
6月2日(土曜日)

寝たのが2時前だが、起きるのは7時。今日は佐原の川(利根川)向こうにある、水生植物園(難しい名前だが、普通の観光公園)へあやめの写真撮影行くのだ。自転車で3時間。今までは、この程度を苦としてなかったがどうも最近は練習を積んでおかないと、6時間自転車に乗れなくなった。JRとバスを使っても3時間くらいかかる。佐原の駅で訪ねると貸し自転車があるという、バスは1時間に1本なので、気分の良い自転車でいくことにした。受付のおばさんが、何度も大丈夫ですか?遠いですよと念押ししてくれた。水郷と言われるこの潮来地方は平らで水田が水平線まで広がる。橋幸夫の「潮来笠」を知っているが、ここの人たちは三橋三智也の「女船頭」が有名のようだ。水生植物園は潮来にある。今回はハイビジョンカメラ1本。20倍デジカメ1本。コンパクトデジカメ1本に三脚を持って臨んだ。受付ではミスあやめがチケットを切っていたので、ハイビジョンカメラに向かって「いらっしゃいませ」を言って頂いた。もちろん帰りには、別のミスあやめに「ありがとうございました」を言ってもらった。多くのおじさん達は一眼レフデジカメラだったが、こういうのもあるから、一つに絞らない方が楽しい。まだ2分咲きのあやめだったが、撮影は群で撮らないので、何ら問題なかった。水の中に咲くのが「カキツバタ」。畑に咲くのが「あやめ」。その中間が「はなしょうぶ」。きりっと一本だけ自立していて、花びらが垂れてないのを中心に撮影した。
6月1日(金曜日)

東京駅構内でアジアの子供たちの絵日記。どれも生き生きと生活が絵で語られている。作品で絵の具の色が濃ゆくて原色が多いのは、タイ、フィリピン、マレーシア。の3カ国。中国、モンゴルは色数が少なく、日本は色が薄いですね。子供は(小学生)本能のままに絵を描いているから、きっとその国のDNAみたいなものが色濃くでていると思いますね。日本の作品では大阪弁「雄太、あれが天神祭りや!」で始まる語りが良かった。終業後、何人かは飲みに行った。僕も誘われたが、ちょっと重要なことがあったて自分のスケジュールを優先した。Pen4 3.4Ghzで動く自作PCは、発熱量が多くそれはそれはうるさいのだ。いろいろとファンのコントロールを行って行き着いた先が、電源トランスのファンのコントロールだった。これはもう電源トランスを交換するしかないと言うことで、秋葉原PCショップ「ツクモ」へ行く計画を立てていたのだ。500Wクラスの一番静かな電源トランスを店員のすすめで、「ENERMAX」製500AWT。13,800円。電源トランスは鉄のかたまりだから持ち帰るのは少々重い。早速取り付けてみると、ファンが1個で幾分静かになった感じ。PCは長い時間使うので、この静かさは小さな幸せなのだ。そのPCで焼いた、カジノロワイヤルを深夜に見た。
5月31日(木曜日)

朝駅までの徒歩の間に、蜘蛛の巣を見つけた。蜘蛛は立派に成長し丸く太っていた。巣は人間の目にははっきりと見えるのに、昆虫たちには見ないだろうか。蜘蛛を見ていると昔ながらのやりかたで商いを続けている商店のような気がする。目まぐるしく変化する現在の社会では、こうした変化のないことの方が違和感を覚える。ネット社会が世の中を変えると93年頃から言われ始め約10年かかってその時代が到来した。あと10年で仕上げにかかり、ネット社会が安定したものとなるはずだ。今の常識が逆になっていることは十分考えられる。今日も帰り際になって大雨。仕方なく自転車は今日も断念だ。梅雨に入った感じの天候。
5月30日(水曜日)

修学旅行から帰ってきた息子はTVを見入ったまま、返事もしない。妻は、ご飯をよそうのを忘れている。まぁ仕事でストレスの溜まるお父さんにとっては十分な歓待なわけ。文句を言う暇もなく風呂に入り床につく。寝る前の行事として今週は沢木耕太郎の本を読んでいる。この人は「深夜特急」からのファンだ。文章が論理的に構築され、短編集だが主題が文章の中できちんと語られている。文脈が迷路に入らないのだ。この本(愛という言葉を口にできなかった二人のために)は映画を題材にして監督の意図や出演者の演技を、他の何かと、例えば時代とか、地域性とか、国民性などと結び付けて書き綴るスタイルである。見ている映画もあるが見てない映画の方が多いにもかかわらずすっ〜と入っていく。こういう力のある文章にあこがれるのだが。この手の作家にもう一人、藤原真也氏がいる。
5月29日(火曜日)

毎日遅く自転車が駐輪場に預けっぱなしになっている。しかし今日の遅いのは仕事ではない。毎日通っている日比谷公園では今、ドイツフェアを開催している。早い話がドイツビールを飲ませる企画なのだ。ヨーロッパには行ったことがないので、本場ドイツのビールはどんな味なのか非常に興味深いものがあった。それで、仕事が終わった後、偵察に行ったのである。公園の手前からすでに賑やかな音楽が聞こえてくる。ドイツの音楽は、踊る音楽だった。一列になって前の人の肩に手を乗せて両足で同時にジャンプして進む単純な踊り。まぁなんでもない踊りですが酒飲みには何か話題があれば十分。みなそれを見ながらビールを飲んでいた。さて、そのビール。ラガーで1,000円。しかし支払いは2,000円。余計な1,000円分はジョッキを返却したときに返金がある。味は格別感動するものでない。それに少し生ぬるく、薄く感じた。価値は「飲んだ」という経験だけですね。それと東京にいると、世界が経験できるというのがオチ。
5月28日(月曜日)
えらい寒いが

今朝はジャンパーなしで自転車に乗ると体が冷え込んだ。春の気候に逆戻りである。それで温かい食べ物をと言うことで、昼はワンタンを食った。「麺屋」と言う割とこの近辺では有名なラーメン屋さんで、野菜ワンタンを注文する、まだ半煮えの潰したにんくがいったワンタンが五個入っている。これが旨いのなんの。少し塩が薄いので、少しだけこの上に醤油をたらすと僕のお気に入りの味となる。それで午後の時間はのどが乾き、水ばっかり飲むこととなる。昼はすべて外食なので手当が6,000円ほどあるが、妻の小遣いに消えている。さて、今日の出来事ではZARD(ザード)の歌手、坂井泉がなくなったことだ。彼女は切れの良いリズムと、高域まで伸びるシンバルを多用した曲づくり、途中から変転するメロディなど、僕の好きな音楽の要素をすべて兼ね備えた歌手だった。そして横顔のすてきな人でもあった。一枚しか制作されてないDVDも買った。報道によると癌を患っていたようだ。大阪時代は彼女の歌に何度も勇気をいただいたものだ。本当に残念。松岡農相の自殺などと比べるとはるかに坂井泉のほうが日本の損失大である。
5月27日(日曜日)

スターウォーズ全6作をハイビジョンで録画した。それをBDに焼くのだが、BDの25GBディスクは130分。ところが、1−2−3作はいずれも放送時間が2時間25〜6分もある。このために倍もする50GBディスクを買うことになるのか?いささかためらったが、最後のCASTの紹介をすべてカットすると、2時間20分となる。これをダビングにかけると、25GBのディスクに旨く収まるのです。言い換えればWOWOWの放送はNHKbshiよりも転送速度が遅く、画質が悪いと言うことになる。僕にとってはありがたいことだが。できあがったディスクはタイトルを付けて保存した。そこで少し散歩。駅前のコンビニへコーヒーを買いに。いつも気にかかっている民家の玄関に美人の猫がいる。今日もガラスの向こうから毅然とした姿勢で通りを見つめていた。こういう冷たさと言うのは好きですね。一枚撮影を。コンビニから少し回り道をして時計草を撮影。夕刻はプール。今週はきちんと2.5km。これで今晩の睡眠が約束されたようなもの。プールまでは自転車で片道10km位あり、まぁミニミニトライアスロンですね。
5月26日(土曜日)

谷津のバラ撮影。今年は行けないかも知れないと心配してたが、今日時間が取れて、楽しく撮影。すでに咲き終えたバラもあり、闇雲に撮影すると、傷ついた花びらのバラが写っていたりするので注意が必要だ。とは言うものの、今日の日差しは強く、カメラのモニターではそんな細かなところまで見えない。この陽気に誘われて、プロのカメラマンがモデルを撮影していた。僕もこっそり横から拝借させてもらった。目線がもらえないのは仕方ないですね。バラの花と違い、人間の顔は大きいので、ピントに苦労することはないですね。それと風、花は風が吹くと撮影は中断です。昨年同様、おじさんが僕にカメラ購入の相談をされるのです。話を聞いてあげ、しっかりと購買意欲を高めてあげた。自殺する人が崖から飛び込もうとする直前に背中を押すようなもんです。カメラ4台で500枚ほど撮影。帰り着いて気にくわないものをカット。半分の256枚になった。夜は今朝録画したスターウォーズをハイビジョンで。
5月25日(金曜日)

雨、それもかなり激しい。東京駅から有楽町までは地下を歩くから影響がない。有楽町の喫茶店からは、少しぬれるが、すぐに新橋までのJRガード下を歩くので、これまた濡れない。マニアの散歩道を知っていると、日頃のルーチンワークも支障なくこなすことができるのです。このガード下は言わば飲食店の裏口に当たる。当然空になったお酒の瓶なども積んであるわけです。この瓶には少量のお酒が残っていて、全部の瓶を逆さにしてペットボトルに詰めていた人がいた。見ていると結構あるもんで、500mlに三分の二はありましたね。かれは、今日地下の気持ちの良い場所で、この酒をちびりちびりなめるでしょうね。夜は仲間との懇親会。日本酒を飲んだので、なかなか酒が抜けない。駅前のスーパーでフルーツのパックを買って食べながら帰宅。これがなかなかの味。生意気な息子を高速連写。
5月24日(木曜日)

遅く寝ると深く眠れず、5時間ばかりしか寝てない。それで今日はものすごくしんどい。しかし、やることは多く、トラブルも多い。その一つにルーターが巧く作動しない件があった。PCから何度もアクセスするが、ルーターの中に入っていけない。原因は2つ、WANの端子にモデムからのケーブルを接続してない。ルーターの中にIPアドレスを指定するも入っていけない。約1時間半のロスタイム。こうした個人レベルのネットワークトラブルと言うのはこれから多発するはず。専門家を呼ぶと万単位のお金が出ていきますね。今週は忙しい割には、専門書の月刊誌を2冊読むなど、読書の面は充実です。出張がなく、毎日同じような生活パターンが得られたから。その中でとりわけ、メモリー価格の下落は激しく、HDDに頼らない時代があと3年後にやってくるレポートは面白いと思いますね。
5月23日(水曜日)
駅のポスターに潮来の「あやめまつり」がある。この水郷は自転車で3時間半くらいを要するかなり遠いところにある。しかしアヤメの可憐な花はココロが癒される。アヤメの時期はいつも毎年ストレスがたまることがあるので、差し引き「0」となるのだ。少し先の話だが、秋田にある大曲花火大会へ行くことに決めた。ホテルはすでに一杯の状態。列車や飛行機は可能だ。ホテルは会員権をもっているIさんに、25日午前0時の予約開始時に電話を入れてもらうよう頼んだ。月曜日の遅れを取り戻そうと頑張って午後22時過ぎまで頑張った。ちょうど、ディーゼルエンジンにターボを付けたトラックが強引に坂を駆け上った感じで押し通しましたね。そしたら目の玉が痛くなった。やれやれ。気持ちと動揺に体は反応してくれない。
5月22日(火曜日)

