4月6日(日曜日)
御滝公園で演歌の祭り
夕方プールに出かける。春のお出かけはカメラが離せない。どんなきれいな花出会うか、どんな綺麗な光に出会うか分からない。ところが今日は綺麗な女の人に出会った。船橋市の御滝公園では桜の花見で沸いていたが、ここに演歌歌手が登場し歌を披露していた。おじさんおばさんが酒を飲んで楽しそうに聞いていたが、最後は踊り出してしまい、歌手よりも注目されていた。こちらはまだ寒く、桜の花はまだ十分で楽しい桜祭りとなっていた。10倍のズームで撮影したが十分色っぽかった。だが名前を控えるのを忘れた。

4月5日(土曜日)
映画「ブレイブワン」
ジョディフォスターほど冷たい女は居ない。あの冷たさは「羊たちの沈黙」のデビュー当時から変わらない。そして、この映画。ジョディーの素で演じたと言っても差し支えないほどのはまり役。内容は、恋愛中の彼氏と夜の散歩中に暴漢に襲われて彼氏は死亡し、本人は瀕死の重傷を負う。幸いに怪我から復活したがトラウマで外に出かけられない。そんなとき思い切って拳銃を買う。この拳銃が彼女を立ち直らせる。ある時コンビニで買い物をしていたとき、強盗が入ってきて店員を銃殺する。ところが、ここに彼女が居合わせ、強盗は目撃者の彼女(エリカ)を殺そうと忍び寄る、一方エリカは拳銃を手にしてコンビニの陳列棚をゆっくりと逃げる、しかしとうとう棚の向こうに強盗が現れてエリカは拳銃で射殺する。こういう止むに止まれず殺す場面が数回出てきてエリカはどんどん人を殺してゆく、そして刑事役のテレンス・ハワードが近づいてくる。一方、エリカは彼氏を殺した犯人を見つけ出し、殺して落とし前をつける。しかし、この刑事役のテレンス・ハワードの気の利いたどんでん返しで、エリカは殺人を問われない。この映画に寄せられた感想を読むと、すっきりしたと言うのが多い。僕も同感だった。

4月4日(金曜日)
自分のライバルは自分であった
イチローのような高尚な話ではないのです。毎日10kmくらいの距離を自転車で駆けて電車に乗っているのですが、電車には同じ時間に乗るのです。道中には踏切も、大きな交差点もあるのですが、だいたい同じ時間に乗れている。約30分くらいの所要時間で駆け抜ける。昨日よりも今日はもっと速度を上げて余裕の時間で電車に乗ろうと思うのですが、なかなか余裕というものが作れない。昨日にはがんばった自分が居てなかなか記録は塗り替えられないのです。今日は夜、新人達とそば屋さんで懇親。問題は10時頃終えたのに、本八幡駅に着いたときは最終で、家に帰り着いたときは1時を回っていたのです。どれだけ電車に乗っていたのでしょう。

4月3日(木曜日)
慰められる話
市川市の桜は何度か掲載したが、その桜を通勤の時に少し立ち止まって写している。そうすると今日はウグイスの歌声が聞こえてくるではないか。しばし、美しい桜を眺めながらウグイスに耳を傾けた。心が洗われるとはこのことです。逆に言えば僕の心はそれだけ荒廃していると言うこと。酒を飲みたいときもあるが、酒を飲むと昨日書いたように、忘れ物が激しくなるので平日は怖くて飲めない。「花」と「音楽」がもっぱら精神安定剤。それに今日は一つプラスができたと言うこと。

4月2日(水曜日)
少々ヤバイ話
今日は頭の調子があまり良くない、いろんな想念が浮かんでくるが、言葉にならない。特に数字を扱うと、からきしダメになる。どうしたことだろう、映画「明日への記憶」が浮かんでくる。現役半ばで社会の舞台から降りなければならないのだろうか?子供の教育や、聞きたい音楽や、見たい映画をいっぱいため込んでいる。それが無駄になるのは忍びない。人生の先が見えると言うのは気力が落ちるなぁ。

4月1日(火曜日)
春は人事異動の月。僕たちの職場にも2名転入者が入ってきた。転入者はやる気満々だからこちらも元気をもらえる。僕の友人のKさんも愛媛県の大洲に転勤する。gogleで検索すると山中だ。今週の通勤時の音楽はオペラ。CDの解説書を読んであらかたのストーリーを頭に入れて聞く。ほとんど理解できない音楽でも、オーケストラをバックに歌うのを聴くと気持ちが良くなる。いろんなことが起きても音楽に耳を貸すと落ち着くというのもある。4月の期の始まりは特にいろんなことが起きる。

3月31日(月曜日)
久々に本格的な雨。雨と言えば、トイレ掃除の中国人のおばさんに、自転車に乗るときの合羽をもらった。僕が通勤に自転車を使っていることを話した故のこと。がそのカッパはママチャリ用なのでちょっと使えない。しかし貰いっぱなしではまずいので仲間に買ってきてもらったお土産を渡した。早いことけじめをつけておかないと、お礼を忘れてしまう。本格的な雨でも東京駅から歩く、雨にはゴアテックスの合羽がある。これだと蒸れなく快適。一週間ぶりだが日比谷公園はすっかり春になり、桜やチューリップが咲きだした。今日高知のKさんからメールがあり、首のヘルニアで偏頭痛が続いているとのこと、頭痛はウルサイ。雨の日にはもっとうるさいだろうな。


3月30日(日曜日)
5時までに帰って
妻が出かけるので、夕食のために5時までに帰り、5時半までには終わらなければならない。しかし、プールは3時から5時までの連続2時間コースを泳ごうとしている。3km泳ぐのに90分かかる。プールから自宅までは自転車で40分かかる。着替えの時間を含めるとどうしても時間オーバーとなる。それを今日は無理して泳いで何とか時間に間に合わせたのだ。それは疲れましたね。たまたま、プールも空いていて、速度を上げることも味方した。今日の唯一の誤算は帰りの雨だった。40分も雨に降られると服の中まで雨がしみこんでしまう。どうせ、水の中にいたのだから同じやんかと言うが、雨はちと寒い。

3月29日(土曜日)
年齢のこと
今日は桜撮影日だ。朝起きると、カメラを抱えて家を飛び出した。まずは近くの農家の畑に咲く桜と桃を撮影。ここで、農家の奥さんに捕まり、花談義となった。水仙も撮影しなさいよと、本家の庭にも呼ばれてしばし雑談。その後、市川の桜を撮影していると、おじさんの方から声をかけられる、いい日和で、ここの桜は一番だ、日本ほどよいところはない、外国ではどこが一番?、そりゃあスイスだよ。なんて話を交わす。次の撮影場所でも、この桜は大島桜?いやぁよく知らないが、色が白いので撮影している。向こうにも白い桜はあるわよ。どうして、おじさんやおばさんが声をかけてくるのか不思議だった。が、その夜分かった。僕も彼らと同じ年だったのだ。向こうはカメラ好きのおじさんと話たと言う感覚なのだ。自分自身はまだ30歳くらいの感覚なのだ。べっぴんさんを見るとやりたいと一瞬思うし、昔と何ら変わらない感覚でいるのだ、しかも休日だから気分の高揚度が高い。この差にとまどう。特に休日には。

3月28日(金曜日)
桜のこと
もう桜の花が開いた。都心では満開だ。週末は桜の名所は人でいっぱいだろうな。私も、W子さんに写真をPicasaに掲載するだろうと聞かれ、おぉそうだ、今週末はこれに当てなきゃと土曜の計画をしたためた次第。その夜、金曜日こそ酒が飲める唯一リラックスできる日。自分だけのために時間を使いたいのだが、あいにくと送別会でちょいと自由がきかなかった。そして、ビールしか飲んでないのにえらい酔ってしまい、腹がふくれたままだ。万歩計を見るとまだ1万歩。これは寝覚めが良くない、と言うことで、本八幡から50分間歩きました。酒を飲んでの散歩はつらいものがあるけど、しばらくする内に腹もこなれてきて平常となった。今日のエネルギー収支を±0にできたというわけ。

3月27日(木曜日)
気分直し
今週は月曜日からすごく腹が立った。ところが、どういう訳か、すぅ〜とその怒りが消えてしまったのだ。それは、今日一日でいい原稿が書けたことと関係があるのか、それとも、毎日音楽を聴いているが、今週はとりわけ心にしみいるアルバムが多かったことによるのか、毎日自転車で相当がんばって踏み込んで汗を掻いているがそれで発散したのか、毎朝、汐留のコーヒーショップでお茶を飲むが、いつも目の前に美人が座って目の保養をさせてくれるためなのか、専門誌を読んでいるが、今週はペースが速く、もう2冊読み終えたのでさっぱりしたのか、毎日寝る前に「いしかわじゅん」氏の漫画評論を読んでいるがその本に感銘を受けたためか、とにかく自分の気持ちの整理がつかないまま気分だけ良くなっているのだ。

3月26日(水曜日)
ストライクゾーン
高校野球の話ではない。私のことだ。最近どうもストライクゾーンが狭くなってきているような気がする。枕はこうでなくてはならない。朝食はこうでなければならない。電車はこの場所に席を取らなければならない。Penは三菱のハイッテクの0.4mmでなければならない。寝る時刻は11時までに寝なければならない。15,000歩歩かないと5時頃目が覚めるので疲れがとれない。音楽は転送レート300kbps以上でなければ聞かない。JAZZ以外は音楽でない。映画はアクションか、美人が登場するかどちらか。TVのお笑いは見ないが、笑点は評価する。休日に本を読まないと休日を過ごした実感が沸かない。いろんなことの決めごとができてしまい、それを外れては心が安まらないのだ。ストライクゾーンが狭くなったと言うわけだ。

3月25日(火曜日)
中道仁郎
昔々、カセットに音楽が録音できると言うことでテクニクスRS−275Uが有名になった。この話はそこから1年くらい後のこと。カセットデッキで20万円の超ド級の商品が発売された。それがNakamichi 700 1973年のこと。以降ナカミチはカセットデッキの最高峰モデルを発売し続け、最後にはヘッドの傾きを自動調整するアジマス自動調整のドラゴンを発売した。1982年26万円だった。この年にCDプレーヤーが発売される。以降デジタル化とともにナカミチは次第にオーディオから遠ざかった。そして最近のこと、サラウンドの変わり種として、Niroと言うブランドで、オーディオ雑誌をにぎわしている。その社長が、なんと前述の中道氏だったのだ。ブランドと言うのはなかなか確立できない物であるが、彼は一生の内に2回、違った会社でブランドを立ち上げた希有な存在である。しかも、姓と氏名でブランドを。世の中にはこんなにも前向きの男がいる。

3月24日(月曜日)
しんどい月曜日
どうして月曜日は気分が悪いのか?音楽も新譜を聞けるようポータブルオーディオに充填したし、昨晩は早く寝たし、いろんなことに気を使っても月曜日は気分が悪い。特に午前中は最悪だ。しかし、大概重要なことは月曜日にある。これが金曜日だといいのに。と言うことで会社では気分が晴れなかったのに、家に帰ると息子から携帯電話を買うと言う話、それは良い、しかし、この際娘も電話を変えたらと妻が言う。まったく節約と言うことを知らない人だと頭に来た。給料を全部使ってもまだ足りないと言う。その昔モーツァルトの妻コンスタンツェが、浪費壁で、いくらモーツァルトが稼いでも借金地獄だった話を思い出した。まったく、モーツァルトと同じ気分を味わっている。ただし、僕は名作は残せてないけどね。


3月23日(日曜日)
充電電池が空になったので、夜セットして朝見ると、まだ満充電になってなかった。と言うのが朝起きたときの僕の体調。風呂に入って本を読んでいたら、読みながら寝てしまった。昨日の水泳でエネルギーを使い果たしたようだ。それから1時間朝寝をしてやっと充電が完了した。おもしろくても理科・清水義範氏は、本当におもしろい。とりわけ、人口爆発がなぜ起きたのか?は目から鱗だ。この部分を要約すると、低開発国では出生がものすごく高い。しかし、死亡もものすごく高いので均衡がとれていたが、この30年間ユニセフなど先進国の援助で死亡が極端に減ったので人口爆発が起きた。と説く。なるほど。そのほかにも「温暖化で地球が危ない」。そんなことはない、人間に取っては危ないかもしれないが、地球にとっては何ら問題でない。過去地球はもっと温暖化と寒冷化を繰り返してきている。などなど、養老孟司さんの本もそうだったが、清水さんの方もよく分かる。夕刻プールで3km。公園で梅の写真を撮影してたら、おばさんが、これは「もも」。桜は向こう、私は姥桜と声をかけてくれた。写真は、公園と反対側にある辛夷。


