5月31日(晴れ)
困ったのは自転車通勤の場合、新橋下車するので、日比谷公園で本を読むことが出来ないことだ。どうも野外で本を読み始めると、室内では閉塞感があり気分が乗らないのだ。それで今日は以前途中まで見ていたロードオブリングを携帯電話で見ることにした。もちろんオンラインではなく、SDに圧縮録画したもの。7.7Gバイトの容量が230Mバイト。しかもこれでもしっかり字幕まで読める。カレッタ汐留のマクドナルドでコーヒーとアイスミルクを買ってブレンドして飲む。出発の時間がきたので、このカレッタ汐留(電通ビル)をデジカメで撮影したら、ガードマンが撮影はならない!と警告。敷地内は撮影禁止。では敷地外ではOKか?と問答していたが、観光ならOKだと。それなら、最初から言えよ!彼をガードマンにとどめておくのが正しいのかどうか?広報面から考えてみよう。など、いろいろ考えながらトイレに向かう、用を足してから出てくると、なんとそのガードマンがいないではないか?今度はさらに別の角度から自由に写真に納めた。このガードマンははずすべきだと結論が出た。(僕の中で)

5月30日(晴れ)
ここが最近お茶を飲んでいる場所。今まで有楽町の「プロント」だったが、バラの撮影をしてから以降、ここ「日比谷公園」に通うのが日課となった。東京駅から浜松町まで徒歩の途中に日比谷公園はあるからここに立ち寄るのは何でもない。そこのベンチに座って、コンビニで買った飲み物片手に本を読むのだ。それがこの風景だ。雨さえなければ全く問題がない。本は昨日、耳の病院に行った帰りに買った本「椎名誠/波切り草」舞台は千葉。昭和32〜3年頃の話。千葉の空気はよくわかるし、時代設定も何となく解る。と言うことで読み始めたら、明日には読み終えそうなのだ。夜は友人のUさんと新入社員を囲んで懇親会。東京では割と有名な「高田屋」さんでコース料理。Uさんの話し中心におもしろい展開となった。しかしおじさんにわかる話は若手には半分程度の理解だったのだろうと推測する。「おもしろかった」と言ってくれた。が、本当は。


5月29日(晴れ)
朝一番の飛行機で高知から羽田へ。スーパーシートが空いていたので窓側に席を取った。年間6席のプレミアムシートをいただくが、積極的に使ってもどうしても1回分だけ残してしまう。目が覚めると眼下に大島が見えたので撮影した。空からの撮影はどうしてもコントラストが弱くなり、なかなかデジカメは焦点を合わせられない。今日一の出来事は、一ヶ月前から右の耳が痛く、それが原因で目が覚めることが時々あった。それで、健康管理センターの紹介で汐留にある「やなぎ耳鼻科」に伺う。一端予約し、もう一度事務所に帰って再び伺うほどの盛況な医院。耳が痛い原因は鼓膜に髪の毛が刺さっていたことだ。いろいろ複雑な病名を言う人がいて、もしやと思って診察を受けたが、こんなことが原因でほっとした。先生には「絶対に耳をいじらないこと」と忠告された。僕は毎晩綿棒で耳を掃除していたのだ。これが原因のようだった。

5月28日(日曜日)
五台山の牧野植物園でアジサイフェアを開催している。お客さんが混雑しない午前中に出かけた。開園前だが切符を買えば入園できる。さっそくカキツバタから撮影。今年は早い時期からトンボをみかけ、ここでもしっかりシオカラトンボが飛び交っている。IXY800のデジタルマクロで撮影。トンボの撮影はこちらが動かなければ彼らの目に映らない特性を利用する。MPEG2の画像圧縮と同じ原理ですね。アジサイの植わっている中庭は少し薄暗く時にはストロボが必要。帰りがけにI氏カメラマンに声をかけられHPのアドレス交換と少し話をした。氏は花の撮影については150mmのシグマのマクロレンズを主として使っており(このとき)、直径が2mm程度の花も積極的にトライされていた。さっそくHPで掲載されている写真を覗くと凄いテクニックの持ち主で僕とはクラスが違うと感じた。特にトンボの写真は凄かった。

5月27日(土曜日)
実家の高知に帰っている。母の病気は峠を超えた感じで声にも張り出てきて、歩けるようにもなった。しかし頭の方はボケがあり、何度も同じことを聞いたり、今飲んだ薬をまた飲もうとしている。病院から退院しただけでもよかったと思うが、せっかくならもっと回復してもらいたいと欲が沸く。先週のレポートの続きがまだ残っていて昼過ぎやっと終えた。それからピーマンを収穫。ピーマンも末期だが、今年の天候異変でまだ値がするようだ。それから犬の散歩。その途中、明石の友人、Kさんの帰省に出会い、さっそく夜の懇親の約束を取り付ける。Kさんは昨年町田から責任者として転勤してきて不慣れな関西の商売でご苦労があるようだ。Kさんは魚釣りの名人でさぞ明石でも活躍していると思いきや、どうもそうでないらしい。曰く、魚釣りと、料理人と、食べる人。この3人が揃ってないと魚釣りは動こうとしないとのこと。


5月26日(金曜日)
昼まで会議。その後Mさんのお見舞い。Mさんは十二指腸潰瘍の治療をしていたがまったくの誤診で肝臓のガンだった。本人やご家族の驚きはちょっと言い表せないだろう。内臓疾患は血液検査でもわかるのだ。医者の怠慢。じつはこうした医者の誤診はどこから来るのかといえば、検査に頼る化学的療法と、人の話を聞かない心の不在だ。最近読んだアメリカの書籍では、医師の話を聞く時間は平均21秒。最近改善されて23秒との報告。本人はいたって元気で、体力をつけてから治療に向かうと決意していた。京橋の事務所に立ち寄り耳の診断をしてもらうが、明確な回答はない。病気は怖い。最終便で高知へ。

5月25日(木曜日)
大阪に移動。今回はカメラを2台、CDプレーヤーを1台、CD,DVDのソフトケースを1巻。これだけ余分な荷物を持ったので重い。重いと背の低い僕は飛行機の荷物室にかばんを入れられない。と言うことで、優先搭乗を利用せざるを得ないのだ。並んでいる人がいるのに横から入っていくので妙に済まない気分になる。その重い荷物に梅田の電気店でカタログをしこたま貰ってホテルへ。最近ホテル選択の条件は、近くにめしやがあること。どうも居酒屋で一杯というのが合わなくなってきている。かといってコンビニ弁当では飽きてしまった。そんなことで今晩は上六食堂で。年とともにいろいろ条件が厳しくなってきているのだ。

5月24日(水曜日)
月曜日に自転車を預けたままになっていた。昨日は雨だった。今日こそは自転車を回収しないと明日から出張だ。と言うことで、朝から快晴だったのに合羽を持って出かけた。今週は時間単位のスケジュールでみっちりだったが、時折空のチェックをしてたが雨は心配なさそうだと安堵した矢先雷が鳴り響きすごいことになってきた。友人のKさんが教えてくれた国土交通省のリアルタイムの雨情報では練馬と静岡が赤マークだった。船橋は大丈夫だった。しかし雷はわからない。少し早めに帰宅する。ところが自転車を預けてある本八幡ではすごい雨。こんなときに限って妻は一つ準備を一つ欠く。今回は帽子がない。合羽にはフードがついているが、これでは雨が直接顔に当たり先が見えないのだ。そこで空いているスーパーを探して帽子を買ってやっと大雨の中自転車で帰宅の途についた。お互い年をとって忘れ物が多くなった。

5月23日(火曜日)
並ぶ習慣
日比谷公園はノーチェックだった。バラが今最高の見頃を迎えている。バラの命は短く、きれいに咲いた花の横に崩れかけた花がある。ところが、日比谷公園のバラは今が咲き初めなのだ。中心に据えた花の横の花も十分綺麗なのだ。邪魔でない存在なのだ。ビジネスカメラマンはそんなことをよく知っていて撮影している。人気の美人花は行列を作って撮影の順が来るまで待たねばならない。(東京では昼飯を食うにも行列、少し慣れてきた)今日は少し時間をかけて撮影したら10分ばかり遅刻してしまった。それだけ価値があったけどね。

5月22日(月曜日)
月曜日になるともう週末のことを考えている。食事どころ「蔵」の女将さんがゴールデン休暇があっという間に過ぎて気がつけばもう6月。妙に休んだ気がしない、と漏らしていた。同感。帰りの電車でリッピングした映画「大脱走」をSDカードに変換コピーして、携帯電話WS003で見ながら帰った。気分が乗らないときこうした娯楽映画を電車の中で見るというのはなかなかですね。女将さんにも教えた上げよう


5月21日
京成谷津のバラ園はこの地方では有名な部類に入る公園。船橋からがんばったら歩いていける距離にある。この辺りは上品な地区で、バラ園まで、曲がりくねった並木の歩道が続いている。まずは写真を撮影しているおじさんのところでじっと観察。するとなにがしかの情報を教えてくれる。できるだけ高価なカメラを持っている人がよい。ひげを生やした人とか、バンダナを巻いた人とか、上品そうな人が尚良い。今日は晴天で太陽光線も強く、キャノンの20DはRAWで撮影。近寄れないバラの撮影はFZ30の19.1倍で撮影した。6,300株の60%咲いていると報じられているが、通路から撮影できる傷んでないバラは300〜500位。くまなく歩いてそのほとんどを撮影した。バラは花の王者。栽培も難しいだろうが、撮影のチャンスもほんの一瞬。三脚を構えてない人は花びらが少々痛んでいても感動して撮影している。おばさんたちは携帯で撮影しているが、自分の手や携帯電話の影が花びらに差している、少しアドバイスをしてあげた。帰りは津田沼まで歩いて、ここから新京成で初富まで。210円の距離だった。RAWは現像が必要。早速取りかかる。自分の好きな色に仕上げると言うのはなかなか良いですね。


5月20日
雨なら病院、晴れなら谷津バラ園。ところが朝起きると天候はどちらでもない。しかも午後から晴れるという。さらに問題は体が疲れで動かない。食事の後11時まで睡眠。外は風が強くバラ園は無理だ。撮影泣かせは太陽の光がない曇りと風があり花が揺れてピントが決まらない2つ。そこで、カメラチェックを兼ねて大町にある公園に出かけた。最近妙に気になることがあるのだ。昔に買った、LUMIX−F1のカメラの映像が風景を撮影する時に一番よく見えるのだ。逆にキャノン20Dの広角レンズ11−22mmの解像度が酷く甘いのだ。これは一度対決する必要があるということでテストも兼ねての撮影だ。公園でサントリーのビールとシラスご飯の弁当を食べた後撮影開始。昨晩あれほど酒を飲んだのにまた飲める。カメラの結論は、LUMIX−F1の方が風景を撮影するにはレベルが上だと言うことだ。3万円のカメラと30万円のカメラが画質では逆転した。両方ともオートポジションの撮影だった。帰ってきてまた1時間ほど寝た。

5月19日
帝国ホテルの前に咲く花はいつも新鮮だ。と言うことは夜中に花屋さんが植え替えをしているはずだ。都会にはいろんな仕事があり、いろんな時間帯に働く人がいる。昼間の時間帯にオフィスで精神をすり減らして働き、土日に死んだように眠る。その繰り返しと、収入は限定されるが、もう少し時間的なゆとりのある仕事とどっちがよいのか尋ねられると、どっちを選ぶのだろう。いささか人間関係に疲れている今ではフラフラと思いもかけない選択をしてしまいそうな危うさもある。今日は新入社員と転出者の懇親会だ。いつの間にか大勢の人がいて、大騒ぎになって店の人から注意を受ける。なんと言っても20歳代が7人もいてそのほとんどが体育会系ときている、声も大きくなりがち。アメフトのTさんは体の幅が僕の倍くらいはある。焼酎をロックで飲んでいる。2次会でも大変な騒ぎ。おじさんのFさんと僕は小さくなってウィスキーをすすった。若い熱気に押された少々酒を超したので東京始発電車を待って座ると船橋まで一直線で睡眠。最近は酔って寝ても、きちんと最寄りの駅で目が覚めるのだ。体力もすり減らして帰り着いた。

