2月28日
仙台
久しぶりのみちのくだ。午前中は快晴で新幹線から見える会津磐梯山の雪もしっかりと確認できた。電車から降りると幾分寒い。やはり東北だ。昼食時、広瀬川沿いにある西公園へ散歩に出ると伊達藩よりも歴史の古い梅が植わっていたがまだ固い蕾のままだった。仕事は5時半に終わり仙台駅の寿司通りで一杯と言う環境下にあったのだが生憎と腹の調子が悪く何も受け付けなかったのだ。昼食が当たったのかどうか不明。全国を回る旅が始まった。当たり前のことだが、どこにも人が暮らしており、どこにもそれなりに幸せがある。どうしても千葉に住まなきゃならない理由はない。なのに僕は田舎に両親を置いて都会で暮らしている。選んだ職業がたまたまこう言う環境になっただけだが、どうも何かしらもう少し強い力が(運命が)あったような気がしてならない。たとえば他の職業の選択肢あっても仙台には住まなかったとか。

2月27日
送別会
一年間一緒に働いてきたメンバーとおさらばする。それで今日は送別会だ。でも主催したのにお金は払わないで良かった。みんなのおごりだ。こんな気分の良いことなどめったにない。ありがとう、みんな。!。
でも、この言い方って「電車男」みたいじゃないですか。
6時から飲み始めて8時終了。これだと体が楽だ。東京駅始発の電車で坐って帰られる。少し眠って回復。万歩計は15,000歩。最近体の調子が良いのは毎日15,000歩を下回らないようにしているからだ。コツは朝の9時までに7,000歩を確保することです。
去っていくメンバーのNさんは献血500回のツワモノ。私とは違った面で体力維持をしていた。

2月26日
昨日の写真をDVDに落としてPCで出来具合をチェックする。まずは100枚程度削除。そこからが難しい。自分の作品だからある程度納得がいく。その作品をさらにそぎ落とすのだ。昨晩も粗落とをしたが、さらに今日も。来週ももう一度。こうして4回〜5回チェックをかけると意味のある作品が残る。それは必ずしも他の人が見て意味があるとは感じないかも知れないが、自分では納得するのだ。朝から雨が降っている。この部屋は遠くに富士山が見えるほど絶景の部屋だから、窓から雨の風景を見るのは気分良いはずだが、妻の怠惰で部屋の中が一杯だ。だからそんな気分に浸れないのだった。午後、雨の中を自転車で水泳に行く。最初の30分を慣らし運転。後の30分を高速で。最近このプールに子供3人をつれて水泳の練習をしているお父さんがいる。大きな声で子供に檄を飛ばしている。しかし、この子供たちの振る舞いが一緒に泳いでいる人に迷惑がかかるのだ。そこで、みんなそのコースを敬遠するようになる。そしてこのお父さんはそこ事に気がつかないまま陸上で、尚檄を飛ばすのだった。これではいくら水泳の成績を上げれても、結局はこの子供は立派に育つまいと、お父さんを見ていて思うのだった。

2月25日
世界の蘭展
朝の内にレポート書き上げて午後から東京ドームで開催中の世界の蘭展に出発だ。さすがにカメラを3台持つと肩にぐっと来る。最初は一眼レフカメラとコンパクトカメラだ。次は12倍のズームカメラと一眼レフカメラ。最後にムービーで仕上げだ。会場はおばさんで満員。蘭のにおいなのか香水のにおいなのかは不明だ。混雑している会場での撮影だからできるだけ花のクローズアップ写真を。合計450枚。一回の休憩で5時間くまなく歩いた。こうして長時間花を見つめると、花にも美人とブスがある。美人の花は正面から見たときに左右が対称で、片方の花びらが少しねじ曲がったりしてない。一方ブスの花は、ファインダーを通してよく観察すると花びらにシミが出たり、花びらの端の方がもう変色していたりする。だからよく目をこらして花を見つめないとブスの花を撮影することになる。撮影はカメラにはまりこんでくるに従って疲れるようになってくる。写真の基本はまずは左右のバランス。背景の猥雑さがないこと。たくさんの色が混じり合わないこと。主題は一部が欠けないこと(この場合花びら)。画面一杯に撮影すること。ピントは写真のテーマに合わせること(必ずしも中心にピントを合わせることはない)こうして自分なりの規律を作っていくと、結構無理な姿勢で息を止めて撮影する事が多くなるのだ。帰りの電車は疲れて爆睡。

2月24日
今にも雨が降りそうな気配で家を出る。妻は気を効かせて傘を入れてある(かばんに)と送り出してくれたが傘は入ってなかった。今日の仕事は主に評価記事を書くこと。少ないボキャブリーの中からイメージに一番近い言葉を選んで書き上げた。ずいぶんとパワーを使ったので夕刻、近くのコンビニでカボチャのバームクーヘンとブドウのヨーグルトで補給。しかしこれだけではどうにも満足が行かない。書いた文章の量と同じだけの「酒」がないと気持ちが収まらない。雨の中濡れて帰る。明日はいよいよ「世界の蘭展」で勝負だ。12倍のズームデジカメと、コンパクトデジカメ、100ミリのマクロを装着した一眼レフで電池かメモリーの限界まで撮りまくるつもりだ。

2月23日
今日は送別会&歓迎会。午後6時に仕事を終えて会場へ。とは言うものの仕事を抱えての参加だから、会は3部形式。全員が揃うことはない。世の中の変化に素直に従っていると、こんな形になってしまうんですね。東京は海岸沿いの地方都市と同じで魚が比較的多い。おいしい魚も多い。今日は「魚がし」という魚屋さん。まずまずの料理で@5,000円。酒を飲んでの帰りの電車はつらい。立ったままでも眠くなる。帰りつくころには目も醒めるが。子供たちは試験期間中なので遅くまで起きている。今朝トイレにスイカやスルット関西と言うプリペイドカードを落とした話を妻にすると、勉強に飽きていた子供たちが近寄ってきた。その気持ちよくわかります。


2月22日
疲れているにもかかわらず6時には目が醒める。帰宅の荷づくり。荷物が多くなり持ちきれないので宅配便に依頼。出勤にはブルーススプリングスティーンのライブアルバムを聴きながら。今までこの人の音楽は何度聴いても親和感がなくせっかくの芸術が遠い存在だった。しかし、今回は何と言うことだろう。良くわかるではないか。「カレハカワラナイノニワタシガカワッタ」のだ。昼まで会議で飯を食って移動。東京で約1時間滞在の後東京ドームへ。「世界の蘭展」を見るためだ。ところが5時半でチケット販売は終了して、結局中に入れず。すごすごと帰宅することにした。家では子供たちが明日からの試験に備えて勉強している。TVも見ずに食事。TV放送は受信しなかったが、今回の出張で撮りためた写真をスライドにして上映した。デジカメで写真を厳選したはずだが、50V型TVに映し出すと、花びらの汚れや、花の周りに蜘蛛の巣が張っているとかいろいろと不都合が見えてきて、デジカメでのモニターだけでは判断できないと思いましたね。結局世界の蘭展は土曜に日に行くことにする。

2月21日
午前中会議。昼食に京料理。見た目が豪華。会議のメンバーさんは50歳以上が多く、こうした料理が向く。と勝手に判断。午後9時から11時まで仕事。今回の出張は真にハード。その後ホテルでキュウリのキムチとちくわを肴に晩酌。そのまま風呂にもいらずベッドへ。

2月20日
一日話を聴く仕事。僕もしゃべりたい、が我慢。夜I、Mさんと酒を飲みに行ってようやく解消。京橋にある餃子屋さん。雨も上がって鶴橋からホテルまで歩くと何と2万歩を超えていた。が妙に眠くない。スメタナ弦楽4重奏団のベートーベン弦楽集を聴きながら夜景を見ていたらやっと眠気が訪れた。田舎に帰って今回の出張用にさらにCDを持ち込んだのが正解。

2月19日
朝犬の散歩の後ピーマンを手伝った。実が大きくなっていて、一畝でかごに2杯以上あるからけっこう時間がかかる。友人の母Mさんにハンカチのアイロンがけをお願いし、午後プール。プールのない生活が考えられない。大阪行きの飛行機は午後6時だったが、母の見舞いに出る父の車は3時に出発。飛行機は空席があり2便早く大阪着。ホテルで映画「セルラー」をみる。この映画は脚本が良い。携帯電話が主人公だが、最後までそのコンセプトを通した。

2月18日
一週間の洗濯物を干して母の入院する病院へ。ところが部屋はも抜けのカラ。この部屋の患者全員が留守。透析部屋を尋ねるとここに居た。50人近くが機械につながれて横たわっている。映画でも見かけるような異様な風景。母とやっと普通の会話ができるようになる。透析が終わるのが午後3時だと言うので、それまでの4時間、近くの五台山にある牧野植物園に行くことにした。五台山は四国88カ所めぐりの33番寺があるところだ。牧野植物園は郷土の植物学者牧野富太郎氏が開設した由緒ある植物園で、そこいらの植物園とは格が違う。と地元の人は言う。が、人口が少なく経済力の乏しい県が運営するものだからおのずと限度がある。会心のショットは2枚位。一眼のマクロと、標準のコンパクトデジカメ。10倍のムービー。の黄金3本。お互いの長所を生かして撮影。病院に帰るとMおばさんが来ていて僕はあまり母と話すことはなく帰宅した。まぁ時間があってもそれほど話すことはないが。帰ると従弟のRさんが父の農業を手伝ってくれたと言うので一緒に飯を食うことになっていた。父の手料理で。ビールをたらふく飲んだらすぐに帰ると言った。真にあっさりとした人。彼はくどい人がいやだろうな。
2月17日
今日でここでの仕事は終わりだ。昼過ぎにKさんが京橋事務所に現れる。昨日スーツを買った売店で掘り出し物をKさんにほのめかすとあっさりとご成約。午後の打ち合わせの後一路高知に向けて移動。午後7時竜馬空港着。生温かい風が吹いている。寒い中でも南国の味だ。父の手料理で晩酌。今週の疲れがあり早々に布団へ。


