青春18きっぷで北海道へ 鈍行列車に揺られて東京−旭川1400キロの旅
page-6 特急「スーパー白鳥」で青函トンネルを越える
青森駅駅名板

■やむなく特急列車で津軽海峡を越え…


 1988(昭和63)年3月の青函トンネル開業から、早いもので15年近くが経とうとしている。同時に瀬戸大橋も開業したため、「レールが結ぶ一本列島」などという当時のJRの広告コピーを思い出す。当たり前となった今は懐かしく感じる。
2002年12月で廃止になった快速「海峡」
 ▲今回の改正で廃止された快速「海峡」
 (1996年12月木古内駅で)

 トンネル開業から14年もの間、古い客車を改造した快速列車「海峡」が津軽海峡線の主力輸送を担っていたが、このダイヤ改正(2002年12月)で快速「海峡」は廃止。東北新幹線の八戸開業に合わせ、JR北海道の新型電車を使った「スーパー白鳥」とJR東日本の「白鳥」という名の特急電車が八戸−函館間に誕生した。

 同時に青春18きっぷでは乗られなくなった。特例として青森側の蟹田と北海道の木古内間は乗車できるものの、普通列車との接続が悪く、以前の快速「海峡」ようにはスムーズにいかない。

 東京から青森まで普通と快速列車だけで乗り通してきたが、今日中に函館までたどり着くためには、ここだけは特急に乗らざるを得ない。

 乗車券と特急券を新たに買い求め、18時12分発の特急「スーパー白鳥17号」函館行に乗ることにした。


青森駅に進入する特急「スーパー白鳥」
 ▲大雪で遅れて来た特急「スーパー白鳥」
 ホームに立っているのも辛い位の猛吹雪の中、八戸から10分ほど遅れて列車は青森駅に到着。先頭が流線型になった緑色の新型電車。

 新幹線八戸開業ブームと新型車両導入、しかも年末ということで大混雑を予想していたが、意外にも2両しかない自由席は半分ほどの乗車率。拍子抜けして、吹雪の中、売店にお酒を買いに走る。

 「スーパー白鳥17号」の自由席は青森からも大して乗客が増えることはなかったが、指定席は8割ほどの乗車率。やはり混雑を予想して指定を取った人が多いのだろうか。


空いていたスーパー白鳥の自由席
 ▲意外にも自由席は空いていた
 青森で進行方向を変えた列車は、青森運転所を左手に見ながら、津軽海峡線に入る。100km/h位のスピードは出ているはずだが、レールの音が雪にかき消される。先ほどまで賑やかな普通電車の旅から一転、特急電車の静寂な車内でゆっくり地酒を味わう。新しい電車は快適だ。

 この「スーパー白鳥」に使っている電車は、最高時速140km/h。JR北海道が津軽海峡線用に新造した自慢の車両だ。スーパー北斗やおおぞら、宗谷など一連のJR北海道「スーパー特急」シリーズの中では久しぶりの「電車」であり、本州に乗り入れるのは初めてのことになる。

 ちなみにJR東日本が担当する「白鳥」は新造車両ではなく、これまで「はつかり」(盛岡−青森−函館)で使っていたものをそのまま転用している。津軽海峡線に対する両社の力の入れ具合の差がうかがえる。

車両出入口に描かれた津軽海峡のイラスト
 ▲ドア付近には津軽
 海峡が描かれている。

 「白鳥」というと、かって青森−大阪間を走っていた伝統の特急列車の名称。それをそのまま使うとは紛らわしい。特急「海峡」ではどうして駄目だったのだろうか、などと考えつつ、真っ暗な津軽海峡をぼんやり眺める。昼間なら、この区間は海が見えて楽しい。

 津軽海峡線がスピードアップしたとはいえ、相変わらず単線状態は解消しておらず、反対列車待ちの運転停車も多い。優等列車なので貨物列車を待つことはないが、単線では何かと大変だろう。

 かっての快速「海峡」がフェリー並みの"鈍足"だったのは、「客車列車」でスピードが出せなかったこともあるが、運転停車の多さも原因の一つだった。それを誤魔化すためか、カラオケ車両やカーペット敷き車両、"ドラえもん列車"など色々と努力していたのを思い出す。