5月18日
朝の便で東京に移動。移動中も鼻水が出っぱなし。完全に風邪の症状そのもの。きょうは新入社員と初対面。1981年生まれの彼らの父は僕よりも年下。CDが誕生したのが1982年。年配者の居場所が少なくなる。昨今の状況を黒板に書いて討論したが、漢字が書けなくて恥を書く。その上、固有名詞が思い出せなくて、アレ,ソレで代用。おじさんしっかりしろよ!という感じですね。家に帰ると「きょうで最後だね」と子供がいう。何故かといえば明日から富士山の樹海に出かけるためだ。このため完璧に舞い上がっているのだ。僕もそうだが、子供にも受け継がれている性質に、「こんな場所に行ったらとんでもないことをしでかす」というのがあって帰ってくるまで少々心配だ。おじさんと父にはいろいろとあるのです。

5月17日
大雨の様相でホテルを出発した。五月晴れの季節なのに何で雨?台風1号の影響である。今年は台風による被害が甚大だと予想している。中国の石油消費が異常な盛り上がりを見せて地球温暖化に加速がかかっているからだ。そのしっぺ返しがまずは台風となってやってくるというのが僕の立てたシナリオだ。今日の行き先は大阪南港。久しぶりに海を見た。海を見ると心が休まりますね。酷い雨だったので岸壁の散歩はできなかった。仕事を終えて懇談をしているとなんと午後6時。急いで難波に向かう。なんばパークスの向こう側にヤマダ電機がオープンした。ビデオカメラ用の大型ライトを買う目的で訪れたがあいにくと扱いがない。オーディオコンポ売り場を覗いていたら店員に声をかけられた。よく見ると日本橋柳屋電機につとめていたMさんだ。店をたたんだのでこちらで働いているという。懐かしさのあまり少し話し込んだ。Mさんの仕事も日本の経済のおおきな変化に飲み込まれたわけだ。この5年間で僕も含めて多くの人の生活が変わった。この5年間で犯罪が急増しているもの関係ありそうだ。なつかしい難波をぶらぶらしてうどん屋さんで食事。

5月16日
今度はのどが痛くて目が覚めた。良くない兆候だ。だんだんと風に向かって進んでいる。体の節々も痛い。こんな日のために年休があるのに休めない。重要な仕事をしているわけではないのだが、約束があるのだ。仕方なくコンビニでリポビタン11(Dタイプよりも高価な265円)を買って勇気をつける。昼頃に最悪のピークを迎え、早退したいところまで行ったがそれからだんだんと回復してきて、平常まで持ち直した。それでかねてから計画していた大阪行きを断行した。空港でちょうどバスがきたので上六に向かった。ここから徒歩で谷町4丁目に向かう。道中に商店街復活の兆しで有名な空堀商店街があり、お寿司屋さんで一杯。しかしまた行こうという気にはなれなかった。ここから大阪城までは徒歩で30分は必要だが、太閤さんの立てたお城は、ここまでが城内だったのです。電車の駅にして2駅分です。谷町4丁目には新しくオープンしたアパホテルに宿泊する。車の騒音が部屋に飛び込んできて、また宿泊しようという気にはなれなかった。

5月15日
今日は寝ている間に鼻水が出て泊まらなくなり目が覚めた。良くない兆候で朝が始まった。案の定寝耳に水の話が降りてきて四苦八苦だ。そんなことでメールを見る時間もなくばたばたと一日が通り過ぎた。道中読んだ「10年後の日本」文春新書はこれも予測通り未来を悲観している文章だ。今は90年代のバブル景気最後より過ごしやすいと思っているがどうもこの本によると次第に過ごしにくくなってくるような感じの文章になっている。未来予測というのは難しいが、予感というのはよく当たるのです。


5月14日
近くの公園のバラ園が気になったので昼過ぎカメラを持って出かけた。少し肌寒いがまぁ自転車をこいでいる間は何とかなった。バラ園はまだ10日ばかり後と見た。このバラ園でハワイアンの演奏会が開催されていた。フラダンスは3〜4組程度の出場があり花を添えていたが、19.1倍の望遠レンズで撮影すると演奏者もフラダンスの人たちも「おじん、おばん」ばかりだった。ハワイの音楽の間に「すずかけの道」なども演奏があった。昭和30年代を彷彿とさせる雰囲気作りがされていました。2007年団塊の世代の大量退職。日本はいよいよ高齢化に突入する。昨日「10年後の日本」文春新書を買ってきたので早速読み始めよう。このごろ書店ではこうした人口問題を扱う書籍が多い。「日本の不平等」大竹文雄は寝る前に読んでいるが、これも同じような書籍(この本は数式が多くよく眠れます)。今日のメインイベントはPCでDVDリッピングした後、AVIに変換して圧縮をかけ、このデーターをSDにダビングし、ウイルコムWS003にTCPMPと言うソフトをインストールすると、なんと、DVDがこのウイルコムの携帯電話で見られるのです。日本語字幕も十分認識できます。

5月13日
どうしても昨晩中に仕上げる必要書類があったのでホテルにこもってすませたら午後の9時を回っていた。今週は出張が多くいろんな事務作業ができなかったのだ。それで、食事の後、部屋に帰りコンビニで買った「菊水」(新潟の日本酒)を飲みながら、ハリーポッター「炎のゴブレット」を見てたらすっかり酔ってしまった。ホテルは木目のフローリングが張ってあって、心が安まることを第一に訴求していたが、窓から車の騒音が入ってきて、コンセプトが幾分主張と違っていた。しかし、ふつうのビジネスホテルとは様相が違い、こうして部屋の中でごぞごぞすることができたのでした。だが朝起きると、二日酔いですね。そして、またも雨。帰りの飛行機は広島駅で確認すると天候調査。飛行機にかける運試しもあったが、もう一晩ここに泊まりたくないので、堅い新幹線を選んだ。所要時間4時間。過ごし方はまず、先週日曜日から始まった「NHK特集番組、プラネットアース」これを2編PCで見た。残り1時間は昼寝、残り一時間は週刊文春の拾い読み。<写真は大町公園のアヤメ>

5月12日
広島には市電が走っている。広電と言う。この電車は地方の市電とは違って機種の入れ替えが進み、インバーターモーターを使ったタイプも多く、普通乗用車と同じくらいの加速がある。しかも市内を縦横無尽に走っているので便利だ。150円という料金もありがたい。この電車のホームで待っていると、左のような表示に気がつく。西=西広島駅行き。宮=宮島口行きだ。江=江波行き。しかも電車は首都圏の山手線のように3分に一度は来る。JRと違うのは、目視制御なので電車が数珠繋ぎで来る。停留所だとその間隔は1m程度。手動操作ですが旨いものです。JRはATCやなにやら大層な装置が装備されていますが、よくミスがあります。10日も総武快速で出かけてくるとき、市川の駅で行き過ぎて止まり、車両1台分のバックを行いました。11両と16両の列車の停止位置が違うのを勘違いしたのでしょう。この場合も「人」が鍵です。(ほかの場合もあったので)どうも第3次産業はここにポイントがあるかもしれないと思うようになってきた一日でした。

5月11日
久しぶりに立食パーティに参加した。大勢であまり親しくない人と酒を飲みながら懇親をすると言うのが不得意でできるだけ避けてきたが、どうも立場上抜けられなくて最後まで残った。しかし2周りも年齢の違うメンバーの話は違った視点を気づかせてくれた。とりわけTVを見ない若者が多い現実に驚く。僕としては若者がお笑いや下手などたばたを好むのでTVはこう言った番組に特化せざるを得ないのだ。と思っていたのだ。TVの視聴率について詳しくは知らないが、おそらくTVを見た人のアンケートで構成されているはずだ。だから、人気番組に似た番組制作となるだろう。見ない人のことは考慮しない。行き過ぎたマーケティングの論(細分化して考える)の弊害ですね。そうしてじわじわとTVの視聴者が減る。相撲や野球の入場者が減っているのと同じですね。

5月10日
広島に来た。飛行機できたが、今の飛行機は視界が悪くても着陸するんですね。一度目は急上昇してやり直したが、2回目に見事着陸。降りてから振り返ると滑走路が霧で見えなかった。誘導電波があり自動化されているとはいえけっこうやるもんだ。こうして朝6時20分の電車に乗って広島バスセンターに11時20分に到着。5時間も要した。新幹線と時間的には違わない。昼食は地下センター街でお好み焼き「みっちゃん」でネギ焼きを。1,050円。今広島ではお好み焼きの材料を使ってつけ麺が流行っているそうだ。今回は自分も講演の機会があり気を抜けない。このような適度な緊張があると週末の過ごし方が充実しますね。

5月9日
日経新聞の裏面にある堺屋太一氏のテムジンンの小説を読むの日課だ。テムジンはジンギズ・ハンと呼ばれてもいる。まだ妻を隣の部族に横取りされ、取り返すのに四苦八苦しているころの話だ。世に名前を残すことになる武将も若い頃には凡人と変わらない行動をしている。その転換点が何処にあるのだ?というのがこの小説の見どころだろうと思う。仲間のM氏が緊急入院。3月頃酒も飲めない状態だったので気にはなっていたが。どうも肝臓のむつかしい病気らしい。電話を受けながらノートに肝臓の「臓」がどうしても書けなくて、むつかしい病名だとも思った。

5月8日
朝から霧雨の中自転車で出発。いずれ晴れるとの予想だったが終日雨だった。この日転入者を迎えてあれこれする日だったので、一日の時間が細切れで詰まっていた。こう言う日はけっこう歩いていて15,000歩を超えていた。仲間のFさんは連休中の登山で2日間20時間を走破したとのこと。1時間6,000歩で120,000歩。ゴルフ1ラウンドで12,000歩程度だから、2日間で10ラウンドになる。同じ年齢の人だから凄い。今日こんなに忙しく過ごしたのに夜は浅い眠りしかなかった。

5月7日
雨の予測だったのでゆっくり起きたらなんと雨は降ってない。出かけないときぐらい雨が降ればよいのに。午前中パワーポイントで資料を作成したら、午後になってそのファイルを誤って消してしまった。自分のやったことなので泣くに泣けない。気を取り直して別のことを。夕刻になってやっと雨。雨になってからプールへ。今日もプールは満員だ。1時間で1.8kmしか泳げない。さらに休憩の後2.5kmまで泳ぐ。午後7時のニュースを見ると四国は大雨だとか。今回の連休中は普段できないことをしようと。いつも連休は田舎に帰り、自宅で少し長い間過ごすことは今まで一度もなかったのだ。それで部屋の模様替えとか、PCソフトの整理とか、音楽ソフトの整理とか。雑誌や新聞の整理とか。大阪と違って都会の部屋は小さく、狭い中でいかに過ごしやすくには工夫が必要なのだ。しかしどんなにがんばっても音楽を聴く環境だけは確保できない。<写真はプールに行く道中の公園。新緑が鮮やか>
5月6日
昨日で連休も終わり、今日から2日間出勤に備えて少し準備することがある。その前に自転車の修理だ。後ろのブレーキがきかなくなっている。ついでに汚れを落としてワックスでもかけよう。そんなことをしていたら午後1時になってしまった。大事な時間をよけいなことに費やしてしまった。少しがんばって、夕刻にプール。もうプールは平常通り混雑で、2.5km泳ぐのに1時間半を要してしまった。体が運動になれてきてもこの距離が限界なのか、夜はすごく眠い。我が家の少年少女たちもクラブ活動の疲れで速く就寝だ。<写真は道中の民家の庭、ラベンダー>
5月5日
今日は文京区、茗荷谷にある「小石川植物園」だ。東京駅から地下鉄丸ノ内線に乗り換えて茗荷谷下車。徒歩15分。もうこの歩くところから緑が始まっていますね。「播磨坂桜並木」と言う名前で見事な桜が道の両側に植わっているのです。さて小石川植物園は、都会の真ん中にこれだけ大きな面積を専有してもよいものだろうかと思わせるだけの面積があり、そこに植わっている樹木も半端な大きさでなく直径が2m位の巨木なのだ。広場も当然ながらこの巨木の下になる。山歩きを思い立ったら列車で遠く出かけるよりも、ここに来ると良い。道は平坦でしかも木に囲まれている。広葉樹の森や、針葉樹の森など、いろいろある。しかし、実際の楽しみはこの森ではなく、数えないくらいの植物とその花が一面に広がっている。その一つ一つを写真に納めると5時間を要してしまった。しかもこの日は温室が閉鎖されていたので、実際は一日で撮影しきれないという感じだ。なぜもっと速くこんな良い場所を知らなかったのだろう。この植物園の中にはレストランはなく、弁当持ち込みで来なくちゃならない。帰りはお茶の水下車、徒歩で秋葉原探索だ。連休終盤なのか、ものすごい人混み。特にパソコンパーツ関係の店方面はすごい。「丸五」のトンカツを食べて退散。秋葉原はこの店と「万世の肉」が旨い。この日は相当歩きましたね。