2月16日
毎日の行動が決まってくると、この合宿的な出張も飽きてくる。天候も悪く写真撮影はナシ。仕事も今日で仕上げだ。だいたいのめどがつく。そこでTさんとKさんを誘って餃子へ。Kさんの出身地の宇都宮の餃子はどうも旨くないと感じていたので、この店(大阪王)の味で勝負だ。Kさん曰くパリットした感じはこちらが上、しかし具を少し寝させすぎだ。と言う。ビールをほどよく飲んで退散。

2月15日
谷町九丁目から京橋まで歩くと7,500歩だった。これは東京駅から浜松町までと同じ歩数。こちらの方がより遠い感じがする。今朝は曇り空で撮影はなし。昼休み休憩場所に洋服屋さんが来ていて15,000円のスーツがあったので即決。昨年来から再三高知に帰ったのでこれで我慢。今日は更に遅くまで仕事をした。僕は途中抜け出して京料理の定食を頂いた。大阪はこう言う薄味の料理がおいしく食べられる。22時過ぎに退社。疲れていても目が冴えて映画「ステルス」をDVDで観終えた。映画ストーリーは、人口頭脳を持った無人機ステルス戦闘機が、有人飛行機編隊と作戦に出かけるが、途中でこの無人機ステルスが意思を持って行動し始める。仲間は説得に追随するが1機は激突、1機は空中分解。残り1機(主人公)が
この無人機を説得し帰還する。しかし、そこにはこの事件をやみに葬ろうとする殺人集団がいて、これと戦いながら無人ステルスで脱出し、空中分解した乗員を助けに向かうと言うけっこう手の込んだ物語。だから途中でやめられなかった。
2月14日
大阪城公園撮影2日目。目的の被写体は明確で今朝は一直線でその木まで。いろいろアングルを変えてシャッターを押すがアイディ不足で手詰まり。そこへもう80歳は超えたかと思われるお爺さんのカメラマン現れる。素直に撮影ポイント教わる。持っていた杖で指図してくれた。何枚かシャッターを切る。だが後で写真を評価するが豊作は少ない。背景が汚いのと、ファインダーの視野角と実際の視野角のずれが余計なものを撮影してしまっていて主題がぼけるのだ。余計なものが写ると、左右のバランスが悪くなる。僕の写真への思いは、右と左の重さが均等となるように仕上げたいのだ。今朝は温かいとはいえコートなしでは40分しか我慢ができなかった。事務所で午後10時まで仕事。晩飯は鶴橋の「長崎チャンポン」。まずい飯だった。風呂に入って寛ぐと11時半。目にはカスミがかかる。ローラファジーの音楽を聴きながらこの文章を打つ。もう限界が近づく。


2月13日
大阪城公園の梅園はまだ開花している木は数本。寒くて寒くて手がかじかみ時間をかけて撮影できなかった。慣れてない木はカメラポジションを決めるのが難しい。中でも「コウテン」と言う品種だけは満開でこれを中心に据えた。この枝は曲がりくねっていて、その特徴を生かしたいが今日のところはそこまで昇華できず。

2月12日
11時間ほど寝て新聞の整理。やっと昨年の記事はJPEG化した。旅に出るためのDVDを整理して午後2時に出発。途中秋葉原でCD購入。亡き女王のためのパバーヌ・スティーブキューントリオ。夜のタンゴ・ヨーロピアンジャズトリオ。ヨーロピアンジャズサウンド・ミハエルナラウクインテット。ザヴェリーベストタイムオブジイヤー・ローラファジー。以上4枚。ホテルでさみしく過ごすには必携の道具だ。オリンピックはあまりにもマスコミが囃子立てるので全滅。日本人はこう言うのに弱い。選手も事前にあまりえらそうに言わない方が良いですね。結果で評価だ。

2月11日
稲毛海岸の花の植物園に向かった。自転車で2時間。東京に行くよりも遠い。途中京成実籾の近くにある稲荷神社ではお祭りがあり、立ち寄ると甘酒を振舞ってくれた。たる酒も飲みたそうにしていると、甘酒のコップに注いでくれた。自転車に1時間ほど乗って喉が乾いたときなので丁度良かった。植物園中にあるレストランでビールでもと考えていたので安く上がった。植物園は蘭の花まっ盛りで思い切り撮影した。ここは近くの植物園のように慣れてないのでカメラアングルを決めるのに時間がかかった。不作も多い。この日はマクロレンズの一眼レフ。標準のコンパクトデジカメ。SDムービー。3本のカメラで臨んだ。入り口のコンパニオさんには一言しゃべってもらいムービーで押さえた。3本の役割の違うカメラがあるとこれほど楽しい撮影ができると思わなかった。みんなにお薦めだ。ここから1時間20分程度戻ったところにプールがある。そこで最後の仕上げだ。やはり自転車だと一部の筋肉を使うので全身がほぐれない。1kmほど泳いでで切り上げ。写真の整理をして就寝。

2月10日
平日だが今日は年休。仲間も一斉年休なので一緒にというわけだ。休みの度に行っている新聞切抜きの整理と近くの植物園で蘭を撮影。今が蘭の旬なのだ。200枚近く撮影。50枚程度をとりあえず保存。平日なのでプールで本格的に泳ぐ。久しぶりに綿のようなつかれ。帰ってから録りためた番組をDVDにダビング。隣の部屋で娘が下手な鼻歌を歌ってなかなか寝つけず。

2月9日
横浜〜湯島天神
有名な歌が多い横浜に出かけた。船橋からは総武快速〜横須賀線の一本で行ける。別途グリーン料金950円を払うと坐ったままだ。午前中仕事があり終わると、昼飯は有名なとんかつ屋さんだ。肉が柔らかくご飯が進む君だ。寒波でキャベツは高いだろうが気安くお代わりOKだ。満腹の腹で京浜東北線に乗っていたらたちまち夢の世界に突入だ。午後遅い時間に湯島天神へ。梅の撮影。撮影中に満月の月が上ってきて月を背景に梅の花を撮影。絶妙なバランスの写真が出来上がった。再び事務所。明日からしばらくこの事務所を留守にするので準備で遅くまで。

2月8日
このごろ毎日同じ時間に起きて毎日同じ時間に寝て毎日同じ量の運動量をしている。そして毎日同じ喫茶店に通っている。僕の顔を見るといつものコーヒーを入れる準備をしている。そんな毎日が少々退屈に思い始めた矢先、帰り道を海岸寄りに選択して豊洲に立ち寄った。ここにはビバホームという大きなホームセンターがあるのだ。かつて僕はホームセンターに入ることができなかった。と言うのは、並んでいる品物を見るとあれこれと連想が働きトイレに駆け込まなければならなかった。大きな書店でも同じだった。しかし今ではしっかりと頭がさびついて何を見ても反応しなくなりホームセンターで安心して過ごせるようになった。ここの圧巻は工具とペットですね。直径10ミリもあるようなワイヤーとそれを切断するカッター。水槽のペットは平均200円程度。水槽に不可欠な藻も販売している。鉛の錘付きである。人の心がすさんでペットに生き甲斐を見いだす時代。帰りは都営バスで門前仲町へ、久しぶりのバスなので路線図を眺めていたら運転手さんが路線地図をくれた。えらい親切な人だ。船橋から新船橋へ歩く途中に銭湯がある。銭湯は大阪以来だ。さびれた風呂屋さんだったが休憩がてら入浴。平凡な毎日に肝ったまの小さな変化。

2月7日
雪が降ると予測があったが都市部で少しだけ。昼ごろ御成門に出かけたがコートはいらない陽気。夕刻芝の増上寺で少し撮影。IXY DIGITAL600。シャッターのフィーリングがなかなか良い。構図サポートはないもののいくつか気に入った写真が撮れそう。手ぶれはアシストなく弱い。基本的な部分でこだわったカメラ。少しスキルのある人向けだ。帰宅後また新聞の整理。わかっている事象を、まだ解明できてない時点で書いてある記事は面白い。記者の取材力が見識が問われるのだ。

2月6日
背中に暖房器を背負って出勤。暖房器はナショナルので化学変化で物質から熱を発生する方式。しかし朝一番は冷え込みがきつく効きが薄かった。有楽町の温度計は0度だった。こう寒いと温かい場所で食事をしたい。(東京の昼飯屋は寒い店が多い)と言うことで貿易センタービル地下街の三平へ。ここは従業員の愛想が良い。例えば混雑している時「待とうか」、「次の店に行こうか」と迷っている時、すぐですよと声をかけてくれる(本当はすぐでないのに)「たばこを吸っているだけだから」と巧いことをいうのだ。生姜焼き定食を注文。すぐに食事を出さなければならないので、肉は煮てある。出す前に炒めるだけだ。それでも味はまぁまぁなのだ。一日中事務所にいて午後9時ごろ退社。最近は寒いので電車通勤だから10時には家につく。寝る前に新聞の整理を少し。

2月5日
今日も寒い。少し温かい所へ、ということで近所の植物園に。キャノンIXY DIGITAL600を持っていく。植物園の中は蘭が咲き誇っていて見事。ここで約2時間くらい撮影して外に出ると来たときには気がつかなかった植木の片隅に雪が固まっていたのを発見。千葉は寒いのだ。2週間もの間この雪は残ったままだったのだ。それからプールへ。ところがお金がない。どこかで財布を落としているのだ。もう暗くなりかけていてどこで紛失したのか不明。運動不足のまま帰宅。不完全燃焼だ。撮影した写真は半分ほどが採用できる基準。この写真を使ってDVDのスライドショーに。花が主役なのでバックの音楽はクラシック。モーツァルトが生誕250年なので今年は積極的に採用。作成アプリはモーションSDスタジオ。このソフトの特徴はRAMに焼けるのと、16:9の出力が可能な点。SD画質だが静止画なのでかなり綺麗。楽しめそう。写真はテレビで楽しむものだ。キャノンのデジカメは優秀だが、失敗も多い。失敗は主にピントズレか、手ぶれ。ピントズレは花弁をマクロで撮影したのでマクロに弱い部分が露出。手ぶれは温室内が暗かったため。

