韓国 鉄道紀行 2005
page-7 麗水の街、各停列車で木浦へ
麗水駅
 ▲麗水(ヨス)に到着したセマウル号

■爽快な海沿いの終着駅・麗水

 麗水駅の1本しかないホームに降り立つ。
 いかにも海沿いの終着駅といった風情で、空まですうっと吸い込まれてしまいそうな、爽快な気分になる。

 その昔、初夏に津軽半島の終着駅、三厩(みんまや)でこんな風景を見たことがある。蒼天の空、海沿い、終着駅の三大要素が重なることはなかなか難しい。
 北海道の増毛(ましけ)などはかなり該当すると思うが、「駅」という映画の影響か、冬以外のイメージが沸いてこないから、その季節にしか行ったことがない。

 次に乗る折り返し列車まで2時間半ほどある。
 ガイドブックによると、麗水は人口31万の風光明媚な港街。巨文島(コムンド)などの島々への玄関口としても注目を集めているという。
麗水駅駅舎


 この駅も、ご他聞に漏れず街の中心部から離れた場所にあるためか、付近はいたって静寂で特段見るべきものもなさそうである。とりあえず、中心部に向かって歩き出してみる。

■時が止まったかのような船着場を歩く

 古いバスが撒き散らす排気ガスと海の香りを交互に感じながら、20分ほど歩く。
麗水の港
 ▲島々への渡船のりば
 行き止まりの路地の先に船着場があり、車を載せる甲板口をぱっくり開けた中小船が停泊している。ハングルが読めないので、どこへ行くのかは分からないが、渡し船には違いない。このまま乗ってみて、知らない小島へ着いたら面白い。

 午後の光を浴びた波間が輝き、油と魚の匂いが漂う船着場では、日に焼けた爺さまたちが将棋に興じている。色とりどりのパラソルが並ぶ門前商店街では、婆さまが店先で日向ぼっこ。時間が止まったかのような港街をぶらぶら歩く。

 すぐ近くには、高速船が2隻停泊しているフェリーターミナルもあった。巨文や済州島への便はここから出ている。2階建てのターミナルビルは鉄道駅よりも大きく、賑やかだ。
「望海樓」と掲げられた山門

■「鎮南館」と日本語堪能ボランティア爺

 駅までの帰路、鎮南館(チンナムグァン)に立ち寄る。実は寄りたかった訳ではなく、「望海樓」と掲げられた山門が気になり、階段を上ってみたら、たまたまそうだったのである。

 ここは秀吉軍を撃破した李舜臣(イ・スイシン)が全羅左水営という海軍本拠を置いたとされる史跡。「鎮南館」との扁額が掲げられた巨大な吹き抜け木造平屋は、太い柱だけが残るがらんどう。望海樓の看板通りに、眼下には麗水の街と湾が広がっている。
太い柱だけが残る「鎮南館」
 ▲太い柱だけが残る「鎮南館」

 不勉強の私には、史跡、寺社仏閣での長居は不要。ましてや大日本帝国と秀吉が関わった所は、無言で責められているような気がする。

 海と街が見られたので満足し、早々に立ち去ろうと足を踏み出したその時、麦藁帽子をかぶった老人に韓国語で呼びかけられた。
 「イルボン(日本)、イルボン」。私が唯一知っているともいえる単語を発すると、しばらく間が空いて「日本の方なのですか」と返ってきた。

 ああ、日本語が来てしまったか、と思った。遠い記憶を辿るかのように、老人から綺麗な日本語が返ってくると、複雑な気分になる。
「鎮南館」から見た麗水の街並み
 ▲鎮南館の山門から見た麗水の街並み

 観光ボランティアのようで、胸にバッチのようなものを付けている。「日本語堪能な奴がいるのでちょっと待って」と言い、大声で名を呼ぶと、「おお、日本からですか」と発しながら、日焼けした頬を緩めて別の爺がやってきた。

