 キイチは運動音痴だが、頭脳明晰で明るい性格の持ち主である。頼りになるし、ムードメーカーにもなるのだが、少し毒舌なところがある。小学生離れした頭の回転の速さが裏目に出てしまい、つい余計なことをチクリと言ってしまうのである。謙虚に振舞えるほど、彼の精神年齢は成熟していない。ミキオとは、5年生の時に同じクラスになって知り会ったが、どこをどう気に入ったのか、ミキオにだけは肩を持つようになり、今では大の仲良しになっている。 当のミキオは、運動神経も勉強も良くはないが、悪くもない。特に明るいわけではないし、暗いわけでもない。度胸があるという方でもなければ、臆病というわけでもない。おしなべて、中性的な少年である。強いて特徴を挙げるならば、おとなしくて、優しげ、そして人がよく、素直、優柔不断、といったところだろうか。ただ、彼は、他人に何を考えているのか解らないという印象を与える。捉えどころがなく、おとなしいからだが、時々突拍子もないことを言うこともその理由の一つだろう。だが、マユミとキイチだけは、ミキオの本質を知っている。見事なほどに、彼が何も考えていないということを。つまり、返って他人から誤解を受けるほど素直なのである。当然、突拍子もない発言は、かなり純度の高い天然ボケということになる。彼は、ウケを狙えるほど器用ではない。 マユミが、画面を指差して言った。 「ね、ミキオ。あれ、何? あの、森の中で光ってるやつ。」 「あ、ほんとだ。何だろう。取ってみようか。」 素直にキャラクターを光る物体に接近させようとするミキオに、キイチが釘を刺す。 「ちょっと待って。ワナかもしれない。稲妻の魔法が掛けてあるかも。だとすれば、今の僕らのレベルじゃ回避できないだろうから、一度、ニネベの街に戻って情報収集した方がいいよ。」 「そうかー。僕、全然そんなこと思いつかなかったよ。やっぱ、キイチくんはすごいよ。」 素直に感心するミキオにマユミがつっこむ。 「何が、『すごいよ。』よ。ミキオが単純すぎるだけでしょ。疑うことを知らないっつーか。」 「そう言うマユミちゃんも、行け行けって顔をしていたけどね。」 「うっ。キイチは黙っててよ。あたしがバカみたいじゃない。」 「だって、バカじゃん。」 「言ったわね!」 こぶしを振り上げるマユミと、すまし顔でそれを退けようとするキイチのいつも通りのパターン展開に、ミキオは微笑ましさを感じてクスッと笑った。 「何、笑ってんのよ!いつも種をまくのはあんたでしょうが!」 「アイテッ。」 マユミのゲンコツがミキオの脳天に打ち落とされた。 ミキオは自覚していないが、ここまでが3人のやりとりの王道パターンなのである。 三人は、スナック菓子を食べながら、さらにゲームを進めていく。 ミキオは、キャラクターを操作してニネベの街へ移動し、酒場や広場で訊き込みをした。 「ほら、やっぱりあれはワナだったろ? 集めた情報をまとめよう。まず、洞窟に行って魔法を無効化する鏡を手に入れる。それからさっきの場所へ戻って、切り株の3歩手前を調べなきゃいけないってことになるね。」 キイチは、得意満面の笑みを浮かべて言った。 「へえー! 本当にキイチくんの言うとおりワナだったね。」 少し興奮ぎみで感嘆するミキオに、キイチは眼鏡を人差し指で押し上げながら言う。 「今度から、僕のことを預言者キイチと呼んでくれたまえ。」 「およげムシャ?」 「預言者だよ! なんだよ『およげムシャ』って。」 キイチは、おどけて冗談を言ったつもりだったが、ミキオには預言者という熟語が解らず、結局キイチの冗談は肩透かしをくらった格好になる。 二人の噛み合わない戯れを見て、マユミは男同士特有の会話のテンポに少し困惑しながらも、愉快そうに笑った。 さらに、三人はゲームを進めていく。 