2月4日
不完全燃焼の話
朝遅く起きて新聞切抜きを整理。まだ昨年の7月。この頃からすでに異常気象の予兆がありアメリカで干ばつによる穀物の不作予想がされている。原油高に象徴されるように化石燃料消費による温暖化は顕著に自然現象として出ていた。今年の異常厳寒もこの一環だろう。夕刻プールへ。久しぶりに長距離を泳ぐ。睡眠時間が長かったためか体力があり、今日は速度を上げて泳ぐことができた。久しぶりに燃焼した。しかし家に帰ると食事が肉と魚だけで野菜がない。子供たちも同じ不満。妻は怒ってもう飯はつくらんと言い出す始末。こちらは不完全燃焼だ。外は寒いがPCを使っているだけで部屋の温度が20度。
マンション暮らしは寒さと無縁だ。

2月3日
一転して厳冬
昨日は家族で春の花とその香りについて話し合った。久しぶりにテレビに電源が入ってなく、ここに暮らしていると、いかに自然と接することがないのかという話題からこのテーマに移ったわけだ。それでは一度房総半島で春を感じに行かねばならないと思った矢先にこの寒波だ。不幸でなことではあるが、そんな計画を絶てなくとも(おかしな表現だが)東京は無理をしなくても春がある。2月16日から東京ドームで世界の欄展が開催される。これほど大規模な花の展示会は例がない。これは感動しますね。金曜の夜は寒くても元気が出る。余った元気を使って秋葉原に視察に行った。この街にいると時間が止まる。気がつくともう9時。2時間もうろついたわけだ。だいたいこの街のファンは少しでっぷりと太った40歳くらいの風采の上がらない独身男が似合う。自分はそうは見えないだろうと自負しているが、こう寒いとリュックを背負いうつむいて歩くと、果たしてどうか。コンビニでは店頭で海苔巻きの半額セールを行っている。節分の海苔巻きは大阪の風習だが東京にも飛び火した。うちのかみさんなんかこう言う手抜きに関する流行には敏感だ。いつの間にかわが家に定着している。この海苔巻きの圧巻は阪神百貨店の地下で販売している1,200円のものだ。これはあまりにも大きくて(直径が)切らないと口に入らない。寒いが楽しい金曜の夜。

2月2日
一杯のコーヒー
6時39分の船橋を出る総武快速に乗って東京駅下車。7時5分。ここから有楽町駅前にあるプロンプトまで徒歩。7時半。ここで8時15分までコーヒーを飲むのです。その間昨日買った雑誌をまた丹念に読むのです。そうしているとじわじわとコーヒーが体の中に回ってきて、頭がすっきりとし何かしら得体の知れない希望がわいてくるのです。と同時にトイレも催してくるのですが。。こう言うときは体の調子が非常に良い。たとえばパソコンのキーボードをたたいて文章を打ったとしますね。この文字を打つ速度が話す速度よりも早く、ほぼ考える速度並みですね。あるときなど考えるよりも早く指が動いて、文章を見て考え方を改めた次第。こんな調子のときは腹の減りも早く、率先して飯に誘いますね。気がつくと午後8時。朝のコーシーには一日を占う力がある。

2月1日
本格的な雨
雨が降ると気持ちが落ち着く。世の中の動きが止まったような錯覚になる。ビジネスの取引が開始するまでのホンの一時だけでもこんな気分を味わえるのが良い。都会の雨は小さく繊細だ。しっとりと来る。週末にこういうのが来ると最高だが。午後から本格的に降りだし昼飯は近くのそば屋に決まった。このそば屋さんの娘さんは伝票を書かない。すべて記憶だ。だが今回はどうも少し間違いがあるようだ。仲間の一人が「親子どんぶり」を注文しているのになかなか来ないのです。やっと出てきたのは僕らが食べ終わるころだった。ところがお金を払う段になってこの仲間はお釣りを50円だけ多くもらったのだ。気持ちの問題と思いますね。そしてこれは娘さんの才覚だけで行ったのだ。従業員ではなく実の娘だと言う理由もあるがいい話ですね。もう一ついい話を。この度アップルコンピューターはIBM社のパワーPCからCPUをインテルのセントリーノに変更した。これは一つの石(CPU)の中に2個のCPUを持ち大層速度が早いそうだ。ノートPCを写真で観ると非常に精密であり温かくもあり、持つ喜びと言うのが伝わってくる。同時に発売されるソフトウエアを使えばボタン一発でインターネット上でブログや写真の公開ができるそうである。こんなわくわくさせるような雑誌を買ったのです。雨の日には何か良いことがあると思っていたのです。

1月31日
寺島靖国
買いそびれていたジャズの05年度受賞作品を買いに秋葉原の石丸電気向かった。金賞はウイントンマルサリス。このCDはすでに持っていたので銀賞から購入。スイングジャーナル誌の評価と合わせてじっくりと聴き込みをしなければならない。週末の楽しみだ。秋葉原から満員の総武線で帰宅。満員電車の免疫が薄れていたので電車揺れにノレナカッタ。都会に暮らすには小賢しいノウハウがいるのだ。今日は住宅共済会から連絡があり、貸している住宅の湯沸し器が壊れたので135,000円もいるという話。先日定期代として100,000円入ったのでこれで新規のPCをと考えていたのがフイに。いろいろと物入りが激しい。家に帰りつき娘を見ると急にお世話になった従弟の娘リミさんを思い出し、あのような機転の効く娘になれよと教訓をたれた。酔っぱらいのおやじの戯言としか映らなかった。残念。そこで買ったCDを聴く。やっと本題の話、CDを買ったポイントでも一枚CDを買った。これが吉祥寺喫茶メグを経営する表題の男。ジャズに関する薀蓄が独自で多くのファンがいる。その人の推薦する音楽を寄せ集めたのがJAZZ BER 2005。これがなかなか良い。世の中に知られてないマイナーな音楽ばかり集めたCD。いやしの世界ですね。

1月30日
昨晩も病院で泊った。食事も病院で。ここにいると外に出る必要がない(当たり前か)午前中はメールのチェックと回答。午後はその整理。SOHOだ。夕刻芸西の自宅。明日朝早いので病院での付き添いは必要ないだろうと医者を説得した。久しぶりに広い布団で寝られる。父の手料理で晩飯、手料理といっても極めつきは「のれそれ」である。のれそれとは、あなごの子で透明な魚。東京や大阪に出回っているものは白くなったものが多く、少し臭みがある。もちろん今日は透明な方だ。これでビール1本は空けましたね。この3日間は酒を絶っていたので特に旨かった。再び父とさしの酒で良く飲んだ。母の若いころの話が出てきて泣きそうになった。途中風呂に入ってまた飲んだ。良く飲めるものだ。父も同じように飲んでいた。アテが無くなり、アジのまるぼしを焼いた。これが適度な塩味でもう一杯だけ飲んでから寝ようと思いましたね。雨がシトシト降っていて良い風情だった。

1月29日
前向きに生きると言うこと
親類のMおばさんが病院に尋ねてきてくれた。昔話になるが50年くらい昔のことなので記憶を頼りに人物をイメージする。解らんところはうなずく。この方は92歳。なんと病院まで歩いてきたのだ。長生きの秘訣は新しいものが好きで肯定することのようだった。この人にかかるとみんな善人なるし、新しい文化は絶対的に良いのだ。午後自宅で眠り再びプール。ブックオフで中古のDVDを買った。「アフリカの女王」はハンフリーボガードとキャサリンヘップバーンがアフリカでドイツの巡視艦を撃沈させる物語。小学生のころNHKのTVで観てえらく感激した。その時の感激がどんなものだったのか忘れてしまい再び観たのだ。しかし、何の感動も得られなかった。母の入院で気持ちが冷めていたと言う僕の心境の変化もあっただろが。自分の中で消えてしまった感受性もあるだろうな。その後「フレンチコネクション」。ジーンハックマンが若い。この映画でデビューを果たした筈だ。映画の構成がカッコいい。くどくどと説明もなく進んでいくし、主人公のポパイがそんなに冴えてないが、一面光るものはある。そのうえ終わり方が最高。ここまで見るのが精一杯。プールの疲れが出てきた。今日は母の透析もなく病院は静かだった。日曜日なのだ。

1月28日
病院の宿泊
母の状態が変化するかもしれないので病院いは付き添いの家族が必要だ。今日から4泊。1時間に一度の検査の看護婦が来る。寝ようにも眠れない。ぼやぁ〜とする頭で起床。ことろが母への呼びかけには頭を振って応えるではないか。やっと意識が戻ったのだ。と言うことで肺に差し込んでいた管もとれ一つの峠を超した。親類の人も時々来られその対応。午後からいったん自宅に戻り少しの睡眠の後プールへ。サウナで汗を流しヒト泳ぎ。疲れ果てて病院へ。DVDで「マダガスカル」を見る。この映画はニューヨークの動物園で人気者のライオンとしまうまと、キリン、カバが動物園を脱出し無人島に漂着する物語。アニメだが画面が大変きれいでパソコンのディスプレイでも十分楽しめた。これで持ち込んだ映画の在庫切れ。

