どうしても忘れたいことがあり、夜汽車に乗って旅に出ました。
漆黒の闇に消え行く汽笛のように、このまま自分もどこかへ消えてはくれないだろうかと心に秘めた、そんな旅でした。
逃げている訳ではないけれど、何かが変わる気がしたのです。
深い闇へ落ちて行く夜汽車は、今日も勤め帰りの会社員で一杯です。
心の中ではどしゃ降りの雨なのに、なぜか今日も陽気な人たちの中で、私は一人、行先のない旅を続けています。
時刻表を見上げるといつも最後の列車、海へ、故郷へ続いている最後の列車。いつか乗りたいと思っていました。
でも、乗れなかったのです。日々の生活や人の中に流され、傷つけても傷つけられても、幸福という仮の住まいから逃げ出す勇気がなかったのです。
夜汽車の揺れは、まるで何も知らなかった子供の頃に、少しだけ帰れるような眠り薬。家路につく人たちを乗せた最終バスの黄色い灯りを見ながら、その薬をもらってみました。
今、生きている時間は、流れる川の水や空に浮かぶ雲のように、一瞬だけしかそこに立ち止まってはくれません。どこへ流れつくのか、その先に何があるのかを、誰一人として知ることはないのです。明日流す涙さえ私たちには予想もできません。
同じ地球上に存在しながら、一度きりしか逢えない人だっているでしょう。ある程度まで心を触れ合っていても、二度と逢えない人もいるでしょう。なんて不思議なことでしょうか。長すぎる人生をこうして繰り返し、人は古いことを忘却することによって、新しい道へと進んで行くものなのでしょうか。
浅い夢の淵から引き出されると、さっきまでいた陽気な人たちは何時の間にか去ってしまって、車輪がレールを叩く音に合わせた寝息だけが聞こえてきます。
列車は、どこか知らない土地を走っています。月明かりがいつまでも夜汽車を追いかけてくるように、私の忘れたい思い出も出来事も、夜を越えて追ってきます。
いつかは消えてしまうものなのに、眠っても眠っても、まだ、消えないのです。消せないのです。
長距離トラックのヘッドライトが、誰もいない道路を照らして走っています。その向こうには、灯台の赤い光と、遠くに見える漁火が黒い波間を写しています。
一体、私はどこへ行ってしまうのだろうか、今ここで何をしているのだろうか、窓に写る自分に問いかけてみても答えは見つかりません。深くついた溜息さえも、レールの音にかき消されてしまいました。
時計の針だけが静かに時を刻み、長く苦しい夜に別れを告げ、青く透き通る夜明け空が、今日生まれたばかりの景色を見せてくれました。
夜露が草木を濡らし、目を覚まされた鳥たちが空を舞っています。
海岸沿いの小さな駅のホームに降り立つと、私の前に座っていた中学生が一人、赤い目をして歩いていました。
昨日の夜、多くの友達に見送られ、都会を後にした男の子です。
でも君は知らないでしょう。
君の涙を私がもらってしまったことを。
去って行く夜汽車のテールランプにも、もう、悲しさはありません。
まだ眠る小さな町の一本道の先には、砂浜が広がっています。
犬と散歩している老人が、砂に足跡を残し、遠くへ歩いて行きます。
これから青く染められようとしている木綿の空には、ちぎれた雲が少し。
砂浜をさらってゆく波は、やさしい音を立てています。
夜を越えて、何も変わりませんでした。
けれど、もう少し、旅を続けてみようと思いました。
月日が悲しみを癒してくれるまでは…。
(1996,7)
写真:1996年北陸地方で撮影 |