韓国鉄道紀行
page-5 大陸への夢・京義線に乗る
 何かほっとしたものを感じたのか、眠ってしまい、気がついたらソウルに到着する寸前だった。

韓国MAP ソウルからは北朝鮮との国境に近い駅・ムンサン( 漢字表記では“さんずい”に文の山)へと伸びる京義線に乗ろうと考えていた。

 京義線は朝鮮半島が南北に分かれる前の日本統治時代にソウル(京城)から、満州との国境の街・新義州(シンウィジュ=現北朝鮮)までを結んでいた路線の名である。

 終戦後の朝鮮戦争で朝鮮半島は分断、レールも破壊されたため、今は韓国側国境の街・ムンサンまでの約45キロを結ぶ近郊ローカル路線となっている。(1999年6月現在。その後、さらに国境近くまで延伸した)

 改札口を出て切符を買い直すと、日本でいう「硬券」の硬い切符だった。料金はわずか150円。

 京義線ムンサン行の普通列車(トンイル号)は白地に花柄というカラフルなディーゼルカーが4両連なっている。車内は向かい合わせのクロスシートと横に長いロングシートが混ざった作りで、いかにも近郊型列車という感じがする。

 ソウルを出た列車は、7分ほどかけて次の新村(シンチョン)に停車。ソウルの学生街ということもあるのか、大量の中高校生らが乗り込んで車内は満員となった。

 私の隣に座った男子高校生は、携帯電話とポケットベルを交互ににらめっこしながら、機械操作に夢中となっている。言葉さえ違わなければ日本の車内風景と何も変わらない。

 途中の水色(スセッ)駅には列車基地があり、韓国国鉄の車両が並んでいる。日本では少なくなった客車列車が多く思わず窓に目を凝らしてしまう。

 途中、古びた旧型客車を使った列車と交換。日本では完全に廃止されてしまった「旧客」が、こちらでは現役で走っている。鉄道好きとしては、この新しいディーゼルカーが少し恨めしく思う。最近、韓国へは日本の鉄道ファンが多く出かけているらしいが、その気持ちが充分に理解できた。

 ソウルを出てから10数分で、右に左に軍事施設が多く見られるようになった。国境線が近いことを実感する。

 正面の座席には中高生風の韓国女性が2人座った。仲の良い友達らしく、手をつないだり、お喋りに余念がない。韓国女性は同性同士でもよく手をつないでいる。
ムンサン駅舎
 ▲京義線・韓国側の“終点”ムンサン駅

 ソウルから15駅、1時間20分あまりかけて終点のムンサンに到着。ここで線路は切れている。

 列車を降りると、迷彩服の兵隊が睨みを効かせている。職務質問されている若者は、兵役中なのだろうか。国境らしい緊張感が漂っているが、日常的な光景なのか、他の客は振り向きもしない。

 やけに角張った造りのムンサン駅舎を出る。また何をするあてもない。

 板門店はこの先、車で10分も行けばあるのだが、近くにバス停を見つけたものの、行先さえ分からないので乗れる自信もない。一昨日、ソウル市内のタクシーには運賃をボラれた「実績」もあるので、駅前で暇そうにしているタクシーのお世話になるのも気がひける。

 おとなしく駅に戻って線路を眺める。ガランとなった折返しのディーゼルカーがポツリと停まっている。

 この線路の向こう、わずか10数キロ先には、大陸へとつながるレールが伸びている。ソウルから平壤、新義州を通って中国大陸、シベリア、ヨーロッパへも鉄道で行ける。
ムンサン駅に停車中の花柄ディーゼルカー
 ▲ムンサン駅に停車中の花柄ディーゼルカー

 この駅が終着駅ではなくなった時、今度は通過する車窓からこの駅を見たい。いつかそんな日が待ち遠しい。

=1999年6月)



※新内容の『韓国鉄道紀行2005』もぜひご覧ください。その後の京義線乗車記があります。
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