韓国 鉄道紀行 2005
page-13 炭産地と渓谷、嶺東線で南下
道渓駅駅舎
 ▲山に囲まれた道渓駅駅舎

■寂れた炭鉱町・道渓から折り返す


 道渓は三陟(サンチョク)市にある山間の炭鉱街。どことなく寂れた雰囲気が漂っている。

 次は4時間超も乗りっぱなしになる。食料を買いに目抜き通りを歩くが、これといって目ぼしいものはない。折り返しの列車の時刻までは45分。食堂へ入るには中途半端な時間である。
ループ線の案内図
 ▲ループ線の案内図

 田舎街にありがちなスーパー崩れの雑貨屋でビールとパンを購入。後に車内でこのパンを食べたのだが、実に酸味が効いており、日付を見ると賞味期限は4日前に終わっているようであった。
 黒っぽいレンガ造りの凸型駅舎には、ループ線案内図のほか、炭鉱全盛時代の写真が飾ってある。モノクロームの風景に魅せられているうちに列車の時間が来た。
折り返しのムグンファ1687号
 ▲折り返しの「ムグンファ」1687号

 13時57分発、釜田行「ムグンファ」1687号。もう見飽きた感のあるムグンファ型客車に乗り込む。

 今度はスイッチバックとループ線で山を上り、桶里(Tong-ri)に停車。この先は三角線になっており、先ほどの太白線を横目に、そのまま嶺東線をひたすら南下する。
 この列車には自動放送の設備があるらしく、韓国語、英語、日本語、中国語の4ヶ国語での車内放送がある。海外観光客に対する配慮は有難いが、どうも近代化しすぎていて面白味がない気がしないでもない。
炭産地帯を走る
 ▲炭鉱施設がある鐵岩

■炭産地過ぎると、車窓には渓谷美

 駅の周りを煤けた黒い炭鉱建築物が取り囲む鐵岩(Cheoram)に到着。目の前には壊れた炭住も見える。
 続いて銅店(Tonjom)という意味深げな駅名の小駅を通過すると、列車は慶尚北道に入る。右手には乃城川が寄り添い、しばらくは車窓に渓谷美が広がる。

 いつの間にか、通路を挟んだ向かいの座席に日本人らしき若者が移動してきており、「日本人の方ですか」と話しかけてきた。
車窓に渓谷美が広がる
 彼はおおむね30代。いわゆるバックパッカー風で、雪嶽山の帰りに江陵からこの列車に乗ってきたとの事。今日は安東に泊まるのだという。こちらは鉄道旅行をしている、ということを告げると、彼からは「高速バスのほうが安くて便利ですよ」と忠告が返ってきた。

 列車は乃城川に沿いながらくねくね走り、15時38分、春陽(Chunyang)に到着。若干の乗降ののち、再び奉化郡内の山間を走る。
春陽(Chunyang)に到着
 ▲列車は春陽(Chunyang)に到着


 悪気はないのだろうが、彼の喋る声は大きく、車内に日本語が響き渡る。私は2人掛けのシートを回転させて4人掛けにして、進行方向逆向きの席に座っているので、色んな乗客と目が合ってしまう。

 ちょうど対角線上にいる、移動中らしき鉄道公社職員にずっと睨まれているような気がする。どうも居心地が悪い。
 彼の相手を妻に押し付け、トイレに行くふりをしてデッキに出掛ける。

■空いた列車には必ず鉄道職員の姿?
栄州で下車する大量の鉄道職員ら
 ▲栄州で下車する大量の鉄道職員ら

 列車は郡庁所在地駅の奉化(Bonghwa)に停車し、これまでと同じように山に囲まれた狭い田園集落の中を走り抜ける。洛東江の源流らしき河を越え、栄州市に入っていく。

 久しぶりに街らしい街の姿が見え、16時19分、栄州(ヨンジュ)に到着。ここは嶺東線と中央線と慶北線が交わる十字路で鉄道の要衝だ。

 そのためか、列車からは灰色の制服を着た鉄道公社職員が大量に降りていった。この列車に関係者がこれだけ乗っていたとは驚く。

 確かにこれまで、空いた列車内には、必ず4席分を使ってくつろぐ鉄道職員の姿を見てきたような気がする。
栄州を出ると再び河が寄り添う
 ▲栄州を出ると再び河が寄り添う

