台湾鉄道紀行 台湾新幹線開通前夜の在来線風景
page-3 「旧客」の平快で東部幹線へ
■東部幹線/宜蘭線 蘇澳行 平快191列車 (その1:台北→瑞芳)


台北駅の列車案内板
・日本製の旧型客車はまさに"鈍行列車"の雰囲気

 どこか懐かしい雰囲気がある銀色の楕円形改札口で鋏を入れられ、台北駅地下3階のホーム(月台=「ユエタイ」という)に降りる。

 島式ホームが4面と線路が9線ある。少し暗いせいだろうか、それほど広い構内には見えない。ホームの高さは、日本より若干低いようにも思えるが、欧州のように極端に低い訳ではない。
平快の車内
 ▲「鈍行」らしく車内は空いていた

 6時13分、屈強そうなオレンジ色の電気機関車に引かれ、濃い青地に白ラインの旧型客車が入ってきた。これから乗る蘇澳行「平快191列車」だ。

 牽引するアメリカ製機関車こそ異国の香りが漂うが、旧型客車を見ている限り、まさに日本国鉄時代の長距離鈍行列車の雰囲気。それもそのはずで、その多くは1960年代から70年代にかけて我が国で製造された車両だという。

 日本と違う所は、車内が二人掛けの転換式「ロマンスシート」で、それが緑色のビニール製になっていること位であろうか。
 ドアはもちろん全手動。「蘇澳往」(行)と書かれた車両側面のホーロー製サボ(行先表示板)も、往時の姿を偲ばせる。

 この列車の始発は台北郊外の樹林(Shulin)だが、台北で客を乗せても乗車率はわずか3〜4割程度。この空き具合も実に良い。今日は土曜日、平日なら少しは混んでいるのかもしれない。

車内の二人掛け座席
 ▲台北からしばらくは地下区間を走る

・台北を出発。日本語読みしたくなる駅名が続く


 6時15分、定刻通りに台北駅を発車。終点の蘇澳(Suao)までは約120キロ。特急「自強号」なら2時間弱、各停の「通勤電車」でも約2時間半で着く距離である。わが平快車は3時間かけて走り抜く。時速はわずか40km/h。

 台北を出た列車は、自転車のような速度で地下区間を走る。地下線を通る旧型客車列車など、生まれて初めて見た気がする。日本なら、耐火基準などの問題で難しいことだろう。

 南国台湾とはいえ、冬の朝は寒い。出入口ドアを開け放して走っているので、ディーゼルの排気臭が冷たい風に乗って車内に流れてきた。台北駅にはディーゼル列車も乗り入れている。鈍行列車の旅にはこうした苦労は付き物だ。
松山駅
 ▲近い将来に地下化する松山駅

 また、ビニール製のシートは時に破れていたり、バネが壊れていたりと車内も老朽化が目立つ。いかにも旧型客車らしくて愛おしい。たが、「ロマンスシート」が示すように、元は優等列車用の車両だったという。

 乗客たちはそれぞれ座席を回転させ、1人4席分を使って靴を脱がずに座席に足を投げ出す。車両が古いための所業か、お国柄なのかは分からぬが、ビニール製にしている理由が理解できた気がする。すべての座席を雑巾がけしたいような心境になる。

七堵駅
 ▲途中まで西部幹線を走る(七堵駅)
 列車は地下区間を抜け、台北から10分で松山(Songshan)に着く。思わずマツヤマと読んでしまいそうだが、中国(北京)語読みではソンサン。車庫が併設されているため、同駅発着の列車も多い。駅付近では地下化工事が行われており、近い将来には近代的な地下駅になりそうだ。

 外は灰色の雨雲と夜明け空が混じりあい、車窓はほとんど見えない。南港(Nangang)、汐止(Sijhih)と、また日本語で読んでしまいそうな近郊駅での乗降が続き、基隆(Keelung)への分岐駅である八堵に着く辺りからようやく車窓が見える程度に夜が明けてきた。

宜蘭線MAP
 ▲平快191号が走る台北〜蘇澳間の路線図

・「山陽本線」と「山陰本線」みたいな関係?

 東部幹線の「宜蘭(Yilan)線」は、ここ八緒(Cibu)を基点に蘇澳までの95キロを結ぶ路線の名称である。台北から八緒までは、台湾のメーンルート「西部幹線」を間借りして走ってきたことになる。

 「東部幹線」とは、宜蘭線を含め、蘇澳より先の北廻線(蘇澳新站<站=駅>〜花蓮)、花東線(花蓮〜台東)、南廻線(台東新站〜枋寮)、屏東線(枋寮〜高雄)という東海岸を縦断する5路線の総称として使われている。

 首都・台北と新竹、台中、彰化、台南、高雄などの主要都市を結ぶ大動脈の「西部幹線」に比べると、「東部幹線」は沿線に花蓮や台東といった重要都市こそあるが、その昔「裏台湾」と呼ばれた辺鄙な地域を結ぶ路線。途中の花蓮より南、屏東までは非電化区間も残る。

 「西部幹線」と「東部幹線」は、日本の山陽本線と山陰本線の関係に似ているだろうか。景色はもちろん東側が格段に良い。

瑞芳(Rueifang)

・旧線時代の保津峡に似た風景に感動


 雨に濡れたコンクリートアパート群を抜けると、列車は基隆川の渓谷を走る。それでも時折、車窓からは高層マンションも見え、台北のベッドタウンが東にも広がっていることを感じさせられる。

 映画『悲情城市』の舞台となった九イ分への入口駅・瑞芳(Rueifang)を過ぎると、列車は山間に分け入っていく。巨大な岩が水面から飛び出している基隆川が再び寄り添い、渓谷が一段と深くなった。もう人家も見えない。

 雨に濡れた木々の緑と、河川のほのかな水の香りが車内を通り抜ける。レールを打ち鳴らすリズミカルな音も心地いい。
基隆川に沿って走る

 山陰本線の旧保津峡付近に類似した渓谷風景の中、ドアを開け放して走る旧型の客車列車。しばし幼少時代にタイムスリップしたような感覚に陥った。あまりにも懐かしい原風景が現実に目の前にある。

 先ほどから最後尾の車内では、一人の青年が窓を開けたり座席を動いたりビデオ撮影に忙しい。雰囲気からして台湾人のように見える。明日限りで旧型客車は廃止。日本だったらもっと大勢の人が来るのだろうが、ここは台湾。数少ない鉄道マニアの中では貴重だ。

 そもそも1980年代までの台湾は厳戒体制下にあり、鉄道は軍事的色彩の強いものだった。トンネルごとに監視小屋があって見張兵さえいたという。もちろん、鉄道写真の撮影など厳禁である。そんな状況を脱した今では、台湾にも鉄道趣味人が現れるようになった。これは平和な「国」になった証なのだろう。


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平快191列車(その2)「駅弁売りの声と『簡易展望車』」(雙渓→蘇澳)
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