ミキオが画面上で操るキャラクターは、洞窟に辿り着き、松明を灯して中に潜入した。 洞窟に入ると画面は3Dに変わり、妙に臨場感が増す。時折、洞窟の奥の方から吹きつける風にキャラクターの髪が揺れ、その効果音までリアルに再生される。 「ちょっと、キイチ。松明の予備ってあるの? 火が消えたら脱出できなくなるわよ。」 少し不安そうに訊くマユミに、キイチは涼しげな口調で答える。 「そんなこともあろうかと2本用意したよ。僕がそんなヘマ、するわけないじゃん。」 街での行動は、すべてキイチがコントローラを握って担当することになっていた。 「キ、キイチくん、火打ち石は?」 「あ。」 ミキオのさりげない(つもりの)指摘に、キイチは青くなった。 口をあんぐりと開けたままのマユミの顔にもタテ線が入る。 ミキオは自分で言っておいて、キイチと一緒にショックを受けている。 そのあたりは、いかにも小学生らしい三人である。 「と、とりあえず、気を取り直して進みましょ。街まで戻ってるヒマはないんだし。火は消えないように気をつければいいのよ!」 「「う、うん」」 こんな時、一番速く精神的再建を果たして仲間にハッパをかけるのがマユミなのである。 勿論、火を消さないように気をつけようにも対応するコマンドがない。運に身を任せるしかないのだが、こういう時に、マユミの強気はなぜか理屈っぽいキイチをも包み込んでしまうことがある。 マユミに促されてすぐに気を取り直したミキオは、キャラクターを洞窟の奥へと進ませていく。キイチは、まだ少し尾を曳いているものの明るい表情を何とか造っている。 キイチが自信を完全に取り戻すまでの間、しばしマユミとミキオでゲームを進めていく。 「あれ? 道が分かれてるよ。」 「最初の分かれ道ね。右の方は狭くて、左の方は広くなってるけど、どっちがいい?」 「う〜ん。じゃ、左!」 「今、何も考えないで直感だけで言ったでしょ。」 「うん。それに、何だか左の方がよさそうな感じがするし。」 「タハァ〜。このゲームがそんなに単純なわけないじゃない。これだから、お子様は困るのよねえ。」 「むう。自分だって子供のくせに。」 「今何か言った?」 「な、何も言わないよ。それじゃあさ、マユミはどっちがいいと思うんだよ。」 「そりゃあ、パッと見て雰囲気の危なそうな右の方よ。大人のヨミっていうやつかしら。」 「そうかなぁ。僕は、左の方が何だか先が開けてそうでいいと思うんだけど。」 そのとき、キイチの声が、突然二人の間に割って入る。勿論、自信に満ちた声である。 「やっぱり、君たちは、ボクがいないとダメだね。右だ左だと今ここで言ってもしょうがないじゃないか。何の手がかりもないんだからね。ここは、とりあえず左にでも行ってみて、一歩ずつワナがあるかどうか確かめながら進むしかないね。それから、マッピング(注2)をして、帰り道がわかるようにしておこう。」 「キイチくん、あったまイイ!」 「フン。あたしは、右だと思うけど。でも、まあいいわ、左にしておいてあげる。」 ミキオは、分かれ道の左の方を選択して、慎重に一歩ずつキャラクターを進めていった。 左の方の道は、しばらくは一本道だったが、分かれ道が幾つも現れ、その度にキイチの考えに従って針路を左に取った。キイチは、紙と鉛筆を取り出して几帳面にマッピングをしている。 「なんか、変な洞窟ね。分かれ道ばかりで敵も出て来ないし。」 「ん? 行き止まりみたいだよ。」 「壁に何か掛かっているぞ。」 キャラクターの正面に立ち塞がる壁面には、大理石の石盤が掛けられてあり、そこには文字が刻まれている。 「なんか、ムズカシそうな言葉が並んでいるね。漢字ばっかりだし。」 眉間に皺を寄せながら言うミキオをよそに、キイチがどれどれといった表情で石盤の文字を声に出してゆっくりと読み上げて行く。