3月22日(土曜日)
春うらら
あじさいの新芽がなかなか良い。太陽の光を受けて鮮やかだ。近所の豆腐屋さんで「豆乳」を飲んでから、撮影に出かけた。太陽が強くカメラが明るさを合わせきれない。辛夷も満開だ。今日は掲載する写真が多いぞ。昼寝の後、プールに出かけた。道中に毎年辛夷の大輪を咲かせる農家がある。今年もちょうど見頃の花盛りだ。この花が終わる頃には、隣の公園で桜祭りとなる。春は、須磨のMさんからの「いかなごのくぎ煮」から始まる。これに東京ドームの世界の蘭展が続き、梅、川津桜、辛夷、桜祭りと続く。その後は、潮来の菖蒲だ。その間に「みずき」もあるが、今年はそこまで足が伸びない。

3月21日(金曜日)
昨晩は映画のせいで寝むれなかったのだろうか。どうしたことだろう、最近、睡眠が浅いことがよくある。精神が病んでいるのだろうか。とりあえず運動のバロメーターである万歩計15,000歩を復活させようと思う。それで大阪から移動して、午後9時頃浜松町着が、徒歩で新橋へ。ところが新橋の歓楽街を歩くと食べ物や酔っぱらいの声で、どうも誘惑の声が大きくなり駅の立ちのみで一杯。金曜の夜は旨く計画しないと目的でない行動をしてしまうのだ。今日のトピックスは37年前の今日、18歳の時、一人で枚方体育館に向かったのだ。入社式のためだ。今考えて見ても、どうして高知の田舎を出て一人で生きていこうと決断したのか、その気持ちが分からない。そして、まだ寒く、心も寒かった。その夜は、土地勘のない寮に放り込まれ、荷物をほどいて布団を取り出し寝た。(それまでは自分で布団を敷いたこともなかった)。あの時何を希望に生きていたのだろう。しかし、時が経ち、寮や職場で気の合う仲間が見つかり何となくではあるが自分の居場所を見つけた。一人っ子で、あまり人を頼りにする生き方をしてこなかったはずだが、自分の知らないところで人との関係を求めていたんだなぁとしみじみ思いましたね。

3月20日(木曜日)
プーンと新車の匂いがする。そうです今日はN700系の新幹線の新車に乗って大阪に向かったのです。休みなのに朝から会社で書類を作成し、昼からビッグサイトでカメラショーを見学。それから、新幹線に乗った。ずいぶんと忙しい休日だ。それで2時間半書類の残りを仕上げた。今日は良く頑張った。と言うことで褒美に映画「ザ・シューター」を見た。エネミー・ラインの向うを張るような出来で息つく暇もない。終わった後安堵のため息をついた。これは大げさではない。お薦めです。今度は音楽が聞きたいねぇ、しかし手持ちの音楽はない。そうだ、アイ・チューンズのサイトにプリペイドガードが5,500円残っているはずだ。早速通信開始、いろいろ視聴しているとなかなか感じの良いJAZZのアルバムを一枚見つけた。ホテルの回線は利用者が少ないのか2分くらいでダウンロードできた。そのアルバム「マエストロ」を聞きながらこの文章を書いている。

3月19日(水曜日)
今週から花粉症が始まった。この病気は、肉を食うと患う傾向が強い。菜食主義者は花粉症にならないのだ。それと、僕にはコーヒーが悪さをしていると感じるものがある。この兆候が現れたのは昨年から。しかし体も異変だが、経済も異変。そしてマスコミが正しくこの状況を報道してないと思う。今日はマスコミの批判だ。その一つが円高。輸出産業が打撃を受ける、これはその通り。だが高騰下にある原材料は安価で買えるのだ。不思議なのは素人が考えてもわかることをマスコミは報道しない。記者クラブに詰めていて、やれ日銀総裁が決まらないと各社同じ記事を書いている。経済新聞である、日経と産経と一般誌の朝日、読売も同じ記事だ。どうも日本のマスコミは、創造力はないようだ。だから、日本の客観的な状況はアメリカやイギリスの新聞で見るのが正しいとか言われるのだ。結局いろんなことを自分が判断するのが一番正しいと思うようになる。そうして偏屈男がますますその傾向を強めるのである。

3月18日(火曜日)
普段どんなにパソコンを操作しても肩が凝ることはなかったが、だがこの日は肩がパンパンに張ってしまい、リュックをかつぐことさえ厳しかった。それだけ今回の仕事は重かったと言うこと。本八幡駅でレンタルを返した後、コンビニでアサヒのプレミアムビール(新品)を買って、久しぶりに自転車で飲みながら帰る。いや、今日はこうして飲まないと終われない感じがした。手袋を外して自転車に乗るとまだ冬の風で冷たい。家に帰って息子に肩たたきをやってもらった。かれは、卒業して毎日家の中でゴロゴロしているから、機嫌がよいのだ。夜中にふと目が醒めると肩の凝りはいつの間にか引いていた。こんな肩こりもあるのだ。

3月17日(月曜日)
月曜日は前日の運動の余波を受け非常に厳しいものがある。それでも起きていかなきゃならない。まぁこの辺が務め人のつらいところ。江戸時代の武士のお勤めも多分気分的には何ら変わらないだろうと、皇居を見ながら徒歩で会社に向かう。今日は歓送迎会だから、後が詰まっている。にもかかわらず、明日の夜までに仕上げなきゃならない要件がある。地下の会議室に閉じこもったまま夕刻を迎えた。懇親会はいかにも東京らしい感じの良い創作料理の店。旨いが量が少ない、京都の懐石料理のように、一人あたりの分量が少ない。飲み放題であるが、日本酒はない。焼酎がメイン。これは少ない量で酔うので、原価を超える飲み方ができない。旨くできている。2時間制で、午後8時に終えた、一直線に帰宅。早い時間だったので、レンタルに寄る。新作が目白押し。メモ用紙に控えていた映画7本を借りる。ところが料金が何と1,400円。間違ってないか確認すると、月曜日は1巻200円だと言う。帰って吉崇君にボーンアルティメイタムを借りてきた話をするが、あまり乗ってくれない。


3月16日(日曜日)
先週は気まぐれコンセプト・ホイチョイプロダクションズを読んだ。今週は漫画ノート・いしかわじゅん。前者は4コマ漫画、後者は漫画評論誌。続けて漫画に関係する書籍を2冊。日本の文化が海外に誇れるとすれば、アニメとゲームだが、この本を読むと一口にアニメと括るのはいかがなものかと思えてくる。この世界にもカテゴリーがある。たとえば、少年物、青春物、大人用。劇画や4コマなど映画以上に分類がありそうだ。漫画家はだいたいそのカテゴリーの一つで書いているが、自分の成長とともに、次のステップにあがりたい欲望も出てくる。だが、雑誌社のマーケティングは、その分野に読者がいないと判断すれば、その方向の雑誌は企画しないようだ。僕にはあふれるような漫画週刊誌が、このようにコンセプトやカテゴリーで括られ、予想も含めてマーケティングして発行しているとは思いもかけなかったのだ。漫画喫茶は一度きちんとマークしておくべきだと思いましたね。漫画喫茶は現在住む家のない人が旅館代わりに利用していると報じられている。その辺の実態も見てみたい。プールの隣で、ダンスフェスティバルが開催されていた。

3月15日(土曜日)
花の美術館
稲見にある、千葉県の植物園。これを僕は今まで「花の博物館」と呼んできた。gogleで調べると、「花の美術館」は24,900件ヒットするが「花の博物館 稲見」とインプットすれば433件ヒットし、私のHPが一番最初に出てくる。勘違いもたまには良いことをしてくれる。さて、今月のテーマはチューリップだ。造園師と美術家がこの園内に工夫を凝らした。午後、太陽が差し込んできて、目当ての花びらだけに太陽光線が当たると、舞台に立った俳優にスポットライトが当たったような撮影ができる。三脚を立ててしっかり狙うと思ったような写真が撮影できる。併設のレストランは満員で断念、その代わり、稲見の駅前に「高吉」さんと言う信州そばの店を見つけた。ゴボウ天ぷらとビールで780円セットだ。ここは良い。お気に入り。家に帰り着いて、先週東芝のHD−DVDレコーダーで録画した007のハイビジョン録画のBDへの移動を行った。ご存じのようにHD−DVDは今後なくなるので、HD−DVDに保存しても仕方ないのだ。そこで、i−Linkを使って、パナソニックのBW800へムーブを行う。ダビング速度は一倍の等速なのだが、無事移行が進んでいる。最終的にBDに保存だ。東芝機を買った人は、このようにもう一台BD機が必要となるのだ。

3月14日(金曜日)
人相の変化について
よく学校のクラスの中には、団子鼻でにこにこした、人なつっこい人が一人ぐらいはいましたね。クラス替えなどがあり、まだ人柄を知らない時など、熱い目線を送っていたのを思い出した。僕も道化顔だから、格好の標的となったのだと思います。このようにおもしろそうな人の視線に、幾度も出会い、それなりの友人関係を築いてきたが、10年くらい前から、このような視線がだんだんと少なくなり、2000年以降はほぼ絶滅したように思えるのです。人の顔がきつくなったようなのです。もちろんこちらが年を重ね、出会うひともそれなりの人を求めるようになってはいるのですが。この時期からフリーターと言う言葉が出現したという感じなのです。などと、理屈っぽいことをほざいて酒を飲んだのです。だが、目の前に美女3人がいたのです。美女を前に話す話題ではないのですが。

3月13日(木曜日)
タマちゃんについて
玉ちゃんこと玉本さんは、祭りと野球と酒の好きな女性である。今日は彼女を誘ってUさんと一緒に飲みに行った。新橋にある、潜酔館腹福(センスイカンプクプク)である。新橋の大通りを渡った角にある地下の店で、普通の人はこの店に入っていくのをためらうようなわかりにくさ、と、怖さがある。どうしてこの店をご存じかと言えば、祭りの縁で知り合ったという。この店の料理はすごい。あまりにも多く、若手2名がいたので何とか消化できたが、おじさんだけでは厳しい量がある。もちろん予約をしていったが、予約席には一升瓶の芋焼酎がでんと構えてあった。なかなか満足のいく店。彼女に任すと外れの店がない。

3月12日(水曜日)
思いこみについての考察
昔、聴いた音楽を長い年月の空白期間を経て、再び耳にすると、あれぇ、こんなはずではなかった。と言うことがありますね。昔、見た映画も自分の中で勝手に場面が刷り込まれていて、再び見たとき、よく似た新作かなと思わせるのもある。他には、あまり好きな音楽ではなかったが、今はよく分かるというのもある。いつの間にか、頭の中には変形してしまい込まれていたと言うことです。はじめから変形してしまい込んだのか、それとも、長い期間に変形したのか不明。だが、僕は、後者を支持する。人生が記憶を変えたのだ。最近はすっかり忘れることも多くなり、半年前の音楽や映画は全くの新作として楽しめるようになっている。思いこみはなくなっている。

3月11日(火曜日)
指についての考察
毎日、パソコンを使って文章を書いたり、写真を切り貼りしたり、メールを見たりしている。そのときに、周りのみんなは、マウスを使ってPCを操作しているが、僕だけスライドパットを指でこすって操作している。その方が圧倒的に早いからだ。その上、出張の時マウスを持ち運ばなくても良いし、飛行機や列車でPCを操作するにも普段使いのままでよい。数々のメリットがある。その右手の人差し指、ずいぶん使い込んだが指紋は大丈夫か?とひしひしと眺めると、何と、指が変形しているではないか。指紋も浅い。昔、よく文字を書く人には「ペンだこ」ができていたが、現在では「スライドパットだこ」が標準となるに至った。

3月10日(月曜日)
一段と春めいてきた。久しぶりに自転車で本八幡駅まで、道中の梅林は全開で、辺り一面梅の匂いで充満だ。霧が深く太陽が半分隠れていたので、今日の天気は保証されたようなものだ。だが、今週はずっと面談の週で気分的に重くて、結局帰りは電車で帰ることになった。万歩計を紛失し、運動量のバロメーターがなく、夕食の量を感でコントロールしているから、体重が増える方向にある。僕の方は体調の変化はこれくらいだが、仲間のUさんにとって今年は花粉症が酷く、目までかゆいとこぼしていた。春は体の変調を来す時期だ。


