12月31日(日曜日)
地デジの受信

高知県も地デジ放送が開始されている。そこで20素子のUHFアンテナと20mの同軸ケーブルを買って早速設置。テレビの再スキャンを行うが無反応。それでアンテナ位置も変更し、いくつかトライするものの全く反応がない。高知市以外では海岸部のみサポートの案内どおりの受信環境だった。結局今回は両親に民放のきれいな映像をプレゼントすることができなかった。離れのこの部屋にもプラズマテレビはあるが、ここはアンテナ環境がないがDVD環境があるので全く問題ない。自分の部屋と母屋の掃除を簡単に済まして、待ちに待った読書を始めた。まずは、「笑う招き猫」読み進んでいくうちに、どうも様相がおかしい、記憶があるぞ。そこから数ページ読んで確信した。このように、同じ本を2冊買うことが多くなったのだ。少し昼寝して出直そう。昼間の太陽は強く、窓を開けて昼寝をしても寒くなかった。
12月30日(土曜日)
一路高知へ

朝6時半起床、風呂につかって昨晩の酒をすっきりして洗い流して伊丹空港へ。どうしても朝からうどんが食いたい。御堂筋線、阪急、モノレールのルートは立ち食いうどんがないのでやっかいだ。それで、やむなく空港で高いうどんを食った。どうしてうどんなのか説明がつかない体の要求だった。高知では年賀状の作成が待っている。住所だけが印刷された年賀状に、一人ずつ、一言を添えて書いていく。この一年間の思いを込めて書いた。名文?と駄文の混合。夜遅くまで頑張れば完成もするが、太陽がさんさんと輝く昼間にすることもある。カメラの撮影だ。今回はハイビジョンムービーを持ち込んだ。あらかじめ決めていたポイントがあるのでそこだけは押さえたい。こんな天候はまたとないのだ。と言うことで、自転車に乗ってカメラと三脚を下げて駆け回った。夜、その映像を持ち帰り、プラズマテレビに映し出すと「感動の風景が収まっていた」。もっと頑張るぞと思っていたら、なんだか眠くなり10時には寝てしまった。
12月29日(金曜日)
つりバカ日誌の現実版

北陸で午前中雪の中悪戦苦闘してどうにか仕事を終え、列車で大阪に向かう。不思議なもので、大阪駅に降り立つとなんだかほっとする。見知らぬ地方は心細く、勝手知った都会は安心する。夕刻懇親会を約束しているので、それまでの間、時間を気にして1件の処理を済ます。無事ホテルに到着しメールを送って本日の業務終了。それにしても大阪も寒い。予約した店は地下の店なので、絶対に風が吹き込んでくることはないので安心だ。ご招待の一人は、会社の先輩というよりか、会社の元幹部。もう一人は、仲間。この仲間が、自由奔放で、まるでつりバカ日誌の浜ちゃんみたい。そして、もう一人の元幹部が実に上品で、スーさんのような感じなのだ。この2人のバカぶりを肴に、旨い晩飯を食ったのである。そして極め付きは、さめたとっくりを年配のお姉さんが再度温めなおして持ってきてくれたことだ。僕ら凡人はそのことに気がつかないが、上品な元幹部はきちっとそのことを見ていた。さすがだ。年末押し詰り慌ただしかったがが、大変楽しい夕食をいただくことができたのである。
12月28日(木曜日)
金沢の夜