1月27日
再び高知へ
朝から温かそうな陽気。何か良いことが起こりそうなウキウキする感じ。昨晩ビールを大量に飲んだのが熟睡を招いたのかな?しかし何も良いことは起こらなかった。午後高知に帰省、空港から病院に駆け付ける。タクシーの運転手さんは僕に病院の景気はどうかと尋ねた。かばんを下げてタクシーに颯爽と乗ったのでビジネスマンに見えたのだろう。2泊した父は疲れていた。母はとりあえず意識不明だが安定しているので芸西にかえることにする。芸西の家ではどこからとなく梅の花が匂って来る。春は間近だ。僕は風呂に入って出張の下着を洗濯したまま再び病院へ。親類のT子おばさんや友人の母Mさんなどが見舞いに来てくれていた。しばらく母の危篤状態の状況を詳しく教えてくれた。T子おばさんはご主人が心臓の病気で大変だったこともあり病院の医療器具に詳しい。皆さんが帰った後現代企業社が経営するレストラン「グレイン」へ徒歩で20分。ここで和風ステーキを堪能。今晩の栄養だ。

1月26日
容体悪化
昨日母は透析を始めたが、その後意識不明となり、人口呼吸に頼った状態が続いている。父は今晩を含めて2日病院に泊ることになる。今度は父の健康が気にかかる。父に電話をすると「帰ってこれないか」と弱気な声。明日帰ると言って電話を切った。もうどうしようもない。凡人には何もすることがない。福岡から飛行機で大阪に移動。僕の体調も最悪。病院で検査をすると血の尿が。結石が動き始めたのだ。今動けなくなるのは非常にまずい。と言うことでビールを大量に飲む(大量の尿で石を流すのだ)梅田ヨドバシカメラの8階「うおまん」でカンパチを肴に。何度もトイレに立つうちに調子が良くなってきたようだ。酒で病気を克服したのだった。宿は大阪国際交流センター。上六の都ホテルと同じ装備で値段が半額なのだ。寝る前の飲み物と朝食が無料なのも嬉しい。

1月25日
自己主張について
連日新聞やテレビではホリエモンの悪事を暴く報道ばかり。最近では経営にまで踏み込んで分析を行っている。なんでフジテレビとの騒動のときどこかが報道しなかったんだよ。なぜ選挙に立候補したときに分析できなかったか?マスコミの報道はどこも右に習えだ。マスコミはなにかあると報道の自由の旗をかざすが、では公平な報道の義務は果たしているのか?それは今の気候と同じではなはだ寒いのではないのか。と憤りを覚える。マスコミはきちんと自己主張をする前に、本当かと裏をとる行動力と、念入りな調査や情報が必要だ。まぁ何をするにしてもアマチュア的意識ではだめですね。▲東京で会議の後博多に移動。夜は魚コースですね。九州に住むと体を壊す。旨いものを食いすぎてその分発散が少なく病気になるでしょうね。

1月24日
再入院
寝たままの人を動かすのは重い。父と二人で母を持ったが40kgを切る体重なのに何度も休憩した。再びA医師の説明を受けるが要領を得ない。話の筋道を整理してあげて、そこで説明をしてもらう。話の要点は3つのポイントだ。まず、明日から静脈に針を通して透析をする(母の病状は腎不全だ)次に数日後には腕に通院で透析が行えるように処置をする。3つ目にはこれらの作業にかかわる危険性の問題。とその合意。僕なら、10分で話せる内容を1時間もかけて行ったり来たりしながら説明をされたわけだ。さらに、その後、しばらくして追加の話を持ってきた。時計を見るともう出発の時間。飛行機はスーパーシートが確保できたのでゆっくりできた。隔離された空間に安堵するのはおかしいですが事実。浜松町の事務所に寄ってしばらくメールの後退社。途中スイングジャーナル誌(ジャズの雑誌)を買うと受賞作品の中にエディービギンの作品が大量に。この雑誌も詰まらなくなったなと思いましたね。(エディービギンの演奏は山谷、ていうか、起伏のない、緊張感のない演奏が極めて多い)CDの購入にためらわざるを得ません。

1月23日
休暇
仕事は今日が一番忙しい日。しかし休暇で高知に帰省。母の入院の説得と手続きのためだ。説得は近隣のMさんや親類のT子おばさんさんがうるさく言ってくれてクリア。病院の方は緊急治療を要すると言うことで明日と決定。入院にはMさんに手助けをお願いした。女でなければ解らないことがあるのだ。明日は父も仕事にならないだろうから、日暮れの5時までピーマンの収穫を手伝った。高知も寒い、寒いが強い日差しの中に春が感じられる陽気がありますね。腰が痛くて痛くて。▲ピーマンは丸焼きが旨いと聞くのでさっそく収穫したものをポケットにしのばせて持ち帰った。火であぶって食べるとこれがなかなか。何もつけなくても甘くてジューシーでいけるのだ。問題は熱いままを食べると言うことで、料理をしながら食べるスタイルなのです。いわゆるたち食いです。酒を飲みながら料理をして食べるのです。男料理ですね。行儀の方面に問題ありですね。今晩も父と酒を飲みながら話し合った。話すことが目的でなく酒を飲むことが目的となりつつある。こんなに長く話し合ったことが今までなかった。知っているようで知らない人柄もある。

1月22日
帰省
朝5時半起床、レンタルの返却に。行きは電車、帰りはバスとジョギング。雪道のジョギングは厳しいものがあった。帰りついてからムービーの撮影。朝飯をつくってくれと言ったが家人は寝たまま。コンビニで。ムービーの編集に午後2時まで。光が強く旨く撮影できているはず。明日休む旨を連絡して空港に。自由に休める仕事についたが、こんなことにしか使えてない。帰りつくと母の様相が一変していた。入れ歯を外したためもあるが違う人みたいだ。「こんなになってしまった」と嘆いていた。電話で状況を聞いていたがここまで豹変するとは想像してなかっただけに辛かった。

1月21日
大雪
天気予報の通りとなった。朝起きると一面の雪化粧、雪の粒が大きくみるみる間に積っていく。少し外に出てカメラを構えたがあまりの雪でカメラが濡れる。これは大変あわてて引き返す。昼間は新聞の整理。約一年前からの新聞の切抜きをスクラップする。昔の記事を今の情報でさかのぼれば憶測が多い。夕刻積雪の中を自転車でプールへ。さすが自転車は雪道に強い。スキーと同じようにバランスで立っているから。あいにくとプールはパンツ忘れで断念。帰り道はさらに積ってペダルに力がいった。寝るまでにDVDのタイトルをディスクに印刷。娘の携帯アドレスの変更とあわただしく過ぎる。母の様態がさらに悪化。明日帰省する予定。

1月20日
いろいろとあわただしくて
今ごろ書店ではスイングジャーナル誌が発売されているはずだ。今月は昨年一年を通じて優秀録音盤を紹介する記事が掲載されているはずだ。最近のジャズはメロディーラインが妙に淡泊でなかなか覚えられない。それでも優秀盤は手に入れたい。何度も聴いているうちに身にしみてくるからだ。12cmの中に意思がある。それを掘り起こすのだ。少し時間がないのが問題。借りてきたCDとDVDのリッピングもやらなければならない。ハードディスクに録画した番組もDVDにダビングしなければ。

1月19日
懇親会
久しぶりの酒を飲む。毎日30分刻みの仕事をしていると言っても過言でない。それで僕の中にもストレスが溜まってきたわけだ。どこかで生き抜きの時間が欲しいと思うようになりますね。そんな時古い友人が尋ねてきてくれると言うのは最高のシチュエーションですね。お金では変えない価値がありますね。彼は癒しですね。現在は「癒し」がとても貴重な位置を占めるようになっています。これからの成長産業の一つに位置づけられると言っても良いでしょう。と言うことで新潟銘柄の居酒屋でお酒を飲んだのです。個人的な持論を述べますと日本酒は新潟を置いてほかに右に出るものはない(高知県出身ですが)。と断言できますね。しかしながら食べ物が辛いので少し健康には気になります。食事の後僕には自転車で帰らなければならない試練があるのです。寒い中これが結構辛いのです。

1月18日
グーグル検索
インターネット検索にはヤフーやグーグルなどが有名。中でもグーグルはスグレモノで自分のパソコンの中に保存したファイルをファイル名とその中に書いてある文章から検索してくれる。自分では整理して保存したつもりなのにどこに保存したのか忘れてしまうことって多いですね。こんな人のためこのソフトはあるのです。▲また今日から寒くなった。TVのアナウンサーが屋外で寒いと言っているのをみて娘は寒くても自転車は止められない。本八幡の始発に乗って坐っていけるというのが魅力です。少し厳しくても電車の中で睡眠を取り戻すのも日課。年齢とともにすぐに眠るのが難しくなったが、その代わり2駅くらいの睡眠で事足りるようにもなったのだ。この通勤経路は往復で坐ることが可能で、帰路にも時々寝ている。酔ったときなどは終点まで眠られるので安心だ。JRの通勤ルートに比べて料金が半額というのもよいですね。

1月17日
あれも読みたい、これも読みたい
毎日家に帰りつくのが9時半。それから飯を食って風呂に入ると10時半。もう布団の中に入っておかないと明日が辛い。今日は日経エレクトロニクス、AV雑誌hivi、特選街を購入、いずれも趣味の本。時間が許せば今すぐにも読み終えたい。世の中にはなぜこんなにも新しい話題や情報があふれているのだろう。みんな興味があって押しつぶされそうになる。昨年はまとまった書籍を54冊。毎年100冊は超えていたが、先に書いた雑誌に時間をとられこんな結果。もう一時間余分な時間がほしいですね。

1月16日
母の退院
病気がよくなったわけでない。病院がいやだから逃げ出して来たというのが真相。腎臓が悪くなっているので透析を受けるレベルにあるが、この透析のための手術が嫌だと。次に勝手の効かない病院生活が嫌。しかし自宅では寝たり切り。ますます病状は悪化するだろう。周りの人も困っている。僕は来週もう一度母を入院さすために高知に帰らなければならない。母がどう言うつもりなのかわからない。でもこのままでは解決しないのだ。田舎の家は寒い。病人にはつらいことである。家族に病人がいるというのは本当に困ったことである。普段気にならない健康が、これだけ貴重なものであると言うことをひしひしと感じるのである。