3月9日(日曜日) 
また腰痛だ。午後2時までは布団からはい出すことができず、横になって本を読んだり昼寝をしたりで過ごす。先週は出張でほとんど歩くことをせず、腹がせり出してきた。このまま一日を終えるには危険だということで、再びプールへ。二日間で6kmも泳ぐとさすがに腹に着いた脂肪も燃え尽きたみたい、腰痛は少し軽くなったくらい。夕食後、主人公抜きで息子の卒業式のビデオをみた。ハイビジョンカメラの撮影だが妻がカメラを揺らすので精細感がまるでない。娘が、カメラの取り方を妻に盛んにアドバイスしていた。どうやら、メカが好きな僕の性格は娘に遺伝されたようだ。写真は習志野の梅。

3月8日(土曜日)
朝起きると、息子は学校へ行く準備だ。今日が卒業式。早速、表に引っ張り出し撮影。妻も一緒なので、朝飯がない。近くのウエストに向かう途中、交番で若いお巡りさんに「おはようございます」と朝の挨拶をされた。今までしたことがないのに、彼は転勤してきたのだろうか。ここでうどんの大盛りを。ウエストは讃岐うどんの店だと思っていたら、博多うどんだった。腰が弱いうどんだ。おつゆは天下一品だ。晴天にもかかわらず、今週の週報を書き上げるため家の中。そうすると午後2時。それからプールへ。3km。最後の500mはいつも来ているおばさんに追い上げられた。きつかった。僕のように長距離泳ぐと、大概の人は振り切れる。連続1時間20分。本当はもっと良いタイムが出るはずだが、間に遅い人を挟むので、どうしてもこんな時間となる。こちらでも川津桜が咲いていて春っぽくなってきた。

3月7日(金曜日)
天気も良く、自転車通勤にずいぶんと迷ったが、荷物が多く、この荷物を背負ったままでは腰がやられる。断念した。有楽町にある日比谷公園も梅の花がいくつか咲きだし、春がいよいよそこまで来ている。今週携わっている原稿を仕上げるとたぶん今日は終わりだろう。事実その通りとなった。Fさんと約束通り、押上のトンカツ屋さんへ。隣に座っていた人は筑波大学の教授、この人といろんな話が弾む。海洋探索機「深海」にもずいぶんと乗ったとのこと。今の研究テーマは地震だと。その後、Kさん(山登りの達人)が加わり、金峰山の紹介を受ける。この5月の連休に上る計画だ。会社のAさんも加わり、750mlの日本酒が2本転がった。すごいピッチで飲みあげた。9時過ぎには退散。お酒を飲んだ後の電車ほどつらいものはない。新鎌ヶ谷の乗換駅でマクドナルドのコーヒーをのみしゃきっとする???。

3月6日(木曜日)
寒い朝だ。今日は尾張一宮で会議。天候は晴天。昼食後の少しの休憩時間で周りの景色を撮影。隣の神社にいる巫女さんが結構かわいい。少しだけ撮影。今週も朝早く、夜遅くの出張だったが今日でやっと終焉を迎える。疲れたぜ。それと割と大きな原稿2本をもったままだったので、ほとんどの移動時間と、ホテルでの時間をこれに投入した。相当な文字を書いても肩がこらないほうだが、今回は少し肩が重い。ここまで没頭したのも久しぶりだ。人間が壊れるかと心配したが、時々腰痛が出るだけだ。家に帰ると息子から高校受験に合格した知らせを聞いた。やれ、携帯電話や、制服だなど、お金のことばかり。自分の希望した学校に行けるのだから嬉しいだろう。自宅から自転車で通えるので、交通費はかからないと慰めも一言。自分の臭いのしみこんだ布団で寝られるのが嬉しい。

3月5日(水曜日)
昨日の雪もすっかり上がり、晴天となった。近くの櫛田神社へ撮影に。ちらほら出勤途上の人がお参りをしているが、いずれも若い女性ばかり。博多山笠を撮影して退散。梅を期待していたがここにはなかった。川津桜がこぢんまりと咲いていた。今日は夕刻の便で名古屋に移動するつもりだったが、会議が長引き、最終便の移動となった。飛行機の出発は19時30分。当然いつものごとく遅れに遅れて、セントレアに着いたのが21時。空港の端のターミナルで、延々歩いて出口へ。名古屋の特急電車は有料だ。名古屋人はしたたかだ。名古屋に着いたのが22時。博多で会議終了後18時前の新幹線に乗れば名古屋には21時半に着く、なんやこんな距離でも飛行機より新幹線早いやんか、飛行機会社はもっと努力せんといかんなぁ。仲間もいたが夕食はコンビニ弁当にしようと分かれた。栄のグリーンホテルで弁当を食べながら、「父親たちの星条旗」を1/3くらい見る。

3月4日(火曜日)
せっかくの高松だ。河原町〜高松駅までの道中にうどん屋さんでもないか、探すが気配がない。仕方なくコンビニでパンと野菜ジュースを。高松駅前は本四連絡橋ができて寂れた。なんと高松駅前の一等地が芝生の空地なのだ。これから人口の減少でこのような風景は、あちこちで起こるだろうな。まずは宇多津まで。ここは岡山と、四国の各県からの均等の地となり、会議が多い場所だ。だが、ここには何もない。昼メシにランクの落ちるうどん屋(さぬきでは)に行った。時間もなく仕方ない。夕刻は岡山を経由して博多まで。博多で降りると、何とすごい雪となった。「なごり雪」ですね。すかさずイルカを思い出した。夜は仲間と懇親だ。博多は日本海の魚が多く、どうも旨すぎていかん。今日のメインはウマズラのお造りだ。ウマズラは、フグに似た食感で、肝付き。この肝が旨いが、食べた後ピリピリ感はなかった。ホテルは駐車場に面していて車を呼び出すアナウンスがうるさかった。東横インは外れのないホテルだが、ここ祇園のホテルは不発。

3月3日(月曜日)
朝5時半に起きるものの腰が痛くてまともに坐れない。今週も大事な週。まいったなぁ。とりあえず8時まで眠ろう、それから考えよう。ところが、8時に起きると、ほとんど痛みが消えていた。これなら何とか今日を過ごせる。と言うことで10時に出勤。昼からはまったく普段と同じ調子に戻った。あの痛みはなんだったのか。この日も移動する。高松だ。羽田空港でチケットを受け取ろうとすると機械のほから異常を知らせる紙が出てくる。ANAのおねえさんに聞くと、予約は明日とのこと。さっそく「今すぐの便に切り替えて」と言うことで無事予約ができた。こんな間違いも日常のことと、トピックスではない。空港は込み合っていて高松に着いたのが22時。空港で弁当も買えず、河原町のメシ屋さんで定食を。この時間に不思議なことだがメシ屋さんが営業していたのは幸運。


3月2日(日曜日)
先週の強行軍の影響は今朝本格的に顔を出して、座っていられないほどの腰痛となった。布団の中で半日ほど過ごし、プールで泳ぐ。道中に星影神社があり、先週は開花寸前だったが、今日は立派に咲いていた。民家の庭先に咲いた梅も撮影したが、今日のトピックスは桜だろう。プールでは腰から背中までの筋肉がぱんぱんに張っているのがわかる。ずいぶんとドルフィンキックでほぐしたが、一筋縄ではいかない感じだ。DVDレコーダーに取りためたタイトルの整理もしたいのだが、いかんせん座っていられないのだ。とにかく横になるしかない。

3月1日(土曜日)
朝4時半に目覚める。目が醒めたのは、雷が轟いたため。だが良く寝た気分。風呂に入り完全に目覚めた後、映画ゴーストライダーの続きを見る。雨も上がりネットで兼六園を調べると午前5時からオープンしている。さっそく出かけることにした。まだ、あちこちに雪を残した園はなかなか風情がある。当然梅はまだ。しばらくすると次第に暗くなってきて、雨がポツリポツリきた。が、これきしの雨でどうする。と強行したらとうとう本降りとなり相当濡れて、しばしトイレで休憩。少し雨足が弱まったところで退散。ホテルで飛行機の便を早めて帰ることにした。金沢駅まで歩きながら長町の武家屋敷を撮影。この頃は雨も降ったりやんだり。駅前の小さな写真店にニコンF3(1980年発売のカメラ)が飾ってあった。店のオヤジをからかいたい気もしたが飛行機の時間もあるのでパス。代わりにバスに乗って空港へ。ここでまた高価な量の少ないラーメンを食べて東京に向かった。やれやれ、秋葉原の路上ライブで松岡里果ちゃんを撮影し都会の空気に馴染んだところで帰宅。そうだ、今日はメシがない日だ。鎌ケ谷駅前のスーパーで焼き芋を買ってビールで流し込んだ。

2月29日(金曜日)
久しぶりの金沢だ。昔々大阪に住んでいるとき、飲み屋の姐さんと来たことがある。犀川のほとりに魚屋があって、込み合っていたが、少し待って、食べたアジの刺し身と、煮つけは絶品だったことを思い出した。今日は香林坊の魚屋さんでカニだ。一人0.7匹(ハイ)分の食べしろがあった。これは旨い。カニと言えば普段食べるカニは足や手から身がはがれなく、スプーンでそぎ落としているが、この店のは身がこぼれるように出てくる。身をお皿に山盛りにして、一気に食べる、申し訳ないほどの旨さ。牛筋の煮込みもある、(この店は料理のバラエティーが広い)すごくあっさりで、甘すぎず、すこしの脂っこさは芋焼酎で流す。ここに住めば確実に体を壊す、最初は痛風だろう、と言う気がする。ホテルに帰り持参したDVDで「ゴーストライダー」を半分見た。主役のニコラス・ケイジに役が役にあってないような感想。

2月28日(木曜日)
朝一番の飛行機で東京へ。事務所で人とあい、すぐに別の会場へ。そして夕刻最終便で金沢へ。飛行機は30分遅れ。金沢に到着したのは10時40分。あれ、広島の時と同じだ。金沢は近い感覚だったので今回は、弁当も食ってない、よく調べると、小松〜金沢間はバスで40分のかかる距離なのだ。日本海を望む高速道路を30分ほど走る。それで夕食は、、ホテルの目の前にある「松屋さん」で牛丼。これが、そこそこの味なので満足する。宿泊のホテルはアパホテル。金沢が発祥の地で、あちこちにアパホテルがある。屋上は露天ぶろ。そして寝るとき、今回の出張はハードな割に何もないと安心してたら、少し腰痛となっていることが分かった。広島から東京への飛行機では富士山がしっかりと見えた。

2月27日(水曜日)
昨日の広島はみぞれ雨だったが、きょうはきっぱりと上がり、徒歩でも大丈夫。川べりをあるくと気持ちの良い朝だと気がついた。仕事で来ているのでつい余裕を失ってしまった。それでさっそくビデオを取り出し、気持ちの良さを収録する。だが今日は朝のすがすがしさに比べて夜の幻滅の落差はひどかった。それは、晩メシのこと。一人だから、酒を飲まなくても良い中華料理が良いと思い、入った店(龍王さん)で野菜炒め定食\1,050円を注文する。すると出てきたのが、この写真。あまりにも量が少ないのだ。ほかにラーメンが付くのかと思ったほど。今まで人生でこれだけナメラレタ食事を見たことがない。やはり「お好み焼き」にすべきだったのだ。その後ポプラのコンビニでソース焼きそばを買ってホテルで食べた。やれやれ。

2月26日(火曜日)
宇都宮だ。JR宇都宮駅で下車。駅員に東部宇都宮方面はどちらの出口が良いのか尋ねると、すごい訛りで教えてくれた。それが若い女の子だったのだ。身近に宇都宮訛りのおじさんがいて、その人とそっくりだったので笑ってしまった。案内でそこからバスに乗れば良いことがわかった。ところがバスは、会社によって料金の払い方が違い、支払い機も、両替タイプから、料金を差し引くタイプまで千差万別。それなのに、どこの運転手も、「そんなことも知らないのか」的な対応をする。そしてこの関東自動車のバス運転手も同じ対応。路線バスはどこも赤字すれすれ、その要素にこの機械の設備投資も含まれる。全国のバス会社がこの機械を統一すれば、ずいぶん安価な機械となるのだが。僕のことでないから、まぁ放っておこう。その夕刻、いったん東京まで帰り、羽田から広島へ向かった。5時に宇都宮を出発して10時40分にホテルに入る強行軍だ。途中のメシを羽田空港で、アナゴ寿司\1,580円に。これをANAのラウンジで頂いた。東京はアナゴが名物だ。(正しくはアナゴが名物だったが、今では旨く料理する技術が残っている)柔らかさを全面に出して、少しだけ甘いたれで味付けをしている。日本酒などが合いそうだが、ここには置いてない。