小松空港行き757便は現地の天候が悪くワントライで引き返すことをご承知おき、ください。どうやら北陸は吹雪いているらしい。30分遅れで出発した機内では、すぐに機長の詳しい状況説明を行った。『まず、現地の上空を旋回して雷雲を調査する。そして、その雷雲の間を縫って着陸する。ほぼ間違いないと思うが、横風があまりにも強いと危険回避のため引き返す。』このように非常に威厳と確信に満ちた話は久しぶりだ。聞いていて信頼感が沸々とわき上がってくる。その信頼に応えてくれる着陸をしたのは言うまでもない。しかし金沢駅に着いてからが一苦労だ。まず、バスから降りた途端大量の水を含んだ雪。横断歩道は融雪水のため、水たまりができている。水たまりを踏破できる靴は履いてない。てな具合で、目の前のホテルに到着するにも難儀する。これが北陸の雪の実態なのだ。夕食も駅前の地下街で探すが、皆さん同じ気持ちらしく、2軒ある居酒屋さんは満員。仕方なく新しくできたファッションビルの6階レストラン街を尋ねる。回転寿司で食事だ。魚の本場にきて回転寿司と思う無かれ。ネタが、都会で言う上物だったのだ。まずは満足。ホテルでは「つりバカ日誌14」を見て就寝。
12月27日(水曜日)
イタリア料理
事務所のすぐ近くにあるイタリア料理店「リシア」で事務所の仲間と酒を飲んだ。若い人と飲むのは楽しい。料理はニンニクの効いた強烈な味で、なかなか酒に合う。白から始まった。はじめは厳かに。しかし1本が空くころからだんだん怪しくなってきて、いろんな酒が入り混じり料理の味はなくなった。5人でビール10本、ワイン5本、日本酒5合。こうして飲んだときは、帰りの電車が大変だ。1時間も強烈な暖房の効いた電車にゆられるためだ。
12月26日(火曜日)
人選の間違い
経済諮問委員会の後釜に香西氏を起用するニュースが流れた。経済評論3馬鹿トリオとして、水上、宮崎、そしてこの香西氏とが有名だ。日経新聞ではどう言う訳かこの3人の寄稿が多いのが不思議。彼らは内外の比較的名前の通った人から格好の愚鈍対象として利用されているのは周知だ。にもかかわらず安倍政権はこの人を起用したと言う事実は、一般的に言われる通り外交に強く経済に弱い。定説通りだと判断される。またしても日本は経済混迷の中に入っていくのかと不安な雲が流れる。雲行きといえば、首都圏を発達した低気圧が通り過ぎた。まさに台風一過であった。私の降りた電車の後からダイヤが乱れだした。
12月25日(月曜日)
年の瀬も押し詰まった
年末には小春日よりの穏やかな晴天が続く。商売は慌ただしいのにこの静けさはなんだ?と言うのが例年のパターンだった。しかし、今年は雨が多い。日本はまだ冬を迎えてないのだ。この現実に(温暖化)まだ誰も本格的に着手しようとしてない。僕らの世代は何とかなるだろう、しかし後50年先にはどうしようもない試練が待ち受けているかもしれない。かといって僕が何とかできるわけでもないし。関係ないがロシアが復活している。セルシオが飛ぶように売れる。薄型テレビも盛況だ。この背景には石油の輸出マネーによる恩恵がある。中国もブラジルもインドも石油の大量消費国となった。世界中で石油が燃えている。石油枯渇よりも先に温暖化のしっぺ返しが来るだろう。これから先、もう穏やかな天候の年末はもうやってこないかも知れない。
12月24日(日曜日)
昨晩九州の知人から牡蠣が届く、それを焼いて朝から食った。これほどの味だったら、朝からでも全然抵抗がない。昨日の続きの作業を続けて、めどの立たないまま年末を迎えることに。途中スキャナーの動作不良なんかもあり、結構時間がかかったのだ。日曜日のプールは細心の注意が必要だ。週末の夜は10時間ほど寝ているので、このプールで疲れないと、夜ほとんど眠れなくなるのだ。かと言って、がむしゃらに泳いで疲れると、今度は疲れているのに眠れなくなるのだ。それで、今日の状態だったら3kmだとめどをつけた泳いだ。それが少しオーバーワークだった。夜、風呂に入ってのんびりしているうちに、風呂の中で寝てしまった。
12月23日(土曜日)

雑用その一は、内蔵のHDDのデーターが読めなくなっている。この中に年賀状のデーターが記録されているのだ。裸のHDDをケースに入れて、USBで接続するアダプターが発売されていて、取り出したHDDをこれに入れて接続すると、無事データーが読み出せた。その二は、8月以降に切り抜いた新聞をスキャナーで取り込み整理すること。これには検索用の見出しと、タブ番号を付けるので、ずいぶんと時間がかかり、断念。
12月22日(金曜日)
この週末はどうしてもやらなければならない私用がたまっていて、今日中にたまった仕事を完全に済ます必要がある。気合いを入れてがんばったら9時になってしまった。新橋の交差点で警察に声をかけられた。腰が痛いですか。僕は交差点の信号待ちの時、腰が痛いので、少しのびをして腰をたたいたのだ。警官もただ立って居るだけでは退屈だろう。この警官は九州なまりがあった。田舎の学校を出て警視庁に勤めて、もうすぐ定年だという感じの警官だった。そこから銀座を通り抜けて有楽町まで歩いた。クリスマス前の金曜日ということで、東京の街は盛況だった。来週からは電車は空くだろうと思う。「有楽町で会いましょう」の旧そごうビルに行く。現在はビックカメラ。駅の乗降客よりも多くの人がこのビルを通り抜けていた。目的もなく通り人もおるだろうな。家に帰るといきなりワインだった。いきなりワインは飲めないぜ。子供たちが成績表を見せてくれた。誰もほめないので自分たちですごいと言っていた。
12月21日(木曜日)
忘年会

ただの飲み会だが大勢居ると楽しい。大勢だと、店側が頑張ってくれまして「八海山」を一升瓶で出してくれて盛り上がった。それで僕もビールばかり飲むと妙に味がなくなり、お酒に切り替えた。お酒を飲んだら忘れ物が多くなり心配だが今回は無事だった。それと、東京駅から坐れたのでそのまま眠ったら船橋でぴたっと目が冷めた。神がかり的な技。あまりにもすっきりと目覚めたので駅前書店で本を買った。年末の休暇に読む本ができた。
12月20日(水曜日)
抱腹絶倒
朝、汐留の書店を覗くと、馬鹿の考えた本が並んでいた。立ち読みすると、爆笑ものだった。たとえば、「薬剤師」は、やくざの医者のことだと理解している人がいる。汚職事件は、お食事券で取引される。日清戦争はラーメンの戦争だと。あやまって転落を謝りながら落ちることだと。禁固刑は、金庫の中に閉じこめられるとか。自宅に帰って風呂の中で読み再び爆笑。これは、Webで作品を募り抜粋して編集したもの。「電車男」といい、Webから編集した書籍が顔を出すようになった。
12月19日(火曜日)
6時39分の女

船橋発東京行き総武快速の9両目後方にいつも決まって乗る女がいる。後ろに結わえた髪型をし、ズボンで、狐目の相当きつい顔をしている。東京駅で降りるが、その近辺だとオフィス街としてはあまりも早すぎる。東京駅に着くと、ホームに降りず電車の中を歩く、上り階段付近の降車口から降りる。合理的だ。大阪人だろうか。いつも朝は見かけるのに帰りの列車で見たことはない。
12月18日(月曜日)
一番日差しが短いとき