5月4日
部屋が一杯。妻も私も一杯なのが好きらしい。せめて僕だけでも。と言うことで、部屋のレイアウトをいじりながら、少し整理をした。買ったままになっているPCソフトなんかも発見して、生産性は上がらなかったが気持ちの整理ができましたね。平日は会社との往復で寝に変えるだけ。休日は疲れて寝るだけ。大型連休は田舎に帰る。そんなことをして5年間経って、部屋のレイアウトがどうも生活にあってないような感じを抱いていたのだ。それが、とりあえず、すっきりとした。だいぶ重いものを持ったので腰が痛い。が、明日は小石川植物園に出かける。植物園に出かけ花の写真を撮影して、2時頃レストランで生ビールを飲んでゆっくりすると言う僕の定番を実行するのだ。これは、そんなにお金がかからないのがよいのだ。近郊でレストランがありビールの旨い植物園のリストを作成中だ。<昨日撮影、ハンカチの木の花>
5月3日
7時に起床。柏経由常磐線で茨城県の筑波大学植物実験場(通称筑波植物園)に行くのだ。電車2本、バス2本。約2時間。入場料300円を払って。まず、メタセコイヤ。これはアメリカのヨセミテ公園で見た巨大杉のミニチュア版が育っていた。直径は1m位。早速温室を訪ねるとがっかり。人間の世話がなくて枯れかかっていた。がっかりして、クレマチスだけ見て帰ろうとしたが、大きな森林を抱え込んだ植物園なので、「少し散策してクレマチス園に行こう」。ところが、この植物園の魅力は温室以外にあったのだ。広い敷地に宝物が転がっているように、あちこちに不思議な植物が芽や花をつけている。さっと見では気がつかないところに花があったりするので、ゆっくり探索する必要がありそうだ。と言うことで「クレマチス」まで行き着くのに3時間。「ハンカチの木」と言うのが見頃で、おじさんたちが盛んに撮影しているので、僕もあやかって撮影。街で見かけるきれいな花なども、ここでは名前が解り納得だった。帰りのバスの便はなく、筑波大学から筑波駅まで50分程度だが歩いた。しかし森の中で過ごす楽しいひとときだった。余裕のあるとき再び訪れよう。

5月2日
今日は雑誌の切り抜きの整理だ。これは注目とか、ここだけは押さえておきたい、そんな雑誌の記事を読むと、その部分だけ切り抜いて保管しておくのです。それを、PDF化する。今では機器が進化してその文中の言葉をバックグラウンドで処理して、PDFに貼り付いたテキストデーターでも検索できる優れものがあるが、私は昔ながらの方法で適すとデーターを打ち込んでいる。これに丸一日かかりましたね。午後3時からプールです。今日は空いていてほぼ1レーンを独占できました。記録は50分で2,150m。これは生涯の新記録です。多分もっと速いい記録は若いとき出たでしょうが、今までプールが一杯で自由に泳げなかったという事情があります。今日は連休の端境期ということでプールの事情による影響です。道中に鉄扇が咲いている庭があり、駐車場から撮影した。雨が降っていたのであまり発色は期待できなかったが、まずまずの写真が撮影できた。明日は、本格的に「クレマチス」を撮影に行く予定だ。
5月1日
今日は今年の中で一番暑くなるだろう予測されている。土日で主なものは片づけたので、今日は「晴れて写真の撮影」を楽しむことができる。行く先は群馬県館林、つつじが岡公園。約2時間をかけての移動だが、東武鉄道一本でいけるので、料金が860円と格安なのだ。ここは首都圏のTVで盛んに放映しているのでお客さんが多い。インターネットは6分咲きとあるが、満開をすぎたツツジも多い。特に白い花びらのツツジは黄色く、いたんでいるので撮影には注意が必要だ。主にムービーで撮影した。やっぱりきれいと思うのは、花をたくさん画面に入れず、バックに青空とか、緑を配した構図が一番だ。できるだけマクロを使い背景をぼかした。太陽が強く館内放送では水分を多く摂取するように注意を呼びかけていた。その後、温室に行った。どこの温室もだいたい同じものがある。クレマチスは4色咲いていてこれは特筆。紫の胡蝶蘭も咲き誇っていた。胡蝶蘭は2月がメインかと思っていたが違うようだ。(2月は蘭の展示会用に加温して開花を早めたようだ)午後2時にここを出発して、今度は「野鳥の森フラワーパーク」へ。どっちがメインなのか不明。到着すると一面の芝桜。歩道から見れば写真も何とかなるが、勝手に花壇の中に入る輩がいる。主におばさんたちだ。困ったモンだ。三脚で連続写真を撮影すると、人物を消せるソフトがあるらしいので、少し研究が必要だ。結局野鳥は姿を見せず、花がメインだった。ここからは徒歩で東武鉄道の茂林寺駅へ。途中に「茂林寺」がある。ここは「分福茶釜」で有名なお寺。有料で拝観できる。つつじが岡公園も、フラワーパークも田舎の観光地なので、食べる施設が海水浴場の「夏の掘っ立て小屋」レベル。それで午後4時になってやっと、「もり陣」と言ううどん屋さんへ入った。ところが、なかなかな店。うどんの玉に絹を混入して練っているそうだ。その、絹の粉を食べらせてもらったが、ものすごく甘い。これを使うとうどんが光るそうだ。それとビールに入れるとビールがまろやかになる。そんな話を聞きながら、うどんを食った。これはうまい。東武鉄道はずいぶんと枝分かれしている鉄道で、帰り着くには4回ほど乗り換えた。


4月30日
名古屋の東山動物園まで行って「翡翠カズラ」を撮影した。なかなかこのカズラは色が珍しいので人気がある。財力のある植物園しかこのような珍しい植物はないと思いこんでいたら、なんと足下の大町植物園にこのカズラが満開な状態であるではないか。しかもこの植物園は無料開放だ。近くだからそんな価値のあるものに目が届かなかったのか?ついでにこれらの植物をSDムービーの最高画質で録画し50型のプラズマテレビで見ると、なんとハイビジョンの番組と見間違うような見事な解像度で映ってくれた。花などのように動きのない物体をアップで撮影すると、ものすごい解像度が得られると言うことに気がついた。夕刻プールで2.5km泳いだら、9時過ぎから目を開けているのがつらくなった。

4月29日
休みの間にやりたいことの一つにHDDにたまったビデオ番組をDVDにダビングする作業だ。録り貯めた番組には大量のCMが含まれていてこのカット作業に多くの時間を費やすのだ。それと新聞の切り抜きと整理。そうこうしている間に眠くなり、昼寝をするともう夜だった。こん晩は妻と息子は野球の集まりで夕食会。残された娘と私は近所に食事に行くことになった。中学3年生の娘を連れ出すのは至難の業が必要だが、今回は焼き肉で釣った。娘は食い意地が張っていて食べ物には弱いのだ。自転車で近くの牛角へ。食事をしながら音楽の話をすれば結構気の合う部分があるのですね。僕はビールを飲みながら、40歳も離れた世代の音楽事情に耳を傾けた。

4月28日
連休前で浮き足だっている。と言うのは僕の心。今年の連休も田舎には帰らない。少しこちらでやり残した仕事のフォローがある。しかしメインは、少しゆっくりしたい。あまりにも日常が早く流れるので、ここら当たりで整理をしたいのだ。読もうと思って買った書籍も全く手つかずのままだ。情報のインプットの必要もある。映画も、DVDは録画のデーターがHDDに山積し整理しなければゴミとなる。

4月27日
太陽は偉い話
そんなことは判っているわ。と言われるかもしれないが、改めて。今朝大阪は雨だった。飛行機はどんどん高度を上げて15分後やっと雲の上に出た。その雲の上にもまだ薄い雲があった。偉いと思ったのはその厚い雲を突き抜けてもまだ太陽光線が届くことだ。羽田空港も雨だったが暗くはない。弱い光線ならシャットアウトされる。BSデジタル放送は雨の時最悪映らなくなる。雲の威力はそれだけ大きいのだが。連休を控えてあわただしい。正しく連休を休みたいので駆け込みで抱えている仕事を済ましたいのだ。五月晴れの連休はゆっくりしたいのだ。連休期間中、太陽はもう少し頑張って大きな仕事をしていただきたい。

4月26日
大阪2日目。寒くて目が冷めた。朝ホテルからJR天満駅までの徒歩は信号待ちなどしていると寒くて指先がかじかんだ。おかしな気候だ。<寒い中、ユキヤナギがけなげに咲いている。扇町公園で>事務所でメールを見ていると九州の友人Mさんから電話。今僕のいるビルに来たと言うのだ。何たるタイミングの良さ。11時から少しだけ会話。相変わらず熱心な話ぶりだ。九州訪問の折にはぜひ連絡を!と言うことで分かれた。Mさんは大分の出身だ。大分には有名な酒「耶馬焼酎」があるとのこと。プレミアムがつくほどで、高いのは40万円もするとか。どんなに旨い酒でもそこまでは。普通の酒でも九州で飲むと旨いゾ。
名曲堂阪急東通店に寄った。ここは中古レコードの店。会社が引ける時間帯なので50を幾分過ぎたようなおじさんたちで結構賑わっていた。彼らはLPレコードに関心が高い。けっこう価格もこなれていてグードルのバッハの無伴奏なんかが2,500円程度だ。しかしこの店の特徴はCDだ。店主は人を明かさないが、この店を支援する人が評価していると言う。非常にわかりやすい。特選、推薦。これらは音楽性が高い。名演は聞いてて楽しい。アルテックのSPを2A3の真空管アンプで視聴できる。現代はDVDの時代で感動も一瞬にして大きい。時間的にも短時間で楽しめる。まさに今を代表する娯楽だ。一方レコードは演奏するにしても手間がかかるし、音楽だけだと何度も聴かないと親しめる状態にはならない、が奥深い。昔の娯楽だと思う。振り返ってみるといつの間にか自分の娯楽は一瞬にして楽しめるデジタル化に移行している。これを、文化の変遷と呼ぶだろうなと改めて思った。

4月25日
大阪に来ている。晴れていて少し寒い。だんだんと関東の生活が長くなると舌が関東風に出来上がってくる。久しぶりの関西で食事をするとどうもしっくり行かない味覚となる。多分僕の知っている仲間も、大阪の人情も少しずつ、ほんの少しずつずれができているんだろうな。そんなずれを確認するためにお酒を飲む。お酒とはいろんな役割を果たしてくれる。

4月24日
お世話になったKさんの送別会。思えばこの一年はずいぶんと変化が大きかった。その大きな変化の中にKさんがいた。しみじみと酒を飲みながらいろんなことを話し合った。僕より1歳上の55歳。年齢が近いので考え方も共有できる。楽しいお酒と言うよりか、何かを考えさせられるお酒だった。帰りの電車は同じ社宅に住む人と一緒だったので眠らずに済んだ。<朝の通勤ルートに帝国ホテルがある。その前に咲く花。花房が珍しい。名前は「フクシア」>


