韓国 鉄道紀行 2005
page-11 イムジン河を越え、都羅山へ
臨津江の駅名板とディーゼルカー
 ▲臨津江の駅名板。次の駅は「平譲」

■濃緑色の水面と京義線の遺構


 ムンサン13時4分発の都羅山行に乗車。韓国の果ての田畑を三たび眺め、10分弱で臨津江に着いた。
 列車はここで10分間の停車。乗客全員が強制的に駅の外に出される。

 首から下げたツアー参加証を兵士に見せ、形だけのボディチェックを受け、同じ列車に乗り込む。
民統線に入る頃、鉄条網と監視小屋が見えた
 ▲民統線の鉄条網と監視小屋

 頭に合っていない大きな黒ヘルメットを被った、初々しい兵士が一人だけ先頭車両に入ってきて、ロングシートに背筋を伸ばして座った。

 短い汽笛を響かせ、ディーゼルカーが再び動き出す。
 右も左もまだ実っていない茶色の田んぼや畑が広がり、線路際には幾重にもループ状に巻かれた有刺鉄線が続く。

 しばらくすると、朝鮮戦争で破壊された京義線のコンクリート橋の遺構が等間隔で現れ、列車はイムジン河(臨津江)の橋梁にかかった。

イムジン河と旧京義線の橋脚跡

 濃緑色の光る河の水は、唄のように滔々と流れ、手付かずの砂地にできた風紋が美しい。
 蒼い空から午後の太陽が照り付け、奇妙なほどに静寂だ。

 水面には、石が剥げ落ち、上部が吹っ飛んでしまった煉瓦状のコンクリート橋遺構が顔を出している。
破壊されたままの橋脚跡
 ▲破壊されたままの橋脚跡

 色んな感慨を整理する暇もなく、列車はイムジン河をあっけなく渡り終え、民間人統制区域に入る。薄茶けた荒地の中を有刺鉄線が貫く。

 高床式の監視小屋と進入封鎖用のゲート門が見えると、突如、空港のような様相のアルミ造りの駅が現れ、都羅山にたどり着いた。

 臨津江から3.7キロ、わずか5分のDMZ内の旅は終わった。

都羅山駅
 ▲ガラス張りの巨大な都羅山駅

■北へ伸びる線路、写真を兵士が制止


 レールはまだ北側に向かって伸びている。ホームの先端から、その方向にカメラを向けようと試みているのは全員が日本人。兵士がそのつど制止はするが、ポーズじみている気がしないでもない。臨津江と同じく、駅名表の次の駅名欄には「平壌」と記されていた。

 これまで韓国鉄道で散々見た、ぴかぴかのガラス張り巨大駅舎を出ると、DMZツアーの赤いバスが待っていた。
DMZツアーのバス
 ▲駅前で待つDMZツアーのバス


 駅付近ではそこかしこで、巨大クレーンを使って鉄骨を組む作業をしている。京義線沿線で見てきた開発途上の風景が、民間統制区域の中でも続いていた。
 北と連結することを見越してのものなのだろう。緊張感が足りないのはそういう背景もあると思う。

 運転手と監視の兵士に促され、バスに乗り込む。

 どこか喜劇的な雰囲気を漂わせる中年運転手が韓国語で喋り続けるが、内容は分からない。
 40人ほどの参加者は、韓国の老人と2〜30代の日本人だけ。北への望郷が募る爺や婆と我々のような物見遊山客という、年齢と目的に大きな開きがある組み合わせだ。

地雷マーク
 ▲沿道には地雷マークも

■トロッコに乗って南侵トンネルへ下る

 バスは、ライフル銃を背負った兵士が立つ検問所を通過。髑髏の地雷マークが道端に吊り下げられている道路を10分ほど走って「南侵第3トンネル」に着いた。ここは北側が韓国侵入を目論んで掘ったものとされており、1978年に発見したものだという。
トンネルへ下るトロッコ
 ▲トロッコでトンネルへ下る

 工事用のヘルメットを被らされ、ジェットコースターのようなトロッコに乗せられる。
 時折、岩に頭をぶつけそうになりながら、地下78メートルまで降下。地下水が落ちてくる狭いトンネル内を、腰をかがめるように歩く。鍾乳洞見物をしているような気にならないでもない。

 歩いていると岩が突然黒くなっている部分があり、北側が「石炭試掘」との言い訳のために着色したものだという。北は「南のでっち上げ」と反論したと思われるが、誰がやったにせよ、苦笑してしまうような仕業である。

 分厚い鉄の扉で封鎖された所で折り返し、再びジェットコースター型トロッコで地上に戻る。
DMZに関する映像鑑賞もある
 ▲DMZに関する映像鑑賞もある

 次は日本語のガイドフォンを渡され、四方にスクリーンが広がる部屋で映像鑑賞。

 北を批判するような事項はほとんどなく、南北分断を民族の悲劇と捉え、早期融和を願うという内容であった。

 引き続き隣の資料館を見学。韓国語は分からないので、分断付近の模型図などを眺める。板門店は、案外ここから遠い場所にある。

展望台から見た北の眺め

■遠くに見える赤い旗は北の「宣伝村」か

 再びバスに乗り、髑髏地雷マークを路辺に見ながら山道を上ると、迷彩カラーの都羅展望台に到着。

 500ウォン硬貨を入れて双眼鏡を覗くと、連なる山の稜線をバックに、北の赤い旗とアパートらしき建物が微かに写る。これが「宣伝村」と呼ばれる所だろうか。国境線付近に目を転じると、鬱蒼とした森の中を、戦車が芋虫のように一列に並んで北方へ向かっていく姿も見えた。
国連軍兵士(左)と韓国兵士
 ▲国連軍(左)と韓国兵士

 双眼鏡の随分後方に黄色いラインが敷かれており、写真はその外側から撮れという。

 肩袖に星条旗のワッペンを付けた体格の良い国連軍兵士がうろうろして見張っているが、どことなく、わざとらしい気がしないでもない。

 バスは「統一村」の中にある土産店まで走る。ここで45分の強制休憩の後、都羅山駅へ戻り、DMZツアーは終了した。


 男女ペアで改札口に立つ兵士に切符を見せ、金属探知機を通り、ソウル行の列車に乗り込む。
都羅山駅
 ▲北へレールが伸びる(都羅山駅)

 定刻通りに列車は動き出し、再び、イムジン河に差し掛かった。

 さっきから、今日見た老人たちの顔と、北に向かって手を合わせている姿が脳裏に浮かんでは消えている。昼間、出会った老人の言葉が頭から離れない。

 ふと、「悲しくてやりきれない」のメロディが浮かび、リフレインを始めた。
 「胸に染みる空の輝き」も「限りない空しさ」も、「遠くを眺め涙を流す」ことも、今日この地へ来て、歌詞の意味を始めて理解できたような気がした。


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