今が一番、日中が短い、朝6時20分に家を出る時まだ暗かった。ちょうど中間地点でもこの暗さだ(写真)。夕刻午後4時過ぎに会社を出たら、もう日が暮れていた。目に見える季節の移り変わりはこうして、わかるるのに、目に見えない変化にはとんと弱い。人の心の中も見えない。こちらの手の内を見せても見えない人もいる。突破するには話す時間をとるしかない。話す時間が短いほど、日が照らないのと同じ状況になる。むつかしい問題が横たわっている。夕刻から会社の仲間とボーリングをやった。昨年と比べてスコアが良かったのは理由がある。毎日腕立て伏せを10回行っているのだ。すると玉が自分の思うようにコントロールできる。墓穴を掘らなくて良くなったのだ。
12月17日(日曜日)
上品な顔のおばさんたち

夕刻プールで泳ぐ。最近はほぼ2.5km〜3km。どうもここまで泳がないと夜の安らかな睡魔がやってこないのだ。それで2時間近くプールに居ることになる。そうすると10分間の休憩など、泳いでない時間があり、いろんな人がきているのが見えてくる。背負ってきた人生が顔に出ている。プールは化粧なしだからみんな素顔だ。そうすると年老いたおばさんの中には、すらっと背筋が通り穏やかな顔つきのおばさんたちがいる。どんなに泳いでも体型が崩れたままの人もいる。僕も当然人生を背負った顔をしている。が、自分の客観的な評価はできない。熱いシャワーを浴びて体がほてったまま、自転車に乗って一気に体を冷やす、どんなに寒いときでもこれで風邪を引いたことはない。慣れなんでしょうか。休暇用の本をたくさん買ったが、今日はたまった新聞を読んだだけ。
12月16日(土曜日)
JR西日本。

久しぶりに山陽本線にのったが揺れますね。直線なのに揺れますね。原因は明確。線路の施工が劣っているからだ。僕は電車の吊り皮は持ったことがない。昔は背が足りなくて、今は汚いと思っているからだ。ノロウイルスが猛威をふるう前からそうだった。だから、車両の真ん中、ホイルベースの中間あたりに乗る、ここが一番揺れが少ないからだ。それであってもこのように揺れるのは技術が未熟なせいだ。大きな脱線事故を誘発するような施工の未熟さもあったのだ。神戸の街を歩いた。風見鶏にも行った。大阪とは違う落ち着きがありますね。丸井が駅前にできていた。覗くとほとんどの品にプライスがない。接客を基本とする商売だろう。品定めができず物色をあきらめた。阪急電車で空港まで。これだと一旦梅田まで出なくて空港にいける。空港についてラウンジに入ろうとすると、1時間前の便の案内をしているではないか。さっそく交渉して便を切り替えたら、座席が後ろしかないと言う、ところが期待の中央あたりはごっそりと空席のままだ。重量バランスの問題で客を前と後ろに振り分けていたのだ。ジェット機にもこういう問題があるのだ。浜松町から新橋を通って銀座を歩いた。銀座の歩行者天国はものすごい人出だった。東京の街は神戸とは違って活気がありますね。24,000歩を歩いた。写真は神戸、北野。
12月15日(金曜日)
今年はあまり良い事がなかった

年明けから母が寝たきりとなり入院。その後すぐにメンバーの一人が病気で死去。春には契約先の社員が死去。年末までに友人達の親族が亡くなり、年も押し詰まって、メンバーの一人が重大な病気を患っていることが判明した。相次ぐ良くない情報は自分の年齢が高くなって、周りの人達も年齢を重ね、そう言うことが起きる環境下になっているのだ。長い階段は息が切れるのが当たり前となり、エスカレーターは歩かないで立ちどまりたくなる。いろんなことを政府の施策のように先延ばししたいが、こればかりはどうにもならない。昼飯は、ネギの入ったカレー、これが意外とマッチした味だった。
12月14日(木曜日)
ウイ二ーについて

製作者本人の言動もあるが、裁判では有罪判決となった。マスコミもそのように報じているが、巧妙な報道隠しがあるがご存じだろうか。裁判で訴えた側が誰なのか書いていませんね。これ、京都府警。どうして京都府警なのかと言うと、警察官がこの「ウイ二ー」を私用で公務のパソコンにインストールしていた。推測では公務のかたわら私用で音楽などをダウンロードしていたのでしょうね。ところが、このウイ二ーでは、ウイルスも一緒にダウンロードされ、結果犯罪情報が流れ出してしまったと言う情けない事が発生し、こんなソフトをつくるのはけしからんとなったのである。くだんの警官の不謹慎な業務はおとがめがあったのかどうかは不明。そのへんの事情があるのでマスコミは訴えた側の報道を何かの交換条件とともに伏せたのだろう。このウイ二ーは、P2Pと言って個人のPCから、個人のPCにダウンロードされるが、どうやってするのかと言えば、自分で個人のHDDを探しに行かなければならない。しかし、誰が目的のソフトを所有しているのかわからないので、手当たり次第探すこととなる。そして目的のソフトが見つかった場合、今までたどった個人のPC全てに、そのソフトがダウンロードされるわけ。こうして、自分ではわかない間に知らないソフトがPCの中に残っていることになる。この技術は次世代のIPテレビの時代、サバーの負担を減らせられる画期的な方法として活用できる能力を秘めている。写真は全く関係ないが、レクサスのLS640の発電回収部(左側)とモーター部(右側)、意外と発電部のモーターが大きい。
12月13日(水曜日)
東京タワー