 流暢な日本語で、懇切丁寧に鎮南館の説明を述べたあと、李舜臣率いる水軍の活躍話に移った。地元民が誇りをもって語ることができる英雄の話は、聞いていて楽しい。
 だが、李舜臣を語る時、どうしても秀吉の朝鮮侵略にも言及しなければならない。爺は「壬辰倭…」と言いかけて、「ブンロク・ケイチョウノエキでは、朝鮮半島が無茶苦茶になってしまいました。戦争は攻められたほうも、攻めたほうも傷つく、いつの時代もそういうものです」。

 別れ際、爺が持っていたスケッチ帳を見せてくれた。「毎日毎日、日本の歴史を勉強しているんです」と、日本語で、力強い達筆な文字がぎっしり埋まっていた。

 山門で手を振る爺の姿を後に、駅へ急ぐ。
 麗水15時20分発、龍山行の「セマウル」1084号に乗り込む。往路と同じく穏やかな海の眺めを、今度はセマウル号の豪華な座席から楽しむ。35分で順天に戻った。

トングン列車 木浦行(順天駅で)

■木浦まで各停「トングン列車」で4時間の旅


 順天駅前のセブンイレブンで食料とお酒を大量に買い込み、16時20分発「トングン列車」2135号に乗車。終点の木浦(モッポ)までは4時間弱の旅。

 この先、木浦までの間にはトングン列車が朝と夕方の2往復が設定されている。所得水準が低いとされる全羅南道の乗客に配慮しているのか、200キロ程度の中距離区間を走るのは韓国内でここだけである。
トングン列車の行先板 うち1本は麗水〜木浦間の運転となっており、その距離は227.9キロ。今のところ、国内最長のトングン列車となっているようである。
 ちなみに、全線乗り通しても運賃は5300ウォン(約530円)と破格だ。
トングン列車の車内
 ▲ローカル列車らしく車内には学生の姿も

 さて、4時間弱に渡って走るこの列車だが、時刻表を見ると長時間停車の駅がまったくない。慶全線は全線単線なのに、ムグンファ号もトングン列車も実に無駄のないダイヤを組んでいる。感心する反面、見知らぬ駅での長時間停車は、鉄道旅の大きな魅力だけに残念に思う。

 見慣れた「トングン型」のディーゼルカーが3両。車内は6割程度のちょうどよい乗車率。仕事帰りと見られる男性や買い物帰りの主婦、行商帰りらしい婆さんなど、ムグンファ号に比べると、普通列車ならではのローカルな雰囲気が漂っている。
夕暮れの山間を走る

 エンジン音を唸らせ、白煙を吐きながらゆっくりと列車が動き出した。

 順天の街並みが途切れると、幾重にも山並みが迫り、これまで散々見てきた狭い盆地の田園風景が続く。

 元倉(Wonch’ang)、九龍(Guryong)と時刻表には載っていない無人駅に停車。女子学生が10人ほど乗ってきて、車内が賑やかになる。

 私は中学生と思ったのだが、妻の観察では高校生だという。日本の女子高校生とは違い、髪形や格好が地味だから中学生に見えたが、よく見ると高校生のような気がする。

 日本も韓国も喧しいのは何ら変わらないが。


線路に寶城江が寄り添ってきた
 ▲線路に寶城江が寄り添ってきた
■海沿い走るが、一度も見えなかった慶全線

 慶全線では最も湾に近い駅と思われる筏橋(Beoyong)に到着。海の気配は確認できず、小城郭のような駅舎の向こうには見飽きた感のある高層アパートがそびえている。そして、再び山あいを突き抜ける。

 よく育った稲が列車の通過でふさふさ揺れ、レールの響きが夕暮れの木々の彼方に消えていく。韓国内の約七割が山間だと言われているが、この付近は肥沃な土地があるように見える。

 17時28分、郡庁所在地駅の寶城(Boseong)に到着。西へ向かっていた列車は一転、進路を北に変え、郡境に入った。
人家の庭のような道林(Dorin)駅
 ▲人家の庭のような道林(Dorin)駅


