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 イースター礼拝メッセージ 2026年6月21日/小坂叡華主任牧師

「10対2(恐れと信頼)」   

神様はモーセにこれから行かせるカナンの地を探らせるために、族長を遣わすように命じられました。モーセは12人の族長を任命しその地を探らせる3つのことを命じました。「そこに住む民は強いか弱いか、宿営か城壁の町か、土地は肥えているかやせているか」(18~20節) 40日がたって彼らはその地の偵察から帰って来ると、2人が巨大なぶどうの房を担いで来ました。そして「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこのくだものです」(27節)と報告しました。「しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。ネゲブの地方にはアマレク人が住み、山地にはヘテ人、エブス人、エモリ人が住んでおり、海岸とヨルダンの川岸にはカナン人が住んでいます。」(28-29節)多くの敵を見た10人の族長は「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」と恐れたのです。

<否定的な見方=自分の力> 10人の族長の言葉
そして更に10人の族長は探ってきた地について民に悪く言いふらしました。すると「全会衆は大声をあげて叫び、民はその夜、泣き明かした」(14:1)のです。彼らの悪い噂は民全体に恐れを抱かせ、やがて「荒野で死んだ方がましだ、エジプトに帰って奴隷になった方がましだ」と会衆はモーセに呟くようになりました。否定的な言葉は人を惑わし巻き込む力があり、それに引き寄せられると信仰と希望は傷つき失ってしまうのです。
40年の荒野の旅でモーセに逆らった民はすべて死に絶え約束の地に入れませんでした。

<希望的な見方=神の力> 2人の族長の言葉
一方その地を探ってきたヨシュアとカレブはイスラエル人の全会衆に向かって「もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。」(7~8節)希望的な見方というのは、自分には神の力があるという信仰です。否定的な見方になるのは、神への信頼を忘れ自分の力に頼ろうとするからなのです。神を信頼しみことばに忠実に従い通した2人と民はいのちを得、約束を受け取ったのです。

<神の約束のことば>
神はエジプトで奴隷にされ過酷な労動で苦しんでいたイスラエルの悩み叫びを聞き、モーセを選んで「燃える柴」の中から使命と約束を与えておられました。「わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に、彼らを上らせるためだ」(出エジプト3:8)主が民を導かれる約束の地には敵がいることもどんな土地か、どんな戦いがあるかもご承知でした。10人のリーダーはこのことばを忘れ目の前の状況に飲みこまれてしまったのです。
同じ状況にあってもふたつの見方に分かれるのです。10対2、あなたはどちらに立ちますか?自分の力ですか?信仰の力ですか?

「万軍の主は誓って仰せられた。「必ず、わたしの考えたとおりに事は成り、わたしの計ったとおりに成就する。」(イザヤ14:24)
ヨシュアとカレブは神の約束の言葉に対する揺るがない信頼と信仰。神に対し誠実で忠実な行いがありました。私たちは神のことばを信じて問題や恐れから勝利を勝ち取ることが出来るのです。「私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です」(ヘブル 10:39)今日は父の日です。父親は家族のリーダーとして神の約束のことばを信じて自分の群れを約束の地、祝福のいのちの地に導いてください。


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