韓国鉄道紀行
page-3 「セマウル」号で大田へ
案内員が出迎える(ソウル駅)
 ▲セマウル号では案内員が出迎える(ソウル駅)

  発車の15分ほど前に改札が始まった。地上階のホームに降り立つとステンレスボディに深緑と黄色のラインが入った列車が停まっている。これが韓国の誇る特急「セマウル」号である。列車よりかなり低いホームでは、案内係の女性が乗客を出迎えている。

 韓国内の鉄道は準軍事施設と見なされ、許可なしに写真撮影することは固く禁じられているという。

 紀行作家・宮脇俊三さんの「韓国鉄道紀行」には「彼女(案内係の女性)にカメラを向けないほうがよい。韓国は鉄道施設の撮影を禁止しているので、連行されかねない。そうした例を知人の写真家から聞いたことがある」とも書いてある。
(※1)

  しかし目に前に撮りたい被写体があるのに撮らないのは、とうてい納得できない。
 鞄から愛用の小型カメラを取り出し、何も知らない阿呆な日本人観光客を演じ、少し離れてカメラを向けた。

 「阿呆な観光客」が行先表示板や列車はおろかホーム先頭まで走って行って機関車まで撮るとは思えないが、連行されることも注意されることもなかった。ただ緊張していたためか、写真はあまり上手く撮れていなかった。
珍しい客車タイプの「セマウル号」
 ▲珍しい客車列車タイプの「セマウル号」(ソウル駅)


  チケットに指定されてある5号車に乗り込む。セマウル号には普通車とグリーン車(特室)があるのだが、普通車でも日本のグリーン車なみの豪華さには驚く。大田(テジョン)までの166キロに乗って料金は11000W(ウォン)、日本円にしてわずか1100円である。

 韓国の鉄道には乗車券、特急券という概念はなく、特急「セマウル」、急行「ムグンファ」、快速(普通)「トンイル」、普通列車「ピドゥルギ」の4列車ごとと、特室(グリーン車)か普通車かによって料金が決まっている。(1999年現在。2004年4月のKTX開通により、「トンイル」「ピドゥルギ」号は廃止)

 もちろん、セマウル号が最も高いのであるが、444キロ先の終点・釜山まで普通車に乗っても28000W(2800円)という値段だ。同じ距離を日本の特急に乗るなら4倍近くの運賃と料金がかかる。交通関係で見ると物価格差は特に大きいようだ。


 隣の座席には先客がいた。年にして60〜70歳に見える女性は、私が座るとすぐに嬉しそうな表情を見せ、韓国語でまくし立てるように話しかけてきた。小さな声で「アイムジャパニーズ」と私が呟くと、一瞬彼女の言葉が止まり、「ガクセイサンデスカ?」と流暢な日本語が返ってきた。日本語で2〜3言葉交わすと、それ以来、黙ってしまい目を閉じてしまった。

 英語さえ満足に通じないこの国で、流暢な日本語が返ってきた違和感と、日本の義務教育で習った韓国と日本の一遍の歴史を思い返し、複雑な心境になった。

 セマウル57号・晋州行は、定刻通りソウル駅を離れた。この列車は釜山行ではなく、手前の三波津という駅から慶全線に入り、晋州(チンジュ)へ向かう。そのためかどうかは知らないが、観光ガイド等でよく紹介されている流線型スタイルのディーゼルカーではなく、アメリカンスタイルの力強そうなディーゼルカーが牽引する数少ない客車列車スタイルの「セマウル号」であった。

 客車列車とはいえ、韓国が誇る特急列車。滑るように静かにグングン加速してゆく。韓国語での自動案内放送に続き、英語のアナウンスが流れ、意外にも日本語の案内放送まで流れた。韓国に来て公共の場所での日本語案内放送を初めて聞いた気がする。いかに日本人観光客がこの列車を利用しているかが分かった。

セマウル号の行先案内板(サボ)
 ▲セマウル号の行先案内板(サボ)

 一昔前の日本で言う「国電」、近郊電車と並行しつつ、高層ビルが乱立するソウルの街を軽快なスピードで走る抜ける。都心の駅を幾度か通過し、10分程走って副都心の永登浦という駅に着く。国会議事堂などがある汝矣島(ヨイド)にも近いためか、多くの乗客が乗り込んできて、ようやく7割程度の座席が埋った。意外にも空いている。

 土曜日ということもあるのか、行楽の家族連れや奥様グループなどが車内に現れ、一気に賑やかになる。4人組の奥様グループは座席を向かい合わせ、座るなり大声で喋り始めた。

 若い両親に連れられ、前の座席に座った幼い子どもは退屈しのぎか、座席越しにこちらをちらちら覗っている。笑顔を返すと照れたように座席の背もたれに隠れた。日本の列車の中の日常と何も変わらない。

 ヒュンダイ、と英語で書かれた高層団地が右に左に広がる。国土が狭いからだろうか、韓国の団地は異様に高く、少々違和感を覚える。毎日毎日、30階はあろう最上階に昇るのはさぞかし大変ではないだろうか、などと暮らしぶりを想像してみたりする。

 ソウルから20分ほどで水原に到着。たまたま、私の住む町がこの町と友好都市だったためか、スゥオンとすんなり読むことができた。少しばかり座席が埋り、発車。やはり車内は空いている。

 水原を過ぎると、次は大田まで停車しない。優等列車特有の静かな揺れのない静かな車内と、流れるようなスピード感に眠気を誘われる。

 ようやく都心を離れたのか、車窓には田園風景も広がる。名もない小さな駅と、霧煙る狭あいな山々に埋もれた小さな集落。通りすぎてゆく読めない駅名版を眺めながら、都会の観光では味わえない、初めて見る異国の原風景に心を打たれた。

 途中、地方の小都市駅で、先に出ていた急行列車「ムグンファ」を待たせ、軽々と抜いていった。急行列車は大混雑しており、通路まで人が溢れている。こちらの快適さが別世界のように感じ、人々の生活の匂いがする急行列車に親近感を感じた。

 出発時と同じく、韓、英語に続き、日本語で大田の到着アナウンスが流れ、車掌が肉声で乗り換え案内を長々としている。理解できればなお楽しさが増すのに、と残念に思う。




※上記は1999年当時の状況を記したもの。韓国の新幹線「KTX」の公式情報はこちら
※1:現在では、撮影しても何ら問題ないと思われる。
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