太宰治を訪ねた津軽紀行
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 急行「富士川」は身延線のエース急行で、静岡−甲府間を1日5往復している。列車は向かい合わせ直角型シートの165系と呼ばれる、かっての直角型シートの165系と呼ばれる、かっての国鉄急行型車両4両をつないでいる。

急行「富士川」マーク
 ローカル急行らしく、乗客のほとんどが地元客のようで、そこそこ混んでいる。列車はその名の通り、車窓に冨士を望みながら、富士川に沿って山梨県から静岡県へとそれほど早くはないスピードで走る。

 身延線沿線の途中の小さな駅にも小まめに停まり、甲府−冨士間90キロを約1時間50分かけて冨士に到着した。冨士からはさらに急行「東海4号」東京行に乗り換える。これもまた165系国鉄型急行電車で運転しており、さすがに大動脈らしく、11両も連結している。しかし、乗客はまばらで停車駅も多く、停車の度に急行券必要の旨の放送が入り、騒がしい。

 急行「東海」は東海道本線の主要駅のほとんどに停車し、冨士から約2時間で東京へと再び舞い戻って来た。混雑した通勤電車で上野へ向かい、青森行寝台特急「はつかり1号」を待った。

 どうも私は東京という土地が好きになれない。東京の通勤電車になんか乗っていると、ことさら気分が悪くなり、嘔吐さえ覚えるのであるが、この上野駅の空間だけは異質のもののように感じる。どこか奥深い悲しみが宿っているようで、人恋しいような雰囲気なのである。それは太宰も言うように「ふるさとのにおいがする」からだろうか。太宰のデビュー作である「列車」という作品は、この上野駅を舞台にしたものである。
 やはり文学者にとっても何かを感じる駅なのであろう。
上野駅で「はくつる」
 寝台特急「はくつる1号」青森行は青いラインの入った寝台電車9両で、行き止まり式のプラットホームに進入してきた。

 寝台車に乗り込むと、薄暗い車内からは寝台車独特の匂いがした。両端に三段式ベットが並んでいて、青いカーテンで仕切られている。夜行列車のどんよりとした空気が北への旅情を誘う。
 下段のベットに入り込み、カップ酒をあおるっていると、列車はゆっくりと上野駅のホームを離れた。

 この寝台特急「はくつる」は上野−青森間740キロを約8時間で結んでいる。国鉄型寝台電車を使用し、夜は寝台、昼は座席車として使用できる便利な車両だ。
 空いた車内に鉄道唱歌のオルゴールが響き、車掌の案内放送が始まる。ブラインドを上げ、過ぎ行く景色に目をやると、都会のネオンが一本の帯のように流れた。目を閉じると線路を鳴らす車輪の音と、列車の汽笛だけが頭の中を巡っていた。

写真(上から):急行「富士川」のマーク、上野駅で特急「はくつる」