2月25日(月曜日)
雪も溶け、自転車でも危なくなくなったため、今日から自転車通勤に切り替えだ。耳を切り裂くような寒さがあるが、しばらくすると服の中ではうっすらと汗がにじむ。冬は終わったのだと言う感じ。汐留で下車、ビルの谷間を行くと(ここは地上なのか地下なのかわからない)ここでも光が強くなっているのがわかる。今年の冬はメリハリがあって良かった。船橋市の星影神社のもう桜が咲いている。今年の桜は天候のようにダイナミックで見応えがあると思う。この一年で桜用のレンズは超広角、標準、望遠と揃えた、あとは腕の問題である。今日のトピックスは財布を忘れ、どうも心細い。それで、いつもは遅くまで仕事をするが、今日はそうそうに退散だ。


2月24日(日曜日)
春一番が昨日から今日にかけても吹き続き、東北新幹線は止まったままのようだ。5階のマンションから外を見ると関東ローム層の火山灰を巻き上げて風景が土色だ。道路の路肩は、この土が吹きだまりを造っている。今日は昨日の写真の整理。午後は、風邪も終わりを迎えたので、景気づけにプールで3km。久しぶりの本格的な運動で、家に帰り着くと猛烈に体がだるくなった。このだるさ(どこかの筋肉が痛いとかのスポーツ後遺症は一切なしで)のために運動をしているようなもんだ。道中の家々にも花が咲き始めた。今日は梅を撮影。

2月23日(土曜日)
あれから一年が過ぎ、また東京ドームで「世界の蘭展」が開催される日がやってきた。お酒で頭がもうろうとしていたが、とにかく開演に間に合うように8時半には電車に乗った。今までの蘭展の撮影は数々の失敗をしノウハウを積んできた。なぜ失敗が多いのかと言えば、ここは暗い、人が多い、三脚がだめだからだ。このため、望遠で狙わないと、背景のぼけた写真とならない。そこで、ストロボと300mmのレンズの組み合わせのカメラを一本。もう一つは、最前列で人が映らないようにするため、全景が撮影できる広角のレンズをセットしたカメラを一本。つまり両肩にカメラをぶら下げての撮影となった。おばさんの人に、「プロの方ですか?」。ついでにもう一つおばさん話題。蘭展は蘭の匂いも魅力のウチ。撮影の合間を縫って匂いも堪能。ところが異様な臭いがファインダーを覗いているとやってくる。ふと振り返れば、おばさんの香水だ。これは、きついです。むせますね。10時の開演から、トイレ休憩3回だけで、午後5時半まで、800枚の撮影を行い帰途についた。そして結果を24V型のPCモニターで見ると、なんともはや失敗が多い。今回の失敗は、2台の一眼レフカメラはプログラムオートで撮影したので、絞りが解放側にセットされていて、ピントの部分以外は結構ぼけが効いているのです。僕はどちらかといえばシャープな写真が好きな方で、この甘い写真はあまり好きになれないのでした。これで5年も続けて失敗をしているぞ。

2月22日(金曜日)
すっかりと春めいてきた。仕事も順調に週末を迎えられるように進行して、明日の土曜日は予定通り休めるめどもついた。そこで、仲間を誘っていつもの蕎麦屋「イロハ」へ飲みに行った。普段僕は焼酎を飲まないが、酒豪が居たので、一升瓶の焼酎をキープした。東京では蕎麦屋で飲むのが当たり前の世界。蕎麦屋で飲むメリットは、焼酎をそばで割る「そば湯割り」が飲めるのだ。焼酎の味がまろやかになり、なかなかうまい酒となるのだ。そして、最後の仕上げとしてそば盛りで締めることができるのだ。関西にはない。そして、帰るとき瓶に名前を書いたら、なんと一升瓶は底から5cmを残すのみとなっていた。船橋で乗り換えて、東武野田線に乗ったのだが、降りるときに切符がなかった。明らかに飲みすぎですね。帰り着いて、デジカメの電池に充電のセットをし、ネットを見ながらチョーヤの梅酒を飲んだ。

2月21日(木曜日)
寝る前のつかの間、CDからHDDに音楽の取り込みをしながら、ネットを見てたら友人からのメールに当たった。2月15日発信、転勤の話。その友は四国内とは言え、単身赴任の転勤だ。身に堪えるだろう。確実に食事のバランスが悪くなり、体力が低下する。しかし、低下したエネルギー見合う仕事量かと言えば、きっとその反比例の法則が成り立つ筈だ。だが、サラリーマンは紙切れ一つで世界のどこにでも出かけるのが宿命。その分、いわゆる3Kからは少しだけ守られている。隣近所の付き合いもいったんリセットし、現地調達。まぁそれが楽だと言う人もいれば、さみしく嘆く人もいる。4月はサラリーマンにとって試練の時だ。田舎の友人は2人いて3人とも転勤をしている。その中で僕が一番動いている。東京→四国→大阪→福岡→名古屋→大阪→大阪→岐阜→名古屋→大阪→大阪→大阪→千葉計13回。このうち2回だけ自分の意思。一つはおばさんの家に下宿していたが、通勤が厳しいので会社の近くに動いた。もう一つは、阪神淡路の地震で社宅はヤバイと言うことで自宅を建てた時。関東地方は少しだけ温かくなり、木々の間から新芽の匂いが初めて漂った。

2月20日(水曜日)
東芝の西田社長は優れた経営者なのか、それとも思いつき実行者なのか良くわからない。次世代DVDの撤退を決断する片手で、半導体メモリーの大型投資を決断する。銀座ビルの売却や、原子力発電への傾斜など、しかしどれも地に足のついた実績は伴ってない。いままで割と堅実に来た会社なので、超高速回転を始めた経営者にスタッフがどれだけ追随していけてるのか興味深い。僕的の見方は、大混乱の最中にあると。だが、世界の経営とは、たぶんこのようなスピード感を伴っているだろう。ここが標準で、その他が鎖国にいるかもしれない。世の中の変化は早く、大きな会社組織はもう追随できないとこまで来てしまったのではなかろうかと言う現実もある。冷戦後、BrISCと、北欧が舞台の上に乗った、続いて東欧の参加がある。その次は、アフリカ?自分としては役者が多くなっても居場所はきちんと見つけなければならないのだが。

2月19日(火曜日)
日差しは強くなり、いつ春が来てもおかしくはない強い日差しとなってきた。だが相変わらず気温は低く有楽町の屋外ボードの温度計は1度を表示していた。そして相変わらず今週も夜遅い日が続く。最近では遅い時間帯の電車の乗り方を覚えてしまい、少しだけ楽な体制で帰宅をしている。その方法とは、新橋で総武快速に乗り換える方法だ。場合によっては東京駅で着座さえできるのだ。まぁ話題といえばこんなせこいものしかない。同じせこさでは、朝の電車で誰の前に立つかはその日の人生を分けるほど重要な問題になりつつある。つまり、新小岩や錦糸町で降りる人の前に立つと、東京駅までのつかの間着座でき天国に至るのだ。そのわずか数分の間に寝てしまう。こうして体力を少しだけ獲得するのだ。こちらもせこさでは負けない話である。もう少し普通なのではいつも行くプロント(喫茶店のこと)で、本を読みながらまどろむ。これには結構仲間がいる。

2月18日(月曜日)
夢の中で何かが動いている、なんだろう?と言うことで目が醒めた。めざましの携帯電話だった。いつもの朝は、妻がジューサーを回す音で起きるから起きる前に眠りが浅くなっているのだ。今日は沼の奥から引きずりだされたと言う感じ。今朝は妻がいない。朝メシもなく出かける支度をする。家を出る前、娘に声をかけたらしっかりとした返事が布団の中から帰ってきた。娘も気を張っているのだ、この分では弟にも声をかけてくれるだろう。そう言えば、この弟が高校受験は8割がた受かったようなもんだ。と話をしていた。「え?」とは僕の声。そんな中途半端な受かりようはないだろう。ゼロか1だろう。だが、どうも様子が違う。息子は理屈が通った説明はできない。結局どこを受けたのかも不明で合否も不明だった。日比谷公園の梅が咲き始めた。


2月17日(日曜日)
風邪も峠を越し、昼間の時間だけ市川植物園にでかけ、温室の中で本を読もうとしたら、なんと改装中で入館できず、やむなくサボテン室で撮影後退散。今年は植物園の改装時期に当たっているようだ。高知の牧野植物園も3月31日まで入館できない。やむなく、自宅に帰り、読みかけの書籍を手当たり次第に読み終えた。妻が高知に帰り、子供達と共同生活をすることになった。こういうとき、女の子がいると何かと便利。嫌々ながら家事をしてくれる。日頃、食べることにうるさいのに今日は猫の子を借りてきたようなしおらしさ。夜は、整理したDVDを見る。NHK特集のアフリカ系だ。

2月16日(土曜日)
いたたまれず近くの医者にゆく。この医者は駅前にあるがいつも患者が少ない。しかし、その割に待たされる時間は1時間は覚悟しなければならない。その上、非常に自信なさげな診察をする。どうしてこの医者に通うかと言えば、以前、腹痛の時の診察結果と調合した薬は、東京の慈恵医大で3万円も払って診察し、調合してくれた薬がぴったりと一致したのだ、(それほどこの腹痛は深刻だった)。そこで、今回の診断、単なる風邪だが、調合してくれた薬はわずか一回の服用でひたっと症状が治まった。僕にとっては名医なのだ。午後は大事を取って布団の中で過ごした。本は「若者の労働と生活世界」とやや硬派なのを読んだ。硬派だけあって、すぐに眠りにつけた。夜は録りためたDVDにプリンターでタイトルを印字し整理した。

2月15日(金曜日)
昨日帰りついたのが11時過ぎ、さすがに今朝は5時半起床はきつかった。もう一度7時半まで寝て出勤。咳は相変わらず激しく、今日から鼻水が加わった。午後から頭が重くなり、風邪のトリオとなった。5時半に会議が終わり、そこから自分の時間。レポートを1本、3時間半で書き終え退社したのが10時前。昨日と同じ。今日は若手と飲みに行く予定だったのでメシはなく、また、一人で船橋駅前で酒を飲む。ところが、行きつけの寿司屋さんはもう閉店。やれやれ。道路向かいの「松屋」で。ここは牛丼のマニアの人も訪れるようだ。僕の隣に座った人は、注文の際「つゆだく」と言った。用意された生卵には、諸湯ベースのドレッシングを入れ、真っ赤になるまで唐辛子を振りかけて牛丼を待っていた。その手際の良さ。僕は、ビール片手に、牛丼をほおばった。書籍も今週は1本しか読み切れず、会社人間と化したのである。面白くないおじさんの出来上がりである。

2月14日(木曜日)
EXILEと言うポップスグループがある。人気があるので、もっと先進的かと期待していたが、ありきたりの音楽構成で演出の貧困さが伺えますね。それは数人のメンバー達が一つの歌詞をハーモニーするのではなく、順番に歌っていく安易な手法でアルバムをまとめているところだ。(幅広い音域や、音程がしっかりしてないとハーモニーはできないが)昔おにゃんこクラブで、女の子を分け隔てなく扱う目的で、みんなが一斉に歌うか、持ちまわるか、どちらか。それが、そっくり継続されているのです。今の気温と同じで非常に寒いものを感じましたね。せっかくレンタルで借りたCDですが消去です。音楽(アルバム)には聞きこまなければ理解できないものと、こちらがいろんな情報を仕入れて勉強をしないとなじめないものと、何となく気持ちが良いとか、気持ちが高揚するものと、いくつかのタイプがある、だが、この人たちのアルバムは一瞬で選定できましたね。歌詞もチープだ。音楽も政治もこちら側民衆がしっかりしないと、上手な歌手(政治家)が育たない

2月13日(水曜日)
朝から頬を切るような冷たい風が吹く。有楽町の屋外温度計は1度だった。今日は外部のホテルで会議。会場までの間、寒い思いをするだけ。夕刻御成門の屋外温度計を見ると4度だった。富山からの知人に話を聞くと朝から吹雪だったと。今週はポータブルオーディオの音楽を全部入れ替えて聞いている。その中に「上原ひとみ」と言う、ジャズピアニストのアルバムがある。彼女の演奏は変化に富んでいる。いわゆるそこら当たりの演奏家からすれば、一頭地抜けた感じだ。それで、世界的に有名なジャズピアニスト、チックコリアに見込まれ、ピアノデュオを組んだ。注目のアーティストだ。朝、寒風の中、そのジャズを聞きながら歩く。幾分良くなったとはいえ風邪気味には変わりないが気分が良い。歩く速度にリズムが合う。