4月23日
18日に2時間の自転車通勤は平気と書いたが、それ以降仕事もハードだったが毎日つらく過ごした。やっぱり翌日から疲れが出てきていたのでしょう。それで、今朝は遅く起きて午後から昼寝をした。それで疲れがとれたかと言えば「NO」で、プールで50分2kmに挑戦したら1,9kmで時間切れだった。もう昔のように動かない体になっているというのをよくわかってきた。分相応と言うことをわきまえないといけない。今週やり残した関心に、電話機WS003が動画取り込みできるのかどうか?の確認がある。もしこれがうまくいけば、なんと電話機でDVDがみられるのです。しかし、今日は疲れ果てて練るだけのこととなってしまいました。昨日の写真。フォトショップエレメント4.0で背景を選択して黒く塗りつぶし、彩度を上げたら幻想的な写真となった。
4月22日
「夢の島熱帯植物園」用は東京都の生ゴミを消却してその余熱で熱帯植物園とか温水プールを運用している施設である。休日の旅に植物園巡りをし始めて2ヶ月目。だんだんと解ってきたことがある。まず植物園は公立の運営が多く入場料があまり高くないにも関わらず、比較的愛想がよいので気分がよい。その上何らかのレストランを併設している。これだけ手入れをしてきれいな花を咲かせているのにお客様が少ない、従って三脚を立てて自由に撮影ができる。ガラスハウスの中なのでホワイトバランスが崩れやすい。花は群生しているので全体を撮影すると写真に意志が表現できない、従ってマクロでクローズアップするのがよい。しかしムービーは視線を変えられるので全景も可能。などなどのノウハウを生かして今日は新木場にあるこの植物園。自宅から1時間もかからない。ディズニーランドの隣の駅。今回はニコンのF4と先日買った60ミリマクロ。300ミリ望遠。35−70ミリズーム。ストロボ。SDムービー。三脚。ものすごい重装備だ。だが、混雑をしてないので撮影中はそこらに荷物を広げることができる。花と向き合うと、花はこう撮ってほしいと願っている角度がある。それを一個一個見つけ出すのだ。見あたらないときもある。それはこちらが花の視線を読めないからだ。小説家が物語をどう創作するかということについてインタビュー記事があった。かれは、創作ではない。話は転がっているのだ。それをどのようにして拾うのかが問題。拾い方があってそう簡単に取り上げることができない。と言う。たぶん写真の撮影も、万物の運命もこのように決まっていてその路線をひたすら走っているのだろう。4時間撮影して、のども渇いた。ちょうど植物園の池を前にしたレストランがある。ここで休憩だ。ビールを注文したがおつまみが解らない。するとおばさんが「ばったい」がお薦めだという。ビールをなめながら今撮影したムービーを鑑賞した。先週と同じパターンだ。

4月21日
晴れているのに雨が降るかもしれないと言う昨日と同じ天気。念のため傘を持った。柏の駅(電車で15分)ではすでに雨だった。池袋では晴れ。会議が開催されるまで駅前のマクドナルドで原稿書き。このマクドナルドの席は昨夜から泊まりこんだような人で一杯。とてもビジネスマンが朝の出勤前に食事と新聞を読もうという雰囲気ではないのです。片隅で昨日の続きを書いた。ペンではせいぜい30ページくらいが限度だが、キーボードでは40ページでも平気ですね。その上電車に乗ってもできますね。漫画「なにわ金融道」を読みながら飯を食ったが妙にいやな気分にさせる漫画です。私は正義が勝って悪が負ける的な物語が漫画として向いているように思う。
4月20日
朝から夜まで文字を書いた。久しぶりにシャープペンを握ったが指先が完全にまひしてしまった。文字を書くと言う作業は大変なことですね。昼からは池袋に出向いたが嵐だった。朝は太陽が出ていたので傘を持たずに出たので失敗。出先でも原稿書き。帰りは常磐線で。時間は同じだが妙に人相が違うような感じ。冷たい印象。さらに自宅で。もうペンは指が痛くて持てない。PCで。キーを打つのは何と楽なことか。
4月19日
どうも自分の好みと言うのが写真にありそうだと気がついたのは、ここ一カ月ばかり花の写真ばかり撮影し、良いものと悪いものとを選別するとある傾向が出ているのだ。それは一輪の花が比較的多く、他の花とは独立して咲いているのをねらっている(孤立している表現が適切かも)。これには、背景が綺麗にぼける必要からきているが、とにかく群生は好きになれませんね。専門家から見たら何とも平凡な写真だろうが納得している。それを極めようと今日は銀座にあるカメラの中古店「ニコン堂」に行って60ミリのマクロレンズを買ったのだ。これはニコンのF4に装着して使う。デジカメはどうもまったり感がでないのだ。土曜日さっそく試してみよう。
4月18日
2時間だったら平気
鎌ケ谷の自宅から浜松町まで最短時間は1時間半。25kmくらい。これは疲れる。往復でへとへと。日課とはなりにくい。しかし1時間半の装備で2時間の所要時間に落とすとママチャリの感覚でペダルを漕げる。毎日でもへっちゃらだ。そしてこの時間は車のように道路状況によって左右されない。時間のブレがあるとすれば「喉が渇いた誘惑だ」こ綺麗な店の前で信号待ちなどになるとやばい。今日ももう少しで。そこは我慢。コンビニでドリンクを買って凌いた。ちょっと一杯を断念するには理由がある。最近流行っているテレビパソ。この設定だ。昨日試すと付属のソフトではIEPGとチューナーユニットが連携しないのだ。それで、チューナユニットのドライバー一式を新しい仕様に変更するのが最適と判断したが、製造番号がないと、ソフトがダウンロードできない。しかし、製造番号は本体にしかない。つまりPCをばらさないとだめと言うわけですね。真にIO−DATA社は不親切な会社だ。さっそく食事の後この作業に取り掛かり無事予約が可能となった。「ためしてがってん」を予約して作業を終了した。自転車の疲れはない。
4月17日
自分の中で妙にひっかかる部分があった。それはDVDとプレイステーションとの動画連携の話だ。PCでDVDをリッピングする。それを専用のソフトでPSP用に変換する。それをメモリーに入れると、PSPでDVDがみられるのではないかと言うことだ。ところが、実際にはこのことが現実として存在するのです。変換ソフトが出回っているのです。それで、今日は会社を終えた後ヨドバシカメラにこの関心の中心であるPSPを買い求めに行こうとしたのです。しかし、今この文章を書いている、携帯電話、WS003SHも実はマルチメディアなもの。これも実はあるソフトを使うことでDVDが見られるのではないかと思ったのです。少し研究が必要だろうができる機能でしょうね。世の中はすごい事になっていますよ。

4月16日
昨日の写真と今まで撮影したフィルムの写真の取り込み作業をしてたら夕方になった。夕刻は自転車で日課のプールへ。途中高根台の団地には、桜が満開だった。これは品種が違うだろう。ピンクの花びらで団子になって力強く咲いている。今日は最初からとばして泳ぎ50分2kmを達成した。昨晩寝るまでうるさく歌を歌っていた娘は5時に起きてディズニーランドに出かけた。帰宅は夜の9時。たぶん今日は寝る前の歌はないだろう。昨日の「たいつりそう」の全景は左。
4月15日
かねてから牡丹の花を撮影しようと探していたら、上野公園に牡丹園があった。朝9時前に起きると機能の疲れはどこかに行ってしまっていて、カメラを持って快適に出発したのだ。上野は最寄りの駅に最初にきた電車、上りでも下りでもどちらに乗っても行ける。今朝はものすごく寒く真冬用のジャンパーを羽織って出かけた。600円を払って牡丹園で撮影開始。牡丹の花はバラよりも繊細で、すべての花の上には唐傘がさしかけてあり、直接雨が当たらないようになっていた。高知の家にも牡丹の木があって、毎年花を咲かせていたが雨が降ると母が傘を差していたのを想い出した。カメラは3本持って行ったが、今回活躍したのは180mmの望遠マクロだ。このレンズをデジカメに装着すると1.5倍になり、270mmの望遠マクロに変身するのだ。それを30cm近くの距離で撮影すると、1cm違ってもぼけが始まるのだ。また、そして牡丹園なのに「鯛つり草」という珍しい名前の可愛い花が咲いていた。この花は横に張った茎に小さな花がいくつもぶら下がっているのだ。まるで竿で魚を釣っているようだ。その一つにピントを当てて写したのが左の写真だ。3時間で250枚撮影した。この公園にきたら、不忍池を眼下に見下ろし一度は食べてみる価値のあるのが「精養軒」のカレーとビールだ。撮影したムービーをみながら食事をとった。その後、秋葉原に寄って、石丸電気のソフト館でジャズのCDを3枚。この店はジャズファンが納得する音楽をそろえているのでお勧めだ。今回撮影した映像のバックに挿入する音楽でもあるのだ。家に帰って家人に話すと、精養軒の有名なのはハヤシライスだった。
4月14日
昔大阪の職場にいたメンバーが集まって懇親会を開催した。このメンバーにはすでに卒業された78歳のNさんも居た。半分が定年退職者でゴルフの帰りに東京に足を伸ばしたのだ。それで、在郷の現職のメンバーがかり出されたというのが真相。この中には元営業部長が居て、この怖い営業部長に僕らはビビッテ居た。そのことを話すと、そんなことあったけ?。とご本人は知らぬ顔。同じ釜の飯を食ったというのが、メンバーの条件。しかし、いつもこの懇談会は部長さんを中心とした「販売会議」になってしまい、元部下のメンバーを呼び捨てにするのだ。しかし、みんな懐かしいメンバーばかりでそれに対応している。会場は品川で、この日飲んでも最終便で大阪に帰ることができる場所というのでここに設定されたのだ。僕は自転車で来ていたので、ここから、千葉まで帰るのだ。普段通い慣れてない道なので大いに迷って、8時半出発したのに、帰宅したのは11時だった。大いに疲れた。
4月13日
新浦安へ行った。このあたりはすべて埋め立て地で、区画整理されていて非常に綺麗な街。都会の住宅地はかくあるべき街。造られた街。歴史のない街。感情がない街。東京からも近く便利。しかし、ここで生まれて育った人はこの街に愛着を感じるだろうか?それとも住めば都だろうか。もう一つ、地震の際津波と液状化の問題。そんなこと通りすがりの人に言われたくないだろうが、こんなに愛着の沸かない街に降り立ったのは初めて。もう少し足を伸ばして海岸沿いまで出てみれば別の気持ちが持てたのかもしれない。帰りは新浦安から武蔵野線で西船橋へ。そこから、東京方面へ、久しぶりの自転車通勤だったので本八幡に駐輪してあるのだ。こういうときは不便だ。
4月12日
今週は出張がない週。早々に仕事を片づけて帰宅。とは言うものの東京はいろいろと興味の沸くスポットがあり覗くとやっぱり普通の帰宅時間と同じになる。刺激のある街東京は楽しい。明日のことがあるので通勤ルートからは外れないような寄り道。昼飯に薬善中華と言って、中華料理にインド料理並みの香辛料を入れたマーボナス定食を食った。これが事務所を出るまでけっこう重たかったがこんな寄り道をしていたらいつの間にか抜けてしまってた。万歩計は20,000にも達していた。
4月11日
毎日毎日ニュースばかり。新聞雑誌に目を通すだけで僕のプライベートな時間は飛んでしまう。今日も書店を覗くと興味のある雑誌が並んでいる。大体一つの雑誌を読み上げるには4時間必要だ。通勤の時間それに充てて1時間。自宅で30分。大体3日かかりますね。今日は雑誌3冊買ったので9日分の日数が必要だ。かくして家には読みかけの雑誌が山のごとくたまるのです。この雑誌は必要な部分を切り抜いてPDF化するのです。こうした切抜きの雑誌もまた山となっているのです。

4月10日
昨日曇りだと思っていたが降砂だった。だから昨日は晴れだったのだ。しかし今日は天気予報通り深夜から雨。データー放送で芸西村の天気が予想されていたがその通りとなった。朝一の飛行機で東京へ。空港で牛乳とコーヒーを買ってコーヒー牛乳で。この飲み方が一番旨いと思う。その牛乳も「ひまわり牛乳」なら、最高。コーヒーのブランドよりもこちらのブランドの方が重要。当たり外れが多いからだ。と思う。「今日の仕事はつらかった♪後は焼酎をあおるだけ♪」こんな感じだ。明日の夕刻は嵐だそうだ。長崎県では集中豪雨。今年は自然からしっぺ返しを食らう。人類は反省をすべき年になる。

