我が幻の山陰本線紀行
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出雲大社で  途中の「川跡(かわと)」という駅で支線の大社線から、一畑本線と乗り換えることになる。本線は出雲市から松江温泉までの約30キロを結んでいて、JRの向かい側、つまり宍道湖の北側を走っている。本線の列車は最近、導入されたばかりの黄色い新型電車2両でやってきた。今はやりのVVVFインバーター式の節電電車だ。

 出雲市駅の一つ手前の「大和紡前」という小駅で下車する。ここから山陰本線と併走している区間なので山陰線に乗った時は必ず車窓から見える駅なのである。

 最近まではかなり古びた壊れそうな木造の駅舎だったのだが、今はプレハブのような新しい駅舎になっていた。

 駅の近くに「大念寺古墳」という西出雲では最も大きいといわれる古墳がある。大正15年に発見され、大念寺というお寺の境内にあり、古墳の上に墓がぎっしり並んでいる。

 丘の上に横穴式と呼ばれる石の穴があった。鉄格子があるものの鍵はかかっておらず、中を覗くことができたのだが、暗くて何も見えなかった。前にある看板の写真も剥ぎ取られていた。

 紀行作家の宮脇俊三さんの「古代史紀行」という作品で宮脇さんは、この古墳を「その規模から見て(当時の)最有力の墓だったことはたしかだが、ひよっとしたら(神話に出てくる出雲の国の主神で、出雲神社に祀られている)大国主命(おおくにぬしのみこと)の墓かもしらんと思う」と書いてある。

 そうだとすると夢のある話で、出雲大社とともに観光名所にもなりそうだが、正面から見るとただの石穴がある古墳にしか見えなかった。やはり古墳は空から見ないとその規模はわからない。

 商店街を歩き、出雲市駅に向かったが、まだ7時過ぎだというのに商店街はもう真っ暗で、さすがは地方都市といった感がある。先の東京都知事選で善戦した、あの岩國哲人さんが市長になって、ずいぶん出雲市も有名にはなったが、やはりまだまだ田舎のようである。

 駅前の食堂で不味いカツ丼を食べ、駅に戻った。これから夜行急行「だいせん」大阪行で大阪に戻る。たった数日間だが、かって幼い頃に見た美しい景色を眺めただけで、これほど心が豊かになるものだろうか。

 私の憂鬱な気分がほんの少しだけ晴れたような気がした。気が滅入ったら、また、山陰を訪れようかと思う。

(完)

(1995年7月)

写真:出雲大社で
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