2月12日(火曜日)
最悪の一日を乗り切った。朝から体の節節が痛くどうしようもなかった。足しにはならないとおもうがリポビタンDを。甘くて、体はこの飲み物を欲している、昨日の疲れもあるようだ。だがだるさや熱っぽさは消えない。そうは言いながらも今日一日持った。Kさんと懇親の予定だったが、先方からことわりが来て助かった。何とか午後7時には仕事を片づけて帰宅の途についた。どんなにきついときでも風呂には入る。風呂に入らなかったのは、昔、頭をけがして入院した3日間だけだ。

2月11日(月曜日)
息子より、「父には友達がいるのか」「飲みに行ったりする友達がいないのでは」「全然サラリーマンらしくない」と言葉をかけられた。そうだな、僕は個人的な関心が仕事にのようなものだから、行動が違っているだろうな。子供達には、休日家でゴロゴロするスポーツ観戦が好きなのが父親像だろう。そしてたまにはゴルフにゆく。だがこのスポーツについては、スポーツは見るものではなく、するものだと思っているのだ。話は変わるが、昨日3.5km泳いだ余波で、今日は体に鉛を背負っているようなだるさがある。咳も出て、風邪の前兆だ。腹の調子も良くない。で、このまま夕食を喰ってもうまくないし、弱った胃に食べ物は受け付けないだろう。そうだ、いつもの10kmコースのジョギングに出かけよう。これで風邪を吹き飛ばすのだと。こういう、普通なら考えられない行動が、異様に映るのだろう。調子が悪いのでピッチが上がらず、1時間40分を要した。家に帰り着くと寒気がして熱い風呂に飛び込んだ。湯が体を刺す。この快感はたまりませんね。腹も空き、普段の調子で夕食を頂けた。だるさは消えたが、寒気は続く。もう一つの友達の件だが、友達がいなければ「いないと」答えるのだが、これには胸を張って自慢できる立派な友達がいる。お父さんほど友達に囲まれている人は居ないのだが。このことは、いつか分かるだろう。PS、別の見方で、たぶん会社の同僚も私には家族はいるのか?と映っているはずだろう。そうです、僕は変わり者です。

2月10日(日曜日)
今日は読書の日だ。本を開いて50ページも進むと大きな睡魔が襲ってきて、再び寝ることに。今日は頭が正常に働いた時間は朝の1時間と、午後1時を過ぎてだ。午後2時からはプールに出かける。道中は雪解け水で道が濡れている。小腹を満たすためマクドでポテトチップス小を。20歳代の頃は、腹一杯ご飯を食べて苦しさから逃れるためにプールに行った。が、今ではこのように少しでも腹を満たすものを入れて泳ぐと途端に酸欠状態となり、息が苦しい。それで、最初の1kmは超スローペースでいかざるを得ない。何とか呼吸ができそうになった頃、今度はトイレだ。と言うことで、今日は3.5km弱を泳いだが、連続高速運転とは行かなかった。夕食後風呂の中でスイングジャーナル2月号を読む。この雑誌、はじめの方はメジャーな記事だが、後半から非常にマイナーな内容となる。断然後半がおもしろい。

2月9日(土曜日)
久しぶりの歯医者。歯磨きのチェックのための通院。親知らずの頬よりを丁寧に磨くこと。左上奥に歯間ブラシを入れること。以上のアドバイスをいただき、次回は3ヶ月後。年を取ると、いろんな部品が悪くなってくるので手入れも大変になってくる。その後、稲見の花の博物館へ。チューリップを目当てに。天候が悪く、発色の良い状態で撮影できなかった。撮影ライトが必要だった。一通り撮影した後休憩していると、おじさんの方から声がかかり、いろいろと花談義となった。地元の人で、定年退職後は近辺の花を撮影している。仲間を募って「船橋花の会」を結成しているとのこと。彼らの撮影機材を見ると、ニコンF5や、コンタックスとか、結構高価なカメラだ。会員の全員がフィルムで撮影とのこと。少しレベルが高そう。会に入らないかと勧誘を受けた。この会に参画すれば、ニコンのF4を使っての撮影になるだろうな。ニコンは重いので大変だ。月に一度の定例会議を船橋の公民館で開催しているとのことだ。夜は酒を飲みながら、撮影の編集と、アフリカ縦断のビデオを見た。アフリカにはまりそうな番組である。

2月8日(金曜日)
待ちに待った週末だ。冷え込んだ東京駅から日比谷公園を通って歩く。いろいろヘッドフォンを試したが、少々カッコ悪いが耳を覆うタイプのヘッドフォンがポータブルオーディオに一番合っているので、今日からこの大げさなヘッドフォンをかぶって音楽を聞きながら歩く。東京にはいろんな人がいるので、僕の格好は異常でもなんでもない。音楽はエリック・アレキサンダー/My Favorite Things。スインジャーナル誌が選ぶ昨年度最優秀録音JAZZ CDだ。選考委員は年齢が高く、妙に元気のない音楽を選ぶ傾向にあるが、これは何とか元気を保っている。僕の好みは、勢いやノリが必要。これに高音質が加われば何もいらない。だが、目を皿のように探してもなかなか出会えない。だから、勢い雑誌の権威に頼る。そして、これは正解だった。楽器と楽器が戦うシーンが何度もあるが、昔のジャズのように破たんしない。計算されつくされている。これが現在風だ。週末なので早く帰りたい。新宿をぶらぶら散策したいのだ。だが、新入社員が遅くまで残っている。僕は仕方なく一緒に付き合う。やれやれ。

2月7日(木曜日)
腹痛で夜中目が醒めたが、朝起きるとすっきり。何とか今日は持つかと勇気が出てくる。大阪も寒い。夕刻会議を終えて帰るころには雪が舞っていた。東京も寒かった。今日は宿泊の予定で出かけたのでメシが無く船橋の回転寿司で。冷酒を飲みながらしみじみと今週を振り返ってみたら、すこし深さが足りなかったのかな?。と言う感じだ。深さとは思慮が自分の中に踏み込んでいける時と、そうでない時とが、何の予告もなく訪れる。そのような周期がたまたま今週だったというわけ。家に帰ると吉崇君が神妙に勉強していた。受験(高校)はいつだ?と聞くと、「もう終わった」と言う。本人にとっては結構重要なイベントだが、あまりにもあっさりとしている。僕の場合は命がけくらいの重さがあったのだが。世代が違うとはいえ違った受け止め方だ。どこを受験したのかは知らないが、筆記試験がなく、面接だけの試験らしい。

2月6日(水曜日)
5時半起床。朝メシを食って、7時半まで再び寝る。思考停止日だ。調子が悪くても昼メシは食わねばならぬ。この辺一の味を誇るサバの干物の店へ。おじさん達に新人たちもついてくるのできっとこの程度の食べ物では満足しないだろうと思うが、彼等は遠慮しているのか。夜は、職場の女性を誘って夕飯だ。前から予定してたことでもあり仕事のスケジュールが重なったが強硬。M君が想いを寄せている女性が参加するのだ。それから僕は大阪へ移動だ。関西空港行き最終便21時40分発だ。この時間はさすがの羽田空港も空いていて楽々チェックイン。飛行機も空いているのでスーパーシート。広い座席、厚いもてなしで23時に関空に降り立つ。そこから南海電車で泉佐野。そこから徒歩10分で、ホテルラマンダ。ここは値が張るが、静かで空調が良い。この日はどうしても7時間は寝て体調回復しなければならない目的があったのだ。0時に床につく。

2月5日(火曜日)
まだ、雪の影響が残り自転車は無理なようで電車通勤。この日は仕事上での酒を飲む会がある。年明けから気を張ってきた影響だろうかどうも腹の調子がさえない。その状態で酒だ。体にダブルパンチ。ほうほうの躰で帰宅した。

2月4日(月曜日)
厳しい朝だった。体の疲れと雪道で通勤。頼みのリポビタンDも効かず参った。疲れは腹痛につながる。(結局この痛みは週末まで引きずることになる)。その上、調子が悪いと言うのに昼メシに「貝柱のカキ揚げ丼」を食べ、遅くまで胸焼けに苦しむ。夜、新橋にあるヤマダ電機にSDカードのPCカードアダプタを買いに行く。遅い時間なので早く買い物を済まそうと店員に聞いたのがまずかった。3階、1階、4階の案内の後、最後に「当店では扱っていません」。それで仕方なくメモリーカードの売り場を眺めていたら、PCカードアダプタはそこにあった。まぁそれだけの店格の話。もう一駅歩くと電車代が70円安くなるので頑張る。


2月3日(日曜日)
昨日の天気予報は本当だった。朝7時に目が覚めて、玄関のドアを開けると、雪がしんしんと降っているではないか。それも相当積もっている。家の中でゆっくりするにはもってこいの天候だ。早速風呂を沸かして、39度の温度で30分本を読む。大汗が流れる。外は雪。この対比がいいですね。午後2時まで本を読んで、習志野にある市民プールへ。今日は自転車はあきらめて、電車で。水泳は体力のバロメーターだ。今日の確認は無呼吸で50m泳げるのかどうか試す。本当は潜りでやりたいが、プールは許してくれないので、クロールによる無呼吸だ。結果okだった。体は大丈夫だ。寒い中歩いて帰るのが難儀だった。

2月2日(土曜日)
電車の座席の話。最近僕の横の座席があくと女の人が必ずと言って良いほど坐る。それは、女子高校生からおばあさんまで雑多。まさか僕がこれほど幅広い年齢の人から支持されるわけがない、なんでだろう?と常々思っていたら、その解が京都の地下鉄でやっと得られた。寒くなると、どうしても着膨れる。最近の男性は肥満が多いので、多くの男性が坐ると座席が窮屈になる。ところが私の場合小柄で、大したスペースを取らない。そう言うことなんだ。と言うことで、今日は京都の地下鉄に乗って京都府立植物園へ。今はラン展を開催していて、今年もしっかりランを撮影。温室の中は蘭展と関係なくおじさん、おばさんたちの写生でにぎわっていた。寒い冬に温かく長時間過ごせるぴったりの場所なのだ。僕の方は撮影で楽しく過ごした。が、今日一の出来映えは、新幹線のホームで舞妓さんを見かけたので、お願いして撮影をさせていただいた。電車の中でオーシャン12の続き。家に帰り写真の整理。ずいぶんと手ぶれが多い。

2月1日(金曜日)
ゆっくり寝て何とか疲れは取れた。今日の昼メシはいつもの「やすだ」。いつものチャンポンを注文。大阪は薄味だが旨い。毎日でもここで食って良いと思う。会議の後、難波に出かけた。ヤマダ電機LABI1に。ずいぶん歩いたので休憩しているとシマムセンの知り合いに声をかけられる。大阪のミナミは僕のふるさとだから、知人も多い。聞くところによるとここにも、アニメとコスプレが進出し、東京の秋葉と同じ道を辿っているようだ。夕飯を「王将」で。餃子を食べたかったが、あまりにも世間を騒がせているので敬遠した。隣にブックオフがあり、覗くとものすごい人。エコの視点からリサイクルと言うよりか、経済的な観点と言う気がする。新大阪駅に上新電機があり、ここも覗く。ものすごい強い照明で、目が開けられない。サングラスをして丁度と言う感じ。これほど明るいと電気代も大変だろう。ホテルに帰り、今日一日のメール処理。その後「オーシャン12」を見ていると眠くなりあえなくダウン。

1月31日(木曜日)
ものすごく疲れていて、鉛を背負っている感じ。それで朝の通勤時の散歩は少なめに。今日は転勤者Tさんの見送り。少し早いが昼メシに芝パークホテルの中華料理「北京」へ出向く。さすがに旨い。エビのプリプリ感が良い。チャーハンもご飯の隅々まで味が染み渡っていた。午後、転勤者より早く大阪へ移動する。実際には僕の方が見送られた。大阪では先輩のH氏が定年を迎える。合同送別会には行けそうもないので、個別の送別会を開催。いつもの居酒屋「まいど」で。H氏は定年後2週間の休暇をとり、子会社に就職する。非常に公平な人だが、僕は特別の恩恵を受けた。その夜は新大阪のホテルに宿泊した。その後、新大阪駅のスタバでN氏と語る。酔っぱらいおじさんのタワイもない話。