1月15日(日曜日)
功名ヶ辻
NHK大河ドラマが始まった。織田信長はやはり気高い演出を行っている。それがよいのだ。山内一豊はまだ若く木下籐吉郎に使われている。一豊の妻となる千代はまだ少女だ。歴史の一角を尾張の3傑から少し外れた人物に焦点を当てたのがこのドラマだ。一般人の歴史と少し違った目でこの物語が展開してくれるとおもしろいと期待している。司馬遼太郎のこの本は四国にいた頃読んだと思うのでもう30年くらい昔のことだ。四国時代には氏の「龍馬がゆく」の坂本龍馬や「坂の上の雲」の秋山好古など、読んだ。

1月14日(土曜日)
子供のこと
久しぶりに関東地方は大雨。それでも息子は野球の練習があると出かけていったが、午後になって帰ってきた。この寒い中雨に当たって練習をすると風邪を引くだろう。先生も正しい判断をした。野球とバスケットの運動をしているがいっこうに背が高くならない。発達したのは口だ。一方冬になると娘の暴力が問題になっている。冬は部屋のドアを閉めて寝ている。夏はエアコンを効かすので部屋のドアは開けっ放しだ。どうして冬になると娘が暴力をふるうかと言えば、寝相が非常に悪いことに関係している。生まれたときから寝癖が悪いのだ。それで部屋のドアを閉めてしまうと、部屋が狭いので寝ていてドアに対して、手や足が暴力をふるっているのだ。もうすでに大きな体となっているのでその音は大きく妻はその音で何度も目が覚めるらしい。目が開いているときには普通の娘なのだが。

1月13日(金曜日)
電車の中に馬鹿なやつがいて込み合っているのにリュックサックを背負ったままだ。後ろを通って少し空いている空間にたどり着こうとしたらにらまれた。まるで喧嘩を売らんかとしているようですね。馬鹿だから仕方ないけれど。そんなことで朝から不愉快な電車通勤です。午後からの天候が不安ということで電車通勤なのです。それがなければ気分のよい自転車通勤なのですが、今は自転車を部屋の中に置きっぱなし。自転車と言えば、昨年は今ごろからストレスのたまる案件が発生して、随分と自転車で遠くに出かけてストレス発散しお世話になった。▲写真は昼飯屋(海ぶね)さんの定食。本当に豪華。¥980円。▲夜は飲みながらタイから帰ってきたKさんの話を聞く。タイは誰が行っても良いところだと言う。東南アジアの市場は日本と様相が一変しており世界の舞台だと言うことが実感できるそうだ。ビジネスはタイ語。外国人はすべて英語を使うとのこと。

1月12日(木曜日)
朝5時半起床で東京に移動だ。普段と同じ起床だが非常に眠いのは、ホテルで夜中地震のような大きな音と振動が2度もあったのだ。びっくりして目がさめる。大阪からの飛行機は満員でただただ眠る。最近飛行機が満席なのは景気回復か。モノレールでも眠る。昼飯に「キッチンジロー」で白身魚のフライと鶏のから揚げ定食を食べた後、再び急速にものすごく眠くなり昨日の睡眠不足が効いているのを感じる。そこで、リポビタンDロイヤルの亜種(ファミリーマートオリジナル)の登場。これを飲むと急速に体力が回復してくるのがわかる。これで残業もOKだ。午後7時、ウィルコムWS003H1の説明書によるとWMVの動画対応とのこと。早速帰り道ミニSD1GBを求めたがなんと品切れ。SDは売れているんだ

1月11日(水曜日)
電気街、大阪日本橋に行ってきた。街全体が寂しくなったようだ。かつて見慣れた看板も変わりあのころの熱気はどこに消えたのだろう。街が寂しくなると置いてある商品までみすぼらしく見えてくる。Kさんに話を聞くと外商で顧客との関係を繋いでいるとのこと。そんな話を聞くと元気がでてくるが。横断歩道から街の写真をとる元気は沸いてこず退散した。ミドリ電化尼崎店を覗くと能村さんが立っていた。ビクターの販売応援で派遣されているとのこと。近況を伺ったがとても元気だった。一時走っていて痩せていたが今はふっくらしていた。梅田のヨドバシカメラを覗くとなんと品不足だったウイルコムの携帯電話WS003H1があるではないか。このチャンスを逃すとまた少し先になると思い購入を決定した。待ち時間に8階にあがりとんかつ薩摩で食事。ホテルでレポート作成。2時間。熱い風呂でやっと自分を取り戻した。今年はどうもいろいろ越えなければならないハードルがありそうだ。久しぶりにゆっくりとした時間を過ごした。プラズマテレビ103V型と対面。いゃ大きいのなんの。紅白歌合戦を見たが、人物が原寸大でもう一度びっくり。

1月10日(火曜日)
朝起きると鎌ヶ谷は雪化粧だった。玄関のドア(北側)を開けると駐車場には降り積もっていた。これは大変、自転車は中止となった。ところが南側の玄関や道路には雪がなく自転車でも支障がない程度だった。本日が出社日で夜はUさんと懇親。最近の環境について話を聞く。僕の知らないパワーバランスの話が飛び出した。もっともこんなことを知っていてもどうってことはないが。





06年1月9日(月曜日)
千葉に
朝の2便で移動した。道中、読みかけの船戸与一の「蝶舞う館」を読んだ。氏はハードボイルド小説が得意。なかなか好感の持てる主人公を描写するので今までひいきにしてきたが、今回は単なるサスペンス。内容はベトナムの中部高原地帯での民族紛争を扱ったもの。何処までが本当で何処までが小説なのか解らないほどリアル感がある。▲羽田到着、秋葉原で小休憩。ウイルコムの超大型携帯電話を操作する。品切れだった。このヒットで携帯電話が大きくなる可能性がある。久しぶりの自宅、飯と言えば「めし」がでてくるこの待遇には感謝。小さな電気ストーブで部屋の温度が15度。フリース一枚羽織るだけで十分に過ごせる。いい気分だ。今日で休暇が終わり。明日からビジネス最前線だ。

06年1月8日(日曜日)
冷蔵庫の整理
朝飯を自分で作って食べる覚悟はできた。今朝も冷蔵庫のなかを覗いて献立を考えた。冷凍庫の中にそうめんがある。冷蔵庫の方にもある。年老いた母が忘れて両方とも半分ずつ食べたようだ。今日の朝飯はそうめんにしよう。デザートにはスイカとミカン。朝食には1時間ほどをかけている。休暇だからユックリできるのだ。朝食の後あまりにも冷蔵庫が一杯だったので整理することにした。ずっと昔に賞味期限切れた食品や瓶詰めの食料がわんさとでてくる。棚にも何かの汁がこぼれたままだ。これらを洗って整理したら、冷蔵庫の中が半分程度に片づいた。老人の2人が暮らしているのに、400gの冷蔵庫が1台。300gの冷蔵庫が2台。200gの冷蔵庫が1台。コレはあまりにも多すぎる。300gの冷蔵庫を整理することにした。コチラの方は場所が離れている為数年も古い食品が出てきた。これらを全部整理すると、1台はまるまる空になった。どうして食べもしない量をこれほど買い込んだのだろう。しかしこれは田舎の老人に限ったことではない。多分どこの家庭でも同じような傾向ではないだろうか。だから大型冷蔵庫が売れる。そして食料品の大型販売店も成り立つ。こうして病院の往復と冷蔵庫の整理で一日が暮れた。父と晩飯を食いながら酒を飲んだ。モツと鶏足の煮込みだ。主には母のことだが、農業のこと、これからのことなど土佐鶴の一升瓶を間に置いて互いに好きなだけコップについで飲んだら、何と半分ぐらい飲んでしまった。寒いので酒の周りが悪い感じだ。寝る前に指を見たら真っ白くなって、ざらざらになってしまった。家事は手が荒れますね。

06年1月7日(土曜日)
お見舞いに
父は疲れで7時に目覚めたらしい。普段は5時半頃目覚め6時半頃にはビニールハウスに出かけている。母の看病や気疲れで堪えているだろう。僕も昨晩は9時過ぎに寝たが、起きたのは8時半。誰もいない台所で朝飯に何を食べようかと考える。飯はある。冷蔵庫の中には誰が買ったか解らないがレタスがある。これをサラダに。サンマの開きと鰯の丸干しがあったので、一緒に焼くことにした。他にインスタントのみそ汁。食後の果物に、スイカ1/4カット。スイカは母のために父が栽培したが母の入院で食べ口が無くなったので代わりに私が。光線が弱いので甘みが少ないとプロ(父)は言うが、僕には十分な味だった。インスタントのコーヒーをひまわり牛乳で割って朝食を終える。洗濯物を干してからお見舞いに出発だ。昨日は車に乗って2往復し神経が疲れたので今日は自転車だ。片道30kmくらいなら気分が良くて疲れないし、余計な神経を使わない自転車が一番だ。些か風が強く山の方では降雪が確認できるが、こちらは汗だくで進む。病院の中で乾かさないと風邪を引きそう。今日の母の検査は整形外科で足の痛みの原因を調べてもらったとのこと。結果は異常なし。それはおかしい。(ここからは私の意見)腎不全から足が痛くなっているのに何で単純な整形だけの判断をするのだろう。異常がなければ歩けるはずなのに実際は痛くて歩けないのだ。ここの医者は専門分野でしか判断できないのだろうか。視野が狭すぎる。それでいて、透析の準備のための手術を片方で勧めてくる。何処の世界にもネットワークに不案内な専門馬鹿と、金にはならない事に手を染めず、金になることは積極的なビジネスマンが存在するが、実はこの病院もその端くれだろうか。母が不憫で長く一緒にいられなかった。この事の決着は別の人に付けてもらおう。もう僕は感情的なってしまう直前だ。帰りにホームセンターで目の細かい金網とはさみを買った。風呂の煙突が壊れていて煙突から火の粉が舞っているようだと聞いたので、その防止の加工を施すためだ。右手の指の自由が利かないので細工は少し粗くなったが目的は達せそう。晩飯は焼き肉だった。全て父の段取りだ。焼き肉の「タン」の食べ方に新発見。まず、畑に生えている大根を抜いてきますね。これをおろします。寒いときの大根は甘いのですね。これに、高知県の特産品「馬路村のゆの酢」をかけて、薄く焼いたタンでくるんで頂く方法です。これはいける。ビールがすすむ君です。ビールを飲みながらこれからのことを話し合った、結論は出ないが。その時父の弟の妻から電話があり、一人で飯が炊けるか?と心配の声。父は十分練習を積んでいると答えていた。ナショナルの銅釜炊飯器は職人技で飯が炊けるのだ。飯が光っていますね。▲病院からの帰りに絵金蔵を覗いた。これは高知県赤岡町の町民の寄進で、その昔、江戸時代、山内一豊の時代の絵描きが描いたふすま屏風の展示館。「恐ろしくて怖い絵」が20数点掲載されている。撮影禁止だが、こっそり低照感度のビデオカメラを持ち込んで撮影した。この会場はあまりにも暗く入り口で提灯を渡されるので怖さが倍加する。それほどの暗さなのに、この低照感度のビデオは旨く撮影が出来たのだ。

