小笠原旅行術〜世界遺産の島旅案内
page 5  未来の小笠原は空港で変わるか?
▼なぜ小笠原にだけ空路がないのか
二見港
 ▲父島で船を下りた瞬間に、
 空港建設を求める幕が見える

 日本本土から1000キロ離れた小笠原諸島には民間空港がありません。今や離島も含め日本中いたるところへ空路が伸びているというのに、小笠原だけは25時間半かかる航路が唯一の交通手段という状態でとり残されています。
 本土から遠く離れた孤島にとって、航空路を開設することは、島の命綱なのに、なぜ――。

 小笠原に航空路を開設しようという動きは昔からありました。

 諸島が日本に返還されてから1年後の1969(昭和44)年8月、父島の北に隣接して浮かぶ兄島を飛行場の建設候補地として、国による実地調査が行われています。

 それから20年後の1989(平成元)年、ようやく兄島への空港建設が決定し、村は喜びに湧きましたが、結局は着工されることなく、都はこれを断念。今度は1998(平成10)年に都が父島の時雨(しぐれ)山を候補地として調査したのですが、これも3年後に撤回しています。

 環境破壊のおそれが強い飛行場がダメなら、海路の高速化なら問題はないだろう、ということで国と都は「海の新幹線」とも言われる超高速船「TSL」を2005年に建造したものの、燃料費の高騰などから一度も使われることなくお蔵入り。

 そして2008年、父島の洲崎地区を有力候補地として、何度目かとなる飛行場建設の検討が開始され、今にいたっています。

 小笠原に飛行場が建設できない最大の原因は、自然環境の保護という面に尽きます。

 諸島の大半は国立公園に指定されており、法的にも開発が著しく制限されています。
 何より、ユネスコの世界遺産に登録されるほどの優れた自然が残る島々ですから、「環境破壊の権化のような空港などとんでもない!」という意識が村民だけでなく、本土の小笠原好きの人々にも根強くあるようです。


▼東京都知事、船でしか行けないのは「結構なこと」

 たとえば、現在東京都のトップで作家でもある石原慎太郎知事は、海好きとして知られますが、小笠原への空港建設には否定的な発言を幾度かしています。

 今年(2011年)5月に世界自然遺産への登録が確実となり、記者から「交通アクセスをどう改善するのか」という質問が投げかけられました。同知事は次のように答えています。

 「洲崎のあそこ埋め立てて、かつて、日本の海軍が小さな飛行場持った訳ですけれども、飛行機の性能も違ってきたし、それから環境問題もうるさくなってきたんで、洲崎に飛行場を作るのは非常に難しい。かと言って、兄島、いろいろ珍しい生き物があって、かつての環境庁が反対して頓挫しましたが。いいんじゃないですか、行かない方が、人が。船動いているんだから。日本人は船に乗る旅行に慣れてないかもしらないけれども、この日本の中で、20数時間かかってしか行けないところがあるのも、私は結構なことと思います。海好きだから言う訳じゃないけれども」。
                        ◇
 「
飛行機で行って見てすぐ帰ってくることもないと思う。あそこは、新しい島民が増えて、価値観というのか、情念の違う新島民が出来てきて、その連中は、飛行場つくること反対です。私は、それは、島民としてあそこに住み着いて、島を愛している人間達の、ある意味で一つの意思だと思うし、どれが賛成、どれが反対ということじゃなしに、私は、そういう村民もいるということ、彼ら、小笠原、非常に評価して、一生そこで過ごそうということであそこに住み着いているということも、とても大事な自然と人間の関わりの表示だと思います」。

(2011/5/13、石原都知事定例会見より)