同名のラブロマンの書籍が売れているが、こちらはまったく色気ない話。近くにあるが生まれて初めて東京タワーまで行った。ライトアップされた東京タワーは下から眺めると偉大。さっそく三脚を立てて撮影。雨が降っているので、一枚シャッターを切るたびにレンズを拭かなければならない。僕だけではなく結構多くのカメラマンが撮影に訪れていた。みな、考えることは同じだ。東京タワーは東京見物のポイントでもあり、各地の言葉が聞ける。今日は九州方面がいたぞ。旨そうなにおいもしたが一人では如何ともしようがない。昔ここにも職場があり、少し年上だが愛想の良い女性がいた。昔は新宿と中野の往復しか知らず、東京タワーは遠い存在だった。ロマンの花は咲きようがなかった。1972年のことである。今は地デジの発信基地とての認識しかなく、2011年にはそれも浅草に移る。
12月12日(火曜日)
目的を絞れば欲しいものがなくなる

デジカメを物色している、デジカメは手ぶれ補正に高感度撮影、顔認識、24mmワイド、1.7分の一以上のCCD。こうした条件を飲むカメラはない。どれもいくつかの条件をとりこぼしている。今日もカメラ店でいろいろ説明を聞くが心が動かない。もう少し待てば良いのかな。いっそのこと3台買うことか。自転車屋さんにも行った。高速ツーリング、折りたたみ、420mmサイズ。たったこれだけの条件も満たせない。「パイレーツオブカビリアン」を借りようとしているがなかなか一杯で借りられない。そのことを子供に話したら、なんとすでに買ってあった。こちらはあまりにもそっけない。すっかり落葉した日比谷公園。
12月11日(月曜日)
新橋のガード下にある喫茶店は、非常に愛想の良い女性がカウンターの中にいる。目を細めて「いらっしゃい」とか「ぞうぞごゆっくり」というしぐさは、完ぺきにプロの笑顔。僕なんか、朝早くからここまでテンションは上げられないから感心する。この人は従業員でなく、きっと責任者だ。従業員を確保するまでは、臨時応援だろう。それくらいの風格もある。最近はここで、紅茶を飲む。入り口付近の席で少々寒いがたばこの煙がないので読書に没頭できる。夕刻久しぶりに新宿に出た。ここは一風変わった人たちがいる。昔、僕もその人たちに感化されて少しだけ派手な格好をした時期があった。止めたのは地味な都市、高松に転勤したからだ。ここでもっと長くいたなら、僕の人生も変わった方向に流れていただろう。紀伊国屋書店に寄ろうとしたが、妙に歩くのが邪魔くさくなり帰ることにした。今日は家でご飯を食べることを家人に言ったので、新宿の街の魅力が半減したかもしれない。
12月10日(日曜日)

「パイレーツ・オブ・カビリアン」のDVDを見た。昔見たような気がするが、少し内容が違うような気もする、最近物忘れが激しいので、同じDVDを2回新鮮な気持ちで見たかもしれない。夕刻はプール。60歳前のおじさんの人に追い上げられて必死に泳いだ。腕が抜けそうな感じだった。久しぶりに全速力を出したので、家の風呂にはいるときに寝てしまった。今朝早く起きて本を読みながら家人の起きてくるのを待ったのも理由に入る。その本がまた面白い。主人公であるワタルの小学生から高校3年生までを成長する過程を描いている。子供にも読ませたいと思ったが、子供にこの本を読ませても、同じ年齢だから何の感慨もわかないだろうと思ってやめた。その本の名前は「4度目の氷河期」
12月9日(土曜日)
フルハイビジョンディスプレイ

24型の液晶フルハイビジョンディスプレイを購入する。これしかないと決めた台湾製のBENQという会社の製品だ。液晶パネルは「AUO」と言う会社で世界ランキング3位。写真の加工にはどうしても発色の良いディスプレイが必要で今までのブラウン管では色の再現性が劣っていたからだ。この際DVDもBDもみようと言うことでフルハイビジョンにした。設置した後でPS3をHDMI接続して、007 ツモローネバーダイを見た。映像はいささか厳しい。動画応答性が悪く、常に映像がぼやけている感じがつきまとう。写真とPCの表示には最適だ。今まで使い込んでいた17型のディスプレイに比べるとずいぶんと大きい。そして、机の奥に設置できるので机の上が広く使えるようになった。来年はPCディスプレイも16:9化がもっと進むと思う。
写真はディスプレイを界に寄った店の店頭で公開していた歌を撮影。
12月8日(金曜日)
事業計画策定

秋に尾瀬に行ったメンバーが集まって忘年会を開催した。おじさん4人と一人の女性を交えて。たわいのない話だが日ごろ聞けない話が聞けて楽しかった。ビールを良く飲みました。2人で6本ほどは飲んだのでは。そこで重要な決定がなされたのである。来年の計画は常念岳に行くことだと決まった。僕たち現役組は前泊をして現地集合。リタイアヤ組は夜行列車で現地集合。なんだか逆のような気もするが、僕は絶対夜行は反対組だからだ。今回の会場(飲み会)となったお店のママさんも参加する予定。口だけは達者なメンバーが集うので、何度か、打ち合わせの必要がある。電車で寝て帰ったが新鎌ヶ谷駅で突然目が覚めて下車。乗り過ごすことが少なくなった。
12月7日(木曜日)
今にも雨が降るかと思わせる天気だが一日持った。書籍「ネット社会の未来像」は普通の人とは違う視点で書かれていて目から鱗だ。たとえば独占企業である電力会社がなぜCMをやるかと言えば、マスコミに電力の否定的なことを書かれたくないからだと言う。つまり最近のエネルギー源は風力や太陽光やその他自然の力を使うなど多様化が進んでいる。そちらの方向に世論を振られるとまずいので、宣伝をしてマスコミの目が他に行かないように情報統制しているのだと言う。そういう見方をすれば自由主義社会だとは言うがある種のフィルターのかかった社会だと言える。こんな見方は新鮮だ。そしていろいろな局面をとらえて議論している。少し言葉は難解だが面白い本だ。
12月6日(水曜日)

