イースター礼拝メッセージ 2026年8月23日/小坂叡華主任牧師
「神の人モーセの祈り」
「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです」(10節)
詩篇90篇はモーセ唯一の作と言われ、永遠で変わらない神と、はかなく短い人の命を対比させ、「残された日々を大切に、神の恵みの中で生きる知恵」を教える祈りです。
以前「メメント・モリ」というメッセージをしました。ラテン語で「死をおぼえよ」という言葉です。この詩篇90篇が語っているのはまさにそのことで、人はどのように自分の日を数えて生きたらよいのか。どのように死をおぼえて生きるのか。どうか教えてください、知恵の心を得させてくださいと神に祈り求めているのです。
「生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように。」(12節・新共同訳)いのちの主権者である神こそが、人の歩みに真の幸い、喜びをもたらすお方です。私たちにできるのはただ、神の恵みに信頼し、「朝ごとに、あなたの恵みで私たちを満ち足らせてください。主のご慈愛が、私たちの上にありますように」と祈るものです。私たちの神は眠っている間に、備えてくださるお方なのです。
<死を覚えて生きること>
イエス・キリストの「いのち」と引き換えに「永遠のいのち」を頂いたクリスチャンにとっての死は天国への入り口です。その「永遠のいのち」を知った私たちが「永遠の死」に向き合う時に私たちの生き方は変わってきます。人の人生は「何を持つか」ではなく、「いかにあるか」なのです。神は全ての人が「肉体の死」を超えた「第二の死」から救われることを望んでおられるので、イエス様を十字架に掛けられその死によって信じる者に「霊の死・永遠の死(第二の死)」からの救いを与えてくださいました。
「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」ヨハネ11章25節
モーセの祈りは「私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。そして、私たちの手のわざを確かなものにしてください。どうか、私たちの手のわざを確かなものにしてください」(17節)と締めくくられています。私たちが地上に残せる唯ひとつの希望は、永遠なる神がそれぞれの手のわざ(働き)を祝福し、自分たちの生き方が、一時的なもので終わらず、未来に残る確かな証しとなるようにと祈っているのです。
<モーセの歩み>ユダヤ人のモーセはエジプト王家の息子として育てられたのですが、40歳の時、同胞を助けようとして失敗し、エジプトを逃れました。その後、ミディアンの地で40年間、無名の羊飼いとして静かに暮らしました。そして80歳のとき、燃える柴の中から神に呼び出され、イスラエルの民をエジプトから導き出すという最大の使命を与えられました。モーセと民は数々の奇跡を体験し神の偉大さを知り、神の律法である十戒を与えられたのです、そして次世代の指導者を育て、イスラエルの民を聖別して世界を次のステージに導いたのです。
モーセによる80歳という年齢は、「人間の力や若さが衰えたとき、あるいは人生の終わりに見える時期に、神の力によってまったく新しい働きが始まる」という、神の恵みによる新出発の姿を見ることが出来るのです。80歳で新たな使命をいただいたモーセはアロンとフルの支えによって更に40年生きてその使命は完成され次のヨシュアの時代に引き継がれたのです。限界を持つ人間が神の計画の中に喜びと希望をもって生きる幸せを感謝しましょう。「こうしてあなたがたは、地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになるのです」(Ⅰペテロ4:2)
「神の人モーセの祈り」
「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです」(10節)
詩篇90篇はモーセ唯一の作と言われ、永遠で変わらない神と、はかなく短い人の命を対比させ、「残された日々を大切に、神の恵みの中で生きる知恵」を教える祈りです。
以前「メメント・モリ」というメッセージをしました。ラテン語で「死をおぼえよ」という言葉です。この詩篇90篇が語っているのはまさにそのことで、人はどのように自分の日を数えて生きたらよいのか。どのように死をおぼえて生きるのか。どうか教えてください、知恵の心を得させてくださいと神に祈り求めているのです。
「生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように。」(12節・新共同訳)いのちの主権者である神こそが、人の歩みに真の幸い、喜びをもたらすお方です。私たちにできるのはただ、神の恵みに信頼し、「朝ごとに、あなたの恵みで私たちを満ち足らせてください。主のご慈愛が、私たちの上にありますように」と祈るものです。私たちの神は眠っている間に、備えてくださるお方なのです。
<死を覚えて生きること>
イエス・キリストの「いのち」と引き換えに「永遠のいのち」を頂いたクリスチャンにとっての死は天国への入り口です。その「永遠のいのち」を知った私たちが「永遠の死」に向き合う時に私たちの生き方は変わってきます。人の人生は「何を持つか」ではなく、「いかにあるか」なのです。神は全ての人が「肉体の死」を超えた「第二の死」から救われることを望んでおられるので、イエス様を十字架に掛けられその死によって信じる者に「霊の死・永遠の死(第二の死)」からの救いを与えてくださいました。
「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」ヨハネ11章25節
モーセの祈りは「私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。そして、私たちの手のわざを確かなものにしてください。どうか、私たちの手のわざを確かなものにしてください」(17節)と締めくくられています。私たちが地上に残せる唯ひとつの希望は、永遠なる神がそれぞれの手のわざ(働き)を祝福し、自分たちの生き方が、一時的なもので終わらず、未来に残る確かな証しとなるようにと祈っているのです。
<モーセの歩み>ユダヤ人のモーセはエジプト王家の息子として育てられたのですが、40歳の時、同胞を助けようとして失敗し、エジプトを逃れました。その後、ミディアンの地で40年間、無名の羊飼いとして静かに暮らしました。そして80歳のとき、燃える柴の中から神に呼び出され、イスラエルの民をエジプトから導き出すという最大の使命を与えられました。モーセと民は数々の奇跡を体験し神の偉大さを知り、神の律法である十戒を与えられたのです、そして次世代の指導者を育て、イスラエルの民を聖別して世界を次のステージに導いたのです。
モーセによる80歳という年齢は、「人間の力や若さが衰えたとき、あるいは人生の終わりに見える時期に、神の力によってまったく新しい働きが始まる」という、神の恵みによる新出発の姿を見ることが出来るのです。80歳で新たな使命をいただいたモーセはアロンとフルの支えによって更に40年生きてその使命は完成され次のヨシュアの時代に引き継がれたのです。限界を持つ人間が神の計画の中に喜びと希望をもって生きる幸せを感謝しましょう。「こうしてあなたがたは、地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになるのです」(Ⅰペテロ4:2)
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