1月30日(水曜日)
普段は朝5時半に目が醒めるが、今日に限って6時半のめざまし時計まで不覚だった。一つは移動が確実に疲れに反映する年となった。もう一つは、宿泊のホテルが申し訳ないがあまりにも快適だったこと。札幌の朝はそれほど気温が低くなく、暖房を施してない歩道の雪も湿ったままだった。昼食時の外出は外套不要で、東京とかわらんや。「なか川」さんで、680円のほっけ定食を頂いた。ちょっと脂が少なく固い。まぁ価格がこれだから。と言うことで帰りの18時30分の便は空腹で苦しい。このまま家まで4時間も我慢できず、弁当か?いや待て待て、いい方法があるぞ。ANAのお姉さんに相談だ。と言うことで帰りの便は弁当付のスーパーシート。隣の兄ちゃんは何か勘違いしているらしく、ビール、焼酎など、短時間の間に4杯も。スッチーさんも飲み屋の姉さんになり下がった。人のことはここまでで、この弁当ごらんの通り小腹を満たすには十分すぎる量がある。食ってみると、北海道の外気温で保存されていて冷や飯と言うよりか冷凍メシなのだ。食の安全も重要だがちょっと、と言う感じ。デザートのフルーツは冷たい方が良いのだが。つかれて東京駅で総武快速に乗ろうとしたら隣の駅で事故。運転見合わせとのこと。地下6階から、地上2階まで再び移動。総武線に乗り換えて帰るが、今度は西船橋で、先の列車が緊急停車し、またここで足止め、結局どの列車も止まってしまった。

1月29日(火曜日)
札幌に移動。少し早めに移動して、記念撮影。まずは時計台。大通りの雪祭りの準備をみる。何と、クレーンが何台も出動し、本格的な足場もありビルを立てるのと同じ作業が営まれている。横目で見ながら歩いていたら大げさに転んでしまった。階段にして一段ぐらいの緩いスロープなんですが、体がなじんでないのでしょう。その後札幌農大を訪れたが、ここでも派手に転ぶ。慣れよりもおじさんの鈍さが目立つ。この大学の近くに古本屋さんがあり覗くとなんと、本格的な店。(アニメがない)眺めていると「2020年からの警鐘」と「おもしろくても理科」と言う興味をそそる本が見つかった。その後大丸の地下で夕食の弁当。この店はオープン以降すぐに黒字化した店。行けばわかるが普通の小売店とはちょっと違う上質のサービスがある。1,000円の弁当を販売するおばさんまで、徹底されている。ホテルは「モントレー」、ここは平常月、僕ら庶民の宿泊するホテルではない格。そのホテルでわびしく弁当を食う。これがいいのだ。
室温は0.5度単位で変更できる。

1月28日(月曜日)
朝からテンションの高い要件が舞い込む。しかし、今日はすべての案件を始末しておかないと、今週のすべての計画が狂う。それで夜9時まで。今日のトピックスは何と言っても昼食。近所に飲食ビルが建ち、僕らは食事の選択肢が広がった。そこで、野菜の店に仲間と飛び込んだ。僕は野菜カレーの大盛りを注文する。仲間は普通盛り。ところが、出てきた品は、どちらが大盛りなのか見分けがつかない。不思議だと大きな声で話をしてたら、もう一品同じものを持ってきてくれて「これで満足してください」と。江戸っ子だね。と気分の良い思いをした。


1月27日(日曜日)
かれこれ30年近く泳ぎ、やっと泳ぎ方の形ができあがってきた。これまで2回漕いで左側で呼吸げるクロールでやってかが、右肩が痛くなりこの形では長時間泳ぐことができなくなったのだ。そで、1回漕いで左側で呼吸、1回漕いで右側で呼吸、これを繰り返すのと、2回漕いで右側で呼吸、この3種を500mづつ2回繰り返すとちょうど3kmになる。これがたどり着いた結論だ。僕は頭の中で少しひらめくものはあるが、それは文字などにして書いておかないと忘れてしまうし、それ以上の深さで考えることができないタイプだ。だから、この泳ぎ方の工夫も、先週に取り上げてからやっと形にできたわけだ。自分の周りにはこうしてクローズアップして考えを深めていかなければならない課題がいっぱいあるが、だいたいは「思った」だけで過ごしてしまっている。そうして薄っぺらい人間に拍車がかかっていくだろうと思いますね。今日は晴天で光が強くなっている、寒い冬なのに光はもう春の強さがあった。

1月26日(土曜日)
昨年の手帳を見ると、ボタン(花)を撮影に出かけている。それで、ネットで調べると上野公園で寒牡丹が盛りとのことで、出かけてみることにした。上野には船橋から一本でいける。西郷さんを眺めて、東照宮へ。入り口で東京の地酒フェアを開催してたので一杯。カメラを持って可憐な花をどう料理しようかと考えるのが気晴らしですね。シャッターを切った後旨く色が乗っているのが確認できると嬉しさが込み上げる。高価なカメラを持っているお爺さんに設定を聞くと補正は不要とのこと。おばさん達がカメラを持ってくれば良かったと嘆いていいたので、傑作を見せてあげた。悔しがっていた。2時間も粘ると太陽も弱くなり、撮影を切り上げて秋葉原へ。途中アメ横のパワーと混沌を通過する。アニメセンターでトイレットペーパーを買う。紙に漫画が描かれてある。「この紙を使うな」とかのコメントがある。東京のおみやげとして一躍有名になっている。石丸ソフト館で07年度のSJジャーナルの受賞作品を試聴し、フィーリングがあったものを買う。こういう権威ある受賞作品は試聴しないととんでもない作品もあるのだ。購入した作品はおいおいに紹介するつもり。その後駅の向こう側でストリートライブを見る。主に10代の女の子が下手な歌を歌っている。それをおじさん達お宅が囲むのだ。お宅は携帯電話などでは写真を撮影しない。ニコンD200など、比較的本格的なカメラだ。その理由は良くわかる。彼女達は良く動くのだ。このためコンパクトデジカメではヒントを合わせきれないのだ。だからお宅なんですが。良く考えたら家の娘のような年。もしかしたら家の子もヨソノおじさんの餌食に。寒牡丹の写真はここに

1月25日(金曜日)
寒風ふきすさぶ中、自転車で出勤。久しぶりの事務所行き。今日は八代亜紀を。昨日の演歌の続き。この人には「鬼」が住んでいますね。歌を聞いていて凄みを感じる。芸能人はこの鬼がないとやって行けないといわれるが、彼女はまさにその通りの歌手だ。話は変わるが多分管理職にも鬼は必要だろうなと思う、が、僕は知識はあるが鬼がないと思う。年をとる毎に自分の全容が次第に明らかになってくる。ウチの奥さんにも鬼がある。それに「婆」がつくけどね。今日の午後3時から今週初めて机の上で書類を開く。それまでは移動中にひざの上だった。あまりにもやることがあり、整理すべきことが残っていて、やっとキリがついたのは午後9時。やれやれ。それに、今週は本を1冊も読めなかった。読んでいる本は「ネットワークの基礎」で、一頁の理解にものすごく時間がかかる。読んだ後記憶しているかどうかは別だ。と、言うことで今週は実に実り(じつにみのり)のない週だった。

1月24日(木曜日)
昨晩ものすごく飲みすぎた割には朝すっきり。朝メシを久しぶりに東海道線のホーム東端にあるキシメン屋で食った。15年くらい前ここに住んでいるときには良く食った。そのときの味が甦ってきた。ちょっとすっぱいおツユだが、しっかりと醤油ベース。ホンの気持ちだけ鰹節がかかっているが、これが味を決めている。その後一宮。冷たい風が吹き冬型の天気。終日建物の中だったので寒さ知らず。昼過ぎ少し元気が欠けてきたので、オロナミンCを飲むと復活。気のせいかもしれないが「元気ハツラツ」系の飲み物は欠かせない。今回の移動は主に石川さゆり大全集を聞いた。演歌は日本人のきめ細かな心情が織り込まれている。その微妙さを我々ビジネスマンはもう完全に無視してアメリカ的に○か×でバサバサ切っていく。これが効率UPだが、日本人としては妙に歪んでいるだろうなと聞きながら思いましたね。

1月23日(水曜日)
いはや気分の悪いこと。広島から名古屋まで新幹線に乗った。その際広島を過ぎたあたりと、京都を過ぎたあたりで計2度の切符をチェックがあるのだ。いや、気分悪いですね。どうしてこうなるかと言えば、自分たちの都合なのだ。新大阪で車掌が変わるので再度チェックと言うのだ。(この理由は僕の推測で、車掌は「決まりですから」としか言わない、多分理由なんか知らされてないのかもしれない)とにかく、客のことは感知せずである。こんな不都合をやっていると事故が起きるのだ。いままで無事に来た新幹線も危ない信号が灯っている。その後、名古屋で何年ぶりかでTさんと食事を共にした。昔は仲間だったが今は会社を退職して別の会社に身を置く。懐かしい人の名前がどんどん飛び出してきて、いろんな人の「その後」が良くわかった。僕の30年間の歴史と言うのは、記憶があるとかないとか関係なく、この人たちとの係わり合いある。

1月22日(火曜日)
おばさんたちの不思議について、30歳〜40歳過ぎのおばさんたちに感動の映画を見せる機会があった。しかも一同に。同じ映像はおじさん達も見ている。おじさん達は終わると拍手をする。が、おばさんたちは感動の場面で笑う。人前で感動するのが恥かしいから笑うのか?と思ったが、どうもそうではない。男が感動する場面と女は違う感性を持っているようと言うことだろう。会場を変えても反応は同じ。僕から見ればこの人たちは人間ではないと思う。と言うことで今日は埼玉。千葉から埼玉へは、斜めに横切る電車がある。地方だといったん中心地に出て、それからと言うことになるが、ここは都心だ、便利である。行った先は大宮であるが、なんとそこそこのソープ街が駅前に君臨しているではないか。明るい街のために市長は手を尽くせなかったんか。街は古臭く、商店街からは昭和の響きが聞こえてきた。この街には住めない。そうそうに退散し、広島に向かって移動。広島は空港から市内へのアクセスが悪く、待ち時間や便の都合を計算すると飛行機とあまり大差ない。久しぶりなのでゆっくり夕食を。

1月21日(月曜日)
昨日は良く眠れた。実は土曜日の夜は少し読み物があり酒を飲まなかったのだ。それで、日曜日、あまり遅くまで眠ることもなく適度な睡眠時間となったわけ。よって、日曜日の夜、つまり月曜日の朝さわやかな目覚めを迎えたと言う訳だ。本番オーディオのためには2日前からの準備が必要と言うこと。枕の高さとかいろいろと条件が出てきている。さて、今日は名古屋だ。移動中の新幹線でIPアドレスの本を読んで行ったが、10進数の頭を二進数に変換して理解する点で止まってしまい4頁進んだだけで名古屋到着となった。からだも融通が効かなくなり、頭も同じような状況である。

1月20日(日曜日)
水泳はずいぶんと長いこと取り組んできた。22歳ごろからのことだから30年以上の歴史がある。泳ぎ方はクロールで、左側に顔を上げるスタイルだ。だが、ここ数年右の肩が痛み、激痛に耐えて泳いできた。これはどうも、長い間右の肩を酷使しすぎたためではないだろうか、と思い至った。そこで、昨年の後半から右側に顔を上げる練習を積んできたが、今日はまずまずの出来上がりになった。といっても500m位だが。右側に顔を上げるには左腕の力が必要だ。だが、グイグイと左手で水を掻くにはもう少し筋肉が欲しい。3kmを1時間15分。来週から再び出張が始まる。昨日の写真はgoogleの写真投稿サイト、picasaに投稿した。ここをクリックすれば全て見られる。

1月19日(土曜日)
父から文旦が届いていた。高知も寒い時には寒く、祖父が植えた文旦は寒さでほとんど枯れてしまい、一本だけ残った木で穫れたミカンだ。朝食の後、砂糖をまぶして食べたらこれが絶品の味だった。雨が少なかったので旨いのだろうか。レンタルを返すついでに、稲見海岸の「花の博物館」へ。まずは自転車で本八幡駅前にある「メロンパン」の店でメロンパンをゲット。ここのは絶品。メロンパンしか売ってない店なのだ。花の博物館は、まだお正月の飾り付けで、メインはシクラメン。水仙。万両。初めて「こうぞ」の花を見た。和紙にするための、こうぞとみつまたの、それです。別室では有志(おじいさん達)による蘭展を開催していた。今年も蘭の時期がやってきた。今回は主にハイビジョンで花を撮影した。TVで見るには写真よりもハイビジョンのほうがきれい。

1月18日(金曜日)
新年会。若い人は23歳、年配者は59歳と非常に幅広い人たちの飲み会。今日は一気飲みの方向で盛り上がり、僕もビールを2杯ほどつきあった。今日の会場は浜松町の海沿い側にある40階建てのビルにたくさんの飲食街があり、そこでの開催となった。ビルの中の大きな空間が繁華街で、路地を歩いていくといろんな店があるような感じで自立している。新しい街作りだろうと思いますね。寒い外から来たのに、ここは南国のリゾートの路地って感です。品川〜浜松町〜汐留と山手線の外側は大きく変貌を遂げている。今日はしたたか酔ったが自転車を回収するぞと意気込んで本八幡で下車。ついでにレンタルで映画も借りる。酷い向かい風の中、自転車を漕いだ。途中で腹が減っていることに気がついた。そういえば今日は飲むだけで食ってないのだ。部屋の温度は17.6度。いよいよ寒さもピークに。パソコン2台と、PS3をつけたら、たちまち22度に。

