礼拝メッセージ 2024年5月19日/小坂叡華主任牧師
「聖霊のバプテスマ~何故必要か」
「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです」(使徒1:4~5)復活されたイエス様は40日間弟子たちに現れてこの言葉を残され昇天されました。それから10日後の五旬節に弟子たちに約束の聖霊が下ったのです。これを聖霊の降臨/ペンテコステといいます。イエス様は「人は水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません」(ヨハネ3:5~6)と水のバプテスマだけではなく霊によって新しく生まれるよう語られました。
<聖霊を受ける意味>
イエス様によってくださる助け主なる聖霊は、私たちにすべてのことを教え、思い起こさせ、世の与える平安とは違うイエス様の平安を与えてくださるのです。更に主は聖霊のバプテスマに伴う多くの祝福くださいます。
1)聖霊がもたらす力…「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます」(使徒1:8)「力」はギリシャ語でデュナミス、「人間の常識を越えた力・神の全能の力」という意味でダイナマイトの語源です。イエス様を裏切り逃げ出した弱く臆病な弟子たちに聖霊の力が注がれると彼らは力強いイエスの証人となったのです。
2)聖霊がもたらす賜物…「すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことば(異言)で話しだした」(使徒2:4)異言は聖霊のバプテスマを受けた印として与えられます。強烈な苦しみ悲しみの中でどのように祈ったらよいかわからない時、御霊ご自身が、異言の祈りを通して言いようもない深いうめきによって 聖徒のためにとりなしをしてくださるのです。(ローマ8:26)異言は求める人には必ず与えられます。聖霊の力を解き放つ異言を求めましょう。
3)聖霊がもたらす希望…患難の中で与えられる希望があります。「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです」(ローマ5:3~5)
4)聖霊がもたらす真理…真理は一つです。「その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです」(ヨハネ14:17)「その方が来ると罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます」(ヨハネ16:8~13)のです。
<教会の誕生>
聖霊が弟子たちに注がれると彼らは異言で主を賛美しました。そこに大勢の人々が集まって来たので、ペテロは立ち上がり群衆に向かって「この曲がった時代から救われなさい。」(使徒2:40)と語るとその日、三千人ほどが弟子に加えられたのです。彼らは「使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた」(42節)教会の誕生です。 教会は互いに交わり、励まし、愛し合い、人を成長させます。「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです」(エペソ1:23)初代教会は聖霊によって前進し築き上げられていきました。私たちも聖霊に満たされて前進していきましょう。
「聖霊のバプテスマ~何故必要か」
「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです」(使徒1:4~5)復活されたイエス様は40日間弟子たちに現れてこの言葉を残され昇天されました。それから10日後の五旬節に弟子たちに約束の聖霊が下ったのです。これを聖霊の降臨/ペンテコステといいます。イエス様は「人は水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません」(ヨハネ3:5~6)と水のバプテスマだけではなく霊によって新しく生まれるよう語られました。
<聖霊を受ける意味>
イエス様によってくださる助け主なる聖霊は、私たちにすべてのことを教え、思い起こさせ、世の与える平安とは違うイエス様の平安を与えてくださるのです。更に主は聖霊のバプテスマに伴う多くの祝福くださいます。
1)聖霊がもたらす力…「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます」(使徒1:8)「力」はギリシャ語でデュナミス、「人間の常識を越えた力・神の全能の力」という意味でダイナマイトの語源です。イエス様を裏切り逃げ出した弱く臆病な弟子たちに聖霊の力が注がれると彼らは力強いイエスの証人となったのです。
2)聖霊がもたらす賜物…「すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことば(異言)で話しだした」(使徒2:4)異言は聖霊のバプテスマを受けた印として与えられます。強烈な苦しみ悲しみの中でどのように祈ったらよいかわからない時、御霊ご自身が、異言の祈りを通して言いようもない深いうめきによって 聖徒のためにとりなしをしてくださるのです。(ローマ8:26)異言は求める人には必ず与えられます。聖霊の力を解き放つ異言を求めましょう。
3)聖霊がもたらす希望…患難の中で与えられる希望があります。「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです」(ローマ5:3~5)
4)聖霊がもたらす真理…真理は一つです。「その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです」(ヨハネ14:17)「その方が来ると罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます」(ヨハネ16:8~13)のです。
<教会の誕生>
聖霊が弟子たちに注がれると彼らは異言で主を賛美しました。そこに大勢の人々が集まって来たので、ペテロは立ち上がり群衆に向かって「この曲がった時代から救われなさい。」(使徒2:40)と語るとその日、三千人ほどが弟子に加えられたのです。彼らは「使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた」(42節)教会の誕生です。 教会は互いに交わり、励まし、愛し合い、人を成長させます。「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです」(エペソ1:23)初代教会は聖霊によって前進し築き上げられていきました。私たちも聖霊に満たされて前進していきましょう。