昨日は疲れで電車で帰宅。それで今朝は電車通勤だ。日比谷公園に寄り道してバラの撮影。いくつか痛んだバラが目立つようになった。先週が旬だった。バラの旬は短い。今回も420mmの望遠で撮影。くっきりと起立したようなバラがいいですね。初夏そのものの日差しで、東京にもこのような穏やかな天候があるんたと認識を改めた。今日と明日に今週の山場を迎える。250ccのバイクのエンジンを20,000回転くらい回して、クルマのエンジンに使っているような感じです。疲れたが、自転車で帰らないと金輪際自転車に乗れないような気がして、本八幡に向かう。しかし、昨日と同じような時刻に退社して、家に着くのは15分程度の差。自転車はショートカットの行程なのだ。
5月21日(月曜日)
昨日は昼寝して、夕刻のプールが2.2kmと最悪の状態。何が最悪かと言えば、夜眠くないのだ。それでウォッカを飲んだ。この酒はバカにできない。辛口で匂いも少ないのにコクがあるのだ。それでぐっすりだったのだが、お酒を飲んだ翌朝は頭の回転が鈍く、この日いろいろ仕上げなければならないことがあに支障があった。こまったものだ。考えることはできてもアイディアがわかない。アイディアがないとありきたりになってしまう。ありきたりこそ、僕がもっとも敬遠することであるからだ。どうしても一ひねり欲しい。これが出てこない。洗面所の熱いお湯で何度も顔を洗って気分転換をしたがどうにもならなかった。360ccの軽自動車で中央高速を走っているようなもの。車の整備が行き届いているときはそれなりだが、そうでない時は、上りは途端に苦しくなる。
5月20日(日曜日)
快晴

今までたまった新聞を読もうと決めていたが、あまりにも良い天候に誘われてカメラを持って散歩。近所のおばさんが良い写真が撮れましたか?と聞くので、そりゃあもう、傑作ばかりです。と答えたら、カメラが良さそうだからね。と、すかさず皮肉。通りすがりだったが、面白いおばさんだった。久しぶりに70―210mmのタムロンのズームで撮影。絞り5.6と6.3で撮影したが、どうも背景のぼけがいまいちなのだ。背景が無い、壁や空の場合だと有無を言わさないシャープな写真が撮影できる。
5月19日(土曜日)
京都

朝起きると太陽が出ていた。これで京都行きは決定。哲学の道の新緑をハイビジョンカメラに収めるのだ。京阪三条から徒歩で平安神宮〜銀閣寺。道中も新緑撮影がテーマ。銀閣寺は修学旅行生が多い、だが、タクシーのおじさんが数名を連れて案内している。少数の生徒の学校がこれほどあるとは思えないが。とにかく単位は5名なのだ。そのタクシーのおじさんは銀閣寺をこう紹介した「これが銀閣寺、なんや?と思うやろう、昔は銀が貼られていたかも知れない痕跡はある」ふむふむ、近くで解説を聞く、ついでにハイビジョンに録画。ハイビジョンカメラは音声が5.1ch録音なので、それなりの音響効果を伴って記録されている。癒しの映像が確保できた。時間的な余裕がなく、朝飯もひる飯も電車の中でパンをかじりながらの移動。午後2時の飛行機で東京へ。飛行機の予約は1時だった。乗り遅れですね。しかし、受付の娘の親切で午後2時の便に予定通り乗れた。それから秋葉原へ。秋葉原では3Dキャドのソフトの実演があり、夢中になってみてたらいつの間にか買ってしまっていた。今週は目玉となるハイビジョン番組が多く、ブルーレイディスクを10枚購入。12,800円だ。家に帰って映画を見る「蝶と龍」小林旭が飯場の頭領で、その妻に松原智恵子がおちえチャンに扮する。その後、「病院坂の首くくりの家」を。佐久間良子のとぎすまされた美しさがこの映画の魅力。
5月18日(金曜日)
大阪にて

天満橋に非常に静かなホテルを見つけた。アバンティーと言う名前。見かけは少し気分が乗らないが、目の前が公園で窓をあけたままでも静か。部屋の照明も明るく仕事もできる。ウォッシュレットがない、風呂の水はけが悪い、浴衣がない、カード支払いができないなど幾多の欠点ありだ。一泊5,000円をどう見るかが最後の切り札。当然朝飯はなく、近くのマクドナルドで。ここはおばさんの店員の応対が良い。歩いて大阪城のお掘りを撮影に。ここからの景色は夜景が絵になる。が、昼間でもなんとか。夜、久しぶりに仲間と懇親。家族単位で付き合う仲間だ。お互いに時間の拘束が増えめったに逢えない。昔はいろんなところに旅行したが、もうその話はできない。でも、近況の交換があり楽しくやっていることが確認でき、勇気を分かち合った。解散後ほんの5分だけ電車に乗って天満橋で降りると土砂ぶりの雨。今週は雨が多い。ホテルで雨音を聞きながら眠る。
5月17日(木曜日)

天気予報通り雨。出張のかばんを持っているので身動きが取れずやむなく電車通勤。東京駅からも傘をさして歩くわけにも行かず浜松町まできちんと乗る。実はこれが功を奏して普通の通勤となったのですが、もう少し遅く来るメンバーは京浜東北線の事故で超満員の電車に揺られ30分の遅刻。京浜東北線はこれで3日間事故続き。先週は総武線で2日にわたりホームで緊急治療を受けていた人を見かけた。季節の変わり目は健康に注意。夕刻ANA95便で大阪に移動。理由が不明で30分も機内で待たされて出発。読書灯は違うところに向き、スチワーデスは愛想のないアナウンスと、飲み物サービス、到着時刻は嘘の時刻でごまかす機長。結局2時間機内にいましたね。JALは経営危機で落ちそうだし、ANAは傲慢で、何ともやりようがない。マイレージだけの魅力で乗る飛行機かな。<写真はホテルの窓から>
5月16日(水曜日)

今日はお酒を飲むので電車通勤だ。いつものように東京駅で下車、有楽町方面に向かって地下道を歩く。ここは割と広い広場があるので、学校の修学旅行などの集合場所になっている。つまり生徒が固まって坐っているわけです。ところが、彼らは広く坐れば良いのに教師の指導よろしく長く集まる。すると、一般の人たちが通行する邪魔になるのですね。こう言う生徒の集団が違う学校別に、でたらめに坐っているのです。そこでJRも構内放送で呼び掛けているのです。「邪魔にならないように、盲目の人のための黄色の案内版の上に坐らないように」と、ところが、先生も随行の旅行業者も無視したままなんですね。こんな教育が現場で行われているのです。たとえば「いじめ問題」に対しても、本質はなんだ?先生の資質ではないのか!と言うことに蓋をして、政府や教育委員会は生徒のカウンセリングの対応を増やすと言う。少しだけ現場を見れば何が問題なのかすぐ分かるんですが。夕刻、押上で山仲間の人たちとの打ち合わせみたいな飲み会があり、谷川岳登山の意思固めをした。ついでに上高地へは是非行くべしという、忠告があった。まったく関係ないがバラが今見頃。この時期を逃すと今年は谷津の凄いバラを撮影できないかもしれない。
5月15日(火曜日)
自転車
あまりにも気持ちの良い風に吹かれたので、リュックサックを後ろの荷台にくくりつけ東京まで自転車通勤と決めた。ペダルを漕ぐ回転を一定に保つようにこまめにギアチェンジをしていったら銀座まで1時間15分で着いてしまった。江戸川の橋を超えると、自転車通勤の集団(と言っても、4台ばかりだが)にぶつかって、軽い競争状態になり、一番最後をついていったのが更に時間短縮に効いたと言うわけ。この競争は、2位の若い兄ちゃんが、トップの更に若い男の子のドロップハンドルの自転車を両国橋で抜き1位となった。なんでそれが分かるのか?と言えば、僕は両国橋で、この1位になる兄ちゃんの後について、中央通りを僕が銀座方面に左折するまでは2位だったのだ。帰りも同じように自転車を漕いだら1時間45分で帰りついた。電車と自転車を使う通勤も1時間50分くらいを要する。あの地下鉄1時間はなんなのだ?
5月14日 (月曜日)
学生証

娘の生徒手帳を借りて、PCソフト、adobi litht loomをビッグカメラ有楽町店に買いに行ったが、学生証は本人でないと有効でないと断られた。しかも、この3月に発売したばかりのソフトであるにもかかわらず、vistaに対応していないというのだ。何と言うことだ。実際に買えなくても良かったのだ。この目まぐるしく変化する時代においては選択肢が増え続け何が正しくて、何がまずいのかが、目を持つ必要がありますね。高いものが良いとか、新しいものが良いとかが通じなくなりました。それで、今度は別のソフトを娘と一緒に買いに行くことを申し出たがあっさりと断られた。寂しいオタクのおじさんとなり果てたわけです。
5月13日(日曜日)
映画

昨晩は映画を見ながら深酒を楽しんだ。いささか古いが「007私を愛したスパイ」。このころのスパイは心理作戦が多く、アクションは至って幼稚だ。だが、映画の中に没入できるしっかりとしたシナリオがある。そんなことで朝ゆっくり起きたが、家内は起き出す気配もなく、僕は24時間営業のうどん屋さんへ。ここのうどんは讃岐顔負けのうどんが食べられるので重宝している。その帰り、もうそろそろ時期だと思って探していると、一つだけ花が開いていた「時計草」時計のような花が咲く。関東の人はえいかっこうしだから、ジャスミンも結構植えている。この花は匂いがいい。ご近所とは全くつきあいはないが、僕の頭の中に花地図があり、季節ごとに無断撮影をさせて頂いている。他にも見事なバラがあったが、今回はパス。BDレコーダーを据え付けて、いよいよ月末に始まる「スターウォーズ」録画のための準備を行った。WOWOWにも加入して後は時を待つばかりだ。
5月12日(土曜日)

Windows VISATA 導入。雑誌や、ボードの説明書を読みながら組み立てていく。今回は大きめのケースにしたので作業は楽。CPUはコア2デュオ。動作周波数が、今使っているPen4 2.4Ghzと同じなので、2個のCPUがあるからといってあまり期待してはいけないだろうと戒めている。HDDは250G。データー用には750Gを用意するつもりで、今回はお金が貯まるまで外部HDDに記録するつもり。2時間でくみ上げて、OSのDVDを入れたら、いきなりインストールだ。従来はHDDの領域確保やフォーマットなど、インストールの前に行う作業が大変だったが、今はこのようなややこしいことはバックグラウンドで行っていて表には出てこない。2時間のOSインストールですんなり完了。ディスプレイの解像度も自動的に行われ何の手間も入らないのだった。自作はWindows98あたりが一番難しかったと思う。拍子抜けしてしまった。来週からソフトを購入し、今月末ぐらいから本格稼働の予定だ。余った時間で昨日借りたDVD「硫黄島からの手紙」「父達の星条旗」を返しに行く。この2つは同じテーマを日本側の立場とアメリカ側の立場とで撮影したアメリカ映画だ。
5月11日(金曜日)
お台場

一転して晴天。しかし風が強く、本八幡までの自転車は難儀した。電車が止まっているのではないかと心配したが無事だった。今日は昼間、カメラの撮影でお台場に出かけた。都心からわずか20分で、砂浜のある海岸に戯れることができるのだ。平日でもあり、人出は少なく、ゆっくりと撮影できた。その上のんびりできた。豊かな時間が過ごせ寿命が延びた感じ。帰りのバスで少し居眠りして体力も充実した。まるで夜のお酒の時間に向かって体調を整えたみたいだ。事実その通りに飲みに行った。大門の交差点「ねじべえ」で鶏ちゃん鍋を囲みながらビールをあおった。この店はわざとらしいが愛想がよい。
5月10日(木曜日)
天気予報

嵐がやってくると言うので電車通勤。実はこれが正解で、雨のことではなく、ものすごく疲れていたのだった。昨日の80km弱の自転車が今日になって疲れが出てきた。こう言う点が年を重ねた成果と言うべきでしょうね。毎日の無理が利かない体となったのです。さて、電車通勤の場合は有楽町でコーヒーを飲み、日比谷公園を横断して御成門へ向かうコースですが、日比谷公園ではすっかり夏の様相となり、バラの花が咲いているではありませんか。蘭とボタンとバラは花の王様。欠かさず撮影。谷津のバラ園のホームページを開けると、明日から見頃となっているようだ。僕の頭の中にある花暦より季節は早く動いている。温暖化による影響と、ビジネスぼけによる時間感覚の喪失と2重の変化があるためだ。夜になってほんの少しだけ雨に降られた。
5月9日(水曜日)
夏の陽気
昨日は真夏日を思わす良い天候となった。こんなとき通常の通勤をしていてはもったいない。それで、今日は自転車で事務所まで。実に気持ちの良い風に吹かれて、銀座まで1時間半。いつものTULLY'S COFFEEで休憩。約1時間の読書。「圧縮の本」最初は非常にわかりやすい内容だったが、シャノンの定理やホフマンの理論などに達しお手上げ状態で読み進んでいる。Σやlog2などが出てきて、少し寝てしまった。気を取り直して再読。この日は決行遅くまで仕事をして帰宅。新小岩をすぎると喉が渇いてくる。ビールの時間が近づいているようだ。コンビニでビールを物色すれば、なんと新製品がガラスケースの中に並んで入るではないか「モルトセレクション〜英国産ロースト麦芽使用〜」赤い容器に入っていてなかなか高級感がある。少々高かったがこれに決定。強いポップの香りと、濃い味。さわやか、軽いとは対局の飲み心地であった。
5月8日(火曜日)
霧に包まれて、、、