4月9日
掃除の後、犬の散歩。帰ると妙に眠い。10時間以上寝たが。それでも疲れがとれない。昼寝。この日屋根を塗り直しているペンキ職人が来ていて少々上がうるさいが関係なく爆睡。昨日の自転車の疲れだ。その後プールへ。1,600m。40往復。このプールは昨日行ったレストランから見える。写真ではちょうど真ん中にある建物。逆にプールからもこのような景色が見えるわけですね。サウナで十分汗を流し多後、このプールのベランダで体を冷やすのです。これは時間が止まった感覚になりますね。寝る前に映画「ゴッドファーザー」をみる。映画と言うのは偉いですね。娯楽とメッセージの両立。この映画は入社して始めて大阪梅田北野劇場で見た映画。先輩に地図を書いてもらって梅田に出かけた純情な少年だった頃だ。今は横着なおじさんだ。

4月8日
田舎では父と母が暮らしているが、母が病気で退院したばかり。家の中が汚れていて、朝飯の後はまずは掃除から。その後、ずっと待っていてくれた犬の散歩。途中で友人の母、Mさんところへお礼に。11時から高知市にある牧野植物園へ。途中に1と1/2がオープン。これはレストランの名前。海に突き出たレストランで視界良好。おすすめランチを850円で食べた。味は普通。コンビニ味。スープだけが秀逸。腹が癒えたあと、自転車で出発。全区間向かい風で困難を極める。結局一時間半も。この植物園は植物の入れ替えがないがいろいろと、あちこちに植物が植わっている。目的の花を探すのが大変。今回はデジカメFZ30と、ムービーS300で。ムービーは三脚の性能が悪くいのでスタートストップは赤外線リモコンで。こうすると、スタートの時にカメラが揺れないので意外と良好な映像が撮影できる。こういう面がいいですね。ムービーはバッテリー1本が消耗しつくすまで撮影。デジカメは強姦撮影。これは、風が強く花が揺れるので、左手で花を押さえつけて、右手でシャッターを押す方法。こっちを向きたくない花も無理やり向けて。帰りに友人Kさん宅へ。元気で何より。職場まで自転車通勤を始めたとか。良い傾向だ。帰りは追い風に助けられて1時間。平均時速30km。父の弟の家に寄って一杯。タケノコと太刀魚が旨かった。この日芸西村では火事があり、これが話題。月明かりを頼りに無灯火、酔っぱらい運転。

4月7日
さわやかな朝。このホテルはなかなか良い。山西記念会館。5,000円です。しかも立派な食事がつく。洋食を注文するとベーコンは20cmあります。ハムの直径は8cm。キャベツの刻みサラダは山盛りで高さが5cm。コーヒーは自由で、牛乳があるからコーヒー牛乳ができる。梅田から歩いてこれる。職場の事務所にも徒歩で。途中に扇町公園がある。桜が満開だった。夜、高知竜馬空港に降りると、ぷーんと高知の匂いがする。水田とミカンの花がミックスされた匂い。かつて高知に住んでいた人しか分からない。今高知に住んでいる人は当たり前すぎて分からない感覚。

4月6日
今日は体が妙に動かない。と考えたら、一日の移動距離が1,800キロを超えていた。どこかで休息が必要だ。昨日仕事が終わったのが午後9時前。この仕事は疲れた。疲れたので酒を飲んだ。九州で酒を飲むんだったら芋焼酎ですね。ホテルの近所の中華料理店。この日は貸切で店の人と話しながら飲んだので少し酒が進みすぎたのも今日の疲れと関係がある。今は大阪。頭は休暇状態。とにかく茫然としている。晩飯は阪急東通商店街にある「魚心」で。この店はネタが大きいので注文した品はすべて写真収める。店の人がそれだったら「たれ握り」を注文したらよかったのにと言ってくれた。「はまち」とか「あなご」ですね。ネタが大きすぎて一口では食べきれんので絵になるよと。隣の若い二人も盛んにカメラに収めていた。写真は朝、福岡から東京に向かう飛行機から撮影。手前が関西空港、向うが神戸空港。

4月5日
朝10時からテレビ撮影の練習。本番は4時から、終了が9時。何度もやり直し、相手役の女性アシスタントからも演技指導を受ける。なかなかセリフが頭に入らない。入らないのでアドリブになる、アドリブは出来不出来のブレが大きい。慣れない仕事と言うのは大変。一日で一年老け込んだみたいだ。
4月4日
朝のさわやかな日比谷公園を今日も歩く。この中は意外と静か、ヘッドフォンステレオでブラームスの交響曲2番を聞きながら。甘い春の花と音楽がぴったりだ。140mmの望遠で紫のチューリップを狙う。バックをひっきりなしに人が通る。息を凝らしてシャッターチャンスを待つ。水平が曲がらないように端の花が切れないように注意をすると意外と息がつけないものだ。メールを発信する直前にこのように後一つの確認ができれば良いのですが。午後7時過ぎの便で博多にゆく。午後10時過ぎにホテル。風呂に入った後部屋の電気を消して音楽を聴きながら外の景色を眺めると「ほっと一息つける」。音楽はジャズ。MJQ。音楽に憩いを求める一日。

4月3日
4月からは何もかも新しいことが始まる。いつもの駐輪場に行くと、なんと一般客はだめだと。路上駐輪でもやれと言うのか。路上駐輪すれば、今度はトラックで自転車を持っていかれる。不合理だ。やっと別の場所を探して止めた。読売新聞もすべてが変わったと言うが読むと斬新な気持ちになれない。行きつけの喫茶店を汐留の「タリーズ」に変えた。ここはビルの合間であるが全面ガラスの別のビルに太陽が当たりそこからの反射で光が差し込む幸せな店。このガラス窓から日本テレビの読売ジャイアンツのイベントテントが見える。以降仕事、気がつけば夜。いろんなことがあるけど世の中は確実に忙しくなってきている。これだけが今に始まったことではない。自分を無くさない程度にこの波に乗れるかどうかだ。
明日から出かけて来週の月曜日に帰る。福岡→東京→大阪→高知の旅だ。


4月2日
インターネットであちこちサーフィンをしていたら、ひとりでにDDがカラカラ動き出した。最近はウイルスのソフトを入れていても危ない。そこで、いったん電源を切って、PCを初期状態まで戻すことにした。自作PCだが、いったん設定した後は、この動作状態を丸ごとバックアップしておくと、おかしくなったときは、元の状態に戻せるのだ。新作のソフトの入れ替えなどもあり本を読みながら半日かかった。夕方プールに出かけたが帰りは雨。しかもあと少しというところでパンク。自転車屋さんにいくと、このパンクはタイヤがすり減っているためのもの。あまり乗ってない自転車なのに。理由はブレーキのパッドがタイヤをこすりタイヤが切れてしまったとのこと。¥5,000円の出費。自転車屋さん曰く、この自転車は扱っている店が少ないのでいろいろとトラブルがあるとやばいですよ。この自転車は新宿であまりにもきれいだったので買ってしまった。しかし、ブレーキ系統にはいろいろと問題があることは自転車屋さんの指摘以外にも自覚症状があった。自転車といえどもきちんとした日本のメーカーものを買うべきですね。<写真はプールへ行く途中>

4月1日
絶好の撮影日和だ。7時半起床、8時半には自宅を出た。行き先はJR総武線「稲見」駅下車、花の博物館だ。何度もいっているが、心躍る花が咲いていて飽きない。今日はSDムービーとニコン一眼レフカメラF4と、コンパクトデジカメを持参。先日買った三脚も一緒。この博物館の室内には季節の花が植えられているが、どうも彼岸を過ぎると太陽が部屋の中まで差し込まなくなるようだ。午前中だけかなと思ったがそうではない。太陽光線あっての写真だから、この部屋の花はデジカメでホワイトバランスを修正して撮影するしかない。フィルムカメラは微妙なホワイトバランスを修正するフィルターなど持つわけがなく断念。今回活躍したのはSDムービーである。三脚とぴったりの相性でパンニングにほどよいオイルダンブが効きおもしろい映像が撮影できた。このカメラにはテレマクロがあり、花をクローズアップして背景をぼかす撮影方法がある。花の撮影にはこれがうまく機能したのだ。このため、デジカメやフィルムカメラはあまり出番がなかった。旅行にはカメラを3台持つなど贅沢は許されないが近場だと状況に応じて使い分けられるカメラがあるとよい。撮影を終えてここに併設のレストランで食事、ここはいつも満席。30分ほど待ってやっとテラスの席に案内される。植物園の庭を眺めながら食事をとるのだ。気分が悪いわけがない。ビールを注文した。ウエイトレスの女の人も非常に感じがよかった。時間がゆっくり流れていくような気分を味わえる。ほろ酔い気分で次の会場移動、千葉公園だ。ここは桜の花が満開だとの情報。千葉駅で親切な案内係の人に教えてもらい徒歩で公園へ。池を囲む公園は桜が満開。桜の木は大きくカメラに収まらない。アングルを下向けると人、人。空を向けると桜が暗くなる。案外桜は難しい。この池をぐるりと撮影して回るとやっと僕の腕とカメラの性能とがぴったりと一致する構図を見いだして、以降このパターンで撮影しまくった。それは、桜の花よりも高い位置を探し出し、桜のバックには池が入るようにするのだ。そうすると池の暗さと桜のピンクのコントラストがうまくマッチするのだ。朝から夕刻まで撮影で疲れて帰宅。しかし住み家の西の方にも桜が咲いていたな、と想い出して三脚を担いでいくと見事な夜桜が咲いていた。この桜の持ち主は桜をライトアップしてあった。8秒解放で撮影。風があり少し桜がぶれていた。

3月31日
金曜日の夜は心踊るものがある。これは会社に入ってからずっと続いていることだ。そして今度の土日は休日だ。寒いので桜の開花が止まったままかもしれないが、とにかく明日は撮影に出かける。花の撮影用にポジフィルムを買った。カメラ専門店では発色の違いによるフィルムの使い分けを薦めている。その他にもカメラを持っていくがこう言った電子機器はバッテリーの確認が重要。ゴルフの好きな人が前の日にクラブやその他をチェックするのに似ている。もう一つの確認は前回の写真のチェックだ。カメラやレンズの癖をもう一度おさらいだ。<写真は朝の出勤道中の桜>

3月30日
朝から雨。事務所で少しだけ雑談を交わしていると、外の風景が一変した。何と雪が降っているではないか。桜が咲いているのにどう言うことだ。何かの警告なのか。今日のメインの訪問先は尾張一宮。ところが会場につくと関係先の人が「何しに来た」と聞くではないか?。「仕事で」としか言えない。そうすると「場所が違っているよ」とのこと。「え!」と言うことで別の会場に連れて言ってくれることになった。ありがたいことだ。高速道路を使って移動したので間に合った。この会場は瀬戸の山の上。それで今朝の話、雪がこの山では溶けずに残っているではないか。吹く風も肌を刺して厳しい。冬に逆戻りだ。東京に着くと今度は強い風が吹いていてもっと寒い。いったい何なのだ。

3月29日
有楽町の奥にある日比谷公園は通勤コースの範疇。今朝は寒くてすっかり春は遠のいた感がするが、大きな公園はそれなりの「木」があり、これらは多少の気温の変化はびくともしないぞ。と言う感じできちんと計画通りに桜の花が咲き誇っていた。当然僕のように感じている人は大勢いて、カメラのシャッターを押していた(主におじさんですが)、さわやかな朝の風景です。夜は名古屋入り。名古屋人は地下が好きで、何と名古屋駅から国際センター前まで地下が続いている(地下鉄で1駅分)ここを歩くと、女、女ばかりの行列に出くわした。ほぼ1駅分の行列。それも20歳レベルの。ずっと顔を拝見しながら。これだけいると中には粒もいますね。その最先端へ行くと、ここで記念品交換をするイベントだった。ユニモール(地下街の名前)が「きんちゃく君」をプレゼントするのだ。中身は聞かなかったが、これだけの人を集めるとはきっと濃いものだろう。さわやかな夕刻の風景でした。


