我が幻の山陰本線紀行
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温泉津温泉 …温泉津は島根県の江津市と大田市のほぼ中間にある海べりの小さな温泉街である。静かな入江の奥に港があり、海岸近くまで迫っている低い山の山襞(ひだ)に白い街道が通じていて、その両側に二十軒余りの温泉宿を雑(まじ)えた古い町並みが細長くつづいている…

 作家の三浦哲郎氏はこの地をこう書き綴っている。
 私の祖父の故郷はこの駅からバスで30分、そして徒歩で20分という山深い小さな集落にあったため、駅近くの温泉にはこれまで行ったことがなかった。これほど有名な温泉地とは知らなかった。何せ、今から千年も前に発見された温泉なのだという。また、近くには石見銀山もあり、温泉津は江戸時代の港町としても有名だったという。

 そんなことは最近知ったことで、これまではただ漠然とこの地を訪れていた。しかし、温泉街は古い街道らしく、狭い道に石見銀山への道標(みちしるべ)があったり、古い寺や神社が散在していたりする。

 「元湯に入りたい」というと駅前から乗った町営バスは元湯温泉の前で下ろしてくれた。古びた建物の温泉だが、テレビの影響か、最近は遠くから訪れる人も多いらしく「どこから来なさったの」などと番台の親父に声をかけられた。

 元湯温泉は古そうな木の湯船に、少しにおいのある濁ったお湯がはられており「いかにも歴史のある温泉」といった趣がある。とはいえ、いかに歴史があろうとも私にとってはただの「田舎温泉」にしか感じない。それは半分地元民のような心境だからであろう。

 帰りはバスに乗らず、ぶらぶらと海岸沿いの道を歩いて駅に戻ることにした。かって小学生の頃、弟と魚撮りをした河口の小さな防波堤からは、海上保安庁の船や大きな漁船が停泊しているのが見えた。温泉津は造船も盛んなのである。

 15時43分発の出雲市行に乗り込む。こんども古びたディーゼルカーだった。山陰線には客車列車と古びたディーゼルカーがよく似合う。ホームからは「男はつらいよ」の初期作に登場した小学校も見えた。

 17時1分、出雲市に到着。帰りの夜行まではずいぶん時間があるので、出雲大社に行くことにした。できれば島根県唯一のローカル私鉄「一畑電鉄」で行きたかったのだが、デパートの片隅にある電車のりばに行くと、列車は発車したばかりで「も抜け殻」状態であった。仕方なく一畑バスに乗り込んだ。

 30分ほどで出雲大社バスターミナルに到着。夕暮れの出雲大社を見学した。人一人いない出雲大社は神話の人物を祀っているらしく、背後には山が迫っており神々しい雰囲気を帯びていた。やはり神社は早朝か夕暮れの人のいない時に限るのである。昼間の出雲大社は観光客だらけで興ざめすることは間違いないだろう。

 大社から少し離れた一畑電鉄の「出雲大社前」駅から電車に乗り込む。かって国鉄の大社駅が日本風の堂々とした建物だったのに対し、こちらの一畑の駅は西洋風の古い洒落た駅舎である。駅構内は昭和30年代で止まってしまったかのような風景で、木の改札口を抜けると、行き止まり式のホームには昭和初期に製造された古い電車が1両だけ停車していた。

 発車間際に若い運転手が現れ、ジリリリと大きな発車ベルを鳴らして、私一人だけを乗せて走り出した。田園のやせ細った線路を快走するが、揺れがかなり激しい。
 途中の駅で女学生が一人乗り込んできて、ドアを閉めて発車しようとしたら、突然運転手がホームに出て行った。トイレにでも行くのかと思ったら、線路に猫が寝ていたようで、それを起こしに行ったのである。なんとものんびりした鉄道で、笑ってしまった。

写真:温泉津(ゆのつ)温泉元湯
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