ものすごい霧。ロンドンの話ではありません。メガネに水滴がつくほど視界不良。自転車で本八幡まで少し濡れながら漕ぐ。道中の風景が変わっている、全線にわたり新緑に包まれている。久しぶりの地下鉄も乗ればいきなり日常につれ戻される。今日は秋葉原で最後の買い物(CPU,HDD、OS)をした。先月からパーツを買い込んでいて、これでWindows VISTA ULTIMATEが組めるようにそろった。今度の土日はPC組み立てだ。98年からパソコンはすべて自作ものとなり、これで5号機目だが、中身からすれば6号機目だ。いままで、あまり大きなトラブルもなくものにしたが、今度のOSは大きなことや、パーツの規格変更もあり、トラブルに巻き込まれ先が見えなくならなければ良いがと思っている。
5月7日(月曜日)

みんなよりは短かったが、一般の人からすれば少し長い連休をいただいた。今日はほとんどこれと言って仕事をせずに終わった。明日から頑張るから少し早めに仕事を終えて秋葉原散策。この街は少し見ない間に大きく変貌する。3週間が限度ですね。PCコーナーを散策していると、新発見。ビデオボードのこと。普通PCからディスプレイに映像を出す端子は、DVIと言うものを使うんですが、なんと品数は少しであるがHDMIと言う家電規格のボードもあるんですね。これがあると、PCからBDやデジタル放送の映像が再生できてしまうんです。いよいよ、家電に進出したPCの時代となりました。逆もありで、DVDレコーダーなどはほとんどがリナックスOSを使っているので、このあたりはどちらが勝つのか混戦模様。今年の年末は一体どんなことになっているやら想像もつかない変化があるでしょうね。お金の続く限りこれについていくぞぉ。と意欲を燃やすのでありました。
5月6日(日曜日)

持ってきた本もほとんど読み終え、雑誌「カメラマン」が最後。この連休中に撮影した写真をプリントアウトしながら読み終えた。写真は残念なことにほとんどが手ぶれ写真だ。思った以上に手が震えているようだ。母も年老いてから手が震いだしたので、僕も同じかもしれない。少しでも照度が足りない場合は感度を上げよう。雑誌も読みほとんどすることが無くなったので散髪に。本格的な散髪屋さん(頭を洗ってくれ、ひげを剃ってくれる)に行くのは1年ぶりのこと。久しぶりにさっぱりした。夕刻はプール。熱いサウナに入って10分。その熱冷ましにベランダに出る。太平洋を一望できるベランダがあり、ハマナスの匂いが濃い。ハマナスの匂いをかぐと、父方の母が浜弁当を作ってくれた思い出がよぎる。十分体をさました後、泳ぐ。今日は少し多い目の60往復2,000mだ。しかしこれはきつかった。上がって熱い風呂につかりながらよぉ〜く計算すると2,400mだったのだ。きついわけだ。毎日酒ばかり飲んでいたので頭がぼけているのだ。
5月5日(土曜日)
こどもの日

僕は子供がいるなんて余り思われないような考え方や行動をしてきたし、子供達も僕が親だと思うような接し方をしていない。そんな関係を保ちながらも15年の歳月が過ぎ、この日に子供のことについて考えてみよう思う。僕はどちらかといえば人間関係においてべったりの関係はどうも苦手だ。つかず離れずの関係が合っているようだ。それは家族との関係においても、仕事の関係においても同じような気がする。ここ数年は長期ではないが出張がある生活をしているが、僕にとってはこれが家族との適度な距離を保ち居心地がよい。子供たちが何に関心があり、どんな生活をしているのかほとんど知らないがこれで良いと思っている。この先子供達が年を取り、僕と同じくらいの年になったとき、父はどんな女が好きで、どんな遊びをして生きていたのか、気になればだが、参考になる文章が残っている。この連休も僕は家族を千葉に残したまま、一人で帰省した。父母も老い先短く、元気なうちに接していたいだけの理由で帰省している。しかしこれとて、ここに住んで毎日接していると言うのはしんどいだろうな。親として、子として僕なりの生き方があると思う。雨が降ってきた。夕刻プールへ車で出かけた、少し軟弱(今までは自転車で強行していたが)。1,600m泳ぐと腕の力が抜けてきた。朝は閉じていたアマリリスが見事に開花した。
5月4日(金曜日)

難解の書、「デジタルテレビ技術教科書」をやっと読み上げた。2時間で50ページしか進まない本だ。しかし、得るところはあった。こうしたきちんとした本は理解できなくても文字をきちんと拾っていくと、思わぬところにお宝が潜んでいる。価格が高いだけの価値がある。余った時間で山に撮影に出かけた。どこにいてもウグイスが鳴いている。しかし平地では文明の音もするから撮影には向かない。それで自転車に三脚とカメラを乗せていつもの山に駆け上ったのだ。目の前でウグイスが鳴いていた場面もあり満足した。映像はハイビジョンで音声は5.1chのドルビーデジタルだ。帰途の途中の出来事、道の真ん中で蛇がどくろを巻いているではないか。近づいてみると、トカゲを絞め殺しているのだ。あまりの気持ち悪さに立ちつくし、気がついてカメラを構えた頃にはトカゲを飲み込んだ後だった。お宝映像を撮り逃してしまった。山からの下りは汗で服が濡れていることもありものすごく寒い。服が乾く頃には平地に降りていた。この連休中はほとんど毎日花の写真を欠かさず撮影した。今日も帰り際、シャクヤクを栽培している農家の前を通り、極めつけの一枚を撮影した。花が一番美しく写る構図というものがあると思う、自分なりにこうではないかと言うのができた。
5月3日(木曜日)

昨晩は章介さんとところでごちそうになった。龍一も一緒で一緒に話ができた。ビール3本で退散し、自転車で帰宅した。酒を飲んでの少しの運動は体の調子が良くて、今朝は快適に起きられた。読みかけの本を読んでしまい、これで連休中に3冊の本を読んだことになる。さらに日経エレクトロニクス誌のかなり難しい本も読み終えて、次の本に取りかかる。「デジタルテレビ技術教科書」この本を読んでいると、のほほんと毎日を生きているわけにはいかないような切迫感に駆られる。世の中の変化をひしひしと感じるわけだ。しかし今晩は川竹と寛坊と3人で飲む予定だ。それで夕刻から高知に出かけた。快速電車で45分。高知駅で待ち合わせをして、はりまや橋まで歩く。帯屋町の商店街の「赤とんぼ」で祝杯を揚げる。寛坊がたたきを所望するので注文したがあまり旨くない。鰹はやはり関東だ。味が全然違う。ここの女性は美形揃い、が故に機転が利かず、注文側と受け取る側のやりとりがぎこちない。土佐鶴を注文したが、どうも水っぽい。司牡丹に切り替えると幾分かましになった。清水鯖、これは弱り切った身がでてきた。当たらなかったのが不思議だ。この店はだめだ。8時半に退散。駅でコーヒーを。帰りの電車は1時間の普通列車。最寄りの駅から自転車で帰宅。
5月2日(水曜日)
モネの里

ここから東に35km行った奈半利村に「モネの里」がある。あの有名なモネの庭をマネして造った本格的な私有の公園だ。今日は西からの風が強く、1時間10分で奈半利の手前の田野までたどり着いた。なぜ田野かと言えば、ここに「道の駅」あり、休息ポイントがあるからだ。うどんを頼んだが、きちんと旨いうどんが出てくる。賄賂問題で引退した加ト吉の冷凍うどんがいい仕事をしている。うどんを注文した後にヒメイチのお寿司が並んだ。非常に食指が働くがここまで深追いできないと泣く泣く断念。さて、モネの里は花で包まれていて初夏の匂いとともにハイビジョンカメラに納めた。補足としてデジカメで撮影した。デジカメは28mmワイドと、12倍テレマクロを活用したが、テレマクロの映像に好感が持てた。2本のカメラを使った。睡蓮のある庭と、花の庭と2カ所の撮影ポイントがあり、じっくりと押さえた。休憩にワインでもと言うコースもあるが、今晩は章介さんの家でごちそうになるつもりだから、泣く泣く断念した。今日は泣く泣くが多い。2時間をかけて帰宅。往復70kmの行程だが、これくらいはどうってことない。
5月1日(火曜日)
メール作業

朝起きて窓を開けると、ミカンの花が匂ってくる。高知県全体がこの匂いに包まれていて、まことに初夏そのものを感じさせる。おまけにウグイスが鳴いている。連休に入ったがまだ仕事を引きずっていて、メールに対する回答が残されている。早々に書き上げて明日に最終仕上げをする予定だ。それでも、この2つの取り合わせが非常におおらかな気分にさせてくれる。無性に眠い、9時間寝た後、さらに1時間ほど朝寝をした。読みかけの本2冊を仕上げて、連休の読書、さい先の良いスタートを切った。この連休は、カメラの日と、読書の日を交代にしてバランスをとるつもりである。読書量が少ないとどうも置いてきぼりを食った気になるのだ。外は晴れていて、日差しがきつい。外に出たくてうずうずするが、明日はきちんと出かける予定だから読書に専念。
4月30日(月曜日)

朝6時起床。昨晩は久しぶりに酒を飲んだ。今週は仕事があり酒を控えていたのだ。それでホテルに着くやいなや、すぐに外出してコンビニで酒を買ってDVDを見ながら酒を飲んだという次第。それで、朝は頭がぼやっとしている。しかし、7時の電車に乗って帰るのだ。指定席だったが、なんと隣の席には客が。ほかの席には客がいないのに。まぁいいけど。高知は晴れていて絶好の撮影日より。しかし、昨日の足の痛みはまだ残っていて、大事をとって車で外出する。行き先は五台山だ。途中友達の家によって休暇中に一杯飲む約束をする。五台山ではクレマチスを撮影する目的であったが、受付の人に聞くと無いようだ。どこかの植物園と勘違いしているようだ。ここの圧巻は「なんじゃもんじゃ」の木が満開だ。正式名は「ヒトツバタゴ」だ。花が可憐で、しかも匂いが甘い。カメラ3台で撮影したがいつの間にか1台を置き忘れて、放送で忘れ物の呼び出しがあってから忘れものに気がついた次第。どうも酒を飲んだ翌日は忘れ物が激しくてかなわん。初夏の気持ちの良い一日だった。
4月29日(日曜日)

どうしたわけか不明だが、右膝がものすごく痛く、昨日が一番ひどかった。夜寝ているとき寝返りが打てないひどさだった。今朝もその痛みがずいぶんと残っていて、ホテルから駅までの5分が遠い道のりだった。仕事の先は駅から車で10分ぐらい。普通なら歩きますね。だが今日は何ともできない。一日中立ち仕事だから少しでも大事にしておかないと。さて、厳しい仕事も午後6時に終えたがここからが大変。メールやいろんな積み残しがある。新幹線で岡山まで移動しホテルで処理。このホテルはいろいろあるが、旅には面白いホテル。サウナでタクシーの運転手さんと話しこみ、大汗をかいた。これでビールが巧いぞ。
4月28日(土曜日)
三河のこと

挙母市、トヨタ自動車がここまで大きくなる前、この地をそう呼んでいた。今日はそこにゆく。昨晩名古屋の街を散策していたら、日産自動車のショールームでスカイライン2000GT出会った。僕が知っている1980年頃の豊田市にある日産の店は、錆が浮いた看板で小屋のような感じだった。そんな日産でも、当時他の地区では日本を代表するメーカーであった。名古屋に来ると途端に車の話題が多くなる。電車の若い二人のカップルはプロペラシャフトについて話していた。仕事はF1関係だった。カメラで撮影するサービスだが、パワートレインの写真を撮影してくださいと言う。車関係の人ですかと聞くと「違う」と否定されたが、普通の人はパワートレインなどと言わない。ばればれの車の技術屋さんであった。こう言う素朴さがいいですね。僕が接した三河の人はお金がある、気骨も高い、世界観もあり視野も広い。でも、世間で揉まれてない純真さがある。腰を据えて付き合う人たちが多かった。
4月27日(金曜日)
印象的な言葉について