1月17日(木曜日)
今年一番の冷え込み。玄関を出ると一面の銀世界。鎌ヶ谷は夕べ雪が降ったのだ。これは大変。交通機関が乱れてはないかと、早速ワンセグの電源を入れ、ニュースをチェック。異常はない。有楽町のビルの屋上にある温度計は1度だった。そして東京は雪のかけらもない。事務所に着くと、千葉の雪が話題となっていて、僕とTさんだけが失笑。昨日遅かったので今日は眠い。退社の時間に迷った。預けっぱなしの自転車を回収すれば家に着くのが確実に10時をすぎる。これくらいの疲れで妥協するのは気が進まなかったが、安易に流れて、家まで電車で帰った。家に帰って部屋の温度計を見ると18.3度。いつもより1.6度低い。風呂から出て、ごぞごぞしていたら、ほんの少しの間に温度が19度。狭い部屋だし、密閉構造なのか人間で部屋が暖まるのである。自己完結である。

1月16日(水曜日)
会議から帰ってくると机の上に雑誌ハイビー2月号が置かれていた。いつもこの雑誌は17日に発売されるので今月は少し早い。この雑誌を開くともう月の半分が過ぎてしまったのか、と感慨深くなる。月日の過ぎるのが早すぎる。もう1冊、別の雑誌を読み上げるころには月末を過ぎ、雑誌、特選街の発売となる。雑誌で感じる暦だ。昨年は76冊読んだ。雑誌も1,000円ほどの価格なので、大層な出費である。今週は稼働日が少ないので、9時半頃までがんばった。

1月15日(火曜日)
無理できないな!と思ったのは、先日の連休に6.5km泳いだが、この余波でどうも今日は普通と違う感じなのだ。たとえば、階段の登りでものすごく息が切れる。動いているときは何ともないが、座るとだるい。普段でもあまり深く考えるのは得意でないが、今日は特に考えが及ばない。こんな日には失敗が多いと思い早々に退散することにした。普段は万歩計が進まないのを気にするが、今日は進まないように気を遣ったが10,000歩をカウントした。土日のスポーツについてあまり無茶なことは慎んだ方が良い。


1月14日(月曜日)
朝から読み始めたアラン・グリーンスパン著の「波乱の時代・上」は日経新聞の私の履歴書と同じ内容だ。新聞のほうは、こちらの方からの抜粋と言う感じだ。アランはFRBの議長だが、アメリカの経済のみならず、世界に対する影響力を与えた人として注目される人。アメリカ人の書物は時代が行ったり来たりと言うのが多いが、この人の文章は、終始一貫歴史を順番に並べてある。しかも非常にわかりやすい経済書物なのだ。この本一冊で20世紀後半の世界の経済というものが把握できる。特に冷戦後の経済については特筆ものだ。読みやすさという面で言えば、ふつうの小説クラス。万人に紹介できる書物でもある。彼の分析は、データーを集めて裏を取り、別のデーターで補強をし、齟齬がないか検証し、ほぼ間違いないところで、踏み切る手法だ。これを今まで踏襲してきたと言う。新聞なんかでアランのコメントを見ても、ふつうの人とは一つ違った見解があり、いつも「おや?」と思わせる内容だった。これは今年一番の読み物かもしれない。夕刻にプール。二日間で6kmを。

1月13日(日曜日)
どうもスキャナーの調子が良くない。OSやアプリケーションソフトを全部入れ替えたが、それでも回復しない。何かの設定が違っているが見つからない。これからいろいろ本を読んで解決をしていこう。午後一、市川植物園に行く。昨年秋からご無沙汰している。関東地方は急に寒くなり、ここの温室で冬を忘れるのだ。今はちょうど雪波が咲いている。この花は目で見るよりも写真にした方がきれいだ。こんな女の人もいますね。日が差し込んだあたりでパチリ。その後、プールへ。昨晩は8時間も寝たこともあり体力充実で3kmを。今まで2.5kmだったが500mUpした。わずか10往復の追加だが、これが結構効きます。明らかにエネルギーの底が感じられるようになります、これホント。プールから出て体重を量ると、18歳から55歳までの体重増加がなんと2kgだった。成長してないと言うこと。

1月12日(土曜日)
3ヶ月も通った歯医者さんも今日で一応のめどがついた。最後の仕上げとして、歯石を取ってもらったが、なんと、右上の奥歯の親知ずが、磨けてませんね。毎日朝、昼、晩と3度も歯磨きをしている僕としては心外な指摘。だけど後で考えてみれば、歯ブラシは必ず右手で持ち、左から磨いていくので、左手に持ち替えて右奥を磨くというのは疎かになっていたと合点がいった。歯医者さんの統計でも右奥の虫歯が一番多い(のではないかと?)。年月の重みは馬鹿にできない。その後、新宿御苑に向かった。温室を目指したが、なんと閉館中。雨に煙る東京都庁を撮影した。その後ビックカメラ新宿店で、立体テレビを見た。めがねをかけてみる方式だが、映像に奥行きがあり、野球の番組などは本当に楽しめると思いましたね。ぶらぶらしながら街を散策するには東京はぴったりの場所ですね。地方都市は、街の中心が分散して、イオンなんかが、その核となっているところが多い。そこも悪くはないが最先端でないですね。

1月11日(金曜日)
12月27日から1月5日まで浴びるほど酒を飲んでいたが、それ以降ぴったりと酒を絶ったら反動がきつくて往生した。だが、今日は解禁日だ。仲間を誘ったら若い女性が一人ついてきた。と、言うことで座が大いに盛り上がったわけだ。彼女に感謝。E子は美人の部類に入るのにそれを、おくびも出さない振る舞いでおじさんからすると絶大な信頼を得ている。古い言葉だが「我らのマドンナ」の存在である。その上飲む。昨年飲んだときは、だれも彼女のコップにビールをつがなかったので、手酌で飲んでいた、それほど酒が好きなようだ。最終便の一歩手前まで飲んだ。

1月10日(木曜日)
花盛り
だれの人生にも一度は輝いているときがある。またその輝きの中でも、もっとも輝いているときがある、それを「花盛り」と呼ぶ。と誰かが言った。キースジャレット(ジャズピアニスト)の花盛りは初期のアルバム「ケルン・コンサート」ではなかろうか。と思っている。精緻なピアノ刻みと言う表現に近いピアノ演奏でとても即興演奏と言われるジャズとは違っていた。だが実際にはイメージを膨らませていくソロ演奏だったのだ。驚きと称賛の目で称えた。同じ頃図太くテクニックがすごいチックコリアが登場したことも対比の面でキースの鋭さが際立った。久しぶりにキースのアルバム(モントルーのライブアルバム。「マイ・フーリッシュ・ハート」)を買って、ずいぶんとこなれた演奏になったが、崩れたなぁと思いましたね。たとえて言うなら若い頃、すらっとして細かった美人が、50歳くらいになって再び逢った時、太ったおばさんになっていたように。

1月9日(水曜日)
同じくNHK BS−hiでアフリカ縦断の旅を放映している。各国の応募者(約50万円の費用で)10名がトラックでエジプトのカイロから、南アメリカの喜望峰まで114日かけて2万キロを走破するドキュメンタリーだ。まだ、少ししか見てないが、これは、いつかはアフリカの砂漠を横断する旅を企画したいと思っていた僕には最適の番組であった。今週末まとめて観よう。(今週末はすることが多い)。アフリカは治安と風土病の危険があるが、それを取り除くと大変魅力ある大地。人類がここで誕生したのもうなずける話だ。今回の企画はイギリスの会社が行った。いくつもの国を通過するから多少国際的な配慮の効く国=イギリスと言うのは妥当な線だ。アメリカ人ではできない話だ。この旅も共通語言語は英語だった。なかなか良い番組です。

1月8日(火曜日)
NHK21時からのニュースでは、現代社会を分析する特集が組まれていた。初日はビジネスの現場における人間関係と言うことで個人の責任が高くなり、みんなで助け合う風潮が薄れた。二日目には、ネットが結ぶ人間関係を取材。希薄な人間関係は負担が軽いが、それだけ関係も薄くすぐに途切れてしまうと。「人が集まり、自由勝手にできるようになると人間は同じようなことをし始める」と誰かが言った、僕はこの意見に共感する。やがて日本はアメリカ社会と同じようになると思う。財産形成や政治や暮らし向き、ビジネスピープルのありかたなど。また、犯罪や暴力、小売、消費行動はもう近いところまで来ている。このような世の中で如何に自己を確立していくかとすれば、限りなくアナログに近い暮らし向きや所作をすることだろう。幸いに僕の周りにはそういう人がいっぱいいるので困ることはない。

1月7日(月曜日)
アラン・グリーンスパンはすごい人。この人は学校を卒業すると真剣に音楽家を目指したとのこと。しかし、一緒に演奏した一歳年下のサックスプレーヤーに「これは、かなわないなぁ」と思って、音楽で食っていくことをあきらめたそうだ。そのサックスプレーヤーとはスタン・ゲッツ。そりゃそうだわな。と僕でも思う。スタン・ゲッツはジャズ史上における不滅の名作をいくつか残している。「スタン・ゲッツ/プレイズ」「スタン・ゲッツ&ジルベルト」。これは僕でなくても、誰でもが推奨する名作だ。そしてアランは方向転換を図る。今度は統計資料から、経済を予測する、もしくは分析をする。そしてこの方面で名声を得て政府関係の仕事に従事するようになった。後のアメリカのFRB議長はこうした経緯をたどっている。日経新聞の私の履歴書に掲載記事が始まった。早速今週末は「波乱の時代/上・下」アラン・グリーンスパン著を開いてみることにしよう。


1月6日(日曜日)
年末休暇の写真の整理をしていて、SDにため込んだ写真を誤って消してしまう大失敗をしてしまった。いったいこの休みは何だったんだということになる。そこで、無料のデーター復活ソフトをダウンロードして試みると、完全復活した。とても簡単に復活できる。たぶん多くの人もこの休暇明けにこのような失敗があるのだろうと思いますね。夕刻プールへ。今日の距離のさじ加減が難しいが、一応カウント誤差も含めて3kmとした。約2週間も水をかいてないと腕の力が落ちてしまい速度が出なかったのだ。1時間15分要してしまった。いただいた年賀状を眺めていると、大切な人へ出してないのが発覚。近くのコンビニを探したが売り切れという店(ローソン)終わりましたという店(サンクス)がある。どちらが本当だろうか?年賀状は子供達が持っていてそれを頂戴した。

1月5日(土曜日)
4番目の娘の名前が思い出せない。2番目の息子に名前を聞くが教えてくれない。それほど、遠い存在だったので、僕は父として何にもしてあげられないことを彼女に詫びたら、娘は数少ないしてくれたことをいくつか事例をあげて感謝するのだ。なんてけなげな娘だろうと目頭が熱くなって夢から目が覚めた。さめた後あの子の名前は何だったろうともう一度考えたが浮かんでこなかった。(実際は4番目の娘などいないのだが))12時7分JR後免発の南風号で岡山に向かう列車で、渡辺謙の「明日の記憶」を見た。内容は直前のことをどうしても思い出せない事がある。それでメモ魔になっていく。検査の結果アルツハイマー病だと診断を下される。このメモ魔は当に僕の今やっていることだったので、この映画にのめり込んだ。そして最後の最後に妻である佐伯枝実子(樋口可南子)も思い出せない人になった。それで昨晩の夢がまたここで重なって、この映画は相当ショックだった。岡山からは新幹線が一杯だが、飛行機は空いていて、岡山空港に早めに行き少し待つことにした。ラウンジがあればそこで電源を借りてDVDでも見えるのだがあいにくと無いという。まぁ仕方ないかと2階の待合室にゆくと、会議用のテーブルがあちこちあり、そこに電源があるのだ。早速その電源を借り、今度は深刻でない音楽もののDVDを見る「加山雄三」特集だ。70歳とのこと。これを契機に音楽にまたのめり込むようになった。彼の若さの秘訣もやっぱり前向きにくよくよしないおおらかさだった。

