太宰治を訪ねた津軽紀行
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竜飛にある太宰の碑 今夜は宿に泊まらず、青森から夜行フェリーで北海道へ向かおうと思っているが、次第に台風が近づいているようで、海峡は荒れており、フェリーが出るのかどうかが心配である。

 家々の裏の迷路のような路地を通り抜け、竜飛の小さな部落にたどり着いた。太宰は本州最北端のこの地へも、もちろん訪れて名文を残している。

 ……路がいよいよ狭くなったと思っているうちに、不意に、鶏小屋に頭を突っ込んだ。一瞬、私は何やら、わけがわからなかった。
 「竜飛だ」とN君が、変わった調子で言った。
 「ここが?」落ち着いて見廻すと、鶏小屋と感じたのが、すなわち竜飛の部落なのである。兇暴な風雨に対して、小さい家々が、ひしとひとかたまりになってお互いに庇護し合って立っているのである……

 この部落にたどり着いた瞬間を「鶏小屋に頭を突っ込んだ」というユニークな表現に換えるあたりはいかにも太宰らしい。

 太宰ら一行は小雨の中、三厩から3時間以上、ひたすら歩いて竜飛を訪れたのだという。太宰もいいかげんに歩き疲れていたからこんな奇抜な表現が生まれたのだろうか。

 太宰が言うように、今でも竜飛の家々は、海峡を吹き付ける狂暴な風雨から守るため、断崖にへばりつき、お互いに身を寄せ合うように立っている。鶏小屋という表現も外れていない気がする。

 さらに部落の路を先に進むと、いよいよ路が尽きる。ここに太宰の碑が立っている。

 「ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ……」

 我々はこの碑によって行く手を阻まれる。ここは本州最北端、袋小路なのだ。この先には路はない。あとは海にころげ落ちるばかりなのである。この碑を見て私は初めて最北の地を実感した。

 或る年の夏の終わりに、私は一人、この地を訪れた。感傷の旅だった。太宰が泊まったという宿で、北の大地から吹く冷たい風を浴びながら、蒼い夏が終わるのを待っていた。
 しばらく、宿を出て路をひたすら歩いていると、突然この碑に出会った。この時の衝撃は一生忘れない。本州の袋小路だ、この先に路はない。感傷に浸っていた私を目覚めさせてくれるような力強い文章であったからだ。その時、私は太宰をすごい作家だと思った。

 ふと頭の中でそんな古い思い出を浮かべていたが、今日の竜飛は人の思い出など簡単に消し去ってしまう位に狂暴である。灰色の海と空とが溶け合って、ふたつの海がうなりを上げているかのようだ。まるで景色になっていない。

 腰を曲げ、風雨に立ち向かって歩いている老人を横目にこの地を後にした。

写真:竜飛にある太宰の碑
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