昨日子供に懇願して写真を撮影させてもらったら、いつの間にか身長が伸びていて僕と僅差になっていた。また、子供2人の身長差はなく、姉は焦ってしまっいた。一緒に暮らしていて気がつかない。見ようとしないと見えないものがある。一歩引かないと見えないものもある。日常があまりにも早く厳しく流れてゆくので見落とすものが多い。いくつか捨てても良いから、大事なことだけは見ておきたい、感じていたいものだ。少し早く名古屋に移動をする。道中に星野道夫氏のアラスカ特集番組(ハイビジョン収録)を見た。DVDでの録画だが、元がハイビジョンなので非常にきれい。故星野氏が「時々遠くをみつめること」と言うフレーズを残しているのが印象的だった。焦らず自然体で生きよう言う。
4月26日(木曜日)
こもれ日

いよいよ初夏。気持ちの良い日差しがここ東京でも降り注いでいる。昼間外に出る機会があったのでカメラをしのばせて行く。行く先は目黒。ここは相当(と言っても都内の平地だが)高度があり、少し神社の方に歩くと急な坂がある。その向うにはスポーツククラブがありこのあたりから、都内とは思えない静かさと緑が多くなる。お掘りか川かわからない水辺がありこの周りに最高の桜並木のトンネルがある。そこを若い白人の女が駆け抜けてゆき(まるで映画ジョディーフォスターのジョギングのような感じ)決まっていた。その場所はこの写真のためにあるように新緑とこもれ日が絶妙の風景を醸し出していた。癒しですね。ありがとうと言ってシャッターを切った。どんな音楽がこのシーンに似合うだろうかと考えた。ジャズでいえばピアノトリオ。ポップスではゴスペル系。クラシックではオペラ系があいそうだ。休暇に向けて気持ちが動いているがもう2つ超えなければならない山がある。
4月25日(水曜日)
懐かしの台湾ラーメン

今日はいくつかネタがあって書いていたがすべてを破棄してタイトルのことを書こうと思う。名古屋には1981年から1990年まで10年間名古屋に住んだ。主に守山区。名鉄瀬戸線で栄から20分くらいのところ。九州に住んでいるとき買ったスカイラインジャパンに乗っていて、休みの夕食にあちこち出かけていた。どう言うわけで味仙を知ったのか不明だが、多分混雑していた店に興味深く並んだのだろう。味仙は矢田川を挟んだ向う岸にあり、割と簡単に通えたのも理由のうちだ。とにかくこの店の台湾ラーメンは激辛を通り超していて、スープを飲むと引き立てるのだ。写真の通り、トウガラシとニンニクで構成されている具。その頃も一杯を食べるのが精いっぱいだった。あの頃はニンニクを生のまますりつぶした状態でぶっ込んでいたのでニンニクの辛さに、トウガラシの辛さが足し算されていた。焼き肉屋で懇意になったメンバーとも深夜に何度か来たことがある。あの頃はみんな若く、仕事では関係ないメンバーなのに、明日を忘れて飲み明かしましたね。今日、大須界隈を歩いていると感じの良い中華料理屋があるではないか、何気なく飛び込んで注文し、メニューをおさらいしていたら、台湾ラーメンが目についた。そういえば名古屋には忘れられない店があったなぁと感慨に浸っていたら、なんと!お絞りの印刷を見るとあの懐かしの味仙だったのだ。一通りの料理が来た後、さらに台湾ラーメンを注文したのは言うまでもない。
4月24日(火曜日)
チュウリップ

日本でチューリップの生産が多い県はどこですか?と尋ねられたら、「富山県」と答えよう。日比谷公園のチューリップ畑にはそう書いてあった。前々から気になっていた黒色のチューリップが咲いた。何とも不気味で見にくい色だろう。しかし珍しさにおいては逸品で目を引く。こっそり花壇の中に入って撮影した。そしたらこの花の中に猫がいるではないか。理由がわからないが(ふつうでも猫の気持ちはわからないが)非常に違和感がありますね。花の色といい、猫との組み合わせといい、今朝のニュースはこれだと思いましたね。日中は会議で、午後7時半の列車で名古屋へ。列車は書類に集中できますね。午後9時着。ホテルは栄、駅から徒歩で。それで、ちょうど15,000歩となる。
4月23日(月曜日)
苦手なもの
あいさつが苦手だ。今日も懇親会であいさつを、と言われ、話す言葉がなくて困った。オンドヲトレトと言われたので、誰かの額に手を当てて温度をとろうかと思った次第。JRガードしたの飲みやさんだったが、遮音がしっかりしていて、普通の店よりも静かだった。店は暗く写真には厳しい環境だったので、フジのファインピックスで撮影して見たら、ここまで暗いとあまり効果なし。途中までTさんと一緒。おかげで眠くならずにすんだ。本八幡から自転車。前と後ろの照明を灯して安全対策は万全。帰るとまだ子供たちが起きていたので写真を撮影させてくれと頼んだ。田舎の両親用だが、彼らにはお金を払わなければ撮影させてもらえない。スター並みだ。彼らが成長して写真はないかととわれれば現像してお金を巻き上げよう。
4月21日(土曜日)
時速2.5km

野球の試合で負けたので息子が帰ってきた。久しぶりにマクドナルドに一緒に行った。僕は自転車、子供は走り。でも到着は同じ時間だ。野球やクラブのことを聞いた。今度野球部員は一年生が20名入部するので40名強のクラブになるそうだ。そのうち5名はすごい選手がいて、自分は小さいからもう負けているとのこと。しかし、走ることだけは先輩風を吹かせられるそうだ。プールの運営が変わり、2時間連続水泳ができるようになった。今日は新聞の整理を終えて、ちょうど1時間泳げる時間にプールに入った。普段は距離をカウントしないが、今日は快調に距離を稼げたので、平均時速に挑戦をした。往復の回数を数えてみたら、50回だった。片道25mプールで平均時速は2.5kmとなる。前をじゃまするおばさんやおじさんがいなければ、もう少し速度があがったかもしれない。この速度で、もう2kmは無理だろう。プールから上がるとGパンのウエストが拳一つはいるほどウエストが細くなった。プールは一気に体重が落ちる。それだけのパワーが必要ですが。道中に朝顔みたいな桜が咲いていたので撮影した
4月20日(金曜日)
自転車で
一週間ぶりに晴れ。電車通勤ばかりだと交通費がかさんで仕方ないので、今日は自転車だ。電車通勤だと、運動のために東京駅から50分近く歩くので、実際の通勤時間は自転車の場合とあまり変わらない。1時間25分で銀座に。TULLY'Sでコーヒーを。新聞しか鞄の中に詰めてない。今日のタイムは1時間も余裕があるのだ、読み物が無くなり30分で退散。会社に早く着きすぎた。帰りは少し速度を落とした。新小岩近辺で腹も喉も減って我慢ができなくなるのだ。仲間は酔っぱらいは捕まると忠告するが、セブンイレブンでだし巻き卵と、キリンのゴールド500ミリリットルと買って、小松川公園、江戸川市役所の裏側近辺で休憩だ。公園を散歩する人が顰蹙の目で見ていく。浮浪者と見られているのだ。20分位で終了し、後1時間漕いで帰宅。往復70km。腹にたまったよけいな脂肪分が燃えて腹の出っ張りが取れる。最近は内臓脂肪のためのスポーツクラブが盛んだが、あまりお金をかけなくてもできるのに。
4月19日(木曜日)
今日も雨

一体いつまで雨だろう、しかし昼から晴れてきたぞ。と言うことで、帰りは銀座を通り有楽町へ。仲間と寒いと話していると、4℃だからと看板を指さした。これは抜群のタイミング。銀座でしか通用しないギャグ。アクセサリーの店のようだ。そこからマリオンに。ここで館内放送。「東京タワーへお越しのお客様は...」東京タワーは港区だが???。放送の元をたどっていくと、東京タワーの映画への案内アナウンスだった。紛らわしい放送なんかするな!その後有楽町ビックへ。ここはフランク永井が歌った「有楽町で会いましょう」のネタとなったビルだ。そごうが年商80億近辺で苦しんでいるときに、ビックカメラが購入し、700億円のビルに生まれ変わった。この小さなビルはお客さんであるふれている。百貨店を見て歩くよりデジタル家電を見る方がよっぽど楽しいだろう。1階の通路はいつも満員だ。DVD−RAM購入。
上弦の月が綺麗だったのでぱちり。
4月18日(水曜日)
酔っぱらって帰るとき

Uさんと御徒町で懇親だ。ここの大江戸さんでお寿司を食べながらお酒を飲んだ。天気は雨でものすごく寒い。入り口近くのカウンターで熱燗を飲んだらものすごくおいしかった。ネタの魚は大阪よりも旨い。お酒を飲むとどうしても眠くなる。一口寝ると勇気100倍なのだが、眠れないとアンパンマンの顔が潰れた状態になる。そこで開発したルートは、上野駅から常磐線線で柏に出て、東部野田線で鎌ケ谷に帰るルート。これは、上野駅で少し待てば座席に坐れるのである。これはいい。しかしここで問題発覚。柏では娘が同じ電車に乗る可能性がありなのだ。今は新人だから早い電車に乗るだろう。しかし高校3年生にでもなると遅くなる可能性だってある。酔っぱらっただらしのないおやじを電車で見かけると幻滅を感じるだろうな。事実そうなんだから仕方ないが。一つ手前の駅、「新鎌ヶ谷駅」で下車。大きなショッピングセンターイオンを通り抜けて市役所の前を歩く。鎌ヶ谷まで25分。これで今日の万歩計15,000歩を達成だ。
4月17日(火曜日)
銀ブラ

万歩計の不足するときは銀座を回って有楽町へ達し電車に乗る行動をとっている。銀座を通る目的は「きれいなおねえさん」を見るためだ。ここは日本一の繁華街。ここ以上の女はいないのだ。見るだけはただ。早い時間帯は女も店先に顔を出している。新橋からガード横の汚い歩道を通って有楽町に出るよりは、ましなコース。その道中に「ボッテガ・ヴェネタ」がオープンした。ブランド名を隠すブランド戦略を採用し成功を収めた憎い配慮のあるブランドなのだ。しかも価格が平均よりも高め。こう言う生き方に共感を覚えます。羊の皮をかぶったオオカミ的な生き方に前からあこがれていたこともあるので。
4月16日(月曜日)
地震が降りてくる

昼飯時仲間の一人がこう言った。いやな話だ。そうでなくとも、南海、東海地震は同時に発生する報道が盛んだ。いつ発生してもおかしくない時期にあると言われる。地中のストレスがたまっているようだ。今までにない規模の津波も考えられると言う。困った話だ。せめて後5年先なら、僕も高知にいて何とか対処方法があるかもしれないが。とにかく困った問題が起きようとしているのだ。非常のために懐中電灯やラジオを一頃は持ち歩いていたが、結構重く鞄がふくれ、何を持っているだと人からからかわれたりするので自然にやめてしまった▲今週は雨の天気予報。そのため電車通勤だ。日比谷公園で黒に近い紫のチューリップを見つけた。花弁が開いたときの写真を撮影したいと思っている。
4月15日(日曜日)
睡眠薬

眠くなる薬。今日はNHKのデジタルテレビ教科書を読んだ。Σの計算式が登場する難解な書物だ。たちまち眠くなる。正午からプールに出かける3時前まで熟睡した。そこで、身の回りに存在する睡眠薬について考えてみた。@上司、部下の退屈な話、これは確実に眠れますね。A連続5,000歩の散歩、約1時間の時間で、疲れて眠れます。B朝の通勤時間帯の着席、安堵感につき約3分で眠に着けます。C100km以内の自転車。これを超えると自分の足でないようになって眠れない。D2.5km以上の水泳。非常に強い作用があり、翌日にも副作用がある。E焼酎のお湯割り、日本酒は喉が渇くので途中で起きるので駄目。F誰もいない自宅。滅多にないが。夕刻日課のプール。3km弱泳ぎ、明日は強い副作用がありそう。新京成高根木戸駅から始まる住宅の周りに咲く桜は今が満開。肉の厚い花びらが重量感を醸し出している。この桜が終わると、千葉の桜はすべて終了だ。
4月14日(土曜日)
家にいて欲しくない

