イースター礼拝メッセージ 2025年10月12日/小坂叡華主任牧師
「考え直して」
「ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て『きょう、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。兄は答えて『行きます。お父さん』と言ったが、行かなかった。それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国に入っているのです」(マタイ21:28~31)
「行きます」と言いながら行かなかった兄、「行きたくない」と言いながら行った弟、それは「神様に従います」と言いながら従わない人、「従いません」と言いながら悔い改めて従う人を表しています。神様の御心を行なったのはあとの人、弟です。兄にも、考え直すチャンスはあったはずです。父もそれを望んでいたことでしょう。しかし行かない言い訳を作り自分は正しく、考え直す必要がないと確信していた兄には、残念ながら父親の招きの声が届くことはありませんでした。
ぶどう園に行って働くとは、父なる神の許に立ち返って、神の御心に従って神の国に生きるということです。その実現は、まず「考え直す」こと「悔い改める」ことから始まるのです。
自分は悔い改める必要がないと言える人はひとりもいません。「悔い改め」「考え直す」「心を変える」ことは、兄にも弟にも、取税人や遊女にも、また祭司長、民の長老たちにも、平等に求められていることです。そして現代を生きる私たちにも同様に求められています。この聖書のポイントは、弟の心の変化です。彼は周囲の手前、仕方なく態度を変えたのでも、人から言われたからでもなく自分から心を変えました。それは、父が自分を攻めずに信頼し改めることを待ち続けてくれた愛に気付いたからです。これが本当の悔い改めです。逆らっていた心が神さまの愛に立ち返ることなのです。私たちの人生には誰にも神さまの働き場である「ぶどう園」が与えられています。私達を神ご自身のいのちに与からせ、その実りを共に喜ぶ、「ぶどう園」で働くことを求めておられるのです。
神の愛によって弟息子と同じように人生を変えられた人がいます。エリコの町に住み人々に嫌われていたザアカイという取税人の男です。イエスを見ようと木に登っていた彼に
*出会い:「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから」(ルカ19:5)イエス様との衝撃的な出会いでした。
*感動:「ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた」(6~7節)のです。感動したザアカイは何も言われないのに
*行動:「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します」(8節)と罪を告白し、悔い改めの行動をしめしたのです。
イエス様はザアカイが示した行動が救いに至ったことを祝福されました。
*伝道:「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」(9~10節)私たちはどうでしょうか。イエス様に出会った感動を覚えていますか。主は絶えず「ぶどう園に行って働いて欲しい」と招いておられます。主の召しに感謝して遣わされている「ぶどう園」で神の実を実らせましょう。「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)
「考え直して」
「ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て『きょう、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。兄は答えて『行きます。お父さん』と言ったが、行かなかった。それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国に入っているのです」(マタイ21:28~31)
「行きます」と言いながら行かなかった兄、「行きたくない」と言いながら行った弟、それは「神様に従います」と言いながら従わない人、「従いません」と言いながら悔い改めて従う人を表しています。神様の御心を行なったのはあとの人、弟です。兄にも、考え直すチャンスはあったはずです。父もそれを望んでいたことでしょう。しかし行かない言い訳を作り自分は正しく、考え直す必要がないと確信していた兄には、残念ながら父親の招きの声が届くことはありませんでした。
ぶどう園に行って働くとは、父なる神の許に立ち返って、神の御心に従って神の国に生きるということです。その実現は、まず「考え直す」こと「悔い改める」ことから始まるのです。
自分は悔い改める必要がないと言える人はひとりもいません。「悔い改め」「考え直す」「心を変える」ことは、兄にも弟にも、取税人や遊女にも、また祭司長、民の長老たちにも、平等に求められていることです。そして現代を生きる私たちにも同様に求められています。この聖書のポイントは、弟の心の変化です。彼は周囲の手前、仕方なく態度を変えたのでも、人から言われたからでもなく自分から心を変えました。それは、父が自分を攻めずに信頼し改めることを待ち続けてくれた愛に気付いたからです。これが本当の悔い改めです。逆らっていた心が神さまの愛に立ち返ることなのです。私たちの人生には誰にも神さまの働き場である「ぶどう園」が与えられています。私達を神ご自身のいのちに与からせ、その実りを共に喜ぶ、「ぶどう園」で働くことを求めておられるのです。
神の愛によって弟息子と同じように人生を変えられた人がいます。エリコの町に住み人々に嫌われていたザアカイという取税人の男です。イエスを見ようと木に登っていた彼に
*出会い:「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから」(ルカ19:5)イエス様との衝撃的な出会いでした。
*感動:「ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた」(6~7節)のです。感動したザアカイは何も言われないのに
*行動:「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します」(8節)と罪を告白し、悔い改めの行動をしめしたのです。
イエス様はザアカイが示した行動が救いに至ったことを祝福されました。
*伝道:「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」(9~10節)私たちはどうでしょうか。イエス様に出会った感動を覚えていますか。主は絶えず「ぶどう園に行って働いて欲しい」と招いておられます。主の召しに感謝して遣わされている「ぶどう園」で神の実を実らせましょう。「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)
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