東京駅から久しぶりに日比谷公園を通るルート選択。秋も深まり見事にイチョウが黄金色に輝いていた。通行人もカメラに収めている。今しかない輝きだった。まだバラも健在だ。今年一年、花の写真で明けて、花の写真で終わろうとしている。昨年は自転車に助けられ今年は花に助けられた。ずいぶん金も使ったが、僕は健在である。今週のヤマ場は明日。今日は一つの山を超した。それで、普段より少し早く退社し、電気街秋葉原を散策する。PCモニターの物色だ。必須事項はHDMIとHDCP規格のクリア。フルハイビジョン対応。こうして条件をつけるとBENQのディスプレイしか残らない。ラオックス、ザコンピューター館ではHDCPのことを知らず、著作権管理のことだと言うと、台湾はいい加減だから対応してないでしょうと言う。隣の九十九無線ではBENQもHDCP対応していると言う。いい加減なのは店の方だった。
12月5日(火曜日)

人差し指の指紋が無くなるのではないかと心配するほどPCのマウスパッドの上を指でこする。諮問委員会にかけられれば、とにかくメールが多すぎてと答えようと思っている。そんなあわただしい中、朝目に良いものを見た。沈みかけの大きな月だ。まだ太陽が出てない6時20分。空の青さと月の赤さ加減が絶妙だった。もう一つの喜びはマサラン2というインド料理の店でカレーを食った話だ。東京にはインド人も多く、「ナン」を焼いて食べる本格的なカレー店が多い。今日はその内の一番行列の多い店に行った。量も結構多く満足だった。遅くなり電車で帰宅。
12月4日(月曜日)
外に出ると寒い。昨晩は早く寝たこともあり比較的元気だ。それで自転車で本八幡まで。土日はまだ寒さが足りず年末商戦はムードが盛り上がってなかった。このままの気温が続けばこの土日の商戦は期待できそう。国民の皆様がお金を叩いてくれないと景気は良くならない。今週は内勤の予定、だがスケジュール一杯で身動きが取れない。酒を飲まず頭をクリアーにしておかないと対処できない。困ったことだ。それで週末の予定をFさんに聞くとOK。と言うことで週末はゆっくり酒を飲むぞと決めた。新橋までの往復と自転車だけだったら、万歩計は13,000歩だった。
12月3日(日曜日)
寝る
朝9時まで寝てから、12時から14時まで寝た。こうして一週間の睡眠を取り戻すと元気はつらつで、プールで2.5km泳ぐことができた。鎌ヶ谷にもスポーツクラブが開設され、月1万円で、プールもジムも利用できる。今通っているのは市の施設なので月2500円で利用できるのだ。少し遠いがこの価格差は埋めがたいと今は思っている。▲HDDに録り溜めた番組をDVDにダビングしている。ダビングしながら、PCでDVDにタイトルを書いていく。その作業を朝から行っているが、とにかく録画した番組が多く、整理には時間がかかる。DVDレコーダーを多くの人が使っているが、整理についてはどんな方法をされているのだろうか。
12月2日(土曜日)
川崎にて

少し眠かったが自転車で亀戸まで出かけ、そこからJRで川崎に行く計画を立てた。川崎にはラゾーナ川崎と言う大きなショッピングセンターができていて、散策するのが目的だ。途中新小岩の清水公園で銀杏が風に吹かれ非常にきれいだったので撮影した。今日は遠くの景色を撮影するつもりで11mm−22mmのレンズを装着してきたから正解だった。さて、川崎は公害のイメージの残る雑多な街だったが、今や変容を遂げ都心に負けない規模の商業施設と集客を誇る。千葉からここまで、どうしても来ることもないのだが。夕刻までいた。ここでオランダのビールを飲むのがよいのか、新小岩の公園でコンビニで買ったビールとおつまみで祝杯を上げたが良いのか少し迷ったが、めどのつくところで呑むことにした。久しぶりの自転車で疲れていたが、寝る前にM:I−2を見る。トムクルーズが出演するのでお金のかかった豪華な映画に仕上がっている。
12月1日(金曜日)
時代は急変しない
妙に最近は時間が細切れで仕事をしている。そしてどうも自分の時間がもてない。結局長大な量のメールは終業後となり、帰る時間がどんどんと遅くなる傾向にある。花の金曜日。ボーナスの支給日。なのに、遅くまで残業して、近くのコンビニでビールをおつまみを買って自転車で呑みながら帰る、何だがわびしい週末を送っている。最近このパターンが増えてきたような気がする。ネット社会の未来像/宮台真司他の書籍に、現在の1980年代後半に「テレクラ」、94年に「大店法規制緩和」、90年半ばに「援助交際」、90年代後半に「平成不況の定着化」、00年から「児童虐待犯罪増加」。世の中の人間関係がだんだんと希薄化していく。大店法規制緩和は商店街のシャッター通りを増やし、人と人の接触を断ったコンビニに代行されるようになった。結局現在起きている子供に対する犯罪は起こるべくして起きたというこだと書かれている。この宮台という人は非常に難解な言葉遣いをするので読むのに苦労するが、現在社会をよく分析している。まだ読み終えてないが、参考になる本である。
11月30日(木曜日)
世知辛い世の中
地下鉄2本を乗り継いで来ている、いずれも座席に座れるのが魅力だが、今日は2本目の大江戸線に座っていたら、斜め前に杖をついたおじさんがしゃがんでいた、これを見て見ぬふりをするのは忍びない。電車は混雑していたが、席を立ち、このおじさんに声をかけようとしたところ、もうその席にはおばさんがでんと腰を下ろしていた、二人して苦笑。残念だ。次の駅で降りる乗客の席を確保し、やっとそのおじさんに座ってもらった。このおじさんがしゃがんでいる近くには多くの人が座席に腰をかけていたんですが。これが東京だ。
11月29日(水曜日)
夜景