朝から妻が足立区の花祭りに行け、上野公園のボタン苑に行けと!。家にいてはいけないようだ。カメラのバッテリー充電もそこそこ家を飛び出す。目指すは上野公園だ。上野は東京の中では洗練された街とは言い難い。このごじゃな部分が好きですね。大阪で言えば日本橋〜通天閣の近辺。上野のボタンはまだ十分開花してなく、入場料を払うと、もう一度来演できるチケットをくれた。東照宮を祀った側にあるこのボタン苑の魅力は、数百本の株を持つボタンもさることながら、「鯛釣り草」と言う珍しい花に魅せられる。これは口で言うよりも見れば解る。この花を中心に200カット。撮影してたら、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿が百合の花」を口ずさんだ若い娘がいた。よしよし、よく本を読んでいるね。最近の若い子は本を読まないので教養が薄いのだ。と心の中で思った。歩いて秋葉原のヨドバシカメラへ。PCのケースと、DVDドライブと、電源トランスを購入した。6月完成予定でwindows vistaに取りかかる。道中は本を読みながら「通天閣」面白い。だがこの本をどうやらホタン苑に忘れてきたようだ。
4月13日(金曜日)
夕日のギャングたち
今回は2本の映画を持って出かけた、一つはブローク・バック・マウンテン、一つが上記タイトル。アカデミー賞まで獲得したブロークはホモの映画。いい男同士が絡み合うのは生理的拒否感が働き途中でやめた。もう一つは1971年の作品。ジェームスコバーンが登場するハードボイルド的西部劇。人の殺し方もカメラアングルも程々だが、何よりも心理描写がストレートで良くわかる。現在の邦画のように抽象的な部分が微塵もない。カメラワークにおいても同じ。飛行機の中でもPCをあけて見てたら僕の斜め前の人も同じようなことをしていた。PCも同じ「レッツノート」だった。飛行機は777−300の後部座席だったので揺れがひどい。とりわけ左右の揺れがすごい。あまりのすごさに途中映画を休憩したほどだ。後部座席についてはうんちくがあり、仲間の一人は飛行機の後部座席が安全だと言い、いつもその席を確保している、偉いと思う。後部座席安全は、日航機事故の教訓だ。しかし生き延びたのはおじさんでなく、若い女性だったが。映画は肝心なところで電源を切れとアナウンス。僕の画面を見図ったようだ。事務所に戻り9時過ぎまで書類整理。
4月12日(木曜日)
桜

今日は一日会議で夜も懇親会。確実に万歩計の歩数不足が予測されていたので、6時過ぎ起床、造幣局の淀川沿いを散策した。まだ桜が残っていて、朝日に透ける花弁を撮影した。ところが、肝心の万歩計の蓋が開いていてカウントが進んでなかったのだ。残念。淀川に落ち込むかのような桜があり、川のよどみが巧く桜を引き立て絶妙な写真が撮影できた。昼飯は昔高松にいた頃お世話になった先輩、小森山さんが天神橋商店街の近くで「やすだ」と言う屋号で食堂をしている。そこで頂く。夜は桜ノ宮近くのホテルで懇親会。あいさつをしろと指名される。これが一番嫌い。指名した人を脅して役を逃れる。思えばこの場で一番の年上となっていたのだ。ここからホテルまで徒歩。それでも歩数が足りない。ホテルを2周してつじつまを合わせた。やれやれ。
4月11日(水曜日)
万歩計の不足の補い方
出張のときは電車通勤。東京駅で下車、有楽町でお茶。日比谷公園で花の撮影。決まったパターンを続けるが、なかなか飽きない。しかし今日は荷物があるのでフットワークが鈍い。朝少し事務をして出かける。こちらの会議は少し早く終わり、空港で一便先の飛行機に切り替えた。今日はANAのストがあり、混乱があるようだが大阪行きは影響がない。東京はすごい雨模様だが大阪は曇りだった。夕刻の大阪は35年前の入社したときを思い出す。仲間は新入社員なのに残業があり結構仕事をしているようだ。僕はそれもなく、毎日会社と寮の間を往復するだけ。昔は歩くことも知らず、京阪電車のわずか2駅間の定期を買って通勤した。今思えば健康への冒涜ですね。徒歩で寮から会社まで50分くらいの距離なのです。言い訳があるとすれば方向感覚が鈍く、入社式にも迷子となって1時間遅れた事。思い出に浸っているうちに梅田着。ここからホテルまで徒歩。だが、今日はあと800歩不足した。ホテルは東横イン。東横インの風呂は比較的大きく、足を伸ばしてもまだ余る。それで、不足の800歩を風呂の中で、あの水泳のバタ足で補ったと言うわけ。これは疲れるし効く。
4月10日(火曜日)
チューリップが咲いた

昨晩、突然の雨、自転車を断念するほど。電車で帰宅すれば、当然翌日は電車出勤となる。いつものように、有楽町のプロントでお茶を飲み、日比谷公園を散策する。天候は晴れ。この公園は管理が行き届いていて、季節ごとの花が咲いている。それで今はチューリップなのだ。あの歌のように、赤、白、黄色の花が。あわただしく過ぎて行く日常を送っていると、こうした静かな時間は貴重だ。明日はPCを開く時間もないだろうと言うことで、遅くまで残業をした。預けていた自転車を回収すると、9時半を回っていた。足の力は十分残っていたので40分の行程を30分で駆け抜けた。余分なエネルギーは汗となって放出した。
4月9日(月曜日)
ウルトラマンの胸のランプ
ウルトラマンは結構強いが、エネルギーの持続力がないのが欠点。バルタン星人と戦って戦いが長引くと、胸の赤いランプが点滅を始める。そうすると早く戦いにめどをつけて大空に飛び上がらないと、ダウンしてしまうのだ。つまり自己管理の指標があるわけですね。この赤ランプには極めて共感部分があるので取り上げてみたいのです。このウルトラマンのシナリオを書いた人は、書いても書いても浮かばれない作家時代があったのです。そんな作家は量で原稿代金を稼ぐしかなく、体力勝負で机に向かったんだと思います。そして体力の限界を感じて筆を走らせているとき、彼の体にも警告信号が点ったと思われます。「もうこれが限界だ、今日は寝よう」と。そんな下積みの生活を続けている間にウルトラマンの胸のランプ構想が浮かび上がったんだと推測するのです。毎日赤ランプを点して帰宅しているので共感するのです。
4月8日(日曜日)
活断層

堺屋太一氏が25年前に書いた実際にあった話を小説化した本。かれは通産省時代沖縄に赴任した折り、この事件にかかわり小説に仕立て上げた。事件と言うよりかビジネス物語ですが、沖縄に石油備蓄基地を作るに当たって、誘致した村長が、実際に工事を施工しようとした業者のはしごを外す話。沖縄ののらりくらりとした生き方は暮らす上ではいいのかもしれないが、ビジネスには向かないようだ。そんな地域性と政治家の優柔不断な態度が物語の前半。後半は石油備蓄に反対するよう住民を先導しているのはプロの黒幕がいる話。ドラマ性があるが、読んでいて楽しくない小説。実際の物語なので、人間のどろどろな世界が頻繁に登場する。不愉快になる。腹が立って本を投げ出したくなる。こんな後足の悪い小説は久しぶりだ。長い小説なので布団の中で読んだが、これがよかった。きちんとした姿勢で読むとどうにかなったかもしれない。
夕刻プール。4月からプールの運用基準が変わり、1時間に10分の休憩が無くなった。連続して泳げるので、来ている人たちもゆとりのある泳ぎ方をしている。鎌ヶ谷の桜も終わりだ。来週から高井戸では違う種類の桜が咲く
4月7日(土曜日)
秋葉原に路上ライブを撮影に行った

秋葉原のつくばエキスプレス側の駅前広場は今や歌手の卵のデビュー場。アマチュアカメラマンとアマチュア歌手がひしめき合っている。お宅系の兄ちゃんもいるが、僕のような怪しいおじさんもいる。可愛い娘(こ)はかぶりつきで聞く(1mくらい)ので撮影の距離が保てない事になる。よそから見れば異様な風景だが、それでも食らいつきたくなる娘もいる。僕はきちんと3脚を立てて撮影したいので、空いている側の娘の前で撮影を始める。しかし、彼女たちも何とか世に出たいという思いがあるので、歌ばかりでなく、踊りも交える。そうすると、カメラのフレームからでてしまうので、結構難しいのだ。今回の失敗は、軽く納めるために小さな三脚を持参したことだ。やはり、ムービーには本格的な三脚が必要だ。夜、アメリカロックベスト100を見た。赤坂康彦氏の司会。彼は歯切れが良い。検索で引くと、「話を聞いた人を俺色に染める」とある。非常に好感の持てる人だ。アメリカロックを聴きながら、先日新潟イオンで購入してきた日本酒を飲む。「越のさかふねとこいつま」だ。旨くマッチして音楽がしみいる。
4月6日(金曜日)

6時27分の新幹線に乗ろうと目覚ましをかけておいたら、なんと早く目が覚めてしまい、6時3分発の新幹線で東京に向かった。MAX号で1階部分に席を取ると、新幹線の路線ガイド壁より位置が低く、太陽が差し込まない旨いポジションだった。残りの事務をすませてちょうど完成した。東京駅から事務所まで徒歩。今週は70,000歩だ。距離は35km。一歩あたり50cmと計算して。最近日経新聞では団塊の世代のスポーツとして、ウォーキングがあり、いろんな靴を紹介している。しかし、僕はこんなやわな靴よりも、リーガルの革靴をお薦めしたい。この靴は重いが、しっかりと足になじみ、蒸れない。一日15,000〜20,000歩いても全く問題がない。問題は少々価格が高く、減りやすいだけだ。夕刻、転入社員の人と懇親をした。野球人生を生きてきた人だがたばこを吸う。「おかしいやろう」と問うと、プロ野球の人も多いよ、ベンチ裏ですぱすぱやっている」と答える。それで、酒席はたばこ論議で沸いたわけだ。
4月5日(木曜日)
新潟へ

九州から新潟へは日本海を抜けていくので意外と近い。ところが、ここは寒い。薄いジャンパーを持って行ったが正解だった。新潟は会議、公共施設での会議で、食事の弁当も昨晩食べたコンビニ弁当を食器に盛りつけただけという感じ。しかしだ、この弁当の米の部分は全く違った。燦然と輝いているのです。米だけで食べられる。米がおかずになる。こんな米は食ったことがない。カメラに撮影することを忘れただけが残念。夜、駅前にあるヨドバシカメラで、自転車に取り付けられるカメラ脚を買った。これがあるとおもしろ映像が撮影できそうな気がする。Kさんと一緒で、駅前の大助さん(居酒屋)で食事を。2,000円の刺身盛り合わせがすごい。酔い覚ましに、信濃川を渡る。風が冷たく温度計は6度だった。ホテルは値段で選んだ。なんと部屋の中に風呂がなかった。大浴場へ。大と言っても大人4人までですね。やっぱりきちんとしたホテルを選ぶべき。
4月4日(水曜日)

朝の内、博多市内を散歩する。桜が満開だ。冷泉閣ホテルの前には少しだけの公園がある。この公園に浮浪者が住み着いている。が、彼らは僕のような朝の散歩をする人にはきっぱりと挨拶をするし、何よりも、全員が公園全体を掃除していることである。桜の季節なので、近所のサラリーマンが花見をする、そうすると公園が汚くなりますね、それを早起きの彼らはきちんと清掃している。櫛田神社を抜け川端商店街を行くと、行きつけのうどん屋さんがあった。だが休憩中。仕方なく、その隣のラーメン屋さんで博多ラーメンを。豚骨スープなのに匂いがない、なかなか。大博通りを横切ると立派なお

寺の通りに出る。ここでも桜が満開。逆光で桜の花びらが透けて見えるところを撮影する。ひときわ大きなお寺さん(瑞応庵)の中に、はなぞの幼稚園があった。若い保母さんが掃除をしていた。今日は掃除をよく見かける。夜はコンビニ弁当を食べながら映画「シャレード」を見た。オードリベップバーンのキュートな姿はテレビなんかで見る素人もどきタレントと比べると非凡さを感じますね。これぞ「プロ」だと。弁当があまりにも脂っこく胃にもたれたので、寝る前に30分ほど散歩。
4月3日(火曜日)
大移動