3月28日
都会では何でもありだ。今日の夜は雨になる予定だったので電車通勤だ。電車の時はいつも東京駅で下車して徒歩で会社に向かう。春が来たので道中花の写真を撮影しながらだ。ところが「芝」に最近できた建物の前では巨木の桜の花が咲いているではないか。よく近づいて眺めると、何とこの桜の木は最近植えたばかりなのだ。一体どうなっているのだ。目が???化。結局分ったことは、こんな大木でも買う金があると言うこと。あまりにも衝撃だったのいくつかの方向から撮影するが電線が邪魔。日本は都市の風景を電線が汚している。結局ベストショットは下から見上げる角度で撮影だった。肝心の天候は夜になっても崩れず、電車チンの無駄金を払った。雨が降るたびに温かくなり桜が急に開花する。今年の桜の写真は雨に打たれ川一面に広がった花びら収められれば最高。


3月27日
今日から自転車通勤に切り替える。近所のおじさんが久しぶりと挨拶してくれた。少し温かくなりましたから。と返した。路沿いには名前は知らないが左のような花が咲き乱れている。少し止まって写真を撮った。のどかな春がこれから始まろうとしている。しかし、僕には、まるで映画のように大きな異変が起きる前の静かさみたいに映る。今年の夏は、まずは大きな台風から始まる。日本とアメリカが900ヘクトパスカル級の低気圧に襲われるのだ。ヨーロッパでは熱波だ。日本が誇るスーパーコンピューターで予測をする映像を見たせいだ。何を読んでも、どんな仕事をしていても四六時中このイメージが頭をよぎる。疲れているからだろう。今日は定時で退社。自転車で帰る途中で酒を買って桜の花の下で花見だ。重い気分。

3月26日
今日もいろんなことがあったが、一番インパクトがあるのはNHKで放映された番組をDVDで見た地球温暖化特集@とAだ。その昔あれほど栄えた恐竜が急激に絶滅したとか、過去人類も2回絶滅しているようだが、そんなことが今の人類に起こるかもしれない。そして、絶滅するとすれば多分これらの理由からだろうと言う警告の映像が放映されたのだ。それを止めるには化石燃料の使用を止めるのが一番の方策だが、先進国の人々はこの豊かになった生活を捨ててまで人類のために尽くしたくはないだろうし、経済成長が止まることは許されないことだ。例え後進国の人々が犠牲になったとしてもだ、と言う議論が先進国ではまかり通るはずだ。そして人口はインド、ブラジル、インドネシアで爆発的に増大するだろう。そして化石燃料はこれらの国で予想を上回る速度で増え続けるだろう。だから、この番組の予想より早く地球の異変で人類の危機がやってくる。桜の開花が例年よりも一週間早いと言う。身近なところで異変は起きているのだ。
3月25日
朝早く起きて名古屋に移動だ。実は明日名古屋で仕事があるので前日の現地入りとなるのだ。では、なぜ朝早くなのか。それはせっかく名古屋に行くから日中に名古屋で撮影をするためだ。東山植物園のHPによるとエメラルドグリーンの「ヒスイカズラ」が満開とある。この花は京都植物園で初めて出会い、何枚も撮影するものの、すべてピンボケとなった。太陽光線が弱い上に、意外とコントラストがないのだ。それでもう一度挑戦だ。あまりにも綺麗な花というか珍しい色なのだ。誰かが着色したのではないかと見まがうのだ。その他にも「ウォーターレモン」も、ジャズでハービーマンの「ウォーターメロン」という有名な曲があるが関係ない。月末も休日出勤の関係から今年は桜の写真が危ぶまれるので、もし名古屋でチャンスがあればと思う。いろんな思いを込めて名古屋へ。道中はNHKで放映された地球温暖化の及ぼす影響をDVDで見ていった。この番組を見ると化石燃料の使用は即刻中止しなければなりませんね。人間が後100年もすれば住めなくなってしまう。12時名古屋到着。名古屋は食べ物がまずい。多くはまずいがパンは旨い。駅前地下にある「カスカード」で、おすすめのサンドイッチを。この店は20年ほど前住んでた頃、岡崎に出張する前この店でよく朝食を取った。今でも盛況だ。地下鉄で星ヶ丘へ。この駅から15分も歩いて東山植物園だ。ところが駅を降りた看板には「本日休園日」の表示。困りましたね。でも、おかしいぞ。土日に休むなんて。とりあえず行ってみよう。「良かった、開園している」目的のヒスイカズラへ。はやりクローズアップはピントがあわない。マニュアルに切り替えたが、目ではピントが確認できない。ずれているのかどうかが分からない。オートフォーカスが効かない理由が解った。機械も分からないのだ。それから長年の認識が新たになった。「ハイビスカス」と思いこんでいた花は「ブーゲンビリア」だった。この花は大きくアップで収めた。桜はまだだったが梅は満開。栄で降りてホテルに投宿。荷物は名古屋駅のコインロッカー。徒歩で回収に出かける。途中で焼き鳥屋さんを見いだす。帰りでここで一杯。美濃路名駅店、なるほどと感心したのは、ネギ焼きに味噌が乗っていた。旨い。今度は蕎麦屋「百寿」。ここも20年前にスナックで酔った後、最後の仕上げとして立ち寄った店。僕は酔うとそれ以上欲しくはなかったが仲間はそうではないらしく、いつも腹が減ったと言った。ここの蕎麦は秀逸でだれもが唸る。しかし量が少ない。今日は百寿蕎麦。蕎麦湯はたっぷりとあり全部を頂くことに。最後は御汁が薄くなったが七味でごまかた。最後の仕上げにホテルで60年〜70年までにヒットした歌謡曲特集番組をDVDで見る。ハイビジョンからダビングしたディスクなので画質が良い。


3月24日
千葉の田舎市原市に行く。五井駅で下車。総武線内房線の駅。市役所は駅からタクシーで1,300円の場所。東京から丁度1時間。都会に近いようだが完全に置き去られた田舎と言うのがここ。ここはその先取りだ。すでに日本の人口は減少に転じた。老人になるほどと都会が暮らしやすい。駅のエスカレーターやエレベーターの設備が一番整っているのが東京。大阪はその次だ。これ以外の都市、名古屋、札幌、博多、仙台ここは全然と行って良いほどだ。私は重い荷物をキャリーに載せて出張しているので、このエスカレーターやエレベーターが必須だからだ。よく老後は田舎でと言うのがTVの癒し番組でありますね、これは間違いだと思う。老後は東京でと言うのが正しいようだ。それまでのまだ動ける間、かなり活発に動ける間「田舎で暮らそう」と言うのが正しいように思う。列車は小湊線。

3月23日
ものすごい酔ったままの目覚め。とても立ったままの通勤はむつかしい。本八幡から地下鉄に乗り換えて坐った。坐るともう一寝入り。少し楽になる。もう酒は当分中止だ。昼まで酒が残っていた。だが、夕刻、腹が空いてくると酒も悪くないと思えるようになるのが不思議。週末は仕事で今週中に新聞の切抜きをファイルする作業を済まさなければならない。それで今日は7時過ぎに退散だ。しかし万歩計はまだ1万歩を超えたばかり、それで有楽町まで歩く。途中新橋の歓楽街を抜けるが、まだ満員となってない立ちのみで一杯だけと言う心の誘惑を断ち切ることにどれだけエネルギーを使ったことか。一体今朝の教訓はどこへ行ったのか。
3月22日
休み明けはいつもしんどい。昨日は激しい運動をしてないのにやっぱりしんどいのだ。今日は送別会。栄転だから派手に、紹興酒で盛り上がった。次回は横浜の中華街となった。どうして送別会に次回があるのか意味不明だがとにかくそう言うことで決まる。多く飲んだ後の電車が厳しいが、始発の千葉行きに乗り坐って爆酔。丁度船橋で目が冷めた。僥倖。船橋で定期購読の本を、そして追加で「山と渓谷」。この雑誌はいやしの雑誌。写真と文字の構成で成り立っている。読むのに時間がかかるが週末の移動の時にじっくりと。チューリップがけなげにビルの前で咲いている。後ろは京浜東北線。


3月21日
アンデルセン公園は近くのカメラ屋さんによると「水仙」が一押しだとの情報だ。今朝は8時過ぎに起きて、ココに向かう。自転車で50分くらい離れた場所にある。子供連れの親が大勢詰めかけていた。彼らはフィールドアスレティックが目的。ぼくはそこから少し離れた水仙の畑に向かった。今が盛りとばかり咲く水仙は撮影泣かせ。なぜなら、地面から20〜30センチのところで咲く花は、どうしても地面に腹ばいにならないといいアングルが取れない。持って行った花に強い一眼レフカメラは役立たずだった。もう一台はLUMIX FZ30、レンズ交換ができないが望遠レンズ付きの大型カメラだ。このカメラの良さはモニターの液晶画面が本体から外れて角度調節ができるのだ。地面にカメラをくっつけても上から液晶モニターで確認できる。この水仙撮影にはぴったりだ。推薦ものだ。そこで、空をバックに水仙を徹底的に撮影した。今年は「梅」→「蘭」→「菜の花」→「チューリップ」→「水仙」と着実に花を押さえているぞ。問題は桜だ。週末出勤で撮影することができないのだ。アンデルセン公園から帰ると丁度野球の最中だった。5対6まで詰め寄られたところから見た。世界の頂点に立つ選手の技量は凄い。ここ一番に強いですね。

3月20日
今日も寒い。寒いが晴天だ。有楽町の東京国際フォーラムから皇居を眺めたら光と陰とのコントラストが「絵になる風景」だった。その後にも有楽町ビルディング(古めかしい名前)の玄関にはチューリップの群生を演出してあるし、御成門には桜が満開だ。今日楽しかったのはここまでだ。これからの仕事の時間は厳しかった。ない知恵を絞ると言う作業だった。解放されたのは午後6時半。1時間ほどメールを見て退社。銀座通りを歩いて帰る。海外の有名ブランドの店が続々出店。日本の店もあるかもしれないが、どれが日本ブランドでどれが海外なのか不明。その後、八重洲ブックセンターで、高齢化と地震の関係の書籍購入。いずれも興味が尽きない分野だ。ない知恵を絞った後は、どうしても酒が欲しくなり今日は晩飯は外で食べる事にしていた。船橋の中華料理店での食事。この店はサッポロの黒ラベルだから料理に合う。その後老酒に切り替えて頭の疲れをほぐした。頭を使った量と酒の量が旨くバランスするようだ。船橋で飲むのは安心だ。ここからだと2時間あれば歩いて帰れるのだ。


3月19日
400枚の写真を整理すると19枚。コレは行けるというのが残った。うれしい。朝から雨だったので本を読んでいるともう眠くなって、結局今日は10時間プラス2時間寝ることになる。午後から雨も上がりプールへ。道中、木蓮が咲いているのでコレを撮影。また先週の星影神社のさくらが咲いているはずだから、と言うことでカメラを持って出かけた。ところがあまりにも風が強く、カメラのピントが決まらないのです。仕方なく、片手で枝を押さえて撮影しましたね。手袋を持ってこなかったので手の感覚がなくなるほど寒かった。プールから帰る道中は更に風が激しくなり、畑の真ん中でとうとう自転車を降りた。畑の砂粒が強風で飛んでくるが、風速20m位はあるから、コチラの速度も合わせると時速80km位の砂粒が飛んでくることになる。これは痛い。肌の出ているところすべてこの針を刺すような痛みが走るのだ。それほど凄かった。更に駅に近づくと今度はビル風だ。自転車の切り替えを落としても全く前に進まなくなり自転車を降りた。寒くて手がこちこちだ。部屋に帰って子供たちの背中に手を突っ込む。悲鳴が上がる。今日の休日はだらだらした過ごし方だった。

