韓国 鉄道紀行 2005
page-6 慶全線、鎮海線への旅
慶全線 路線図

■最南部の海岸沿いに縦断


 昨日の朝5時に引き続き、本日は朝4時に起床。
 何故にこんな修行僧のような時間に起きねばならないのか、と妻は極めて不機嫌そうである。

 しかも昨夜は真夜中の地震で目が覚めた。今年(2005年)3月に発生した福岡西方沖地震の余震だという。こんなことで釜山と福岡の近さを感じたくはないのだが。

 今日は釜山から木浦(モッポ)までの415キロを、韓国最南部のリアス式海岸沿いに移動する。途中、鎮海(チンへ)や麗水(ヨス)といった海へ突き出した支線部分にも立ち寄りながら向かうので、木浦まで15時間以上も要する強行軍となってしまった。

 これから乗る慶全線(キョンジョンソン)の列車は、すべてが釜田(プジョン)駅の始発。短絡線を通るので、釜山駅には乗り入れない。
セマウル号
 ▲釜山4時45分発のセマウル号

 釜山駅から釜田駅までは地下鉄でも行けるが、早朝なので列車がない。止むを得ず途中の亀浦(グポ)駅まで京釜線の列車で先行し、そこで慶全線の列車を拾うことにした。

■「セマウル号」で慶全線の一番列車を追う

 本日の一番列車である4時45分発「セマウル」1026号ソウル行に乗り込む。

 早朝とはいえ釜山駅構内にはかなりの乗客がおり、売店やコンビニも開いていた。月曜日のためか、ビジネスマンの姿も多い。
亀浦(グポ)駅
 ▲夜明け前の亀浦(グポ)駅

 KTXは開業したが、それまでは韓国鉄道の主役だったセマウル号。今日も2編成分を併結し、列車は果てなく長い。指定された車両まで歩くのが面倒になってきて、空いている席に座る。

 セマウル号は今も全車が指定席。次の停車駅までわずか13分の乗車ではあっても、指定券を取る必要がある。釜山駅で「亀浦(グポ)まで」と言うと、切符売場の係員が目を丸くした。

 列車は定刻通りに釜山を発車。座席は日本のグリーン車よりも広く豪華な座席で、昨日のKTXと比べると雲泥の差がある。

 このまま寝てしまいたいような気分になるが、瞬く間に亀浦へ到着した。

 亀浦駅前もコンビニや屋台などに人が群がり、まだ暗いうちから活気がある。港町釜山の朝は早いとみられる。
慶全線のムグンファ号

■雄大な洛東江が車窓に広がる美風景

 5時19分、木浦行のムグンファ1561号に乗り込む。緑のブルドック顔機関車とオレンジラインの客車4両という、いつもの「ムグンファスタイル」の列車。

 慶全線(キョンジョンソン)は、釜山から48キロ先の三浪津(サムナムジン)から分かれるため、そこまでは京釜線を間借りして走る。
洛東江(ナクトンガン)

 しばらくすると夜が明けてきて、韓国最大の河川・洛東江(ナクトンガン)が左の窓に広がった。最初、海かと勘違いするほど雄大な姿で流れている。朝から美しい車窓に出会うと気分が良い。
 列車は京釜線のほぼ各駅に停車しながら、5時47分、広い構内の三浪津駅に到着した。

 慶全線はここから晋州(チンジュ)、順天(スンチョン)を通り、KTX湖南線と接続する松汀里(ソンジョンリ)まで約300キロを結んでいる。
 韓国最南部の海岸沿いの都市を結ぶ重要路線であるはずなのだが、松汀里まで最速でも6時間以上要する鈍足路線。そのため、非電化単線のローカル幹線に成り下がったままである。
ムグンファ号車内
 ▲最初は空いていた車内だったが