よほど覚悟を決めてないと、疲れでいやになってしまう。東京→高崎→東京→羽田→福岡。朝早いせいもあるが体の反動が鈍い。今週は事務をするときがない。それで、この移動中に処理をしていくつもりだ。いすとラップットップPCがあれば、どこで事務を執っても同じ結果となる。これは便利ですね。もし、机と電話とFAXが無ければ仕事ができない10年前だったら、3日間も事務所を空ける出張などできなかっただろうし、強行すると土日を事務でつぶすこととなっていた。隔世の感がありますね。福岡行きはわずか10分の遅刻で次の便となった。午後7時15分発、9時着だ。空港のラウンジでもはかどった。9時半にやっと仲間と合流し、イカの活き造りを頂く。これは少しお金がかかるので、記念にハイビジョンムービーに記録した。大きな目玉がしっかりと動いていたのが撮影できた。足の部分は天ぷらでいただく。
4月2日(月曜日)
新しい暦が始まった。昔は各企業ともめいめい独自の決算日を決めていたが、国際社会に適合するため4月1日を一年の始めとした。だから新社会人にとっても実質月曜日の今日が入社式となる。僕は3月21日入社だったので、卒業してからの休みが非常に少なかった。寒い中、初めて瀬戸内海を渡った。前日大阪のおばさんの家に宿泊し、入社会場まで送ってもらった。孤独を感じましたね。目の前には黒い服にキャスターつきのバッグを引きずった新人達がいる。男も女も和気藹々と談笑している。僕らとは違う人種だ。彼らは期待に胸を膨らませてやってくる、彼らの希望の内訳は数種に集約できる。そして3カ月に3割の人が失望で去ってゆく。失望の原因は数千種、人の数だけあるようだ。彼らにはトップの経営陣が教訓をたれるが、聞いてないだろう。僕も毎年、時期は違うが教訓をのたうちまわっている。僕の教訓は毎年同じですけど。僕の教訓は役に立つんだが、聞いてないだろうな。
4月1日(日曜日)
桜撮影日

快晴だ。近辺にいろいろと桜の名所はあるだろうが、通勤途上にある本八幡(市川市)の桜も放っておけない優雅さがある。そこで、太陽のある内に撮影と言うことで、三脚を持って出かけた。今年は暖冬で早い開花が予測されていたが、例年通り。昨年と違うのはこちらの機材で、きちんとハイビジョンで納められた。目で見た感じの風景が残せるようになった。写真と動画両方を押さえて帰宅。途中、三好だんご市川大野店がある。ここはいつも通りがかりの車が停車し大混乱している繁盛店。関西にはだんごの食習慣がないが、関東はだんごとそばが定着している。みたらし、あん、いそべを各一本ずつ買って近くの川辺で菜の花を眺めながらいただく。春の風が吹いてきて時間の経つのを忘れてしまう。ついでに手袋を忘れて帰ってきた。
3月31日(土曜日)

さくら満開のニュースであるが、あいにくと曇り空。今日の活動はほどほどにして、音楽の整理でもしよう。ネットワークに接続できるHDDに取り込んだ音楽を移すのだ。今まで使用していたHDDは60GBで、先々不安だ。そこで。i−tunesの取り込んだ音楽は無事移動できたが、SD-juckeの音楽はネット上で移動できない仕組みとなっている、少々不便だ。娘が携帯電話のパスワードを忘れたのでドコモショップに行ってくれと言う。この娘はいろんな事をすぐに忘れる。家の中でいつも捜し物をしているのだ。多分今回も忘れるだろうと予測がつくので、ノートに控えておくように言ったが、雑記帳のようなものに控えただけだ。今度はそのノートが見つからないと大騒ぎするはずだ。僕はついでに、レンタル屋さんでCDとDVDをレンタル。ポータブルオーディオ機器が調子悪く、最近音楽を聴いてなかったのだ、久しぶりに音楽を聴く。音楽、映画、スポーツ、写真、PCこれらを旨くバランスよく回すのが肝心だ。夕刻プール。太陽が沈んで、暗い公園で桜を撮影する。
3月30日(金曜日)
送別会

朝雨模様。いつものように東京駅から歩き、有楽町の喫茶店で本を読む。すると、どんどん暗くなってくるではないか。8時頃喫茶店を出る頃には、ぽつりと雨がきた。そこから30分かけて事務所まで歩くが、その間に雨がひどくなり、風も吹いてきて嵐になった。事務所についてしばらくすると太陽が出ていた。妻からの用事で冷蔵庫が壊れたとのこと、有楽町ビックカメラで購入した。PC売り場や、AVコーナーの店員と比べて殺気立ってない。優しく説明を受ける。400リットルと大きめにしたが、きっと冷蔵庫一杯に買い物をすると思う。そしてその半分を捨ててしまうだろう。3月は別れと出会いの月だ。今日も送別会でお見送りした。面白いのは自主参加の会に於ける女の出席率だ。女の人数がその人の人気のバロメーターだ。女に人気のない男は、男にも人気がないのだ。と言うことでワインのお店で送別会。ビールと違ってワインは酔う。東京駅から旨く座れたので、船橋まで爆睡一直線。最近は相当酔っていても船橋が来ると目が覚めるのだ。
3月29日(木曜日)
まだ続く活気の話

朝6時から名古屋駅まで歩く。駅の手前にある柳橋魚市場に迷いこんでしまった。だが、これは拾いもの迷い。何と築地市場のような活気がある。築地は運搬車もエンジンがついているが、ここは手押し車と差はあるものの、活気の具合は格別だ。不思議なのは乾物屋さんや包丁屋さん、この朝市に参加しなくとも商売はできるはずだが、一緒になって騒いでいるのが面白い。名古屋の胃袋事情がわかる場面だった。駅前にできたトヨタのビルの一階には外国のブランド店が入っていた。少しは読めたが全部は無理。東京に戻って今度は別の場所へ移動。夕刻再び事務所へ、20時まで事務。万歩計の数字が不足で、銀座へ。この頃になるとママさんの出勤タイム。そこらにないような和服姿の美人がうようよ通る。ウインドウと美人の両方をチェックしなければならない。ゆっくり歩いていても目は忙しい。この街も名古屋に負けず活気がある
3月28日(水曜日)
尾張一宮の活気

仕事を終えたのが午後8時半。みんなと一緒に駅前の居酒屋で決起会でもしようと言うことで、「風来坊」へ、だが満席それで「あぶり一丁」へ、→「俵屋本店」どこも満杯なのだ。やっと「栄太郎」で席に着ける。駅前を30分行脚。でも、何故こんな田舎町がいっぱいなのだ。明るい間に歩いた街の感覚は小売店は寂れ、人口減が進む中、郊外店に街の中心が移動した感じだったのだ。飲みかつ食べたら単価3,500円。田舎だから安くはない。22時の電車で名古屋に移動し、伏見から栄まで歩くと、女子大小路は不夜城のごとく元気だった。日本の元気がこの地区に集中しているかのようだった。<風来坊ほどではないが、手羽先>
3月27日(火曜日)
ディスノート後編
名古屋へ移動。新幹線の中もしっかり仕事。良く頑張る。ホテルでコンビニ弁当。ここでも昨日の不運を引きずっていて、せっかく買った弁当に箸が入ってない。女子大小路にあるファミリーマートにつとめる中国店員の馬鹿が箸を入れ忘れていたのだ。一緒に買ったフルーツのスプーンで食べる、みじめ。今後は教育のしっかりされたセブンイレブンで買うことにしよう。弁当を食べながら予定していたプログラム「ディスノート後編」を見る。演技がまるでなってないし、ストーリーにも無理がある。たとえば、何故アメリカのFBIが日本に来て仕事をする必要があるのだ。しかもその人物は日本人なのだ。だが、この映画には魅了される内容がある。ノートに書いた人物は死ぬ。このノートが後編では2冊存在するのだ。一体どうなっているのだ、と疑問が出てくる。結末は多分原作とは違うものだと推測する。なぜなら、主人公の月(ライト)(藤原竜也)がかっこいいので、もう少しインパクトを与えて終わりたい、監督の欲が沸いてきてストーリーを書き換えたはずだ。僕でもそうする。
3月26日(月曜日)
夜中にトイレに起きた。夕べはプールで相当がんばったので、頭がぼんやりしている。トイレまでは5歩。しかし、敏感な小指を掃除機に引っ掛けたのだ。一気に目が覚めた。その後もあまりの痛さに目が冴えて眠れない。と言うことで一日中眠くて、びっこを引く。だが今日はいろいろとあり、夕刻には送別会と言うことで忙しかった。気がついてみると12,000歩を歩いていた。普段と変わらないじゃないか。
3月25日(日曜日)

朝から嵐。この建物はほとんど外の音が聞こえないが、今日ばかりは強い風切り音が届いてくる。雨の日は落ち着きますね。朝飯の後、ゆっくり本を読んでいたら少しめまいがした。時々こんな事もあるわなと言い聞かせた。その本は結構面白く昼頃までかけて読み終えた。居間に行って少し補給を、そこで朝のめまいは地震だとわかった。時間が経過するにつれ被害状況が拡大してくるが、家屋の損傷の割に人的被害の少ないのは、しっかりとした家に住んでいたと言うことだろう。北陸3県は個人資産が多い県だ。マスコミの皮肉は、地震が起きそうにもないと言われている地方でまたもや地震発生と!。その後、プール。プールではまた、いつものおじさんにぴったりとマークされた、30分経過でやっと離れてくれた。ほっとした矢先、今度は高校生くらいの女の子がついてくる。僕は泳ぎ始めたらほぼ一定の速度で泳ぐので、こういった連中には格好の指標となるだろうな。いささか疲れた。先週写真のネガのプリントを頼んでおいたのでそれの回収。今回は、試してみたいことがあった。富士フイルムで焼くプリントと、お店で焼くプリントと、PCで焼くプリントと、一体どれが一番良いのか?家族評は、お店プリントが一番だと言う。この写真はニコンのフィルムカメラF4で撮影した。自宅で焼く場合はミノルタのフィルムスキャナーを使って取り込みを行う。フォトショップで画像処理をして焼くので結構大がかりなのだ。
3月24日(土曜日)
やっと謎が解けた

今日はお台場のビッグサイトにある、フォトエキスポに行った。国際展示場で下車すると長蛇の列。これは大変だと列をたどっていたら、彼らは国際アニメフェアへ行くための人。30歳以上の人を見かけなかったので少し不思議な感じもしていたのだ。さて、フォトエキスポはカメラの祭典だ。当然ながら、カメラメーカーはカメラの性能を示すために被写体としてのモデルさんを雇う。そのモデルさんが今回の目的だったのだ。僕は背が低いので、後ろの方から撮影することとなると両手を上げての撮影となる。当然ながら手ぶれも発生する。そこのところは仕方ない。所々に人気のないブースがある。そこらを見るともなく流していくと、蛇腹式のカメラに出会った。話を聞いてみると、この世界は昔に技術が確立されていて、デジカメのような競争は無いようだ。彼らは精細感とか色の階調性など、大きなフィルムを使えば一挙に解決すると思いこんでいて、僕に親切に説明してくれた人は、29型のTVサイズの写真を示して、この写真はべた焼きなんですと言う。べた焼きと言うのは、フィルムと印画紙の関係が1対1の関係。つまり、29型のTVサイズのフィルムを使ったわけですね。そこでルーペを出してくれて、この東京タワーの展望室に人がいるから見てごらんと言うのです。そこまでの精細感が写真にあるのです。そこで、この写真だとずいぶんといいレンズが必要でしょうね、と言うと、レンズはそこらあたりに転がっているのが全部使えるのですよ。と答えてくれる。そこで、このカメラ(布をかぶってピントを合わすあのカメラのこと)のレンズを取り外してくれた。なんとそのレンズは、中古カメラ店などでよく見かけるレンズだったのだ。長年の謎が解けたのです。
3月23日(金曜日)
入り口と出口の問題について

