韓国 鉄道紀行 2005
page-10 大陸への夢乗せ、京義線の旅
京義線マップ 幸信〜都羅山

■近い将来、北朝鮮側と連結へ


 今日はソウルから京義線(キョンウイソン)に乗って、南北分断線の非武装中立地帯(DMZ=Demilitarized Zone)にある都羅山(トラサン)を目指す。

 京義線は朝鮮半島が南北に分かれる前の日本統治時代、ソウル(京城)から満州との国境の街・新義州(シンウィジュ=現北朝鮮)までを結んでいた路線。朝鮮戦争で半島が分断され、レールも破壊されたため、最近までは韓国側国境の街・ムンサン(漢字表記では「さんずい」に文と山)までの約45キロを結ぶ首都圏のローカル路線であった。

 ところが、2000年6月に行われた南北首脳会談を経て、北朝鮮側との連結工事を開始。2001年9月にムンサンから6キロ先の臨津江(イムジンガン)まで延伸、続いて2002年2月には、DMZの中にある都羅山までが延長開業する運びとなった。
 政治的な状況さえ整えば、近い将来的に北側から延伸してくる京義線と連結される予定である。

ソウル駅
 ▲KTX開業を機に新しくなったソウル駅
 私は6年前にこの路線に乗ったのだが、ソウル郊外の通勤路線といった雰囲気で、当時、延伸工事が行われる様子は微塵も感じられなかった。それだけに、延伸区間には非常に興味がある。

■都羅山へは1日3本、切符発売枚数も制限

 都羅山へ行く列車は1日3往復あるが、一旦、手前の臨津江で下車して諸手続きを行う必要があり、その際、駅のみの見学かバスツアーを選ぶことができる。バスツアーだと、北が掘ったとされる「南侵トンネル」や軍事境界線にある展望台などへ案内してくれて、料金は1万1200ウォン(約1120円)。
旧ソウル駅舎
 ▲今はもう使っていない旧ソウル駅舎

 また、KRパス利用者には関係ないが、都羅山行の乗車券は1列車当たり300枚と発売枚数が制限されている。うちソウル駅発売分は100枚だそうである。非武装中立地帯内に民間人が大挙して来られても困る、ということなのだろう。

 とりあえずは都羅山まで乗り通してみたいと思い、朝のソウル駅に向かった。

 東京駅と同じ設計者が作ったとされる、堂々とした赤煉瓦のソウル駅舎がある。今はもう使っておらず、その隣には、オフィスビルのようなガラス張りの新駅舎が作られていた。

 昨日の龍山駅も驚くほど近代的だったが、韓国鉄道はKTX開業とともにすべてを新しく変えてしまった。
京義線 トングン列車
 ▲ソウル駅から発着する京義線列車

■完全に通勤路線化した京義線

 自動改札機にKRパスを突っ込み中に入る。6年前は硬券切符に鋏を入れていたものだが、と今更昔を懐かしんでも仕方がないが、余り面白くはない。
 改札の横では、鉄道職員10人程がハンストを決行中。民営化前夜の日本国鉄を思い出す。次に来た時は「KR南コリア」などという鉄道会社名になっているかもしれぬ。

 12番線ホームに折り返しの京義線列車が到着すると、大量の通勤客がホームに溢れた。「トングン型」のディーゼルカーを8両もつないでおり、通勤路線化が進んでいることをうかがわせる。

 到着の4両が切り離されて車庫に消え、残った4両が8時50発の都羅山行となった。
ソウル→都羅山 トングン列車のサボ

 手元の時刻表では、この列車は臨津江行となっているが、いつの間にか改正したようである。韓国鉄道は朝令暮改的な変更が多いから、あまり気にしない。

 
新村を過ぎると満員になった(京義線トングン列車の車内)
列車は定刻になっても、いつまでもドア開閉を繰り返して出発せず、発車したと思ったら、すぐにノロノロ運転。
 遅れて到着した次の新村(シンチョン)で車内は満員になった。平日の朝だというのに、リュックを背負った老人の姿が目に付く。

 列車は10分超で車両基地がある水色(スセク)に到着。真新しい橋上駅舎が完成間近のようで、ソウル至近の都心駅になりつつある。京義線は首都圏電鉄化に向け、現在工事を進めている最中なのだという。

■進む電鉄化工事と延々と続く高層アパート
京義線の車窓より

 車窓には、電鉄化工事のための不自然な空き地と、数え切れないほどの高層アパート群が延々と続く。ソウルから25分、左手にKTXの高陽車両基地を眺めながら幸信(ヘンシン)に着く。
 この駅にはKTX専用ホームも設置され、始発着の便もある。6年前とは様子が一変しており、まるで別路線のように感じる。

 地下鉄3号線の高架駅の下にある大谷(Daegok)に到着。ここは片面ホームしかなく、今も変化はない。
谷山(Goksan)駅
 ▲田んぼの真ん中にある谷山(Goksan)駅
 田んぼの中にある谷山(Goksan)を過ぎると、建設中のアパート上にクレーンが林立している風景が見えた。

