Message メッセージ




 礼拝メッセージ 2026年2月1日/小坂叡華主任牧師

「たとえそうでなくても」   

バビロンのネブカデネザル王は、捕囚にしたユダヤ人から優秀で美しい若者を役に立つよう召し出していました。4人の若者は名前を変えられリーダーのダニエルはベルテシャツァル、3人はシャデラク、メシャク、アベデネゴと呼ばれました。

ある時、ネブカデネザル王は高さ27mの巨大な金の偶像を作り、支配下の諸州の高官たちを集めた奉献式で次のような命令をくだしたのです。
 「あなたがたが角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝め。ひれ伏して拝まない者はだれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる」(ダニエル3:5~6)
民はみな恐れてこのサタンが奏でる音楽が聞こえると金の像にひれ伏しました。捕囚のユダヤ人たちもひれ伏したのです。しかし彼らは決してこの命令には従うことなく、日々真の神に礼拝を捧げていました。これを見たカルデア人が3人を訴えて「この者たちはあなたを無視してあなたの神々に仕えず、あなたが建てた金の像を拝みも致しません」(12)怒った王はこの3人を呼びたてて「~もし拝まないなら、あなたがたはただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。どの神が、私の手からあなたがたを救い出せよう」(15)すると、シャデラク、メシャク、アベデネゴは次のように答えました。

「もしそうなれば、私たちの仕える神は火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。」(17)続けて、
「たといそうでなくても、王よ、ご承知ください。わたしたちはあなたの神々に仕えず、またあなたの立てた金の像を拝みません。」(口語訳18)
ネブカデネザル王は怒りに満ちて炉を7倍に熱くせよと命じ、彼らを縛って炉の中に投げ込みました。この熱さは連れて来た者が焼き殺される程だったのです。しかしこの結果、王は
「~私には、火の中、縄を解かれて歩いている4人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第4の者は神々の子のようだ」(24~25)神の姿を見たのです。そして「ほむべきかな、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。神は御使いを送って、王の命令にそむき、自分たちのからだを差し出しても、神に信頼し、自分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まないこのしもべたちを救われた。」(28)   
自分の命を奪われても、たとえ燃える炉の中で焼け死んだとしても、絶対に偶像の神々を拝む事は無いという絶対的な信頼から神の奇跡は起こるのです。ネブカデネザル王はユダヤの神を侮る者には罰を与える、と命じてこの3人を栄えるものとさせたのです。

*私たちの偶像とは何でしょう…イエス様以外に心を寄せるもの。金銭、家族や人、仕事、立場などを礼拝するならサタンはすぐに罠を仕掛けてきます。神を礼拝するよりこれらのものを魅力的に見せるのです。私たちは神の大使として神の栄光を表すために召されています。神への信頼を揺るがせてはいけません。

<信頼の土台とするもの>①十字架の救いへの信頼、②神の言葉(聖書)への信頼、③祝福の相続人であることの信頼、④神に捨てられないという信頼、⑤天国の存在と名が記されていることの信頼。この5つを決して失わないようにしましょう。

<神を信頼できない理由>自分の常識や努力を優先し、神の超自然的な御業を信じない。信仰に歩む恐れと御言葉への不忠実、隠された罪によるのです。
「志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。」(イザヤ26:3 )志に妥協はありません。「たとえそうでなくても」の信仰を得ていきましょう。 


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