キイチの音読が終わると、一同はしばらく黙り込んだ。 ミキオは、石盤に書かれた内容がよく呑み込めているのかいないのか、首を傾げている。 キイチは、腕組みをして考えている。こちらは当然、よく内容を理解している。 好奇心に瞳を輝かせながら、マユミが弾けるように勢いよく言った。 「これって、すっごい懸賞に当たったようなもんじゃない? だって10名様よ!」 「ラッキーなのかな。でも何だかムズカシそうだよね。ムジントウキダンって読むの?」 ミキオは、石盤の文面がとっつきにくかったらしく、特に惹かれている様子はない。 「ちょっとヤバそうだよ。15歳未満はダメって書いてあるしね。」 キイチに至っては、端っから疑いの目で見ている。 「もしかして、エッチなやつ? あたし、そういうのはパス、パス。」 「それは違うんじゃないかな。そうだったら、18歳未満って書くはずだよ。それに、年齢制限を『ワケあって』設けるなんて書いてある。この『ワケあって』は、エッチとかそういうのじゃなくて何か危険があることをほのめかしてるんじゃないかと、僕は思うんだけど。」 「じゃ、僕たち、『いいえ』を選ばなくちゃいけないんだよね。」 欲のないミキオの言葉に、慌ててマユミが口を差し挟む。 「ちょっと、待ってよ。10名様なのよ!『いいえ』を選んだら消えちゃうんでしょ。もったいないわよ。ねえ、キイチもそう思わない?」 「そうだね。確かにもったいない。今やっているこのゲームよりも『無人島奇談』の方がスゴイって言うんだから、みすみすあきらめるのもどうかと思うね。」 「でしょう?でしょう? キイチもこう言ってんだし、やろうよ。無人島奇談!」 珍しくキイチと意見が同調したマユミが、ミキオの腕に抱きつくようにして急かした。 「イテテ。わかったよ。そこまで言うならやろう。でも、何だか不安だなあ。」 「男のくせに、なに弱腰になってんのよ!ダイタイあんたはねえ―――」 コブシを振り上げるマユミを制して、キイチが提案を出す。 「まあまあ。じゃ、こうしよう。確かにミキオが不安がる気持ちも解らなくはない。だから、とりあえず『はい』を選んで無人島奇談のプログラムをスタートさせよう。仮に、変なゲームだったとしても、所詮はゲームなんだから直接僕らの身に危険が及ぶことはないはずだよ。ゲームオーバーになったらプログラムが消去されるなんてことはあるかもしれないけど、そのときは恨みっこなしでいいんじゃないかい。これでどう?やってみる?」 「うん、そうだね。ゲームなんだよね。石盤の文字が仰々しくって、何となく怖かったんだ。でも、キイチくんの言う通り、ゲームオーバーになったら恨みっこなしでいいよね。じゃ、『はい』を選ぶよ。」 「やったあ! ワクワク。どんなゲームなのかしら。」 無邪気に喜ぶマユミをよそに、キイチは腕組みをして少し怪訝な顔をした。 彼の意識下で、ミキオの何となく怖かったという言葉がわずかに引っ掛かったのである。 ミキオの「何となく」はよく当たる。 しかし、キイチも、マユミほどでないにしろ自らの好奇心には抗えず、この時点ではその微妙な心のワダカマリをそれ以上気に留めなかった。 三人は、「はい」が選択され「Wait a minute ! Now loading…」の表示が出ている画面を、若干の不安も残しつつ、希望に胸を膨らませながら見つめていたのだった。 つづく 「無人島奇談」 次回予告 第2話 「フェイク」 好奇心に駆られて「無人島奇談」のプログラムを起動させたミキオ、キイチ、マユミ。 彼らを待ちうけるのは、胸踊る冒険ゲームか、はたまたバイオハザード張りのホラーゲームか。 しかし、現実は彼らを煙に巻き、あっけない幕切れを迎えたかのように見えた! |