3月18日
京阪電車で天満橋から中書島下車、宇治線に乗って宇治駅へ。ここに平等院(紫式部の出身地)があり、木瓜の花が咲いているとHPに掲載があった。しかし駅を降りたときは寒かった。体感気温2度。大丈夫か?入り口のチケット売り場のおばさんに聞くとまだつぼみだという(シマッタ)。朝はまだ絵心がないのだろうか、平等院をぴしっと撮影できなかった。表参道で宇治茶をいただく。¥650円。店の前でこの店の名前を写真に撮影しようと構えていると、おじさんの人が「お茶でも飲んでいきませんか」と言う。僕は「今この店で飲んだばかりだから」と答えると「あの店はかんばやし(上林)というが、本当は中村さんであり、偽物だ」と言う。僕は何が偽物か?よく解らなかったので更に聞いていると「看板に500年の歴史があると言うのが偽物。うち(自分の店のこと、その隣の店)こそ、本当の上林(かんばやし)で、利休(秀吉さん)の頃から出入りしているお茶屋さんなのだ。表千家、裏千家との長いつきあいがあるのが上林家だ」と言う。なるほど、この業界にも事情があり、競争があるのだ。人間のいるところ必ず事情があるのだと言うことを知らされました。和気藹々と言うのはほんの少しか存在してないのだ。とにかく先を急ごう、今度は京都府立植物園。ここで雨がこなかったら北野天満宮へ行く計画。丹波橋乗り換え竹田。竹田から地下鉄烏丸線「北山」下車。この植物園はとにかく広い。こんなに寒くなかったらのんびりできるのに。梅が満開でおじさんたちがわんさかいる。皆、一眼レフカメラに白いボディーの望遠レンズ(20万円以上はする)を装着して三脚を構えてうろうろしている。目白かウグイスが蜜を吸いに降りて来るのを狙っているのだ。おじさんたちは時間があるのでのんびりだ。僕はFZ7(望遠付きデジカメ)とFX01(コンパクトデジカメ)でそれぞれマクロ撮影と広角撮影を行った。梅は枝が多く構図が決まらなかった。地面に生えているクロッカスは誠にかわいく、これは決まった。熱帯植物園が更にこの園内あり、ここでじっくり絵心を取り戻して撮影する。外の寒さとはうってかわってむんむんする。そのうちに雨が降り出しココが最後と決める。このガラスの植物園は広くいろんな花が咲いていて目を楽しませてくれる。心静まるひとときだった。2時間ほど撮影をしてレストランに向かう。まずいカレーを食べる。船橋の植物園のレストランはすごい料理だったので期待したのだが。京都駅で30分待ち新幹線に乗る。待ち時間にモルツで今日の撮影に祝杯。400枚もシャッターを切った。少しは当たるだろう。

3月17日
大阪にできた大手家電販売店を見に行く。10時から10人程度の行列。関西の人はこの関東の店を冷ややかに見ているが、意外と早く受け入れるのではないかと思う。関西の人は利害に関しては意外と素直に従ってしまうのだ。その後、地下鉄日本橋方向に向かっていたがふと気がついて、ガードマンの人に道を聞くと反対方向だと言うではないか。いつの間にか大阪の地図が頭から抜けかけていた。日本橋駅前に老舗のカメラ屋さんがある。あまり期待もしないがこの店で70−200mmのズームレンズの中古を頼んだ。「夏までに連絡が欲しいと」。昼前に会社に入って仲間と昼食。交通事故の話を聞く。業務終了後懇親会。飯やさん「伊吹」。1時間半の飲み放題なのでピッチを上げたらビールだけで酔っぱらってしまった。最近はいろんな事があるので酒無しの生活をしたら免疫が切れたのだ。制限時間が来たので解散したが、飲み助は残っていた。明日は昼から雨だというが大阪はお月様が出ている。だが天気予報は当たる。雨までに京都の宇治で木瓜の花を撮影するのだ。そのため、とにかく今日は寝るのだ。

3月16日
朝晴れていたのに夜は雨だ。その雨の中を大阪にゆく。定例会議だが今回は準備に5時間あまり費やして行くため、けっこう忙しく日々を過ごした。その上昼飯に近くの牛タン屋「利久」に入ると牛タンはないと言う。仕方なくとろろ飯を注文したら、寮の飯よりまずかった。久しぶりに入社した頃の「寮」を思い出させてくれたのはありがたかったが。
入社は35年前の今ごろ。西も東も分からなかった。枚方にある大きな体育館に集合させられて話を聞いた。その後バスで工場に連れていかれた。服装は華美なものはまずいと思い学生服で行った。問題は工場の説明が終わり、そこから寮に帰る道のりだった。とにかく同じ方向の人に付いていくしかなかった。これには困った。覚えられない。翌日は駅の反対方向に出て遅刻だった。分からないのは僕だけではなかった。僕の言葉も相手には分からなかったのだ。四国を離れたのは、この就職の時が初めてだった。隣の香川県には小学生の修学旅行と入社試験の時。18年間で高知県を離れたのは4回だった。今では考えられないが行動は保守的だったのだ。今は毎週飛行機に乗っている。今日は何と飛行機で2時間もかけて大阪に来た。羽田発19時50分、関空着22時。ホテルは泉佐野。だが飯屋がない。これには参った。歩き回ったあげく、やっとの事で居酒屋「八剣伝」を見つけた。11時だ。やっと普通の飯が食える。

3月15日
ハイビジョンムービーの編集を行った。ムービーの編集は楽しい。撮影した時の記憶が甦ってきてたちまち時間オーバーだ。帰宅の時間が大幅に遅くなった。映像のことについては新発見がある。いろいろと人には欠点があるが、僕はどうもこの映像を記憶する能力が非常に低い(覚えられない)と言うことが解った。よくTVで右の絵と左の絵の違いを指摘しろというクイズがありますね。これが僕の場合TVはもとより他の検査でも全くだめなのだ。異常と言っても良いほどだ。そう言えば、最初の転勤から始まっていくつかの大事な局面に地図を読み間違えて、訪問先を遅刻した人生を送ってきた。全く関係ないが今朝は乗り換え切符を最初の駅でとり忘れ、2回切符を買う羽目に。酒も飲まず頭は明晰なはずなのにこの状態だ。この頭は一体どこに落ち着こうとしているのでしょう。と人ごとみたいに思える有様である。右の頭が弱いのは分かるが左も、、、。
3月14日
寒い。有楽町の気温計は2°Cだった。高知の父に電話をすると氷が張ったとか。高知ではもう桜も咲いているようだ。気象庁はこの異常気象をどう説明するのだろうか。だが、いつものように、気圧配置の現象だけに終始するだろうな。僕は思う、きっと地球は異変でこの荒れた環境を一度リセットしようとしているのではないか。そんな仮説でも良いから政府は環境に対する危機を煽って欲しい。とんでもないことになる前に。しかしこれも出来ないだろうな。政治家のエゴがじゃまをするだろうから。まぁこんなことに腹を立てても仕方ない。他にもストレスは溜まる。例えば、特に最近は毎日の仕事がつらい。そこで妻にこう言った。楽しいことがないとやってられない。その楽しいことはカメラの交換レンズを買うことだ。と言ういきさつで午後7時ごろ退社して有楽町にあるビックカメラを訪れた。ところがどうも予定してた価格と違うではないか。店員に相談してもそんな価格は提示したことがないと言う。まるで喧嘩を売るような態度。レンズを買いに来たのに、喧嘩を買いそうになった。それではと言うことで、秋葉原にあるヨドバシカメラに向かう。ここも親切ではあるがどうも価格のイメージが違う。と言うことで、今日は断念して帰宅だ。ネットで検索すれば全然違う価格の提示がある。世の中には多くの選択肢がある。もう少し様子をみよう。
3月13日
朝から雪がちらついていた。有楽町の気温計は3°Cだった。今朝は昨日の疲れで体が重い。駅でリポビタンDを飲む。この飲料は肉体的疲れには効果大である。精神的疲れたとか、睡眠不足の疲れには効かない。そう言う意味ではこの飲料のCMはずばり的をついていると思う。学生たちも疲れている。とりわけ今年の大学共通一時試験では英語がヒアリングとなったが、そのヒアリングする機器がどうもソニー製だったらしい。その根拠は日経エレクトロニクスによるとメモリースティックとソニー製の乾電池使用にあるようだ。こんな些細なエレクトロニクスが雑誌の注目を浴びるのは、その不良率にあったようだ。1%に近い確立であったようだ。全国で40万人が受験したようだ。さらに疲れも倍加する話。もう一つはサラリーマンが疲れる、の巻。グーグルである。この検索サイトはいまやマイクロソフトに並ぶアメリカの成長企業だ。わずか5,400人余りで企業価値15兆ドル。世界中から若者が集まってきて毎年1,000人位採用するそうだ。仕事も20%は個人的な研究に充てて良い。と非常におおらかであるが、離職率が同業の職種と比べても非常に低いようだ。世界のより優れた人が自由に集まれる時代がやってきた。こうした疲れには写真をいじるのが効く。寝るまでの間撮影したフィルムから写真をデジタル化し加工して納得の行く写真にしている。

3月12日
馬鹿な家族が僕に質問をする。娘&母「デジタル放送はいつから始まったのか」。 父「2003年12月から」。 娘&母「違う、いつ始まる?2003年はもう過ぎている」 父「?」。 娘&母「2007年では?」。 父「今見ているチビ丸子はデジタル放送だ」。彼女たちはデジタル放送がいつ終了するのかを聞きたかったのだ。こんな程度の低い会話だから父は無口になるのだ。朝から部屋にこもって写真の整理。昨日ニコンF4で撮影した写真は失敗作品が多いと書いたが、1,000万画素レベルで取り込んだ後、500万画素レベルにトリミングして、背景を「フォトショップ6.0」で修正すると復活できる写真が数点できた。僕の中でフィルムカメラと写真の楽しみと言う長年の希望がつながった。これは近年まれに見る大収穫だ。お祝いものだ。昼から読みかけの堺屋太一の「100円ショップとブランドショップ」を読んだ。世界は知恵比べの世界に突入しているのに、未だに官僚たちは55年体制を維持しようとしている。日本は世界から取り残されていく。と言う内容。そうだね。景気は良くなってきたといいながらも閉塞感がある。と共感した。民は中流意識を持ってないように思う。夕刻プールに、右肩が回りにくくなっている。50肩を経ずに来たが、少し水泳を怠けると途端に老いが顔を出してくる。道中に「星影神社」と言うかわいい神社があるが、ここでさくらのつぼみ撮影。春はもうすぐ来ている。

3月11日
花の植物園へ撮影会だ。持参のカメラはムービーにパナGS500、S300、ソニーHC3、静止画カメラにパナデジタルカメラFX01、ニコンフィルムカメラF4。合計5本。相当の重量がある。今回の目的はムービーの比較映像の撮影。札幌の建物と原色の花を撮影できれば良いと思う。後は趣味の写真。写真は音楽を取り込んでスライドショーにする。ニコンのカメラは300ミリの望遠を装着し「ぼけ」を楽しむためだ。千葉県稲見海岸にある花の博物館は交通のアクセスが悪く、船橋からJRで稲見海岸駅。そこからバスで15分。約1時間かかる。自転車で来ても同じくらいだが、今回の荷物は重くとても背負ってこれる重量ではなかったのだ。花の写真を撮影するのはいつの間にか僕の癒しになっているようだ。花弁には美人とブスがあり、美人の花びらを見つけるためにさまよう。美人の花びらを見つけるとうれしい。美人の花はいくつかアングルを変えてファインダー越しに見つめる。花が語りかけてくる。その瞬間にシャッターを押す。原色の赤や黄色も自然だから嫌みのないのがよい。撮影時に気をつけておかねばならないのは、痛んでいる花を撮影しないことだ。目で見ると気がつかないが、写すときっちりと出てくる。今回の花はチューリップだ。1昨年は長崎ハウステンボスで撮影したが時期は4月だった。ココは温室の中で咲いている。光の加減で花の表情が大きく変化する。一番キレイに見えるのは逆光の時だと思う。デジカメは逆光の写りを確認しながら撮影できるが、フィルムカメラは無理だ。太陽光線が花びらを透かして色を出しているのは光のファンタジーだと思う。できるだけ背景にいろんなカタチや色が飛び込まないように撮影したが、これもフィルムカメラでは確認が難しい。いろんな面でデジタルカメラは使い勝手がすごく良い。駅前でフィルの現像をお願いして夕食後取りに出かけた。写真はすべて駄作だった。なぜかと言えば300ミリのレンズの性能を理解してなかった。望遠レンズは被写界深度が浅いが、それを旨く使うには絞りをコントロールすべきだったが、今回はオートで撮影したのだ。そうすると意外とぼけが出て背景を汚してしまったとか、花の全景を撮影するとピントを合わせた花と、合わせない花との区別がつかなかったとか。しかし収穫があったのは、この写真屋さんは街のDP屋さんではなく、きちんとした写真屋さんでご主人がカメラ好きと来た。そこで近郊の写真スポットなどをいろいろと教えていただき、覚えきれないほど紹介いただいた。帰ってこの失敗作品を見ながら、その中でも何とか素性の良いモノを選んで、コニカミノルタのフィルムスキャナーAF−3200にかけた。写真のプリントは周辺が欠けるためカメラのファインダー通りの写真になってない。しかし自分で加工する写真は何でも可能で、トリミングや色補正など気に入ったように修正が可能だ。その結果できあがった加工写真を先ほどの写真と比べてみると、結構行けていとと自画自賛だ。それを掲載する。