1月4日(金曜日)
ひたすら本を読む。山根一眞の「賢者のデジタル」は、日経新聞の土曜日の別冊に書いてある記事を書籍にしたものだ。かれは、実際デジタル機器を買い使って批評してるがそれが結構当を得たものであり参考になる。ちなみに、ネットで検索するとき、「とは」を使うと良いとある。たとえばgooglで「DVDレコーダ」を検索すると85万件ヒットし、多くが販売サイトになっている。しかし「DVDレコーダーとは」と「とは」を付け加えることで8千件に減り、しっかりと意味が分かるサイトにヒットする。このように、ふむふむとうなずきながら読める本であった。最後の夜なので犬の散歩は村を一周した。犬は喜んだはず。夜は、写真と文章を整理して、アンデスの山奥に住む人々を取材したドキュメント番組を見た。主役はパウリーナと言う14歳の少女。山羊のような動物の世話で好きな学校に行くことが出来ない。でも「家の事を考えると仕方ないわ」と自分に言い聞かせていたのがけなげだった。写真は本来出会うことが無い組み合わの記念(梅の花、後ろのオレンジは柿の実)

1月3日(木曜日)
高知の太陽は強く、日の差し込むこの部屋は暑くなってしまう、ここでは冬の太陽も力強い。一昨年まで父はビニールハウスで促成栽培のピーマンを栽培していたので手伝いに行ったが、こんな日はあまりにも暑くて汗だらだらだったことを思い出す。今のビニールハウスは気温が上がると自動で横が開き温度調節が出来るとのこと。夕刻おじさんの家に飲みに行く。ここでの話題は「トルコ」。僕らのトルコは当然お風呂のことだが、ここでの話題はトルコキキョウの事。それを略してトルコと呼んでいる。30歳前の若い子が丁度来ていて、かれのトルコが少しだけ調子が良く嬉しがっていた。芸西村もかつてのナスやピーマンから、生花に主力が移行してきているとのこと。僕のおじさんはその先端を走ったので、多くの若者を引きつけているのだ。若い人は話の中に希望があるのがいいですね。ここで飲む酒は持参するのでさらに旨い酒が飲めるのだ。酔った後でも自転車で帰れるのもいいですね。

1月2日(水曜日)
小説「饗宴の果て」江上剛は辛い小説だった。こうした落ち込む一方の小説は読むのにもパワーが必要だ。朝、布団の中で読み上げた。朝飯を食ってから、母が病気を患ったとき、何度も何度もお見舞いに来てくれた、昔近所だったおばさんがいる。その人が老人ホームに入ったと聞いたので母を連れて訪問した。高知市が運営する老人ホームで豪奢な建物だった。面会のシステムは病院と同じ感じ。それで部屋に入っていろいろと話を伺った。建物をよく観察すると本物のバリアフリーと言うのはこう言うことなのか納得。玄関からベッドまで段差が全くないのだ。部屋は太陽の光がベッドの端まで差し込み暖かい。何と230名もここに入居していて、色んな人に出会うようだ。友達は出来たか伺うが、2ヶ月目なので友達はまだとのこと。その代わり意地汚い人がいて、その人とは大喧嘩をしたとのこと。寮母さんから和解の提案があり、表面上は友好関係を繕っているとのこと。おばさんの話は終戦当時から現在までどんどんと移行するから、今、昭和何年の話なのか相当推測しないと付いていけない。だが学ぶべき点があるのは、殆どの話が肯定なのだ。悪い話が無い。こうして前向きに理解することが長生きの秘訣なのかと思いましたね。岡村恵さん92歳(写真右)私の母は78歳(写真左)なのにこんなにも差がある。その後、牧野植物園に行ったがなんと温室は入れないとのこと。3月30日のオープンまで中止。母に温室を見せてあげたかったのだが。レストランで食事だけして帰る。

1月1日(火曜日)
お正月だが母の通院があるので父は車で送っていったままなので、起きると誰もいなかった。僕は犬を連れて散歩に出かけた。お正月に朝早くから犬の散歩をしている人はない。ゆっくりと村を回った。家に帰ると父が一人で少し飲んでいた。午後3時に母の迎えに車に乗らねばならず酒を控えていたのだ。僕だけ熱燗を飲んでお正月を祝った。その後、洗面用具を持って出かけた。15km程西の吉川村にある「松ノ湯」。酒を飲んだ後冷たい風心地よい(もちろん自転車)。1時間弱で到着。松ノ湯さんでは人なつこいクロが出迎えてくれた。ここのミストシャワーは何者にも変えられない魅力がある。じっとしているだけで汗がにじんでくる。出たり入ったりを何度か繰り返して風呂を楽しんだ。その後、空港に新聞を買いに行ったが、朝日は売り切れだった。空港では友人のKさんとその娘さんとその旦那さんに逢う。Kさんの孫娘さんに質問責めにあって楽しいひとときを過ごした。娘さん夫婦はこれからバンクーバーの自宅に向かうのだった。僕の方は追い風に支援されてそうそうに帰り着いた。T宅で今日の出来事を伝えている間に酒盛りとなりごちそうになった。父の方は待ちくたびれて自分でお正月をしたようだった。夜、飲むか聞いたがもういいと言う。いろいろあったがそれでも午後7時には自分の部屋で映画を見る。「GIジェーン」これは女性の海軍進出を描いた物語で、セクハラや性別配慮など女性軍人ならではの差別を受けながらも訓練に耐える物語。主演の女性がなかなかかっこいい。もう一本は「007カジノロワイヤル」2度目だが、2度目は違った見方が出来る。ジェームスボンドの相手役の女性がえらい綺麗、しかしどこかで見たようだ。ようく考えると「萬田久子」によく似ていたのだ。美人は顔のパーツに選択肢が無く旨く作り込んでいくとどれも同じ顔になってしまう不幸がある。

12月31日(月曜日)
千葉から送ったwindows XPのパソコンがどうしても動かない。立ち上がろうとする直前で停止する。メモリーが悪いような気がするが、きちんと1GBは認識している。他に考えられることは、ビデオカードの交換なのか、マザーボードの交換なのか。だがデバイスマネージャーはそんな故障を示してない。どこかの結線が抜けているとしか考えられない。もう一度全てのパーツを外して、取り付けて様子を見ることしか考えられない。調子の悪さではもう一つ、どうも小説が読めなくなった。これだけ時間があるのに小説を読むのが妙に苦痛だ。感情の入らない経済書や技術書の方が気楽に読めるのだが。どこかで自分が壊れている。小説とは言え、人の気持ちを斟酌するようなものが嫌いになっている。映画も同じだ。僕が壊れたのはどうも自分でもいろいろと書くことが多くなったせいかもしれない。もっと現実的で、実用的なネタを狙っているかも知れない。晩飯に父が料理してくれた鰹のたたきは旨かった。父が言うには火であぶる、あぶる火種が藁でなければ旨くないと言う。その藁も古い藁は駄目で、今年取れた米の藁でなければ「匂い」が良くない。と言うことで、今晩もビールを飲んだ。旨い料理があるのでどうしても酒に手がいってしまう。そう言えば昨晩は友人のFさんにもらった秋田の酒を開けてしまった。旨かったがあっという間だった。

12月30日(日曜日)
今日は嬉しいことが一つ、挫折が一つだ。嬉しいことは一年あまり動かなかったMacが復活したことだ。Macでは昔から日記を書いてきた。昔の日記が読めなくなるのは忍びなかったのだ。とりあえずのデーターはWinと互換性のあるPDに移動した。しかし多くの事を書き残した肝心のFDが見つからないが一安心だ。このMacは93年にナナオの21型モニターと一緒に買った。なんとモニターの価格は50万円もした。Macは当時から速度が速く今でも十分に使い勝手がある。文字を書いたり、計算をしたり、スキャナーで写真を取り込み加工したり、大体、今やっていることがそのころから出来ていたのだ。すごいことだ。今日から寒くなると天気予報の通り、北風が吹き段々と空気が冷えてきた。お正月機運が高まってきたと言えばよいのだろうか。この休暇はテレビや新聞やネットを見なくなったので世界がどんなになっているのか解らない。だがそのような世事の細かいことは置いといてこの休暇は普段出来なかった読書のために使おうと思っている。

もう一つ。犬の散歩のついでにLUMIXの12倍カメラで撮影する。家に帰ってパソコンんでそれを開く。その中で一番気に入ったシーンを、翌日の散歩で、今度は本格的なCANON一眼レフで撮影する。デジカメは光の方向や被写体の色が同じなら大体が同じような写り具合をするから、下写しを行っておくのは実に効率的だ。夜中、あまりにも風が強く、音もするので窓を調べると窓が少し開いていた。道理ですいすい風が来たわけだ。

12月29日(土曜日)
今日は徹底的に掃除。田舎の両親は年老い、家の片付けができない。お正月を迎えるのに家の中は埃の山だ。午前中自分の部屋を。片づけながら掃除をしてると、必然的にCDラックに当たります。すると一枚引っ張り出して演奏なんかします。そうすると関連で次から次へ音楽を思い出して、とうとう最後はLPレコードまで行ってしまった。こちらの装置は低音と中高音を分離してそれぞれのアンプで駆動する方式だが、この音を分離する装置の性能がイマイチで抜けるような高域がでない。だが、都会では実現できない300W+300Wが出せる。音楽はこのように本物と同じ大きさの音量で聞いてこそ醍醐味があるというのが理解できる。この部屋には、CD2,000枚。LP500枚、カセット300巻ほどあり、聞き出すと果てがない。午後母屋の掃除。田舎の家は広いので大変だ。夜、風呂の掃除。ホント腰の骨が折れたような痛みがある。

12月28日(金曜日)
昨夜宿泊したホテルは朝食つき。それがなんと朝粥定食で、メンタイコまであり、なかなか豪勢。その後、事務所に顔を出し、少し現地情報を仕入れる。それから香椎まで移動。ここで雨が激しくなり往生する。そういえば昨年の年末も大雪で往生したことを思い出した。帰りには雨が上がる。目的を終え、今度は岡山だ。新幹線は雨に追い越し、こちらも雨だった。約1時間。その間メールや何やからあわただしい。5時の電車で高知に向かう。今日の移動はすべて映画を見た。博多〜岡山間は「アキハバラ@ディープ」、岡山〜高知間は「トランスフォーマー」どちらとも面白い。秋葉原〜のほうは原作も読んだ。とても僕になじむ物語だった。

12月27日(木曜日)
午前中てきぱきと仕事を済ませ、昼一番の飛行機で福岡に向かった。飛行機の中で年賀状を書いて行った。残り15通だった、今年の年賀状はこれで終了。福岡空港にはMさんが迎えに来てくれていて一気に二日市へ。九州は昔、痕跡を残した地だから、知っている人が多い。仕事は午後6時過ぎに終わり、食事へと向かった。九州は食べ物が旨い、旨いので酒が進む。ここの人達に申し訳ないが日本酒のアツカンを頼んだ。普通は焼酎のお湯割りだが。解散後、僕はJRで帰った。仲間は西鉄電車。JRは1時間ほどかかって帰りついた。田舎のJRは都心のJRと勝手が違うことを思い出した。ホテルでチェックインし部屋に入ると、何と窓が開いていて、カーテンが揺れている。外から風が吹き込んでいるではないか。これは結構不気味。その後、ホテルの周りを散歩。中州の入り口にあったダイエーは跡形もなくなっていた。時代は変わる。

12月26日(水曜日)
朝7時から仕事があった。夕べ寝たと思ったらもう起きなければならない。朝のお茶する暇もない。9時過ぎに一旦解放され、再び午後5時まで。そこから自分の時間。何と今日は会社で14時間も過ごしてしまった。Fさんからお酒をもらう。お正月用だ。これに見合うお返しはなかなか浮かんでこない。今日は来年の予想を書いた。この一年にようけ本を読んだら、当たらないかもしれないが多分来年はこんな年になるのではないかと予感がある。未来のことを考えるのは楽しい。それを裏付けるような記事を探すと丁度ぴったりなのがある。多分こうしてほかの人も予測をしているだろうなと「予測ができる」。いい加減といえば実にいい加減だ。

12月25日(火曜日)
昨日の睡眠薬は失敗だ。なかなか寝付かれず眠りも浅かった。3.5km位必要だった。年末はあわただしく、しかも自分の時間がない、おのずと重要な事は夜になる。午後3時ごろ今日の昼は何を食ったのか思いだそうにも浮かんでこない。頭もつかれている。こう言うときは失敗が多い。大事なことはまずメモ。もしくはその場で処理。なんとかこの場はうまく過ごしたい、時間は限られているし。自宅では、休暇中に持って帰るモノの整理。一刻も無駄にできないと根を詰めたらまた興奮してしまって寝付かれない。いはやどうにもならない。