韓国 鉄道紀行 2005
page-12 韓国一の山岳路線で半島縦断
ソウル駅の切符販売窓口
 ▲ソウル駅の切符販売窓口

■突如、時刻表の列車が消えた…


 ソウル駅窓口の若い女性職員はキーボードを叩きながら、「うーん」と唸るように画面を見つめ、首を横に振り、差し出した紙に×マークを付けた。
 どうも納得できず「外国人用」と書かれた案内所にも行き、時刻表の列車を指差し「イゴッ(これ)、トレイン」などと、訳の分からぬ言葉で問うて見たが、やはりディスプレイ上に目的の列車が出てこない。

 またしても朝令暮改的な改正が行われ、乗ろうとしていた列車が消えてしまったらしい。
清涼里から中央線、太白線、嶺東線 鉄道路線図

 今日は韓国鉄道旅行の最終日。
 清涼里から中央線に乗り、堤川から韓国一の山岳地帯を走る太白線、嶺東線に乗って、途中の道渓まで行き、そこで折り返して釜山まで行くという合計680キロの縦断大移動をしなければならない。
 朝一番の列車が雲散霧消したために予定が狂い、ほとんど列車に乗りっぱなしという厳しいスケジュールとなった。

清涼里駅舎
 ▲プレハブ造りのような清涼里駅

■旅情が残る清涼里駅の雰囲気


 清涼里(チョニャンニ)駅へは、ソウルから地下鉄1号線で8駅、約20分の距離。
 ここは、安東方面へ向かう中央線(チュンアンソン)や、東海(トンヘ=日本海)沿いの江陵(カンヌン)方面への嶺東線(ヨンドンソン)などが発着する東のターミナル駅だが、韓国の「上野駅」と称されるだけあって、町工場のようなプレハブ風橋上駅舎はどこか野暮ったい。

古い改札口がまだ残る(清涼里(チョニャンニ)駅)
 ▲古い改札口がまだ残る
 だが、ソウルや龍山といったガラス貼りのギラギラした都心ターミナル駅よりは、旅情を感じられて個人的には好感が持てる。
 駅前にはファーストフード店やコンビニが固まり、駅舎内には売店を始め、インターネットコーナーやコインロッカーもあり、小さいながらも必要なものが揃っている。

 無人の改札を通りホームに降りる。この旅行中、あまり改札口で切符のチェックや回収をされなかったが、韓国鉄道も欧州の「性善説式」を見習ったのだろうか。
 おかげで指定席券を回収されずに手元に残るケースが多く、個人的には有難い。

 また、車内改札も「ムグンファ号」ではほとんどなかった。指定席販売がオンライン化し、車掌には座席販売情報が伝わっているとの事だが、指定された所と別の席に座っていても何も言われない。ということは、切符を買わずに乗る不届き者もいそうな気がする。

ムグンファ号を牽引する機関車
 ▲ムグンファ号を牽引する機関車

■中央線の各停タイプ「ムグンファ」で堤川へ

 これから乗る中央線の6時50分発、安東(アンドン)行「ムグンファ」1651号は、時刻表に載っている駅には全部停車する「各停タイプ」。

 いつものブルドック顔ディーゼルカーにムグンファ型客車を5両つないでいる。
ムグンファ号の車内
 ▲祝日のためか車内はほぼ満員

 今日は祝日のためか、車内はリュックを持った中高年ハイカーを中心にほぼ満員だ。
 いかにも客層が首都圏発の中距離列車然としており、日本の中央東線の特急列車と雰囲気が似てなくもない。

 列車は2分遅れて清涼里を出発した。下町なのか黒っぽい家々が並ぶ街並みを眼下に、高架上を走る。
 隣には並行して真新しい高架線が作られつつある。ここも将来は電鉄線化されるのだという。次に来た時は、ソウル近郊の路線にはすべて「国電」が走っていそうな気がする。
右手には漢江が寄り添う(中央線の車窓)
 ▲右手には漢江が寄り添う

 高層団地が林立する陶農(Tonong)で初めて停車。ソウルから30分ほどで山間部に入り、右手には漢江が寄り添う。左手に迫る山々、右に大河と、山岳路線の様相を呈してきた。

 中央線は、清涼里から慶州までの387キロを結ぶ縦貫線。その大半は山間の中を走り、日本の中央線と似たような雰囲気がある。
龍門(Yongmum)駅でリュック姿の乗客が多数下車
 ▲龍門駅でリュック姿の乗客が多数下車

 列車は、時刻表に載っていない信号所のような小駅にも一つ一つ停車しながら、7時56分、楊平(Yangpyeong)に到着。ここはセマウル号も停車する楊平郡の郡庁所在地だ。

 上りムグンファ号と交換し、小駅を1つ過ぎた龍門(Yongmum)駅でリュック姿の乗客が多数下車。龍門山や龍門寺を中心とした観光地なので、ハイキングにでも行くのだろう。


■時刻表に載っていない駅の多さに驚く
石佛駅
 ▲人家の庭?それとも駅?