我慢というのがあまりできなくなりつつある。一つはトイレ。トイレが近くなった。もう一つは、喉の渇きや、腹の減り具合。その兆候がでてくると、何をさておいても欲求を満たすようになっているのだ。性格的なことと、老化と二つの理由があるのではないかと思うのです。今日も、腹にもたれるワンタンを昼食に食った。この店の女将さんは江戸っ子のちゃきちゃき娘で、対応に好感が持てるので、おじさん達のメンバーがこぞって行くのです。さて、そのワンタンですが、今日は昼一番に会議があり、隣のビルまで徒歩で出かけていったのです。たったそれだけの運動を挟んだだけなのに、もう夕刻から腹が減って仕方ない。仕事を終えたのが8時半。普通なら、自転車を預けてある本八幡まではとにかく帰り着いて、そこからビールを飲みながら帰るパターンだったものを、今日は我慢ができず、近くのファミリーマートでフライドチキンと、キリンゴールドビールを買って、満たしたのです。このファミマは、どうやら、僕のような輩が多いみたいで、店内飲食ができるように広いスペースが提供されているのです。よく、帰宅の電車で東京の始発電車に乗るといきなりビールや酎ハイを飲むおじさんがいますが、これは半分は習慣化し、半分は我慢の問題だと思うのです。<日比谷公園の桜>
3月22日(木曜日)
ときどきプライドを持つこと
橋田壽賀子さんが、嫁に行ったとき、姑にいじめられた。でも我慢ができたのは、自分にはシナリオを書けると言うプライドがあったからだ。と回顧録で述べていた。平成デジタル時代は何モカもデフレ化が進み、人のプライドも地に落ちたようになった。そんな中、かろうじて生き延びていけるとすれば、誰にもまねのできない自分であることが秘訣だと思う。しかし、それは他人の目で見ると、「そうじゃない」と映るかもしれないが、自分がそう信じることがポイントだと思う。そしてそのことに関してはあまり反省をしない、よそを見ない、比較をしないことだろう。アメリカでも日本でも、多分欧州でも、ココロの病気を患っている人が増えている。昔は、もっと過酷な(体がきつい)環境で仕事や生活を営んでいたのに、ココロの病気がなかったのは、まだ、日本人の中に武士道と言う、プライドが保たれていたためだろうと思うのです。まずは、自分を信じる宗教を一つ持つことですね。そうすれば、地に足がつくのではないかと思うのです。
3月21日(水曜日)
再び娘

嫌がる娘を説得してビデオ撮影。ビデオはハイビジョンカメラなので肌の汚い中年には厳しいカメラ。若い娘がいて良かった。顔はまずいが、肌と髪の毛はまずまず。テレビで見るような映像が家庭で撮影できる。これは娘にとっても記念の映像になると思うが、今はそう思ってもらえない。その後、市川植物園に向かった。植物園は今の季節目が離せない。今回は「ヒスイカズラ」。ヒスイ色のそれはそれは見事な花が咲く。しばらくここでたたずむ。そのうちに「ランの花だけ」に太陽光線が当たった。これは、神のシャッターチャンスだ。こんな瞬間は二度とない。そこで、パチリ。満足した映像が撮影できて帰宅。「デジタルコンテンツ流通教科書」を読んだあとプールへ。平日のプールは小学生の教室となっていて、自由に泳げない。土日の半分ぐらいの距離で退散。寝る前に「羊たちの沈黙」を観た。ジョディー・フォスターのシャープな顔が物語を引き締めている。眠いが最後まで我慢をしてみた。
3月20日(火曜日)
けなげな弟
昨晩の続き。姉の帰りが遅い。弟はお土産を待って遅くまで起きていたが、野球の朝練があり、もう限界と言って寝てしまった。姉の性格はお土産なんかに気を使うタイプでなく、気が向いたら買ってくると言う感じ。この弟は昭和の初期、まるで「三丁目の夕日」に登場する淳之介のようだ。それでいて学生生活が送れているのが不思議だ。今日は電車通勤。久しぶりに日比谷公園を通ると水仙があちこちで満開。カメラを持ってない。通勤途上に撮影するおじさんも多く僕もその一人だ。おじさんのカメラはほとんどデジタル一眼レフですね。明日休みと言うことで仕事を片づけると9時。本八幡で10時。駅近くのセブンイレブンでキリンの新ビール「ザ・ゴール」270円と野菜のてんぷら230円を買う。昼飯に大正軒の姉妹店でラーメンの大盛りを食ったのがまだ残っていて、いまいち野菜のてんぷらは味がわからない。が、ビールは旨い。とても旨い。
3月19日(月曜日)
23時半
中学生の娘が帰宅した時間。卒業式も終えたし、さぁみんなで羽根を伸ばしに行こうか!ということで5時起床でディズニーランドへ。もう何度いったのだろう。自転車でも1時間程度の距離だから、芸西から南国市くらいのところ。それで、閉園まで遊びつくして帰ってくる。僕が中学生を卒業したときには、みんなで住吉の灯台まで母につくってもらった弁当を持って自転車でいったのとは隔世の感がある。なんやかんやおやじが言っても家庭は妻の描く家庭になってしまう。みそ汁の味から、かまどの灰まで。僕の方は仕事が最後の仕上げとなり、遅い。万歩計も9400歩。寝付きが悪い。
3月18日(日曜日)
113−68

晴天だが風が冷たい。しかしめっきり春めいてきた、近所で春はないか?探しに散歩。その目で探せばある、ある。バラの新芽、ぼけの花、あじさいの新芽。いろいろ迷ったが、今回はあじさいの新芽を掲載することにした。花は逆光で撮影すると目で見た感じと違うように写る。写真の楽しさというのはこんなところだと思う。夕刻プールへ。道中にも春が一杯だ。ハナミズキが咲いていた。昨年は見事なトサミズキを撮影した。プールでは体が軽く、普段よりも速い速度で泳いだが息も切れなかった。今日は競争相手もなく自分の速度で泳げたのも良かったかもしれない。プール出口にある血圧計で測定したら冒頭の数字だった。体が軽いわけだ。年を忘れるような体力が時たま噴出する。プールから帰ると息子は飯も食わずに寝ていると言う。野球で疲れ果てたらしい。同じ家にいるのに顔を合わす機会がない。
3月17日(土曜日)
頭がどんより

今日も頭がどんよりしている。しかし、昨日の続きがまだ残っていて3時間ばかり専念しなければならない。片づけると電車に乗っていざ船橋へ。ここに写真の現像を頼んでいたのだ。ポジフィルムなので、ちょっと見るだけではわからない。本八幡で自転車を回収して、市川動物園に向かう。ここで雪割草の展示会をしているのだ。館内は一人もお客様がいない。どうやら仲間内の展示会のようだ。雪割草は小さな花で、いくつもの違った種類があるようだ。ついでに動物園も見る。この動物園の見所は、レッサーパンダと、豚と山羊を一緒に飼育しているところ。山羊が頻繁にうんちを出すが、それをすかさず豚が食べに行くというシーン。管理している若い女性2名は、すかさず山羊のうんちを箒とちりとりで回収に行こうとするが間に合わない。毎日山羊のうんちを掃除しているとうんちに対する愛着のようなものが芽生えるのか、素手でもこのうんちを回収していた。立派。夕食後、「日本沈没」を見た。小松左京の原作。日本が沈没するが世界各国の協力が得られないまま、草なぎ剛がその危機を救うと言う誠にスケールの小さい内容で終わる。邦画はほとんどこの手のストーリーが多い。
3月16日(金曜日)
朝日の中で

昨晩のホテルでのこと。昨晩は午後10時半ごろまでレポートを書いた。ここまでが限度だろう。と言うことで終了宣言を。そこから昭和53年に制作された「事件」を見る。永島敏行、芦田伸介など懐かしい俳優が登場する。大岡昇平の原作。検事の立証を崩す構成で、まだこの頃はこの手法は斬新だったのだろう。今はネタが出つくした感があり、宮部みゆきの「理由」のような、相当ひねくれたストーリーでなければ作風に新鮮身がない。映画を見ながら買い込んだお酒を飲んだ。朝起きると頭がぼんやりとして喉がひどく渇いていた。出発までの30分ホテルの周りを散歩した。畑の上空ではひばりがうるさく鳴いていて、立ちどまって見ていると、急降下してきた。そこに巣があるのだ。非常にはっきりとした行動を取る鳥だ。高松空港では朝飯にぶっかけうどんを食べた。これで3食ともうどんを食べたことになる。9時半東京に戻る。午後10時までみっちりと仕事をした。
3月15日(木曜日)
四国は虐げられている

朝9時55分の飛行機で高松に向かう。登場ゲートは68番だ。検査をくぐってラウンジでメールを一本。登場案内があったので63〜70番の看板にそって歩く。ところが行けども行けども68番ゲートは出てこない。最終案内のアナウンスがある。「乗り遅れるとおいて行くよ」的な案内だ。それでも見えてこない。さらに進むと左に折れる。やっと見えてきたか。それは67番のAとBだ。68番は一番遠いところにあった。やれやれ。10分くらいは歩きましたね。徒歩10分というと地下鉄の一駅に相当しますね。さらに、客を焦らせて案内しておきながら、飛行機は滑走路手前で20分も待機。結局高松市内に入ったのは12時を少し回っていた。「はなまる」さんでうどんを。夕食は雨が降っていてアーケードから抜け出せないので兵庫街の商店街にあるうどんやさんで「釜上げうどん」を。ホテルは空港近く。最上階に温泉がある。温泉で少し泳いでサウナに。サウナと水ぶろを2回。さっぱりしましたね。
3月14日(水曜日)
順調に晴天が続いているので自転車通勤だ。ここ2〜3日は寒く、しかも鎌ケ谷付近は特に寒い。寒いことと関係ないが、桜の開花予報が間違っていたと気象庁は発表した。データーのインプットにミスがあったようだ。彼らの予想はデーターが主であり、全国に散らばっている気象庁の職員の目視感覚は一切考慮しないそうだ。このあたりは警察の事件に対する対処の仕方と似たような感じがするのだが。仕事が混み合ってきて帰りに散歩する時間の余裕がなくなり、毎日1万歩程度に落ちている。大きなテーマが2つ重なると途端に効率が落ちますね。大きなテーマ一つ、サブに2つ位が何とかこなせていくレベル。今週は毎日この状態が続く中で出張がある。
3月13日(火曜日)
モグラたたきとボンバルディア機
今日一番の話題は高知空港に胴体着陸した全日空の飛行機。ボンバルディアQ400だ。搭乗してみれば贅肉をそいだ室内の作りといい、このプロペラ機は現在の設計であるということがよくわかる。だが、この機体は就航以来故障が多く運行中止率は他機と比べて一桁多く、しかも原因となる部分は電気、油圧、エンジンなど様々で特定しにくいと言うのだ。マスコミははっきり言わないが、これらの要因をすべてインプットして出てくる回答は、設計基準が他機と比べて一段低いレベルで作られていると言うことだ。これはとりもなおさず近いうちに大きなトラブルが発生すると言うことを意味している。整備士の目が届かないカ所からも問題が発生する可能性があると言うことだから。モグラたたきに似てますね。大阪〜高知便は2ヶ月に一度くらいの頻度で利用している身となっては、ちょっと怖いですね。話題の少ない高知新聞社は、当分この記事で食っていけるだろうから喜ばしいだろうが。
3月12日(月曜日)
ただならぬ体の痛み

今朝がピークの酷さ。朝這うようにして布団からでた。歩けないほどの疲れだ。朝飯を食いながら目覚めて行った。つらい。天気は晴天で寒い。通勤電車で確実に席につくことが重要。ということで、本八幡駅まで自転車。体がきしみ音をたてていた。7時40分汐留に到着。しかし地に足がついてないようだ。これでは今日一日ダウンだろう。ということで、コンビニで普段より少し高価なリポビタンD\395円を。店内に設置された椅子で飲み、信号をわたって歩く、その数分の内に、ダメージを受けていた腰から下の痛みが急激に引いて行く。それは見事としか言いようがない。喫茶店で休息の後、事務所に入ったがもう完璧に日常の体に戻っていた。以降薬が切れたと言うことはなく回復してしまったのだ。信じられないがこんなことが起きるのですね。しっかりと残業をして自転車で帰宅する。<天王洲のビルから品川方面>
3月11日(日曜日)
トライアスロン