06年1月6日(金曜日)
入院
妻がいなくなったので母の食事は私が作らなければならない。いつもはうどんで良いと言っていたが、今朝はご飯が食べたいという。そこで、魚を焼いて、インスタントのみそ汁と、タマネギのスライスを湯引きして鰹節をかける献立を考えて実行した。魚はナショナルの魚焼き器(NF−RT700)でスイッチを入れると両面を一度に煙りもなく焼いてくれる優れモノがあり造作ない。問題はタマネギのスライスだった。スラーサーでスライスしているとき指が滑って指までスライスしてしまった。指先を探したが見つからないので一緒に湯引きして母に食べてもらった。このため、キーボードを打つ手が不自由となり、人差し指入力のおおじさん化してしまった。午後から母を大病院(高須病院)の診察に連れていくと、血液検査で血清クレアチニンが8.9mg/dlあり、これは年末の検査と比べて3ポイントも上昇していて、透析を受ける基準だということで早速入院となった。足が痛いことも検査の対象として組み入れてもらったが、どうも医者が頼りない。説明能力に欠けるのだ。そこで、問題点を整理して今後どのように対処するのか話を導いたと言う次第。こちらは、まだ腎臓に関しての予備知識が無く医師との意志疎通に技術的問題が合ったが、問題の整理は出来やすかったと思う。病院から一端自宅に戻り、山の如くあった薬も携えて今度は父と一緒に向かった。一回目には私の友達の母に一緒に付き添ってもらいお世話になった。午後7時過ぎ病院での夕食が終わると父と帰途についた。病院から車で50分もかかるので、飯は途中で食べようと思っていたが、農業をしている父は店を知らない。そこでスーパーでお総菜を買って自宅で酒を飲みながら飯を食ったというわけ。風呂も薪を焚いて沸かすので午後9時まで時間がかかった。もう本を読む気にもなれず寝ることにした。

06年1月5日(木曜日)
帰省
子供と妻は一足先に千葉に帰省した。彼らにとっては気分的に向こうが田舎だ。母の病気で食事は妻が作ってくれていたが、いなくなると洗濯物の取り込みから掃除まで全てを父と二人でまかなわなければならない。飛行場に送っていった帰り、早速ピーマンの収穫を手伝った。1時間少々だが3籠収穫した。午後は読書と決め込んでいたが、友人の母Mさんが見舞いに来てくれ、母に病院で病状を見てもらうよう説得してくれた。母は訳の分からない事を言いながらも渋々説得に応じたので病院の予約をして出かけることに決めた。そんな僕の隙をついて愛犬の「ちび」が逃げ出した。今度はこの犬探し。室内用の薄いジャンパーを羽織って出かけたら寒いの何の。山の方を見ると空と山が繋がっていて、奥では雪だなと思いましたね。犬は見つからず、寒いし仕方なしに家の周りを回っただけだったが、後ろを見ると「ちび」がついてきていた。一件落着。やっと図書館に出かけたのが午後3時。本は難しい本を読んでいる。役に立たないが経済書として昨年一の評価だった本だ「日本の不平等」高い@3,200円。こんな時何かに頭を集中させないと、つい日常の事を考えてしまうからだ。午後5時まで読んだ。この本は経済書だが所得の不平等をどう考えるのかと言った視点について統計、分析してある。どちらかと言えば心理学的な要素が強い経済書だ。帰ると風呂と台所の掃除、母の薬。父の手料理で飯を食う。これが実は大変旨いのだ。食器の洗い物をして入浴。洗濯物を洗う段取りを父と打ち合わせて自分の部屋で再び読書。夜の読書は、蝶舞う館/船戸与一。寒波到来で、電気カーペットとエアコンのダブルで部屋を暖め読みふけるのだ。

06年1月4日(水曜日)母の病状
かかりつけのお医者さんに往診頂くと、上杉先生が「顔のむくみも取れてきてだいぶましになってきた。よう起きんと聞いたきにびっくりして飛んできたら、入院する必要はないぞね」。言っていただき一安心。熱がないらら風呂に入っても良いと言ってたので、夕刻風呂にいるかと聞くと駄目だと言う。我が儘は一人娘のエゴだと父がこぼしていた。父は4人兄弟だからそんな性格的な面も気になるだろう。父と言えば、今日の夜は、父の弟の家に息子を連れていった。一度は紹介しておかなくて張らない親戚だからと思ったが、田舎の知らない小父さんには息子も心を閉じて無口だった。もう少しゆっくりしたかったが、息子の催促で帰ることにした。やれやれと思ったことだろう。僕にとっては唯一田舎で自由に酒が飲めるもう一つの家庭だが。とにかく色々とありこの正月休みは読書をするつもりで何冊が持ち帰ったが、軽い本を2冊読んだだけ。往診していただいた医者にお金を支払いに言ったついでに図書館で文芸春秋を少し読んだ。「信長の棺」を書いた加藤廣(ヒロシ)氏のコラムが掲載されていたのでしばし。明日は、妻や子どもたちが千葉に帰る。父と2人で母の看病をしなければならない。今日まで子どもたちを含めて4人で世話をしてきたが大変。9日以降は父が一人で世話をすることになる。

06年1月3日(火曜日)
野市動物園
午前中はピーマンの収穫。腰が痛くなったが無理をして野市動物園まで撮影に出かけた。今まで一度も行ったことが無くあまり期待をしてなかったが、いやいやどうして立派な施設で感心した。SDムービーとDVムービーの2台を持ち込んで撮り比べを行ったが、小さな液晶モニターで画角を合わせるのが大変難しい。もう少しかちっとした雲台と三脚が必要だと悟った。2台のムービーを使っていると、それぞれに長所が見えてきた。DVの方は、12倍のズームを使ってダイナミックに撮影できること、またズームレバーや全体のスイッチの一がムービーとして使いやすいのだ。また、暗い場面で有利と言うポイントを生かして、コウモリと梟を撮影した。この撮影はSDムービーではモノにならなかった。また、SDムービーはコンパクトさを生かして水族館のガラスにレンズをぴったりとくっつけてガラスに反射してない映像を撮影できた。魚の動きに合わせてムービーを移動させるのでコンパクトさが使いやすかった。母の調子は悪く、起きあがれない。明日病院に行くことも不可能。上杉先生に往診してもらい、それからの判断を待つことにする。疲れたのでそうそうに寝たら夜中の1時に目が覚めてしまった。

06年1月2日(月曜日)
今日も母は起きられず
母が12月30日から風邪で寝込んで以来起きられない日が続いている。老人が寝込むと次に起きられなくなるのでやっかいだ。病院が始まる4日には高知の病院に連れていく計画だが、果たして病院まで行くことが出来るかどうか。そんなことで午前中はぼんやりしたが、午後は母の代わりにピーマンの収穫に行った。ビニールハウスの中は、南国の太陽が冬だというのに容赦ない光を降り注ぎ、暑いの何のシャツ一枚になっても汗だくだ。中腰になっての作業は腰が痛い、ピーマンは中が空洞で軽いと思われがちだが、籠一杯になるともつのも一苦労だ、午後4時まで作業をして這々の体で帰り着いた。しかし試練は続く。帰ると犬の「ちび」が散歩に行ってくれるモノだと待ちかまえているのだ。あの絶対的な信頼感や期待感はなかなか人間には表現できない。この仕草は腰の痛さを忘れさせられる。約1時間をかけて散歩。帰ると風呂掃除と台所の床掃除。▲元旦の新聞を見直している、今年はテーマが多いが、中でも団塊の世代に焦点を当てて人生を問うのは、年齢が近いだけに興味がある。とりわけ矢沢永吉のコメントが良かった。氏曰く、どんなにお金を持っても一日3度しか食事が出来ないし、眠る時間も同じだ。だからそこそこの生活が出来れば、自分が楽しく思えることをすればよいと言う。

06年1月1日(日曜日)
お正月
寛坊や真理さんの兄さんに私の家に早く来てお正月をしようと呼びかけて朝の9時からお正月を始めたら直ぐに酔ってしまって寝てしまった。今年こそは寝ないでいようと思っていたが。少しだけ電気カーペットの上で横になって、さらに本格的に布団の中で寝たら何と午後3時まで寝てしまった。日本酒の菊水を飲んだので酔いが深かったのだ。それから犬を連れて散歩に出かけた。往復で1時間の距離だが寛坊や娘達がいてあっという間の散歩だった。夜は真理さんの兄さんとまたビールを飲んで、したたかに酔って早々に自分の部屋に引き上げた。まだ眠くなかったのでふとんの中で小笠原慧のDZを読んだ。推薦文にバラバラの物語が最後にまとまるとあり奇想天外の物語が展開すると期待していたが、ありきたりの展開で調子が外れた。午後10時くらいに眠くなり寝てしまった。なんて眠いのだろう。31日も午後10時くらいには寝ていたので、2日間で24時間くらいは寝たことになる。それだけ疲れているのだろうか?。今年こそ一日の終わりには締めくくりの文章を残そうと思っているが、こう酒に弱くては又とん挫するかも知れない。しかしこのままでは、あまりにも重要な事が書き留められずに忘れ去られ考えたことがずいぶんとマイナスになっていような気がするのだ。<天気予報では元旦は雨だと予報されていたが>