 行政の長からして、こうした考えを示しています。

 同知事が言うように、村民のなかには、小笠原の美しい自然にとりつかれて移住した人も多く、空港建設に懸念を持つ声もあがっています。


▼「レベルの低い観光客が自然を荒らす」

 小笠原村は2007年末、空港建設の議論を新たに開始するうえで「村民の合意形成」を図る必要があるとして、全世帯でアンケートを実施。計1397人から回答を得ました。

 その中から空港建設に否定的な声を拾ってみると、

 「航空路が出きたら他の所と同じになってしまう。日本にたった一つのこの小笠原を自慢できなくなる。これ以上自然を壊すな」。

 「安易に来島が可能になると、レベルの低い観光客が自然や治安を荒らすおそれがある」。

 「世界遺産後の航空路開設となれば、内地の大手がやってきてリゾート化してしまう。屋久島の様に自然をメチャクチャにして欲しくない。今のままで十分」。

 飛行場を作ることによる直接的な自然環境悪化だけでなく、島民にとっては、新たに人や資本などの流入による間接的な環境変化にも懸念が持たれています。

 こうした根強い反対意見が一定数あることに加え、これまで幾度も建設が検討されながら、40年以上も実現できなかった行政に対する不信感もみてとれます。

 「何回も何回も空港はできなかった。物価の上昇や乗客不足、気候等、理由づけして最後は不可能となる」。

 「大赤字の場合どこが負担するのか。TSLと同じようになるのではないか」。

 「自分が生きている時には出来ていないから」。

 また、賛否以前に、諦めにも近い悲観的な思いも多くつづられていました。

 「兄島、父島(時雨山)、TSL。もう信じられません。今度こそこのアンケートが生かされるのでしょうか? もうどうでもよいのではと思ってしまいます」。

 「30年あまり運動したのに何の進歩もなかった。だから難しいと思います。税金の無駄使いだと思います」。

 「期待させるだけで何もできないのに、こういったものに税金を使うのはもういい加減にしてほしい。空港などを作っても運賃が高くなるのであれば全く意味がない。おがさわら丸代を安くする方が先決です」。

 一向にらちがあかない空港問題に対する「怒り」を含んだ声も見受けられました。


▼村民の7割超は「空港は必要」

 一方でアンケートの賛否を見ると、空路開設に期待を寄せる村民が多いのも事実です。

 「必要」と答えた48.4%と「必要であるが条件がある」の22.3%を合わせると、7割超が空港建設を求めており、「必要でない」の20%を大きく上回っています。

 特に現在の海路だけでは、病気などの「もしもの時」に対応できないことが多く、ライフラインとしての空路を求める声は多数あります。

 「医療制度が充実しているなら考えますが、命にかかわる状況の事を考えると飛行機は絶対必要です」。

 「父母の死に目にあえなかったこともあり、緊急時に高齢の兄弟達に会える。なにがなんでも私は必要です」。

 「高齢になり、船での26時間は大変体に辛く感じます」。

 特に年代が高い村民ほど、航空路を求める意見が多くなっており、20〜40代では「条件付き必要」も含めて「必要」が6割台にとどまっている一方で、50代で同79%、60代だと同82%、70代以上の場合は同85%にのぼっています。

 命綱としての交通機関を、自然や生活環境を壊さずにどう整備するべきのか、小笠原では40年以上も模索が続いています。


▼本当に空港はできるのか?

 現在、都と小笠原村は、村長や都の担当者ら13名による「小笠原航空路協議会」を2008年に開設し、このほか学者や評論家など3名による第三者機関の「小笠原航空路PI評価委員会」も設け、空路開設に向けた議論を行っています。

 そこでは当初、航空路を開設するための「たたき台」として、4つの案が出されました。

 1.父島・洲崎地区活用案
 2.水上航空機案
 3.硫黄(いおう)島活用案
 4.聟島(むこじま)案

 このうち、4番目の聟島(むこじま)案は、国立公園の特別保護区域が拡大したことで、飛行場の建設が実現不可能として外されています。

小笠原村役場
 ▲小笠原村役場にも建設促進の幕が
 1番目の「父島・洲崎地区活用案」は、同地にプロペラ機が離着陸可能な空港を整備するという計画。既に気象・海象観測が行われており、現時点では最も実現可能性が高いともいわれています。

 一方、2つ目の「水上航空機案」は、父島で急病人が発生した際の搬送に使われている防衛省の「US-2」という水上飛行艇を民間転用しようというもので、二見湾付近に水上空港を作る計画です。

 3番目の「硫黄(いおう)島活用案」は、同島内にある防衛省の滑走路を使い、東京〜硫黄島間をジェット機で、硫黄島と父島間をヘリコプターで連絡する案となっています。

 洲崎と水上飛行艇案は自然環境への影響、硫黄島案は火山活動による安全性確保など、いずれも克服すべき課題は横たわっています。

 現状は飛行場の「場所決め」の段階ですが、これだけで4年近くを要しています。今後、最終案を決したとしても、着工できるか否かも分かりません。

 建設するにせよ、しないにせよ、結論が出るまでには長い時間がかかりそうです。 


▼現実的なTSL就航の再検討を

 以下は一人の旅行者である筆者(西村)の意見です。

 環境への影響が強く、賛否が割れている状況で空港を長期間かけて整備するより、超高速船「TSL」を就航させることはできないかと強く願っています。

 TSLについては、以前に仕事でこんなことを書いたことがありますが、115億円もかけたプロジェクトなのに、放置したままでは勿体なさすぎます。

 波を乗り越える力が弱いために就航率低下の懸念があるのなら、「おがさわら丸」と併用で、臨時便として運航させる方法もあるでしょう。

 例えば、旧東日本フェリー(現津軽海峡フェリー)が開発した高速船は、燃料費高騰で定期運航をやめましたが、多客時だけ臨時便の形で運航を続けています。

 「おが丸」の3倍かかるとされる燃料費の問題も、空港建設にかかるコストやその後の維持費、補助金と比べて高いのか否か。

 世界遺産登録で小笠原への観光機運が盛り上がっている今こそ、TSLの試験就航する好機だと思われます。なんとか実現することを祈るばかりです。

(「小笠原旅行術」おわり)

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