 荒れた田畑と高層団地というアンバランスな景色が続き、一山(Ilsan)、炭幌(Tanhyeon)と片面ホームだけの各駅で乗客を降ろしていく。

 9時46分、定刻より5分遅れて雲井(Unjeong)に着く。古びたトタン屋根の小駅舎には、簡易委託駅なのか、開襟シャツ姿の爺が立っている。ほっとするような光景だが、数年後はどうなっているか分からない。
金村(Geumchon)駅
 ▲高架橋の建設が進む金村駅

 再び、数え切れぬほどのアパート群が続き、金村(Geumchon)到着。リュック姿の老人らも含め、かなりの乗客が下車した。川を挟んで北朝鮮が見えるという「オドゥサン統一展望台」はバスで30分超の場所にあるので、そこへ行く人が多いのかもしれない。

■国境近くなってもまだアパート群

 金村を過ぎると、作りかけの高架橋や新しいホームがまた現れてきた。しばらく工事風景を見なかったので、北側と南側からサンドイッチ状に工事を行っているのだろうか。
 北との国境が至近になっていきたにも関わらず、まだ高層アパート群が現れる。朝鮮半島の緊張緩和か、それとも平和ボケかは分からないが、徹底して住宅地化が進められているようだ。
ムンサン駅付近の車窓
 ▲国境が近くなってもアパート建設が進む

 列車はソウルから1時間10分超で、かっての終着駅ムンサンに到着。屋根もないホームが1本だけだった頃が嘘のように、真新しい橋上駅舎と、島式ホーム3面6線の巨大駅に変身していた。ほとんどの乗客が下車し、残ったのは老人たちだけになった。

 ムンサンを出ると、ようやく家々が見えなくなり、最近新設された雲泉(Uncheon)に停車。片面ホームの小駅だが、こんな所に新駅を作るということは、まだ住宅開発を行う気でもあるのだろうか。

■北側出身老人から聞いた重石のような話
雲泉付近の車窓
 ▲ムンサンを過ぎると家々は少なくなる

 軍事境界線直前の田園風景をぼんやり眺めていると、ふいに前の席から日本語で話しかけられた。
 白い帽子を被りリュックサックを持った初老の男性は、自分の息子が早稲田大学に留学しているといい、自身も一度日本に行ってみたいと話した。

 間もなく列車は臨津江(イムジンガン)に到着、車内の全員が一旦下車し、手続きをしなければならない。

 老人と共にホームに降りると、彼は突然、自分は北側の新義州出身だということを話し出した。
臨津江(イムジンガン)駅
 ▲臨津江(イムジンガン)駅に到着した列車

 「今も兄弟や親戚が向こうにいます。心が寂しくなると、向こうが見える展望台に行って手を合わせます。いつか世界が平和になるように祈るのです」
 笑顔でつぶやき、手を振り、駅の外に去っていった。

 何も返す言葉は出なかった。彼の笑みは、待ち続け、考え続けた末の諦念なのだろうか。

 案内所に行くと、次の都羅山発のDMZバスツアーは満員。次は13時の便までないとのこと。それでも、ここまで来たのだから行ってみようと思った。
臨津江駅の案内所
 ▲臨津江駅の案内所


 申し込んではみたが、あと3時間近くも間がある。

 臨津江は軍事境界線の最前線。駅を出ると前の道路を軍隊の車が列を組んで走っている。付近には何も見当たらず、駅に飲食店兼の売店が1軒あるだけである。

 ツアー参加の札を首にぶら下げながら、10時50分発ソウル行きに乗車。最も近い街のムンサンまで戻ることにした。

ムンサン駅舎
1999年のムンサン駅
 ▲ムンサン駅の変化。【上】は現在の駅舎。
 【下】は1999年6月の駅

■北の最前線、ムンサンの街を散策

 臨津江から10分でムンサン駅に到着。広大な構内には3面のプラットホームがあるが、使っているのは真ん中の1本だけ。他は締め切られている。

 改札口からエスカレーターで降りると、6年前は角ばった煉瓦造りのローカル駅舎だったのが、4階建てのビル駅舎に変身していた。

 南北の京義線が貫通した時、北側から来るとここが初めての街になる。それを見越しての先行投資のように見える。

 駅を降りてすぐに目に入った、「Hi」と書かれたオレンジ色の食堂で軽く食事。このマークの店や売店は韓国の鉄道駅に必ずと言ってよいほどある。

 駅前の通りを歩くと、北への前線街らしく、迷彩服姿の兵士たちがしきりに歩いている。
ロッテリアと兵士
 ▲ロッテリアにも兵士の姿が


 6年前に来た時、駅には見張りの軍人2〜3人が睨みを効かせ立っていて、列車から降りてきた若い兵士の身分証明ペンダントをいちいち確認していた。

 国境線が近いのだな、と緊張したことを覚えているが、今日の街には何の緊張感もなく、兵士がにやけ顔で買物に興じている姿が見えた。

 駅の至近にある真新しいスーパーや中心部の市場を冷やかし、ロッテリアで味のしない薄いコーヒーを飲んでいたら、知らぬ間に2時間が過ぎた。

 ムンサンは田舎でも都会でもなく、街がコンパクトにまとまった中集落。日常の生活風景が垣間見られた楽しいひと時であった。


>>page-11 イムジン河を越え、都羅山へ
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