05年12月31日(土曜日)
今年の運勢は勢いがあるはずだったが、どうも今ひとつさえなかった。一つ目には、やっぱり平日の酒を断つことが出来ず今ひとつ踏ん張りが効かなかった。二つ目には慶さんがなくなったこと。三つ目には母が今年いっぱいかけて急激に動けなくなり床につくようになった。昔のような訳にはいかなくなった。運が付いてないと嘆くのは、自分の問題もあるし、それはそれで仕方ないと思える。しかし周りの環境は何とかなって欲しかった。もともと平凡な人生を送るつもりだったのが、結婚をし子供も儲けると自分の中に少し欲が出てきたし、もしかすれば何とかなるのではないかと思い始めたのが問題かも知れない。

以上が一年を通じての反省。次に今日の出来事。母が日常のことを何もできなくなったので、子どもたちと一緒に大掃除を行った。とにかく台所の汚れは酷く、西分の家が安住の地ではなくなったのでここを中心に磨くことにした。そして自分が気に入るまで掃除をしたので落ち着いた。家が汚いとどうしても落ち着けないと言うのが僕の性格らしい。一日掃除をすると腰が痛くなった。真理さんは掃除の道具だけはどんどん買うが、掃除をしたためしがない。掃除が出来ない人に限ってこういう道具に凝るような感じがする。今日も母はうどんだけ。ローソンで加ト吉の冷凍うどんを買ってきた。

05年12月30日(金曜日)
年賀状を頑張って書いた。今年は全員に違うメッセージを書いて送った。29日も少し進めたので丸一日費やした。午前中にプリンターのインクが切れて中断。ピーマンの収穫を手伝って、インクを買いに行った。ハウスの中は30度を越える灼熱の世界でシャツだけで作業をしたがそれでもべたべたとなった。子どもたちは高知に映画を見に行った。この人たちはいつまで一緒に映画を見られるのだろう。父と二人で畑に生えている大根をすって、パックの刺身とフライで夕食を済ました。母が伏せっているのでわびしい食事となった。


12月27日(火曜日)
今日でHPは終わり
仕事納めはまだ先なのに、移動の関係で今日で自宅を離れることになり、年内は帰ってこない。それで本年度のHPは終わりとなる。年賀状も住所だけ印刷をして、本文は年明けに打ち込むこととなる。今日は大阪のKさんと懇親の予定だったが時間の関係でキャンセルとなった。このため少しだけ空いた時間で年末田舎で過ごすための道具を見繕った。明日宅急便で田舎に送ってもらう予定だ。本当に今年の年末はばたばたして過ごした。きっと来年はさらにあわただしくなるだろうと思う。読書した本は54冊。昨年の半分だった。雑誌なども含めると同じ数となる、それだけ忙しかったと言うことだ。

12月26日(月曜日)
ベストアルバム
レコ芸1月号のレコードアカデミーが発表された。この雑誌はクラシック音楽の専門誌で、毎年年末に一年間の最高のCDを発表する。金賞はクレメールのBACH無伴奏ヴァイオリンソナタとパルテx−タ。石丸クラシック館に電話で尋ねると入荷しているという。帰宅の途中秋葉原下車して一連のCDを買い求めた。ほかにはピエールブーレーズのバルトークピアノコンチェルト。サイモンラトルのマーラー8番。マーツァル&チェコフィルのマーラー3番。このマーラーはおもしろい。SACDとDVD AUDIOとCDが同居したソフトだ。こうなるとオーディオの規格は関係ない。だから賞も特選となっている。オペラや声楽は雑誌評価を見て買うことにしよう。店頭はモーツァルト一色になっていた。なぜかと言えば来年はモーツァルト生誕250周年だからだ。そうか、来年はモーツァルトを聴かねばならぬなと思いましたね。今年の冬休みはクラシックで決まりだ。

12月22日(木曜日)
寒波3号
先週の週末に襲った寒波が第2号だとすると、今回は3号目に当たる。フィールドワークをされる方にはじっとしているだけで寒さがしみてくるが、自転車なんかに乗っているとキーンと張ったような空気が締まっていてさほど寒いとは思えない感覚になる。風や雪がないので寒く感じないのかも知れない。この年末は休日出勤が多く年賀状を書く時間がない。このまま年末まで突入するので住所録の印刷だけで、後は高知で仕上げとなるだろう。29日から帰省するが今回はいろいろしないでいようと思う。酒の量も減してせっかくの休日だからいろいろと考え事にも時間を費やそうと思う。両親の面倒をいつの時点で見るのかと言うことや、そのとき子供たちはどうするのかと言うことだ。自転車に乗ったりして考えてみようとも思っている。

12月21日(水曜日)
風邪
どうもこの年になると土日の出勤は体へのダメージがあり、必ず風邪を引く。今年これで3回目だが、3回とも同じような目にあった。無理の利かない体になって来つつあるようだ。

12月20日(火曜日)
名古屋へ
高知から東京に帰り、午後から名古屋に向かう。僕は21日だと誤解していた。妻に着替えを持ってきてもらって出かけることにした。名古屋は前日の雪がまだ残っていた。今晩も酒を飲む。ホテルは寒いが、暖房を付けると絶対にのどをやられる。寒い中で寝た。でものどをやられた。

12月19日(月曜日)
わずか4時間の睡眠で起床。事務所によって連絡事項のみ。それから高知に。疲れが酷いと目がさえて眠れない。11時からの葬儀に出席して、自宅に帰って午後5時まで眠る。もう一度知人宅を訪問。お線香を上げて帰宅。母も足の病気で弱り人と話す機会が少なくなり、ぼけ気味だ。酒を飲んで午後7時には床につく。

12月18日(日曜日)
今日は張り切っていこう
仲間に励まされて、昼食、休憩なし。10時間連続。疲れましたね。21時半に新宿ライオンで昼飯にありつく。

12月17日(土曜日)
今日は販売員
いや〜店員の代わりを務めるのは大変

12月16日(金曜日)
今日は休み
今日は大阪で会議であり、唯一僕が見つけた休めるときなのです。朝から映画を見た。カーテンを閉め切って部屋を暗くして、プラズマTVの明るさも落とすと映画館のできあがりだ。「バットマンビギンズ」から見始めた。「炎のメモリアム」「人類誕生の歴史V」。50型とは言え自宅でこんなに簡単に映画館で見るような感じが得られれば映画館を敬遠するのはよくわかる。ジョージルーカスは映画は自宅で見るべきモノだと言う。そしてDVDのようなモノではなく、本格的な映画を味わって欲しい。その根底にはどうも配信があるようだと雑誌に書いてあった。音楽配信が来年活発になるが、再来年くらいには圧縮してない音楽配信が出てくると思う、そうすると音楽配信でも悪くないと思う。どうも今はまだ過渡期にあるようで何もかも中途半端だ。
知人の慶さんが亡くなった。84歳。社会に出てから母以上にお世話になった人だ。明日は友引で日曜日お通夜、月曜日葬儀。

12月15日(木曜日)
試験疲れ
ドットコムマスターの受験の後、細かな文字を読む気力が失せて朝晩の通勤時間には小説を読むようになった。「おまけのこ」畠中恵氏。高知県出身だと言うことで買った。内容は昔、江戸時代の話。体の弱い若旦那「一太郎」に妖(あやかし)がついて、この妖の力を借りて次々と事件を解決していくのだ。一太郎と妖のほのぼのとした関係が「癒し」に向いていて、朝、汐留の喫茶店で30分ばかりこの本を読んで心豊かにして出かけるのだ。人間関係はなかなかこのような鷹揚に構えていてはうまくいかない場合が多いので、この本が癒しになるのだ。

12月14日(水曜日)
強烈中華料理
昼食は毎日外食だ。事務所の近くの飯屋は食べ飽きた。そこで新製品を探そうと募ると、新しいお勧めを紹介してくれた。味芳斎。麻婆なすお勧めだという。注文は大盛りの場合詳細が必要だ。ご飯の大盛りとおかずの大盛りがあるのだ。味は強烈だ。油がこってりと乗った中に挽肉となすが浮かんでいる。中華料理なのにスパイスが多彩といった感じ。このためか胃もたれしないと紹介者の言うとおりだった。ただ油が多く、腹持ちはよい。口から火を吐くような感じで食った。

12月13日(火曜日)
散髪
この冬は寒くなりそうなので髪を長く伸ばしたまま迎えたいと計画していたが、急遽販売店応援の予定が入り、接客にはこの髪が向いてないと言うことで、近くの散髪屋さんに出かけた。この散髪屋さん(浜松町)は大のおしゃべり好きで散髪の間全く退屈をしなかった。話題の中心は姉葉設計事務所の設計する建物がここから歩いて50m位にあるということだ。これが30分。次に散髪屋さんの組合問題になり、僕が間違えて理事長が使い込んだんですよね(本当は酒屋さんの組合だった)と誘い水を仕掛けると待ってましたとばかりこの話に飛び火した。実はこの組合でも理事長が使い込んだというのだ。つまり世の中の理事長は使い込むのが相場となっているようだ。これで30分。しゃべり疲れた頃に散髪が終わったのでした。会社に戻ると出かけたはずの仲間が帰ってきていた、どうした?金沢行きの飛行機が飛ばないのだ。と言う。では新幹線は?北陸方面のJRはすべて運行を中止しているというのだ。ニュースでは何年かぶりの大雪とか。