■ローカル列車でも必要な「指定券」

 編成が短いためか、まばらだった乗客も次第に多くなってきた。
 リクライニングを目一杯に倒し、4席分を使ってふんぞり返っていたおっさんの前に、若者が指定券を持って現れた。おっさんは「どうせ空いているんだから、お前が別の席に行けばいいだろう」といった不満そうな顔でブツブツ言いながら違う席に移動。ムグンファ号は全車指定席だが、適当な席に座っている乗客は多い。
 慶全線のムグンファ号は大半が各駅停車タイプである。短距離のローカル客がわざわざ指定された座席に座るのは面倒であろうと思う。
翰林亭駅
 ▲列車は各駅に停車していく(翰林亭駅)

 列車は、その名も洛東江(ナクトンガン)という小駅に停車し、洛東江を長い鉄橋で越える。たもとの監視小屋では、監視員が列車を見送っている。その昔は軍人が見張りに立っていたらしいが、今日は定年退職が近い風の男であった。

 大河を離れると、列車は海に向かって丘陵の田園風景の中を坦々と走る。乗降の少ない早朝の小駅を一つ一つ丁寧に停車。途中の晋州までは電化・複線化の計画もあるというが、工事をしている様子は見えない。

 眠い目でぼんやり車窓を眺めていると、40分で主要駅の馬山(マサン)に着いた。ここで下車。
鎮海線のサボ

■1日わずか2本の「鎮海線」に乗る

 馬山からは湾沿いの街・鎮海(チンヘ)まで鎮海線というローカル支線が通じている。

 正確には、馬山の一つ手前の昌原(チャンウォン)から分岐しているが、全列車が馬山発着である。全列車といっても朝と夕方にわずか2往復の「トングン列車」が走っているに過ぎない。
 今日、早起きしたのはこのミニ支線に乗りたいがためもあった。
昌原(チャンウォン)駅
 ▲鎮海線分岐の昌原駅

 馬山6時35分発の鎮海線列車は、お馴染みトングン型ディーゼルカーが3両。今来た慶全線の線路を逆戻りし、昌原に到着。ここから多くの通勤客が乗り込み、8割ほどの乗車率となった。列車は進行方向を変え、海へ向かって突き進む。

 次の新昌原までは高層アパート群が立ち並ぶ街中を走る。非電化単線のはずなのに、架線柱がある。
 不思議に思っていたら、右手に広大な鉄道の車両工場が見えてきた。看板にはローマ字で「ROTEM(ロテム)」とあった。韓国の著名な鉄道車両会社だ。
戦車を運ぶ貨物列車

 釜山地下鉄用と見られる真新しい車両が置いてあるが、それ以外の車両は見当たらない。海外輸出用も多いから隠してあるのかもしれない、そんなことを思いながら、窓から工場内を凝視する。

 車両工場を過ぎると、有刺鉄線が張り巡らされた軍事基地が現れる。次の南昌原駅では戦車を載せた貨車も止まっていた。
 一応、韓国は今でも「準戦時体制」であることを思い出した。

 ▲工場群の後方には高層アパート群

 小高い場所を走る列車の窓からは、三角屋根の工場が幾つも見え、その背後には、数え切れぬほどのアパート群。車内は通勤客でほぼ満員。
 なのに、2往復しか列車を運転しないのは不思議にも思える。通勤は便利な市外バスで、ということなのだろうか。

 いくつかの小駅で乗客を拾い、短いトンネルを抜けると鎮海市内。市街地の向こうには、深く入り組んだリアス式海岸の鎮海湾と小さな島々が見えた。

鎮海(チンヘ)駅
 ▲鎮海(チンヘ)駅では犬がお出迎え

■「鎮海」が終着駅ではないけれど

 7時11分、鎮海に到着。半分以上の乗客が下車。列車は統海(トンヘ)行なので、ここが終点ではないのだが、この先は海軍基地関係者しか乗られないことになっている。
 平然と乗って行く方法もありそうだが、臆病者ゆえ素直に下車した。