昼間に隣にある貿易センタービルに上がり都内の風景を撮影した。上空から撮影する雰囲気はつかめた。次回は夜景だ。夜、六義園(駒込にある広大な公園)がライトアップしているので、さっそくこれを撮影に出かけた。六義園はもみじが多く植わっていて紅葉は想像がついた。園内はアベックであふれかえっていた。そこをおじさんは一人で三脚を持って歩くのです。「無粋」ですな。しかし池越しに紅葉を望むスポットでは一眼レフカメラを抱えた多くのマニアがいて気兼ねなく撮影できた。ムービーとデジカメを持参したが、ムービーには少し暗すぎた。デジカメの設定は8秒間のスローシャッターだった。感動の写真が撮影できたので掲載する。
11月28日(火曜日)
最近の音楽事情
夏前に音楽から離れて久しい。あっという間に時間がすぎる。音楽を聞かなくなったのは、i−PODが壊れ、ポータブルCDプレーヤーに換えたがそれも壊れたためだ。しかし、そのCDプレーヤーが治ってきた。さっそく石丸ソフト館に出かけCDを買った。ランディークロフォードとジョウサンプル。ダイアナクラール。グレイトジャズトリオと渡辺貞夫。カウントベイシーオーケストラ。諏訪内晶子。その内2枚がDVDの特点つき。その内2枚がSACD。5枚買ったが、4枚までがDVDのピックアップを装備してないと使えないメディアだった。音楽CD業界は衰退したが、DVDはそれにとって変わるパワーは持ってない。音楽配信はしょせんマヤカシで、メインではない。昔からある銘盤を収集し楽しむのが音楽ライフなのか。そういえばカルロスクラーバーのベートーベン交響曲第7番の復刻盤が堂々と一位で飾ってあった。
11月27日(月曜日)
自動改札機

先週のことだが、僕より年上のおじさんにANAのスキップサービスのことを知らされた。僕は今まで空港で搭乗券を出力し、これで改札をくぐっていたが、ANAカードだとこれをかざすだけで改札をくぐれると言うわけだ。原理はこのチェックする機械が絶えず電磁波を出していて、カードには受けるアンテナがありかざすことで、カードに電磁誘導が起こり発電する。その電力を使いカードに組み込まれた、これまた発信機がこの機械あてに電波を送信しIDを認識するわけだ。しかし問題は原理を知っておくことではない。使い方だ。まず、搭乗ゲートの通り方がわからない。目の前の人がやったと同じことをすれば良いはずだ。ところが、認識してくれない。警備員の方にそれJAL用だと指摘されるまでわからなかった。次、出発ゲートのくぐり方が少々心配だったが、これも前の人を見習えば良い事が分った。次の問題は座席指定をしたとはいえ座席番号を覚えてない、どうしよう。しかしこれは杞憂だった。出発ゲートにカードをかざした段階で座席がプリントされたのだ。
11月26日(日曜日)
厳しい一日だった
今日は販売活動だ。いろんな人間がいろんな切り口で尋ねてくる。持っている知識だけでは対応できないこともありカタログも見る。客が切れない限り時間を忘れる。午後8時まで食事の15分以外は休憩無し。おじさんには少々きつい。駅でメールを打つと午後9時。コンビニで弁当を買ってホテルへ。DVD「エンターテイメントを解析する」番組をみる。ステップを踏むヒロボーをCTなどで科学的に分析する番組だ。こうして出張に出ている間にも家ではレコーダーがせっせと番組を録画してくれている。かくしてホテルでは映像コンテンツには不自由しないこととなる。
11月25日(土曜日)
高崎へ
昨日の残りに手をつけるが午後1時半で一旦終了。プールへ。1,500m泳いで帰り、身支度をして高崎に向かう。東京駅で下車し大丸で中華弁当1,050円、タカナ サバまき寿司1,001円を買って新幹線に乗り込む。このタカナ サバまき寿司の旨かったこと筆舌に尽きる。出張の定番となりそう。このカウンターには他にもアナゴ一本巻があった。こちらも食指が動く。高崎で両毛線乗り換えて新前橋へ。両毛線は関東のからっ風が車内に吹き込む対策として、電車の扉は乗客が開け閉めする仕組みで、各ドアにドアの開閉ボタンがある。この仕組みを知っておかないと目的の駅に着いてもドアが開かないまま列車が発車と言う羽目になる。駅の近辺をうろついてホテルへ。ホテルでは口笛吹く寅次郎をDVDで見た。寅さんの映画を見続けていると、人間関係の引き際について考えさせられる。寝る前に映画を見るとなかなか寝つけない。
11月24日(金曜日)
化粧する女
最近は頑張っている女もいるが、だらしないのもいる。竹芝桟橋からビックサイトへの航路の船長は若い女だ。頑張っている。一方今日僕の隣に坐った女は電車の中で化粧に余念がない。そう大してきれいでもない顔に塗りたくったって、だれも綺麗だとは思わないよ、と声をかけてあげたくなる。そこで、この種の女(電車で化粧する)に共通事項があるのをご存じですか。あるいは、電車の中で自分の顔を見る女でも良いのですが。答えは「鏡のガラスの部分がべとべと」だと言うこと。私としてはデジカメの液晶部分に指紋がつくだけでも気にかかるのに、何も感じないのだろうか。▲PS3を買った。BDが再生できるというのが魅力だった。いずれディスプレイも用意して自分の机の上でハイビジョンを楽しむ道に進むしかない。昼間事務ができず午後7時から開始。9時に断念。まだ残っている。本八幡から黒ビールを飲みながら帰った。寒かったがビールが旨かった。帰ってから日本酒を飲もうとしたが無い。頂きもののウォッカがあったのでこれを飲む。味はないが確実に酔う。
11月23日(木曜日)
あまり良くない一日

