ムーンライトながら・東海道昼特急 大阪〜東京 青春18きっぷ&格安高速バスの旅
page-1 18きっぷの“王道夜行列車”で大阪へ
快速ムーンライトながら
 ▲ 特急用車両を使った快速「ムーンライトながら」

 この夏、東京から大阪への移動は「快速ムーンライトながら」(東京〜大垣)で行くことになった。

 これまでは昼間に東海道や関西本線、中央本線、北陸本線まで使って移動し、飽きが来ないように色々とバリエーションを作っていたが、そろそろ「18きっぷの王道」ともいえるこの夜行快速列車に乗らねば、東京〜大阪間の格安移動を極めたことにはならない気がした。

 「ムーンライトながら」は東京から岐阜県の大垣までの約410kmを夜を徹して走り抜く。青春18きっぷで乗ることができる定期列車としては日本最長である。

 かっては直角シートの古い電車が11両という長い編成で走っていた。通称“大垣夜行”と呼ばれ、青春18きっぷの愛用者や東京と名古屋、関西圏とを安く移動したい若者らを中心に賑わっていた。自由席のグリーン車も連結しており、出張旅費を抑えたいビジネスマンにも人気があった。
ムーンライトながら 乗車位置表示板

 1996(平成8)年3月に現在の特急用の車両に置き換えられたと同時に、「ムーンライトながら」という愛称がつけられ、全車指定席の快速夜行列車となった。

 十数年前、私も“安く移動したい若者”の一人だった頃には、当時の「大垣夜行」にさんざんお世話になった。
 青春18きっぷが使えない時でも、周遊券や乗車券を片手に何時間も前から夜の大垣駅に並んでいた。直角シートの長い夜はよく友と阿呆な話をして過ごした。時には古い自由席のグリーン車で少しだけ快適な夜を過ごすこともあった。青い時代の懐かしくも苦く、寝苦しい思い出が詰まった夜汽車だった。

 そんな大垣夜行も何時の間にか「ムーンライト」なる名称がつき、リクライニングシートの洒落た夜行列車になってしまった。一種爆発的ともいえる昨今の18きっぷブームにより、指定席入手は困難を極めるとも聞いていた。事前に指定券を買わねばならない不自由さゆえに、ますます足が遠のいていた。が、意地を張らずに“王道列車”に乗り、昔とは違う青臭い移動を楽しんでみたい気もした。

東京駅10番線ホームに停車中の「ながら」号
 ▲全車指定席なのでホームも車内も静か

 東京駅9・10番線ホームは、大阪行の寝台急行「銀河」に乗る数少ない乗客を除いては閑散としている。
 全車指定席なので早い時間に来ても大した意味もなく、ビールの空缶を並べてしまうだけなのだが、昔の癖か夜汽車の出発1時間前にはホームへ来てしまう。電車を前にはしゃいでいる子どもと変わらない。

 ディズニーランドの大きな袋を抱えた家族連れ、ホームを走り回る小さな子どもらに混じって、ギターケースを抱えた茶髪の青年や若い女性グループといった “それらしい人々”の姿も見られる。

 大垣夜行の時代には小さな子どもや家族連れの乗客などほとんどいなかった。私のような鉄道マニアかお金のない若者だけだったような気がする。「ムーンライトながら」になっていかに大衆化したかがうかがえる。

 かっては若者が何時間も前からホームに列を成し、イベントかお祭りのような雰囲気さえあった。今日はお盆休みで最も混雑しそうな金曜日だというのにホームには静寂さが漂っている。これも全車指定席の成せる技なのだろうが、少し寂しい。
ムーンライトながら車内
 ▲リクライニングシートの車内

 23時半を過ぎた頃に列車が入ってきた。昼間は「東海」(東京〜静岡)などの特急列車に使用している「ワイドビュー」と呼ばれる特急型電車の9両編成。
 車内は茶色の2人掛けリクライニングシートが並ぶ。昔の固い直角シートと比べると嘘のように快適だ。

 並ぶことも急ぐこともなく、ホームの人々が車内へ吸い込まれ、日が変わる少し前の23時43分、快速「ムーンライトながら」大垣行は東京駅を出発した。

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