 栄州を出た列車はそのまま中央線に乗り入れ、さらに南下する。先ほどとは別の洛東江の源流が近づいてきて、山が幾重にも取り囲む狭い平野部を悠然と流れる。

 バックパッカー氏はよほど退屈だったらしく、様々な話題を持ち出し、とにかく話しかけてくる。車窓をちらちら眺めながら、時折話を合わせるが、酒もなしに昼間から、見知らぬ人と旅の話をするのは、気恥ずかしい気もする。
安東(アンドン)駅
 ▲中心駅の安東(アンドン)に到着

 16時57分、列車は安東(アンドン)に着く。バックパッカー氏は、こちらが手を振ると、照れ臭そうに頭を下げて、ホームの人の中に消えていった。

 あっという間に、安東の街並みは途切れ、再びのどかな田畑と小集落の風景に変わった。彼がいた時は、相手をするのが面倒にも思ったが、いなくなると寂しいもので退屈になる。

安東を出ると大和路のような車窓も
 ▲安東を出ると大和路のような車窓も
 車内販売でビールを買い求め、夕暮れ前の空に消えてしまいそうな山並みを眺めた。

 列車は義城郡を走る。この辺りは歴史ある村なのか、今にも壊れてしまいそうな韓風屋根の古い家々が散見される。両班の村・安東に近いので、それらに仕えていた人々が住んでいたのだろうか。

 単なる憶測に過ぎないことをぼんやり考えているうちに、小さな街の姿が見えてきて、永川(ヨンチョン)に到着した。

雨の永川に入るセマウル号
 ▲雨の永川に入るセマウル号

■旅の終わりの雨と食堂車

 列車は釜田まで行くので、そのまま乗っていてもよいのだが、休憩がてらに下車。東大邸(トンテグ)まで出てKTX経由で釜山まで帰ることにした。

 雨の中、ヘッドライトを輝かせて「セマウル」1046号がやってきた。編成をよく見ると、食堂車がある。そのままそこに乗り込む。

食堂車の厨房
 ▲車両の真ん中にある食堂車の厨房
 先日、麗水で乗った時は昼時なのに誰も客がいなかったが、今日は5人ほどいる。だが、多くが品切れになっているようで、メニューに割り箸の袋を挟み込み、文字を見えないようにしてある。

 とりあえず、ビールと軽食を注文。それらを胃に流し込んでいるうちに、列車は東大邸に到着した。

 利用状況や中身を考えると、次に来た時には、確実に食堂車がなくなっているような気がする。

東大邸駅構内
 ▲巨大な東大邸駅構内

 飛行場のように巨大な東大邸の駅構内を瞥見し、旅の最後の列車となる、19時28分発のKTX65号釜山行に乗り込む。雨のためか、12分の遅れで発車した。

 先頭18号車の自由席に行くと、乗客はわずか5人。指定された座席に座るのが阿呆らしくもなる。
雨の中、東大邸に到着したKTX


 終着の釜山まではあと1時間。いつものように、旅が終わる時の寂しさに包まれてきた。

 列車は闇夜の雨を蹴散らすように、快調にスピードを上げる。窓の雨粒が筋を引いて後ろへ後ろへ流れていく。



 (終=2005年6月5日公開)



「韓国鉄道紀行2005」DATA
■旅行日:2005年5月上旬
■「鉄道紀行への誘い」公開日:2005年6月5日
■主要参考文献等
 「韓国 鉄道の旅」中島廣・山田俊英著(2005年JTB)
 「地球の歩き方 韓国'04〜'05」(2004年ダイヤモンド社)
 「韓国・サハリン鉄道紀行」宮脇俊三(1991年文藝春秋社)
 「古代史紀行」宮脇俊三(1994年講談社文庫)
 「『国鉄マン』がつくった日韓航路」渋田哲也(2002年日経ビジネス文庫)
 「韓国を乗る 韓国を食べる」辻真先(1987年徳間書店)
 「韓国きまぐれ列車」種村直樹(2004年SiGnal)
 「鉄馬は走りたい 南北朝鮮分断鉄道に乗る」小牟田哲彦(2004年草思社)
 「韓国全市全線」高木邦夫(1993年近代文芸社)
 「韓国鉄道旅行案内」(webサイト:www.jttk.zaq.ne.jp/korail
■文章・写真:西村健太郎
※文中に記載した駅名の読み仮名は筆者自身が見聞きしたもののほか、
参考文献、時刻表・駅名看板などに拠った。
※日本円で記載している場合、100ウォンは10円で計算した。
※文中の時刻や内容は2005年5月現在のものである。

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