大荒れの天気と予想されていたが、曇り時々晴れ。近くの植物園にカメラを持って。撮影していると三脚を立てちゃだめだと怒っているおじさんが来た。ちゃんと書いてあるじゃないか。という。気分が悪い。僕としてはその規則はないと思っていたが確信はなかったので言い返さなかった。妙に犯罪を犯した気分になった。それで事務所で確認をするとそんな規則はない。「なんなのだ」、あのおじさんは。今度は腹が立った。しかし、花の写真を撮影しているうちに収まってきた。花の効用ですね。外に出るともみじが燃えていた。いよいよ関東地区も紅葉が始まった。180mmのマクロで紅葉を収めた。夕刻プールに出かけた、平日は一コースしか開放してくれない。今日は右腕を回すと右の胸がものすごくいたい。息ができなくなる程だ。左の胸なら即刻中止をするが、痛いのをこらえて泳ぎ切った。
11月22日(水曜日)
さぬきうどんも真っ青のうどん屋さんが中州川端にある。7年ほど前ここを担当しているときに発見した。一時期、深夜の営業は止めていたみたいだったが、今朝6時に起きて散歩した今朝は元気に営業していた。25年前青春を燃やした事務所も、セブンイレブンに変わっていて、時代の流れを感じた。昨日は激しい移動をしたのに朝早く目が醒めて、散歩となった。万歩計は移動距離が長いと意外と進まないが妙に疲れる。健全な疲れは万歩計が15,000歩を超してからやってきますね。昼間会議があり5時半に会場を抜け出し帰途につく、飛行機が水平飛行になると、PCを取り出して「007ロシアより愛をこめて」の続きをさっそく見ることにした。ところが、僕の横に坐った30代後半の外国人(アメリカ人のような)も僕とまったく同じことをした。彼のPCはデル製だったので、画面が暗く横から見にくかった。ジョディーフォスターの映画みたいだった。DVDのバックアップをとって移動中に見るというのは、自然の摂理。僕だけがおたく的でないと確信しましたね。一週間も預けっぱなしであった自転車を取り戻して道中にあるラーメン店へ。今日は遅いのでこの店で漫画を見ながらゆっくりする暇もなく、自転車をこぐ。午後11時に帰宅。今日も疲れた。
11月21日(火曜日)
宇都宮弁

朝少し早く東京駅に来て電車の発車までメール受信。メールに追いまくられるというのが、日常のビジネススタイル。今から20年ほど前、ずっと上の幹部にぼそぼそ話すが凄く話に迫力がある人がいた。東北大学を卒業したとうわさで聞くが、出身地までは調べたことはなかった。しかし、今日土地の人と話をしていると、あの幹部と同じく独特のイントネーションでぼそぼそ話すのだ。同じ職場にえらい元気の良いこちら出身の人がいて、ズーズー弁なので、この人の言語が宇都宮弁だと勘違いをしていた。宇都宮弁はもっと静かでおだやかな独特のイントネーションだったのだ。午後3時半の新幹線で東京へ。そこから羽田へ。そこから福岡へ、最近東京を中心として上下を一日で行う移動がでてきた。体は大丈夫だろうか?。そんな心配はよそに博多ではしっかりとイカを食って呑んだ。
11月20日(月曜日)
朝一番の飛行機で東京へ、モノレールの途中に今日の訪問先があり便利。11時までそこにいて事務所に戻るともう飯。1.8人前のお寿司が気に入っていたので仲間を誘ったら、賛同してくれた。夕刻の会議を終えて帰ろうとしたら何と雨。また自転車を置き去りにして帰る。Nさんの奥様が突然亡くなり、対応の間もなく葬儀だった。話の詳細をUさんに聞く。僕より3つばかり上の人だから、奥様は僕くらいの年齢だ。Nさんは老後を首都圏で過ごそうと奥様と相談して決め、家も関西から千葉に移った。相棒を亡くすると人生設計が狂う。下手な字で手紙を書いて香典を郵送することにした。
11月19日(日曜日)