12月12日(月曜日)
忘年会
大阪時代近所で親しくしていた会社の同僚と浜松町のお寿司屋さんで飲んだ宇多美寿司。お寿司屋さんなのにコース料理がある。刺身あり、焼き物あり、なかなか豪華。写真撮影を忘れたが、コレによく似た店が大阪にもあった。「銀平」だ。あのお店ではずいぶん盛り上がったが今はどうしているのか?最近酒を飲むとこうしたコース料理の量が多くて食べきれなくなっている。年齢のなせる技だ。日本酒も飲みたいが、自転車事故のこともあるのでビールだけにとどめた。ビールを飲むからよけいに食べ物が入らないというのもある。どうしたことか心臓が痛くなってきて、帰りの自転車はあまり無理をせずにゆっくりと漕いで帰った。


12月11日(日曜日)
至福の時
最近この言葉が使われるのは音楽紙上だけとなりました。失われた10年の間日本には幸せの数が減ったように思うのです。そして最後の砦として音楽紙上にこの言葉が残った。関係ない話だが、1001年から2000年まではモノの時代だった。だが21世紀は心の時代と言われいます。2000年程度のテクノロジーがあれば人類はそこそこ幸せに暮らせていける生活環境が整ったと言うわけです。しかし21世紀は心のケアが十分になされないと幸せになれないと言うのです。すでにアメリカでは精神科医の門戸をたたくのは当たり前の世界となっているのに日本ではまだまだのようです。しかし、新聞ではそうも行かないニュースが毎日報道されています。この人の心をどうケアするのか?モノの開発以上に大切な問題であります。とりあえず、音楽でも。音楽も最近はこじんまりとまとまり始めた。大きなレコードやさんに行くと民族音楽のコーナーがあるが、先進国でない国の音楽には元気な音楽がまだ残っている。こんなのを発掘したときには至福の時が訪れますね。昨日買ったSACDには、幸せの音楽が詰まっていました。

12月10日(土曜日)
日本経済復活
仕事で一日新橋近辺にいた。帰り道は第一京浜を通る。新橋〜銀座4丁目〜神田に抜けるルートだ。いつもはそんなに混雑しているルートではないのに、今日は歩道から車道までヒトがあふれて大渋滞。銀座4丁目付近のヒトの群れはすごかった。歩道が満員電車のすし詰め状態だった。今から30年前にココで仕事をしていたときに感じたあの熱気みたいなものが確かにありましたね。日本の経済は復活したと思いましたね。そのまま秋葉原に向かい、石丸クラシックjazz館で雑誌ステレオサウンドが勧めるCDを探してもらった。@4,000円以上は駄目、とお願いしたら全部で8枚も在庫があった。すべてSACDハイブリット盤。すべてのCDの音楽は未知のもの。しかし音については折り紙付きだから聞いていて気持がよいはずだ。

12月9日(金曜日)
年休
12月の後半は休日出勤が多く休みがない。取れるときに取る。と言うので今日は休んだ。今日は録りためた映画鑑賞と決め込んでいた。窓のカーテンを閉めて、部屋を真っ暗にして、50インチのTVの輝度を極端に落とすとシアターの始まりだ。まず、ジョントラボルダ主演の「炎のメモリアム」。人間関係が殺伐としたアメリカ的でなく、良き昔のファミリー的なつながりのあるアメリカ人が描かれていて感動した。次に「バットマンリターンズ」これは、バットマン創世記のストーリーだが、記録が半分しかできてなく、中断のまま終了。感想はない。次は「海猿」日本の映画なのになかなか感動が深い。「炎のメモリアム」もこの「海猿」も環境設定が、非常に危険な世界で命のやりとりをするためか、喜怒哀楽が激しい。そこには人間味がある世界が開けている。逆に言えば、現在の世の中はそんな危険な場はあまりないので、人間味あふれるドラマが生まれないのだろうか?その後、「電車男」を見た。原作を読んだがなかなか良かった。そして、映画もそれとほぼ同じくらい感動した。オタクというのは、山田孝之氏(電車男)ほどかっこよくはないが、オタクに取ってはこの映画ほど励ましになることはないだろうな。その後 NHKの「地球の進化、人類の進化3」を見た。再放送だったが、1と2は見ているのでコレで話がつながった。夜、妻は忘年会で出かけて留守、子供と過ごす。3人がメールできるようになったので、それぞれがPCの前に座って沈黙の世界でディスプレイに向かっている異様な家庭。

12月8日(木曜日)
全く気分の良い日
今朝も少々冷たかったが、会社まで自転車で行くことにした。頑張らない程度で約2時間。新橋に場外馬券売り場(新幹線から見える)があるが、この裏に広場があってそこにはいくつかの椅子が用意されている、ここでジュースを飲んで休憩だ。毎日最寄りの駅(40分程度)までの自転車と、新橋から浜松町までの徒歩を入れるとやっぱり2時間。時間的にはあまり変わらないので、これなら毎日自転車通勤でもかまわないみたいだが、少々疲れの方が問題。帰りも同じコースだが、腹が減っているのが朝との違い。清澄通りの「月島」にある魚がやすくて旨くて安い一杯飲み屋を探したが適当な店が見つからず。亀戸の駅近くにある「すしざんまい」と言うお寿司屋さんで、刺身とビールで休憩とした。一人でカウンターの端に座っていろいろと物思いにふけった。前回は小岩の公園でおでんを食べたが、今は少々寒いので敬遠だ。週末の夜の過ごし方はこうした静けさがだんだん良くなってきた。

12月7日(水曜日)
見事な朝焼け
毎朝寒い。特に今住んでいる鎌ヶ谷は寒い。朝は一面の霜だ。かじかむ手でハンドルを握りながら10分。平地に降りていくと幾分寒さも和らぎますね。途中にかなり広い沼地があって、どうもそこが寒さの分水嶺ですね。この沼地の西側から朝日を眺めると丁度太陽が顔を出す時間帯。空に雲がかかっていたら見事な朝焼けとなるのです。朝のあわただしい時間ではあるが、自転車を止めて「パチリ」。傑作は日常の中にある(と誰かが言ったのかどうかわからないが、、、)

12月6日(火曜日)
湘南でサーフィン
会社の同じ年頃の仲間に結構厳しい仕事をしている人がいて、その人とお酒を飲む機会があった。もう年が行くと「お酒ではストレスは解消されないし、逆にしんどくなってよけいストレスがたまる」。と言うことで、運動がよいと勧められて、スポーツクラブに入会して頑張ってみたが疲れるだけだった。そこで、別の仲間がサーフィンをしているので加わったら、コレが当たりとなって病みつきになったと言う話を聞いた。なんでも、その仲間の仲間は湘南に住んでいてサーフボードを持って歩いてサーフィンのポイントに行けるそうだ。彼の家にボードを預けて楽しんでいるらしい。風に吹かれて浜で休んでいるときにも、もちろん波待ちの時にも気分は最高とのことだ。

12月5日(月曜日)
やけ酒の影響
昨日はNTT検定の試験があり千葉まで出かけた。千葉経済大学での受験だった。この試験は相当勉強したが、どうも出題の内容が事前に勉強している範囲と違いわからないことが多かったのだ。「残念」冷たい雨の降る道をとぼとぼと駅まで引き返した。千葉には家族が出てきていてた。勉強のご苦労さん会をするためだった。しかし、こんな結果だったから心浮き浮きとなるはずがない。千葉そごう9階のレストランで酒を飲みながら反省をした。ところが、そこでの酒はなんぼ飲んでも効かないのだった。それで家に帰り着いて飲み直したというわけ。どうしたことでしょう、酒が今日に限って効かないのです。よっぽど悔しかったのでしょう。ところが、今朝起きると、昨日の酒が十分効いていて頭がぼゃ〜としているのです。頭が回転しない状態というのでしょうか。実は今日一日そんな状態が続いたのです。一番顕著に出るのはPCのキーボードをたたくときに極端に速度が落ちることと、間違いキーをたたくことだ。早々に退散して明日に控えたというわけ。

12月4日(日曜日)
ドットコムマスター試験当日
年齢が高くなると言うのは不思議なことが次々と起こるモノです。この検定試験は予想問題集がありこれを何度も読んでおくとまず間違いがないと聞き、結構真剣に読み直したのです。ところが、何度も読んでいるはずの問題が結構多く初めて見る問題に見えるのです。真剣に読んだ回答が浮かんでこないのです。それでこの問題の回答欄を真剣に読み直すことになるのです。俺の頭はいったいどうなっているのだ?とあきれましたね。そのほかにも、最近はあまりにも濃密な時を過ごしていると思っているが、実際は自分の計算速度が遅くなっただけで、ちっとも世の中がめまぐるしく回転しているわけではないのかも知れないと自分のことを客観的に見るようになった。試験会場は★と★★と★★★の3クラス同時開催で、僕は初級の★のクラス。3つの会場で試験を受けることになった。若い女性が多い。派遣先などで資格が必要なためだろうか。試験の内容は結構マニアっぽくコレ若い女性に聞く話ではないのにと思いましたね。難しくて難しくて。。。特に圧縮に関する問題はさじを投げました。

12月3日(土曜日)
久しぶりのゆっくりした休日
今日は明日の試験に備えて勉強だけ。ほかのことは何もしない。と決めていた。起きて、頭がはっきりすると近くのマクドナルドにドットコムマスターのテキストを持って出かけたのです。マクドでコーヒーを頼み午前中いっぱいはココで過ごした。明日このテキストを中心とした試験があるので真剣に勉強をしているのです。コレには10月から取り組みました。10月は参考資料の熟読。11月は問題と解答の解読。何度も読み返したつもりですが、なかなか頭には入らない。今日はこのテキストをもう一巡した。