 今回、新型特急が導入されたが、津軽海峡線の最終目標は新幹線化。青函トンネルは新幹線対応の基準で作られている。


蟹田から青春18きっぷ客が多数乗車
 ▲蟹田からは青春18きっぷで乗車可能

 青森から30分弱で蟹田に到着。
 吹雪のホームから、青春18きっぷ旅行者風の乗客が20人近く乗ってきた。
 静寂過ぎた自由席の車内が一気に明るくなった。

 蟹田より先、北海道の木古内までの間は特急列車しか走っていないため、青春18きっぷや普通乗車券でも特急「スーパー白鳥」「白鳥」の自由席に乗車可能という「特例」が設けられている。

 その「特例」があるので、特例区間外の青森駅から青春18きっぷで特急に乗ったとしても、蟹田までの運賃と特急券を別に買えば、木古内まで乗って良いように思える。
 ところが、その場合には「乗車した全区間の乗車券と特急券が必要」という規則がある。すなわち、青森から乗車した場合は「特例」を認めず、乗った分だけ乗車券と特急券を別に買わねばならない。
 青春18きっぷを買うと付いてくる3枚目の「案内」にも書いてある。

 エコノミーな18きっぷ客を始発駅から特急に乗せたくないためなのか、いまいち分からない規則によって制限が設けられている。ちなみにこの件をJR東日本本支社の複数の顧客案内係に問い合わせたことがあったが、担当者もまったく知らなかった。

 「蟹田まで別に乗車券と特急券を買えば木古内まで乗ってもいいと思いますよ。18きっぷで青函トンネル越えられるのは本数少ないから、仕方ないですよね。車掌もそんなのいちいちチェックできません」とある駅の案内係は話していたが、有名無実化している規則とはいえ、規則は規則である。運賃と料金が高くて大変だ。

津軽今別駅の駅名板
 ▲本州最後の津軽今別駅

 蟹田駅でJR東日本から北海道の乗務員に交代。列車は海から離れ、山地に入っていく。
 数分で中小国を通過。この駅より先はJR北海道のエリアとなるが、津軽線の普通列車しか止まらない小さな駅ゆえ通過。
 青函トンネルはJR北海道の"管理物件"ということになる。ゆえに、津軽海峡線にも新型特急を導入したのだろう。

 6キロ近くある津軽トンネルを抜け、18時55分、津軽今別に到着。
 三厩(みんまや)に向かう津軽線の津軽二股駅と隣接している。向こうはJR東日本でこちらはJR北海道の黄緑色の駅名板。青函間のノンストップ列車も多い中で、この列車は津軽今別や知内(しりうち)にも停車する珍しい便だ。わずか1名の乗客を乗せて発車。


 幾つかのトンネルを抜け、列車はいつの間にか青函トンネルに入った。全長53.9キロある。
 世界で一番長いこの海底トンネルは、最初の調査を始めてから42年の月日と6890億円の建設費をかけて完成させた"世紀の大偉業"。1988年3月13日に開業した。

 開業当事はそんな"偉業"を見ようと全国各地から旅行客が詰め掛け、快速「海峡」は増結に次ぐ増結で12両編成にもなり、JR北海道では一時的な客車不足に陥った。道内夜行列車などでは寝台車両を座席車として使っていたほどだ。

 開業から14年の月日を経た今日では、当たり前になり過ぎたのか、その時の感動が薄れ始めている。いや、そもそも本州から北海道へ鉄道で行く人は少ない。

電光掲示板ではトンネル位置情報も
 ▲車内の電光掲示板ではトンネル位置情報も
 長いトンネルというのは作るのに苦労するが、実際に乗っていても轟音と暗闇の中で退屈することが多い。
 そんな退屈さを紛らわさせるためか、以前の快速「海峡」の古い客車には、青函トンネルのどこの位置を走っているのかをランプで示す掲示板のようなものがあった。今の新型特急にはないが、時折、電光掲示板に位置情報が流れる。