すっかり雨だがその間隙を縫って村の図書館へ。読みかけの本2冊と雑誌を半分ほど。この間お客さんは子供3人、親子1組、おばあさん1人。田舎は高齢化と人口減が同時に進行している。あと、10年後には見る影もない風景があるかもしれない。都市に暮らしていては見えない風景がある。夕刻15kmくらい東の方にある街の電気店にイヤホンを買いに出かけた。耳穴の細いタイプだが、あいにくとこのような特殊なものは在庫がない。帰る道中にプールがありここで一泳ぎ。サウナの設備がすばらしく、しかもほてった体を冷やすには、窓をあけてテラスに出れば良い。眼下に土佐湾が一望できる。2km泳いで再びサウナで水分を絞った。飯時のビールの味は格別だった。運動が激しいだけ飯が旨いですね。こんなこといつまで続けられるやら。
11月18日(土曜日)

鈍よりとした雨空。雨にはあわないとの自信があるので自転車で30km西方にある牧野植物園に出かけた。タイヤ空気圧を6kgに調整したので時速25kmくらいで巡航できる。カメラ6台を持っての撮影なので、一つの花を狙うにしても時間がかかる。それにしてもカメラの基本であるオートフォーカスですが、コンパクトカメラはピシッとあってくれないですね。気を許してしまうとつい背景の風景にピントがあうのです。そうして主人公の花がぼけるのです。今日は生け花展を開催していた。あちこちでおばさん達が「先生」を連発していた。何人にも先生がいる。政治家も医者も教育者も、そしてこのような芸術にも。レストランは相変わらず混雑し、雨がポロポロ。急いで帰宅の途についた。友人Kさんもこの近くに居るが、寄ると雨にぬれる。ほとんど家の近所にヤッシーパークがある。ここでやっと昼食。雨は時折降るが濡れると言うことはなく帰宅した。父といやと言うほど酒を飲んだ。8時に就寝。
11月17日(金曜日)
高知の気温
大阪難波にある大型量販店は安いので有名だ。今回も2GのSDカードを求めに行ったが確かに安い。安いが、店員の対応は悪く、広い店内を西に東に歩かされる。明日は、高知で5台のカメラで写真撮影するつもりだ。久しぶりに帰った。大阪〜高知便はプロペラ機。乗り心地が最悪。だが、高知空港ではいきなり飛行機から地面に降りるローカル方式。それでここの気温や天候が一瞬にして身に染みる。これがいい。そして寒くなったとはいえ風がなま温かい。もう家の周りで虫は鳴いてなかったが秋の気候だ。毛布と掛け布団で寝ると暑くて目が冷めた。初秋って感じ。
11月16日(木曜日)
そんなつもりではないのだが
昨日は普通の遅さだったが最後に退社した。その前日も。そして、今朝は一番乗りだった。そんなつもりはないが、今朝はたまたまトイレが近くなり駅の汚いトイレよりはということで一気に会社まで来たのだ。と言うことで、今日はそんなつもりではないと言うことについて書こう。今回は出張のついでに帰省するので、DVD映画007シリーズを2枚準備した。大阪へは午後7時のANA便を使ったが、何と空港で飛行機と何かの接触があり大幅に出発が遅れた。それで飛行機の中で007、「ダイヤモンドは永遠に」を見ることにした。途中までしか見られないことはわかっていたがスタートした。案の定止められない。伊丹空港から電車に乗って電車の中でも見続けた。梅田に着いてもまだ終わらない。結局ホテルでコンビニ弁当を食べながら見届けたら0時を回った。そんなつもりはないが面白いので引き込まれてしまった。
11月15日(水曜日)
突然の雨
帰宅の準備をしてごみを捨てに行ったとき、ものすごい雨音。秋晴れの続く中、突然の大雨である。電車を降りる頃には小降りとなり本八幡から自転車で帰るべきかどうか迷う。今日は雨にぬれても良いカジュアル服だし、いつもなら強行していますね。しかし、わずか400円の駐輪場代の節約ため、滑ったりして怪我するともう少しかかる、と考えたのだ。特に軽快な走行のため空気圧が6kgとパンパン。今回は僕としては懸命な判断だったと思う。万歩計は未達。
11月14日(火曜日)
最もハードな移動

昨晩は岐阜県の大垣で仕事だった。仕事を終えたのは23時。名古屋行き普通列車の最終便23時38分で移動。ホテルについたのは0時半。それからコンビニ弁当とビールで食事。しかし妙に目が冴えて眠れない、が6時起床。7時過ぎの新幹線で東京へ、すかさず9時すぎの東北新幹線で高崎へ。早朝3時間を伴う移動、少し参ったぜ。5時には東京に戻り遅くまで仕事をして帰宅。疲れましたね。今日も富士山の雪が見えた。
11月13日(月曜日)
国際都市名古屋について

名古屋だ。名古屋の地下鉄に乗ると解るが、切符の裏に塗布してある磁気が他の地区で使用している磁気とは違う。コバルトを含まない二酸化鉄系の茶色なのだ。一般的には磁気の保有力が弱く間違いが多いので敬遠される。ところがそれを使いこなしている。二酸化鉄系は安価なのだ。このように名古屋の気質は派手でなく流行に乗らず質実健全なのだ。だから、大都会にもかかわらず、なかなか部外者が溶け込めない素性がある。ビジネスでも難しい。勢い土地の人に頼ってしまう。ここまでが名古屋の一般論。しかし、駅前の大きなビル群の異様さはどうだ。国際都市として器ができつつある感じがする。そうしてずるずると成長を続けているうちにいつの間にか日本を代表する街になっていたと言うことがありうるかもしれないしたたかさが名古屋にはある。食べ物はまずいが。富士山の雪が見えた。