昨日8kmを走ったことは書いた。事前練習がなかったので今朝は疲れて9時過ぎまで寝てしまった。朝飯を食った後本を読んでいたら眠くなり、一日中睡魔に襲われたような感じだった。
夕刻は雨も上がりプールに出かけて2km強を泳いだ。プールへの片道、自転車で10kmあまりあるので往復で20km。昨日と今日でminiトライアスロンを挙行したことになる。腰から下にいろんな痛みが複合して、いすに座っているのもしんどい状態。少々無茶だったかな?明日にその結果が出ますね。
道中木蓮が咲きほこっていた。白い椿の花も今が満開だった。神社のピンクの梅も満開。自宅からはシルエットの富士山が見えた。どれもカメラに納めたが、代表は今を旬の木蓮だ。
3月10日(土曜日)
久しぶりにジョギング
スーパーマンリターンズを見ていたらプールに出遅れて、せっかくだから駅前で散髪をすます。この散髪屋さんは異色だ。素早い時間でできるので1,000円の料金だが、チラシを持って行くと半額の500円で散髪をしてくれる。これはいい。駅前商店街の物販は寂れてしまったが、散髪業界は量販店がないので盛況で、ここになんと8軒もある。その後短時間でできるスポーツと言うことで、ジョギング。正確な距離がわからないが、だいたい8km位のいつものコース。ここを1時間半かけて走り込むのだ。1年ぶりだが、タイムは1時間23分だった。突然の事だから途中でへたばるのではないかと電車賃を持って行くが使わなくてすんだ。いい汗をかいたので、そのお金で「ふじみや」でビールを。飲みながら帰宅。運動の後のビールは尿酸値が上がるので御法度なのだが、旨さにはかなわない。
3月9日(金曜日)
レンタル
汐留のampmがレンタルを始めた。ここの会員証は新規発行でなく、手持ちのedyカードがあればそれが利用できる。「ワールドトレードセンター」とか「16ブロック」とか見たい映画が多くあったので、早速5本借りてダビング。夕刻には返却の体制となった。レンタルはいろいろな店を伺ったが、やっぱり平日のレンタルが一番余裕ある。平日寄れるレンタル店ができたことでライブラリーが急激に増えそう。しかしいつ見るのだろう?現在160巻入りのケースが4巻一杯となり、5巻目に突入。見るにはポータブルDVDで出張の移動中がねらい目。そういえば新幹線ではこの姿をよく見かけるようにもなりましたね。
3月8日(木曜日)
家に帰って子供達がにこっと笑うとやばいことがある印。
業務用PCが壊れてしまい、新しいのに切り替えてもらった。ところが、やっぱり道具というものは使い慣れたものでないと効率が悪いですね。性能が一段とUPしたはずなのに、文章作成に手間がかかり、すらすらと書類が作成できない。通常よりも長くかかってしまい遅くなった。それで10時半に帰宅、これから素早く飯を食って風呂に入って即寝る。こうしないと明日へ差し支えるからだ。にもかかわらず、まだ子供達は風呂に入ってないのだ。これが笑顔の原因。僕が寝ようとしているときに、隣の風呂でがたがたするのだ。結局寝付きが悪く体力不足を明日に持ち越すことになったのだ。
3月7日(水曜日)
気兼ねなく飲める仲間
今朝は体がきつくて、いつもより1時間遅い6時半に起きた。この時間になると相当電車は混むだろうと覚悟していたら、船橋から通勤快速電車に乗ることができて、ノンストップで錦糸町まで行く。しかも錦糸町では多くの人が降りてしまい、運良く座ることができた。??て感じで東京駅へ。まだ8時にもなってない。すっかり元気を取り戻して、東京駅から歩くことにした。今日は定時に帰宅するため、根を詰めて仕事をした。仲間との懇親会は日本橋の近くだ。あらかじめネットの地図を持って行ったら、全く別の店に入ってしまった。あわててSOS。携帯電話があるのでたいがいの齟齬は修復できる。さて仲間との懇親会は話題が百花繚乱。途中で日本酒に切り替えたのでさらに盛り上がった次第。テーマは「山」。今年はすでに6月に登山の計画をしている。
3月6日(火曜日)
自分の正しいと信じる世界に生きる

めまぐるしく変化するビジネスの世界では戦略の効果測定ができないほど、難しくなってきている。狙いは二転三転変更して、結果も狙い通りなのかどうかが不明なまま幕をしめる事にもなる。
昔の、風が吹くと桶屋が儲かる単純な図式が見えなくなった。自分のしていることが正しいのかどうか、自信がない。未来から自分の人生を眺めることができれば、もう少し判断がつくものだが。
変化の激しい時代には長い時間熟成した考え方、つまり宗教が一番正しい判断ができるかもしれない。しかし、それさえ没入できないほど時間的な制約も多い。渡部淳一氏の「鈍感力」と言う書籍が出たのもこうした背景があるからだろう。懇親会の後、自転車で帰宅。今日は疲れたぜ。
<朝、出勤の時、もくれんが咲き始めていた、本八幡駅前の民家の植木を撮影>
3月5日(月曜日)
平穏な日々
どうしたわけか、朝起きるとワクワク感が募る。今日は何か良いことが起きるだろうと期待する。しかし何にも根拠がない。今日も何事もなく平穏に過ぎて行く。それが幸せなサラリーマン生活だろう。そんな中で少しだけトピックスがある。転入社員が3名赴任した。今まで違う世界で仕事をしてきた人たちだから、その生き方を聞くのは興味が沸く。それから山のごとく送られてくるメールとの格闘。全部は見切れない。毎日半分以上は積み残しですぎていく。
3月4日(日曜日)
人となり
「神の手・スティーブ・ジョブス」を読だ。なんて勝手なわがままな人だろうと言う印象。しかしながら、信念がすごい。自説を曲げない。曲がるのは世間であるし、交渉相手だ。そのため幾つかの失敗もある。Windowsが世に出たのは彼の失敗による恩恵が大きいと言われる。それだけの人物が失敗と成功を重ねて表舞台に登場した。それを綴った物語。彼の人格に対する評価は最低。だが、そのマイナス面を補ってあまりあるメリットもある。世界を舞台とした仕事ができるからだ。また、スティーブは給料がすくない。アップルに返り咲いた頃は年収「1ドル」だそうだ。ディズニーの取締役にも就任したが、これは700万円程度。かれは、仕事には興味があるが収入には淡泊のようだ。
3月3日(土曜日
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花の博物館
千葉市稲見海岸にある植物園。デジカメは修理中につき重いニコンのカメラを持って出かける。船橋駅前のさくらやでF4のデーターパックの電池の入れ替えをしてもらう。このデーターパックは特殊な操作を行うもので当時4万円もする高価なもの。電池を入れ替えてきちんと時刻まで合わせてくれたのはたいした腕前。
バスの中で試し撮りをするが、どうも動作がおかしい。それで本体の電池パックを開けると粉が吹いているではないか。なんたること。まずは安物のマクセル電池を使ったのが失敗。それに出かける前のチェックを怠った。バスを降りて近くのコンビニへ。そこから徒歩。
さて植物園はもう菜の花が終わろうとしていた。ほんの少しチューリップが咲きかけていた。園内はチューリップが満開だ。長崎のハウステンボスまで行かなくてもここで十分楽しめるほどの花があった。途中併設するフランス料理店で、牡蠣の4店セットとワイン。夜の10時まで営業しているレストランで料理には自信があるようだ。
3月2日(金曜日)
大阪は温かい
朝の便で大阪へ。飛行機のドアが開き、空港施設に入る。もうそれだけで春の陽気が感じられる。今年東京の冬の平均気温は、例年の宮崎県並みだと報じられていた。ジャンパーを羽織ってきたのは失敗。暑くて、脱ぐとかさばる。
昼飯に行きつけの居酒屋さん、「やすだ」でいただく。定食にうどんがつく。やっぱりうどんは関西だ。関東から来た仲間はお好み焼きへ。お好み焼きにご飯がつくというのが新鮮に映るようだ。
午後4時半、今度は会場を変えて別の場所へ。ちょうど夕焼け時、なかなかいい雲が出ていてのでタクシーの中から夕日を撮影した。車から降りて撮影したかったが。帰りは8時の新幹線。新大阪の駅で仲間とビールで懇親、暑かったためかビールが旨い。DVDの映画「ルパン」を見て移動。久しぶりのフランス語の映画。色っぽいおばさん(クリスティン・スコット・トーマス)が登場する。年齢を調べると47歳。おばさんに魅力を感じるようになるのは、こちらがおじさんになったと言うことか。
午後10時半品川着。電車が暑かったので駅のホームに降り立つと気持ちが良かった。サウナから出た気分。
3月1日(木曜日)
もう3月だ
どうも平日酒を飲むと翌日はしんどい。今朝はいつもの時間に起きたがエンジンがかからず、7時半までもう一度寝た。この時間でも間に合う。しかし、電車は込む。電車の込み具合は都会ならではの酷さがある。だが、今日は目の前の人が降りたためうまく坐ることができた。僥倖。3月は大きな人事異動があり新聞紙面をにぎわしている。別れと出会い。うちの娘も新しい学校だ。娘は試験が終わったためか晴れ晴れとしている。寝る前、短い廊下ですれ違ったついでに首を絞めてやった。他にふれる場所がなくなってきたのだ。
2月28日(水曜日)
ディズニーシー
久しぶりのディズニーだが、この施設に行くのがすべて仕事がらみとは寂しいですね。
今日の天候は晴れ、だが強風。風で呼び物のレジェンドオブミシカが中止となる可能性がある、アナウンス。その通りこれからと言うところで中止。
写真の撮影をしたが、今まで色彩豊かな花をテーマとしてきたので、無機質の人造物はどうも構図が定まらない。迷っている間に時間切れとなってしまった。ここで撮影するには「人」が良い。来園者が面白い格好をしていている。それを望遠で狙うと良い。
その後、北海道からのお客さま対応で新橋へ。北海道のお客様にふさわしく今日は東京でも寒かった。旭山動物公園に行く機会はないか相談した。なんだか遊んでいるようだ。
2月27日(火曜日)
植物園の弊害
キャノン一眼レフカメラ20Dで撮影した写真に、どうも黒い斑点があるようだと気がついた。モニターTVを大きくしたので気がつくようになったのかどうかはわからない。しかし、同じところの斑点は明らかに撮像素子にまつわる影響と判別つく。今から花のシーズン開幕だがやむなく修理に出すことに。
この黒い斑点はどうもカビではないかと思っている。なぜカビが撮像素子についたかといえば、植物園の温室の湿気だと思うのだ。特に寒い冬でも自転車か徒歩で移動します。この冷えたカメラを室温30度の多湿部屋に持ち込むわけだから、結露しないわけがない。
今後植物園にはコンパクトタイプのデジカメだけを持ち込もうと思う。一眼レフで写す花弁のキ
リリとした姿は魅力的だが。(このカメラの修理代、後から電話がかかってきて14,000円)
東京駅から歩く途中に日比谷公園がある。
この公園の周りはオフィス街だが、このビルの一つが、あちこちに映っているのだ。これをテーマに写真を撮影しようと思い立
って天気の良い日を狙っててやっと実現したのが今日。
朝のあわただしい中だが、きっちりと三部作を撮影できた。一番上の写真が写り込むビル。
その下は池に映り込む。ここは狙ってすぐ撮影しないと、左上の方に少し見えているがカモがやっ
てきて、水面を揺るがしてしまうのだ。アイデアは2部まで完成していたが、たまたま日比谷公会堂の前の信号機を渡れず、御成門に向かって右側の国道を歩くことになった。そうすると、向かいのビルに、今日のテーマであるビルが映り込んでいたので、テーマの通り3部作となったのだ。2部作では妙に収まりがつかないものです。
2月26日(月曜日)
キャパシティー
久しぶりに朝冷え込んでいて自転車では耳がちぎれそうになった。昨年は寒くて何度か電車通勤した記憶がある。水曜日にディズニーシーに行く、もちろん仕事だ。そのための打ち合わせに天王洲に出かけた。ちょうど昼飯時、となりレストランで「和光」のとんかつを食った。お変わり自由なので仲間はもらっていたが僕は用心をした。食った後の満腹感が高いことに最近気がついたからだ。つまり、腹いっぱいでない時にやめておかないと、少し経ってから食いすぎで苦しむことになる。明らかに体のキャパシティーが落ちてきている。それが少々の運動では挽回できない、たとえば帰宅時まだもたれていたとしますね、今までは新橋までの15分程度で挽回したのですが、今では東京駅までの40分歩くらい歩かないとこのもたれ感が払拭できないですね。