 次の砥平(Jipyeong)で戦車を載せた貨車とすれ違い、列車は人家の庭先のような無人駅に停車。

 たまたま「各停」タイプの列車に乗ったから分かったことだが、時刻表に載っていない小駅が多いことに驚く。ちゃんと数人の乗降客がおり、駅として機能しているようである。
 昔、北海道にあった仮乗降所のようなものか。

 こうした発見があるのは各停列車の旅の楽しみである。初めて乗る路線は、列車が遅ければ遅いほど面白い。

 もちろん、本当の「鈍行列車」が最高なのだが、韓国にはもうない。
判垈(P’andae)
 ▲江原道に入ってすぐの判垈(P’andae)駅

 沿線は次第に山深くなってきて、京畿道(キョンギド)最後の駅、楊東(Yangdong)に停車。

 江原道(カンウォンド)との分水嶺を越えて、最初の判垈(P’andae)に到着した。時刻表に載っていない信号所のような無人駅。駅付近では、木々を削り取られた山肌が露出し、コンクリート柱も見える。

 今回の旅ではこうした道路工事風景を嫌というほど見てきた。国中をコンクリートで固めすぎて、火の車になった隣国の如くならぬことを祈る。
列車はループ線で山を越える
 ▲列車はループ線で山を越える

 9時13分、列車は主要駅の原州(Wonju)で大半の乗客が入れ替わり、数分で盤谷(Pan-gok)に停車。時刻表に載っていない駅だが、駅員が列車を迎えている。

 雉岳山国立公園内の南臺峯などが迫る山並みの中を、列車はループ線で走り抜ける。高い位置を走るので、眼下に緑のパノラマが広がり気持ちがいい。
忠北線との分岐駅・鳳陽(Bongyang)
 ▲忠北線との分岐駅・鳳陽(Bongyang)

 今度は小駅を3つほど通過し、神林(Sillim)に到着。さらに未掲載の小駅を通過しながら、列車は江原道を抜けて忠清北道に入った。

 大田を結ぶ忠北線との分岐駅、鳳陽(Bongyang)に停車し、セメント用のタンク貨車を大量に見ながら、10時11分、堤川(チェチョン)にたどり着いた。

■山岳路線、太白線と嶺東線の車窓を楽しむ
子どもに風船を配る駅員(堤河駅)
 ▲子どもに風船を配る駅員(堤川駅)

 ここで南下を一旦やめ、次は東海(日本海)方面へ向かって東へ進路を変える。

 堤川駅の改札口の横では、駅員が風船をふくらませて子どもたち配っている。そういえば、今日は5月5日、日本と同じく子どもの日であった。

 風船は配っても切符を回収しないあたりが、韓国鉄道らしいのんびりぶりである。
電気機関車が牽引する江陵行ムグンファ号
 ▲電気機関車が牽引する江陵行ムグンファ号

 特徴のない平べったい駅舎を一瞥。売店でビールなどを買い込み、10時33分発、江陵行の「ムグンファ」1665号に乗り込む。
 真新しい「KORAIL」の青いロゴマークが目立つ、四角い電気機関車とムグンファ型客車が6両。

 指定された座席にはゴミが散乱状態。この列車は清涼里発である。
 妻から「なぜ初めからこの列車に乗って来ないの」ともっともな質問を受け、「各駅停車の旅がしたかったためだ」と答える。
 実のところ、3時間以上も列車に乗り通すのが辛かったという理由もある。韓国の列車は長時間停車駅がなく、車内は全面禁煙であるから、時に苦しくなる。
ムグンファ号新型客車の車内
 ▲新型客車の車内。それなりの乗車率。

 列車はこの先、太白線(テベクソン)と嶺東線(ヨンドンソン)を経由し、東海(日本海)沿いの最北端、江陵(カンヌン)まで行く。本来ならば終点まで乗り通したいところだが、今日中に釜山までたどり着かねばならない。