映画「海峡」(1982東宝)のパンフレット
 ▲映画「海峡」のパンフレット
 長くて退屈な青函トンネルを越える際は、1954(昭和29)年の洞爺丸事故を描いた小説やルポ、はたまた青函トンネル工事を描いた映画「海峡」(1982年東宝)などを事前に読んだり観たりしておくと、その有難さが分かる。映画「海峡」の中で、高倉健演じる工事師・阿久津剛が本坑開通のシーンで見せる力強いガッツポーズなどを思い出しながら青函トンネルを越えると、胸がジーンとくるし、洞爺丸事故の小説などを読むと涙が止まらず、トンネルの重要性も実感できる。

 列車は途中、トンネル内にある竜飛海底駅と吉岡海底駅を通過。いずれも観光見学用の駅で、外には出られない。
 降りるとそれなりに青函トンネルを実感できるが、「ゾーン539」なる団体見学券が必要なので面倒だ。
 将来、地上へ出られるようにすれば龍飛岬へもすぐに行けて便利と思えるが、まだその気はないようだ。ただ、今は竜飛海底駅を見学の際には、龍飛岬の青函トンネル記念館も同時に見学できるようになっているので、これは興味がある。


知内駅の駅名板
 ▲トンネルを出てすぐにある知内駅
 50キロ強の青函トンネルを抜け、北海道へ入ってすぐの19時25分に知内(しりうち)到着。
 ようやく北海道へ入ったのだが、あまり実感がない。北海道の第一歩を感動で迎えたいのなら、やはり津軽海峡を渡るフェリーに乗ったほうが良いのかもしれない。

 この知内は、松前線に同名の駅があったが廃線になってしまった。その後、すぐそばに津軽海峡線が新しく開通。それならばもう一度駅を作ってほしい、という要望が受け入れられて開設された新しい駅。1日2往復の列車しか停まらないが、廃線後に復活した駅など日本中ここ以外に聞いたことがない。

 知内を出ると、8ヶ所ものトンネルを越える。北海道側から来ると、青函トンネルに入ったと思って間違うことが多い。

 19時33分、木古内に着く。ここで下車。本来なら函館まで乗り通したいところだが、18きっぷを有効活用するためには、木古内で下車して普通列車に乗換えるのが得策のように感じる。さいわい普通列車が50分ほどの待ち合わせで連絡している。


木古内駅の待合室
 ▲青春18きっぷ旅行者は木古内駅
 の待合室で次の普通を待つ
 ホームに降りると、道南とはいえ凍りつくように寒い。昨年まで、自分がもっと寒い旭川で暮らしていたのが信じられないほど体が軟弱になっている。待合室に急ぐと、そこに集まった10数人は、みな青春18きっぷ旅行者であった。

 江差線から直通してくる20時22分発・函館行の普通列車は、定刻より30分近く遅れてやってきた。

 「いやー、すんごい雪だったサ」と言いながら運転手が降りてきた。江差線は人が乗らない割には雪が多い。今回も3人ほどしか乗っていない。

 もし津軽海峡線が江差線の一部でなかったら、木古内と江差の間は、遠い昔に廃止されていたと思われる。国鉄時代の役所的な線引きのお陰で今まで生き延びている。江差には檜山支庁があることも影響しているのかもしれないが、今はどう見ても超赤字路線のように見える。雪が多いだけでなく、熊も多いらしいから保線の苦労は大変なものだろう。


スーパー白鳥誕生を祝う垂れ幕(木古内駅)
 江差からの列車は、ちょうどこの駅で30分近い停車時間が取られていたため、数分の遅れで木古内を出発。白に黄緑色のコーポレイトカラーが入ったJR北海道のディーゼルカーは1両だけ。木古内からの18きっぷ客でちょうど良い感じの乗車率となっている。

函館行の最終普通列車
 ▲30分近く遅れてきた函館行の最終普通列車
 札苅、渡島当別と海岸線に沿って列車は走る。ここも昼間は海峡の風景が美しい。津軽海峡線はトンネル前後の車窓が意外にも悪くない。

 そろそろ終点の函館が近づいてきた。

 久しぶりにやってみた東京・新宿からの夜行快速と普通列車での北上はかなり疲れるものであった。

 函館のホテルに着いたら、ビールでも飲んで早く寝るしかない。谷地頭温泉の公衆浴場もこの時間ではもう閉まっているだろう。

 明日からは函館本線という"大物"が待っている。



→次ページにつづく「函館本線(函館−長万部)の旅」
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