 線路に寄り添った寶城江を越え、和順郡に入ると道林(Dorin)という無人駅に停車。
 人家の庭と土のホームが一体化し、小さな駅名表だけがポツリと立つ。こうした駅にも一人二人と家路へ向かう人が降りていく。夕暮れが迫り、晩餐が恋しくなるような車窓が続く。

 田園が途切れ、大小アパートの姿が見えてくると郡庁所在地の和順(Hwasun)に到着。最近建て替えたと見られるガラス張りの駅舎は、ここが中都市であることを主張しているかのような雰囲気さえある。
南平駅で貨物列車と交換
 ▲南平駅で貨物列車と交換

 信号所のごとく交換用線路が長い南平(Nampyeong)で貨物列車とすれ違う。
 次の孝泉(Hyocheon)を過ぎると、いつもの密集した高層アパート群が見え、真新しい路盤も寄り添ってきた。ようやく光州市街に入った。

 18時59分、高架駅の西光州に到着。ホームの数は多いが、駅構内に人気(ひとけ)はない。いかにも乗換駅然としている。

 元々、慶全線は逆Uの字状に大きく迂回する形で光州駅に立ち寄っていたのだが、2000年にそれを真っ直ぐに敷き直し、光州駅へは行かなくなった。その際に設けられたのがこの西光州駅である。
西光州駅
 ▲乗換駅然とした西光州駅

 光州駅は支線の終端駅として分離されてしまったが、ソウル(龍山)からKTXが直接乗り入れることになったので、そのための工事だったのだろうか。

■KTX対応の線路をディーゼルカーが快走

 街外れの風景を眺めながら7分ほど走って、湖南線との合流駅、松汀里(ソンジョンリ)へとたどり着いた。
 釜山近郊の三浪津(サムナムジン)から300キロに渡る慶全線はここで終わる。列車はそのまま湖南線に乗り入れ、終端の木浦までひたすら海に向かって下っていくことになる。

夕暮れの街並み
 ▲遠くにKTX新駅舎らしき建物も見えた
 順天からずっと隣の座席にいた男性がようやくここで下車。この「トングン列車」は運賃が極端に安いためか、編成が短いためなのかは分からないが、人の入れ替わりが少なく、利用客が比較的多かった。

 松汀里からは、買物帰りらしき若者や仕事帰りの人々など乗客が大量に乗り込み、車内はほぼ満員となった。女の子たちが携帯電話の着信メロディを延々と鳴らしたり、雑談をしたりと賑やかだ。ネクタイ姿の中年紳士が苦い顔で眉をひそめている。

 湖南線に入ったディーゼルカーは、まるでブレーキが壊れたかのごとく猛スピードで走り出した。KTX乗り入れと同時に大幅な線路改良をしたのだろう。高架区間も多く、専用線のような雰囲気さえある。

 19時を過ぎたのに空はまだ明るい。名残惜しそうな太陽が、山の陰から黄色い強烈な光を放ち、空を染めている。乗車時に買い込んだ酒もそろそろ底をついてきたためか、終着駅が待ち遠しくなってきた。
木浦(モッポ)駅
 ▲夜の木浦(モッポ)駅に到着

 列車は各駅に停車しながら、目一杯高速で走り抜け、20時16分、終着駅の木浦(モッポ)に到着。
 これで、鉄道阿呆旅行の長い一日は終わった。

 それにしても、慶全線完乗には時間がかかった。犬猿の仲といわれる全羅南道と慶尚南道を結ぶ路線である。互いに往来が少なく、スピードアップなど望んでいないのかもしれない。乗り通してみて、横に並ぶ2つの地域の距離的な遠さも実感した。



>>page-8 木浦からKTXで百済の古都・扶余へ
前のページに戻る
前のページへ
韓国鉄道紀行トップへ戻る
韓国鉄道紀行のトップへ
次のページへ進む
次のページへ
ホームに戻る 世界編のトップへ戻る