3月10日
上島珈琲御成門店。60年代のJAZZが流れ外は雨。温かい室内で出勤前のお茶。理想のシチュエーション。窓の外は別の見方をすればビジネスの嵐が吹き荒れている。時間が来れば僕もその中にこぎださなければならない。一瞬のオアシス。今日は大事な会議が開催されているのに会場を間違えて1時間の遅刻、大阪弁で言うと「ようやるわ」って感じ。会議テーマの中に「私のストレス解消方法」があり、それぞれ披露した。私は「仲間との語らい」と答えた。この文章の読者のみんなや、仕事で長く担当した九州、大阪、東海のみんな。仲間がストレス発散の素だ。人が一番多様な対応をしてくれるのだ。程度の低いストレスは運動で解消できますね。中程度はPCの変更ですね。OSの入れ替えから始まり、各パーツの変更など予算の大きさがストレスの解消度とほぼ比例する。だが大きなストレスには「人」の力に頼るだ。

3月9日
広島のさわやかな朝だ。一日中広島の予定だったが朝のメールを見てびっくり。明日までにかなり重いレポートの要請が来ている。もうそれからの気持ちはレポートに移ってしまった。飛行機を予約し直すと、15時55分が空いている。昼食に、さぬきうどん「温ぶっかけミックス」を食った後、移動。バスの発車まで隣の原爆ドームへ。新聞で見る原爆ドームはイメージのままだが、現物は修復され別のモニュメントになっていた。周囲から狙ったが、光の加減から言えば朝日の中で撮影するのがベスト。空港へはバスで1時間1,300円。けっこう遠い。新幹線といい時間の勝負をする。あなごのちくわをヘルシー緑茶で飲み下した。ちくわのコリコリ感とあなごの甘みが、緑茶の渋みで消されてぴったりの食いあわせ。帰路はバートランカスターの「エルマーガントリー」を見る。BSでアカデミー賞受賞作品を上映したのを録画したものだ。昔の映画は心理描写が巧み。2回目見るとまた違った見方になる。現在の映画を2回見るとトリックの矛盾に気づく。空港では各社の新聞を見る機会があったながめているると、さすが地元と言う記事を見つけた。マツダRX8の違う赤バージョンだ。どこの全国紙も取り上げてなかった。

3月8日
今日は一転して温かい広島に赴くのです。広島は何と言ってもお好み焼き。有名店を紹介頂いての夕食となる。その店の名前は「八昌(ハッショウ)」。少し行列して席につく。料理はお好み焼きもさることながら、単品のホルモンやいか焼き、酢をベースとしたもやし炒めなどが絶品。とにかく量が多いのでビールもそこそこしか飲めなかった。帰りは徒歩で八丁堀のホテルへ。ホテルでは、移動中途中まで見たDVDの映画「第三の男」の続きを見る。トリックが単純で現在ものとは比較にならないが、心理描写は深く、これで読み取ったとは言えない余韻を残すスグレモノ。飯を食いながら気になった要件をパワーポイントにまとめてたら、何といつの間にか眠っていた。今日は20,000歩を歩き疲れていたのだった。

3月7日
8時過ぎから撮影開始。せっかく観光地に来たからカメラの撮影も兼ねている。朝は猛烈に寒い。素手ではとてもとても。時計台はあいにくとビルの影。ここで撮影してては体を壊すほど。もう少し太陽が上るまで待つことにしよう。次に赤レンガ庁舎。ここはさんさんと太陽が降り注ぎ温かい。訪問する順番を間違えた。この合同庁舎の前は手つかず(本当は足つかず)の庭園が広がり一面の雪化粧原野風味だった。感激して撮影しまくった。台湾のお客が多いと聴いたがその通り。薄着で歩き回っていた。彼らは雪を見たことがないのでここに来るそうだ。道路脇も雪の山(ガードレールの比じゃない)。タクシーは横断歩道でないと乗れない。帰りの飛行機もエアドゥ。この会社は運転が上手い。ほとんど着地の振動がないままにタイヤが回りだす。それからタイヤに重量がかかり、機内に振動が伝わってくる。ボーイング737でこんな見事な着地をする運転手に初めて乗った。普通737は新米のためか、両脚でドスンと来る方法か、どちらかの足から着地するのかどちらかだ。札幌から4時間半で自宅だ。帰りの飛行機も満席でDVDの映画「夜の大走査線」を見た。シドニーポワティエがアカデミーを受賞した作品。1967年僕が小学6年生の頃に制作されている。その頃の黒人差別がベースになっている。ストーリーが幾分カットされ意味ありげな展開。おりしもこの日アメリカではアカデミー賞が発表された。

3月6日
眠れないのに長いこと布団の中に居たので茫然としたままの頭で出かけた。しかし月曜日にはけっこう重要事項があるのです。どうしようもありませんでした。だが夕刻になるとさすがにボケも回復してきて、予定通りサッポロ出張を挙行。午後7時半の飛行機で。ところが何と平気で30分も遅れると言うのですぞ、便の変更を申し出るとやはり前の便も遅れていて、結局当初の時間の便で新千歳空港に。道中は満席なので書類を広げるわけにも行かず持参のDVD「ファンタスティック4」を見た。この映画の内容は4人の研究者が強力な磁気を帯びてDNAが変化し、特殊な能力を発揮するもの。一人は怪力、一人は火を吐いて飛ぶ。一人はゴムのように体が伸び縮みできる、最後の一人は女性で消えることができる。そして物語の展開となるわけだ。見終わった後、あなたにもこの特殊な能力うち一つをあげようと言われたら何にするか。と物語を創造した。ずいぶん悩んだ末、僕は透明人間を選ぶと思う。表立たず成果が高い多いため。ホテルに10時15分着。カメラと3脚を持って撮影に出る。今回持参のデジカメは夜間撮影モードがあるので、「すすきの」の夜がきれいに撮影できるのだ。雪がものすごく残っていて、雪をテーマに撮影した。割と込み合っているラーメン店で夕食。11時だった。外は猛烈に寒く、手袋ナシでは生きておられませんでした。

3月5日
結局12時間眠ることでこの病気と決別できそうなところまで回復した。昼過ぎに近くの公園までカメラを持って散歩。春がそこまで来ているのか確認だ。新芽がもう顔を出しているだろうな、と期待したがまだ早かった。不思議なことに今日の昼間の太陽は赤く、ホワイトバランスをオートで撮影したが、写真は赤く撮影された。明るいが色温度が低いのだ。関西だとこんな事はないが、やはり関東はそれなりに北に位置していると言うことだ。DVDレコーダーに撮りためた番組を整理してRに焼きながら休日を過ごした。


3月4日
朝遅く起きた。本来なら葬儀の手伝いをすべく早起きしなければならないが、風邪で体の自由が効かない。皆さんに免除してもらった。朝も関節が痛い。電車に乗って会場に向かう道中で突然汗が噴き出てきた。じっとしていると顔から汗がしたたり落ち始めた、尋常ではない。しかし汗とともに関節の痛みが薄らいで行くではないか。もしからしたら回復に向かっているのかな?と期待を込めた。宿泊の用意をしてきているので途中で肌着とワイシャツを買えたらさっぱりした。葬儀は会社関係の人と近隣の人と半分半分。会社関係の人は彼の歩んできた順に年齢が高かった。葬儀の後私は早々に失礼した。とにかく横にならないとこの病気は回復しないだろう。新幹線は満杯で眠ることもできず(隣の人が肥満の肥満で、僕の席まで体がはみ出ていて左手の置き場所がなかったのだ)、DVDの「シンデレラマン」を見た。アメリカのボクサー、「ジム・ブラドック」を描いた物語。主人公はラッセル・クロウ。この人が家族のためにボクシングで生活費を稼ぐ、と言うのがいたく心に残る。ジム・ブラドックの妻役が「レニー・ゼルウィガー」だが、彼女は現代風な雰囲気があり、夫の帰りを今か今かと待ちわびる人物像でないのが残念だ。昼過ぎに奈良を発って鎌ヶ谷に到着したのは夕刻の5時半。もうすぐ夕日が沈む直前だった。(電車の窓から撮影)

3月3日
耳の日ではあるが
朝から体がだるく一旦起きて食事をした後、9時まで睡眠。それから医者へ。風邪だとの診断。ついでに前回検査をしてあった結果を聞く。前立腺ガンの検査だ。この病気は健康診断では漏れている項目。実は今日昼からこの病気でなくなったチームのメンバーのお通夜に向かうのだ。弱冠56歳だった。病気は痛く、その対策を始めると急速に余命が短くなるようだ。結婚記念日まで痛みを耐えてから、奥様に痛み止めの治療に入る旨を告げたそうだ。痛み止め治療は同時に意識がなくなり幻覚を見るようになるそうだ。つまり人間としての尊厳が失われる代わりに痛みが取れるという、何とも過酷な話である。本人の意思の強さも必要だが奥様のしっかり度も要求される病気だった。お通夜の後そんな話を聞きながら会席料理を食った。風邪で味覚が落ちている上に、気の滅入る話だったので、まったく味のない食事だった。風邪はますます酷くなる。節々が痛く早々に寝る。
3月2日
風邪をひく
朝起きたときから喉が痛い。いつも風邪を引くのは喉からだ。これからひどくなる予測を立てて会社に向かったら、案の定、夕刻から熱が出てきて咳が止まらなくなり重傷患者となり果てた。明日はメンバーのお通夜で奈良に向かわなくてはならないのだが。と言うことで夜から開催される会議をキャンセルして帰宅。とにかく寝ることだろう。事務所を出ると雨。貿易センタービルのクリニックは閉まっていた。
3月1日
雨の暗い一日
一雨ごとに暖かくなる。春の躍動シーズンが真近だ。わが家のガキどもも最後の試験に備えてTVが点いてない日が多くなっている。試験が終わるとディズニーランドだろう。日経新聞も大きな記事が多くなってきた。ビジネスにも活気がみなぎってきた。小泉首相は運の良い男だ。何もせずに改革者のイメージだけで景気を回復させた。今日は東京湾岸にあるビルに出かけた。水際の建物はそれだけで絵になりますね(津波がなければの話ですが)夕刻までそこに居て事務所に帰ると仲間の訃報を知らされた。昨年末変わり果てたお顔を拝見して以来あまりも短い期間だった。若いゆえ病気の進行が早かったのだろう。ご冥福をお祈りします。病気とのかかわりが多くなる年齢にさしかかった。不安が募る。だから走ったり、泳いだり、自転車に乗ったりすることで自分を確認しているが、敏捷性とか、平衡感覚などは年相応に老けている。まだ先が見えてきたと言うには早いだろうが、春の浮き浮きする高揚感は自分にはない。