 鎮海は桜で有名な造船と軍港の街。毎年4月には軍港祭りが行われており、その期間だけは海軍基地内の桜が開放され、一般人も列車で統海まで行くことができる。ちなみに、その桜は植民地時代に日本海軍によって植えられたものだという。

 1日2往復の定期列車しかないが、三角屋根をした小奇麗な駅舎には複数人の駅員がおり、さらにはホームで犬まで飼っている。
鎮海(チンヘ)駅舎
 ▲小ぢんまりとした鎮海駅舎

 切符売場には、馬山駅からの運賃と時刻表が掲出されており、切符だけ購入に来る客も多いのかもしれない。構内ヤードにはタンク貨車が停まっていたので、貨物列車の運転関係の仕事もあるのだろう。

 いつものように短時間・無目的の駅前逍遥。通勤客を
亀甲船ミニチュア
 ▲ロータリーにある亀甲船ミニチュア
満載したバスや自転車通勤の海兵の姿などを眺めながら、中心部の中園ロータリーまで歩く。
 ライオンズクラブが建てた塔の下に「亀甲船」のミニチュアが飾ってあった。李舜臣(イ・スイシン)将軍が秀吉軍を打ち破った著名な船。

 ロータリー正面のロシア風洋館は郵便局に使われており、竹島(独島)と韓国国旗が描かれた記念切手の大きな横断幕が飾られている。
 どうも日本との関わりから逃れられない。

馬山駅舎
 ▲巨大な馬山(マサン)駅舎
 7時53分、統海から折り返した列車がやってきた。往路と同じ車窓を眺めながら揺られる。

 そろそろ始業時間なのか、工場の朝礼風景が列車からも見えて楽しい。基地でも訓練が始まるらしく、迷彩服姿の兵士が整然と並んでいる。40分弱で馬山に舞い戻った。

 巨大宮殿のような馬山駅舎を眺め、売店でビールなどを物色。次は、再び慶全線で順天まで2時間40分の旅となる。

馬山(マサン)を出た列車
 ▲馬山の街を抜けるとのどかな山間に入る

■新型客車の「ムグンファ」で馬山から順天へ


 9時20分発の「ムグンファ」1551号木浦行に乗車。特に何の変化もない「ムグンファ形客車」だが、一部の車両は新型客車のようで、窓も大きく車内が明るい。

 我々が指定された座席には、すでに先客が占拠中。どうやら乗車する駅によって割り当てる号車が決まっているらしく、その車両だけが混んでいる。
新型客車の車内
 ▲新型客車の車内は空いていた

 最後尾の新型客車にはわずか5人しか乗っていない。そこで4席分を占拠し、快適に過ごすことにした。新しい車両に乗られると気分がいい。

 馬山の街並みが途切れると、いつものように山あいの田園風景が坦々と続く。
 慶全線は地図では海岸線に近い場所を走っているようにも見えるが、実際にはかなり内陸部を通っており、海は見えない。リアス式海岸の美しい風景を見られたなら、少しは観光客が乗りそうな気もするのだが。
晋州(チンジュ)駅舎
 ▲晋州(チンジュ)より先は列車が少なくなる

 緑の絨毯に咲き乱れる菜の花の黄色がやけに眩しく、眠気を誘う。時折、高速道路が寄り添ってきて、乗用車やバスが、我らがムグンファ号をいとも軽く追い抜いていく。

 列車は大半のローカル駅に停車し、わずかな乗降を繰り返しながら、ひたすら西下。
 10時20分、人口34万人の中核都市、晋州(チンジュ)に到着。それほど大きくない三角屋根の平屋駅舎と乗降の少なさが意外にも思えるが、そもそもこの列車の客は少ない。
 ここまではセマウル号の乗り入れ区間で列車本数も多いが、この先は道(日本でいう県)を越えることになるためか、1日わずか5本しか列車が走らぬ閑散区間となる。
南江(ナムガン)に沿って走る