 嶺東線の途中には、スイッチバックやループ線で韓国一の勾配区間を越える区間がある。そこだけは乗ってみたいので、途中の道渓(トーゲ)という駅で下車し、南へ折り返すことにした。鉄道マニアにありがちな行動ではあるが。
東江を越える
 ▲大河・東江を越える

 堤川を定刻に出た列車は、小駅を通過しながら標高の高い地をのんびり走る。このムグンファ号は「急行タイプ」なので主要駅にしか停まらないが、平均時速50キロ程度とスピードは速くはない。

■標高一の駅から、空飛んでるような車窓

 セメント工場のプラントを見ながら、立石里(イプソンニ)を過ぎると再び江原道に入った。先ほどから出たり入ったりややこしい。
寧越(Yeong-wol)駅
 ▲堂々とした造りの寧越(Yeong-wol)駅
 山に囲まれた大河・東江を越えると、郡庁所在地の主要駅、寧越(Yeong-wol)に着く。瓦屋根の堂々とした駅舎で、駅名が漢字で書かれた扁額が掲げられている。

 ここから列車は、登り勾配にかかり山が幾つも連なってきた。そして、ここでも山が削り取られ、コンクリート柱が無造作に建っている。我が国と同じく、山河滅びて道路あり、である。
旌善線(チョンソンソン)が分岐する甑山(Jungsan)駅
 ▲旌善線が分岐する甑山(Jungsan)駅

 旌善郡との分水嶺を越えた列車は11時31分、禮美(Yemi)に到着。小さな駅舎の背後まで山が迫っている。

 咸白(ハムベク)を通る三角線と分岐し、眼下に禮美の家並みを眺めながら、列車は高度を上げていく。ちょうど目の下に炭鉱の痕跡が残る咸白駅を望んで、再びレールが合流した。

 旌善線(チョンソンソン)という赤字ローカル線が分岐する甑山(Jungsan)に停車し、列車は舎北(Sabuk)に到着。
 炭鉱の街らしく、ホームにはかってのトロッコが展示してあり、留置線には無蓋車の姿も見える。
紐田駅Chujeon=本来の文字は「紐」の字は「木」編)
 ▲標高855メートルの紐田駅

 次の古汗(Gohan)では、古ぼけた炭住と真新しい高層団地が混在する街並みがあった。

 急勾配を上り、韓国最長だという浄岩トンネルを越え、紐田(Chujeon=本来の文字は「紐」の字は「木」編に)を通過。

 標高855メートルにあるこの小駅は、韓国一標高が高い地にあるという。狭いホームには、機関車が苦労して上っていたことが伺えるような、煤けた駅名板がポツリと立っている。

 上空を飛んでいるかのような、迫力ある車窓が続く。

嶺東線に入った列車は下り勾配にかかる
 ▲嶺東線に入った列車は下り勾配にかかる



■将来はトンネル化?ループ線とスイッチバック

 12時27分、列車は標高650メートルにある中心都市の太白(Taebaek)に停車。この先もトンネルが幾つか続き、文曲(Mungok)を過ぎて嶺東線(ヨンドンソン)に入った。

 東へ向かっていた列車は、北へ進路を変えて、標高780メートルにある桶里(Tong-ri)に停車。3つのループ線とスイッチバックで太白山脈を下っていく。
ループ線ではこれから通る線路が見える
 ▲ループ線ではこれから通る線路が見える

 トンネルを幾つか越えながら、右に左に曲がりながらループ線を下ると、眼下にはこれから通る線路が見えた。

 断崖の剥き出しになった岩肌が、風景に迫力を加えている。列車は突っ込むように興田(Heungjeon)駅で停止。車掌が無線を手に最後尾の車両に移動してきて、列車は逆向きに動き出す。
スイッチバック区間では最後尾から車掌が指示を出す
 ▲最後尾から車掌が指示を出す

 車掌が制限速度などの情報を運転手に伝えながら、ノロノロと引込み線に入り、再び進行方向に向かって走り出した。

 赤レンガ造りの立派な建物の羅漢亭(Nahanjeong)信号所を通過し、列車は川沿いに下る。
道渓に到着した列車
 ▲道渓に到着した列車

 日本の木次線を数倍ダイナミックにしたような、見所あるスイッチバックも数年先にはトンネル化されてしまうのだという。

 数々の難所を越えてきた列車は13時15分、道渓(Dogye)に到着。
 この先、嶺東線は海に近づいていく。名残惜しい気分になりながら、下車した。



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