小笠原航海記〜南の島の航路・路線バス紀行
page 3 父島の日常を巡る循環バス
村営バスの車内

 午後は中心部大村の宿に戻って、子を何時間か眠らせているうちに夫婦共々つられてしまい、気がつくと夕方になっていた。

 バスは全2路線しかないのに、一方を乗り残すのは精神衛生上よろしくない。何より、朝買った一日乗車券が手元にある。

 太陽が傾いた頃、再び路線バスの旅に出た。

 父島中心部の循環線もやはり役場の横から出発する。行先表示以外は朝から何も変わらないバスが来て、件(くだん)のロングヘアー運転手が「今度はどちらへ行かれますか」と尋ねてくる。
中心部循環線の時刻表
 ▲循環線の便数は多くない

 一周してここに戻ってくるまで乗ってます

 そう答えると、呆れたような、少しおかしさを我慢しているかのような表情で「承知しました」とうなずいた。

 多くの離島で路線バスに乗ってきたが、これほど若く、都心のバス会社のように淡々と折り目正しく対応する運転手など出会ったことがなかった。都会で育った後に移り住んだ新住民が多い小笠原村ならではなのかもしれない。

 中心街のループ便には「オレンジライン」「ブルーライン」の二種あるが、役場を拠点に右回りか左回りかというだけで、運行ルートは変わらない。途中に観光地は少なく、もっぱら地元民用として設けられているようである。

 17時15分発、右回りの「ブルーライン」は、我々家族3名だけを乗せて動き出した。観光の拠点である青灯台入口でも乗車はなく、今日は船の姿が見えない旅客船ターミナル前も通過した。漁港に近い奥村の団地前から、老婦が一人乗り込んだだけであった。
二見漁港
 ▲奥村にある二見漁港

 バスは港町の背後にある高台へ向かって急な坂を上っていく。清瀬と呼ばれるこの辺りは山を拓いた宅地になっていて、ここが父島のベッドタウンらしい。
 一戸建てよりも、鉄筋コンクリートの都営住宅や公務員用住宅が目立っている。

 住居建設に適した土地が少ないこの島は、新規の移住希望者が多い反面、住処(すみか)を探すのは一苦労なようである。父島島民の持家率は2割程度だ。
小笠原の都営住宅(清瀬)
 ▲都営住宅は高台の清瀬地区に多い

 都営の「小笠原住宅」は28棟で約300部屋が用意されているが、入居の競争率は高く、戦前の旧島民が最優先されるなど新移住民にはハードルが高い。民間の賃貸住宅もあるが、首都圏とさほど変わらない賃料水準である。

 人口減で空き家ばかりの離島、などという姿は小笠原にはなく、住宅事情は都心のごとくである。

 そんな住宅地を垣間見ながら、バスはくねくね曲がる狭い道を10分ほど走り続け、中心街に下るといつの間にか村役場前を過ぎていた。
バスから眺める夕暮れの海

 そのまま南の小港まで往復する便に変わったようだ。

 降りるタイミングを逸するうち、我が家族の貸切路線バスは南へ向かっている。

 小港でガジュマルの木を再度見て、今日4度目の車窓を眺めながらバス発着地点の役場前に戻った。

 朝から幾度も顔を合わせてきたアロハシャツの若手運転手が「夕暮れの小笠原はいかがでしたか」とたずねてくる。

 昼間と違った海の美しさがありましたよ、と私は答えた。

 「そうでしょう、それならよかったです」。

 彼は満足そうに頷き、初めて笑顔を見せた。


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