■犬猿の仲?慶尚南道から全羅南道に入る

 晋州を出た列車は、洛東江(ナクトンガン)の支流だという南江(ナムガン)に沿って走る。
 対岸には都市の象徴、高層アパートが重なる。久しぶりに変化ある風景が見られたが、すぐに緑の山々が広がるに風景なった。

河東(ハンドン)駅
 ▲慶尚南道最後の河東(ハンドン)駅
 北川(Pukch’on)、横川(Hoengch’on)と日本語読みしそうな小駅が続き、11時43分に慶尚南道最後の街となる河東(Hadong)に着く。

 時刻表には着時間と発時間が記載されているので、大きな駅かと思ったら山間の中集落といった雰囲気。ここは郡庁所在地だが、市ではなく邑(村)だという。

 列車は蟾津江(ソムジンガン)の鉄橋を渡り、いよいよ全羅南道(チョルラナムド)に入る。
蟾津江(ソムジンガン)
 ▲分水嶺の蟾津江(ソムジンガン)が近づく
 今はどうか知らないが、全羅道は韓国内で不当な差別を受け続けた地域であり、発展が著しく遅れているとされている。新羅に攻め滅ぼされた百済の悲哀とでもいえるのだろうか。日本人としては、全羅道に味方したくはなる。

 分水嶺のトンネルを抜け、白雲山系の山々に囲まれた津上(Jinsang)、玉谷(Okgok)に停車。
 しばらくすると、広大な高速道路の光陽インターチェンジが見え、光陽(Gwangyang)駅に着いた。ここが全羅南道に入って最初の街となるが、駅舎は平屋建てでいたって小さい。光陽は製鉄所と重要な港がある工業都市だという。
順天(スンチョン)駅
 ▲鉄道の要衝である順天(スンチョン)駅

 高いアパートに取り囲まれた街の形がはっきりと見えてきて、11時43分、順天(スンチョン)に到着、下車した。ここは全羅線(チョルラソン、益山〜麗水)との十字路にある人口27万人の都市。

 慶全線をさらに西下したいところだが、これから全羅線に乗り換えて南海(対馬海峡)に突き出した麗水半島を南下し、終着駅の麗水(ヨス)まで寄り道をしようと思う。
 そろそろ海が見たいし、木浦まであと3時間以上も乗り通すのは辛い。

■海を眺めに寄り道。麗水行「セマウル」の食堂車で昼食
麗水行のセマウル号

 12時19分、ソウルの龍山から4時間半かけて走ってきた「セマウル」1081号麗水行に乗り換える。

 この列車には、今では数少なくなった食堂車が連結されている。それを楽しみに今まで昼食を控えてきた。

 指定された座席には見向きもせずに、食堂車に直接乗り込む。勇んでドアを開けてみたものの、中年女性係員2人と車内販売の中年男性が談笑しているだけで、昼時だというのに客は誰一人としていない。
セマウル号の食堂車
 ▲昼なのに客がいなかった食堂車

 メニューはピピンバや幕の内風弁当、カレーライスなど7品ほど。妻と二人でカレーライスとカルビタン、そしてビールを注文。
 カルビタンはともかく、カレーは見た目も味もまさに「ボンカレー」であった。

 順天を出ると左手遠くに光陽湾が少し見えたが、すぐに山間に入った。
麗川を過ぎると海が広がった

 これで海は終わりかと思ったら、終点一つ手前の麗川(Yeocheon)を過ぎ、トンネルを抜けたところで、やっと窓一面に海原が広がった。

 島々に囲まれ、太陽の下で蒼く輝く穏やかな湾。こんな車窓を見ながらの食事は悪くない。

 そう思っている間に、無常にも列車は終着の麗水に到着した。



>>page-7 麗水の街、各停列車で順天から木浦へ
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