青春18きっぷで北海道へ 鈍行列車に揺られて東京−旭川1400キロの旅
page-9 北海道三大都市を結ぶ函館本線420キロの旅(3)
札幌駅ホーム
 ▲高架上にある札幌駅のホーム

■「超」鈍行列車で旭川まで3時間40分


 私が初めて札幌駅へ訪れた頃はまだ地上駅だった。その後、高架駅になってから15年近く経つ。2003年3月には地上38階建のJRタワーもオープンする。札幌駅前開発もいよいよ完成に近づきつつある。


 旭川に住んでいた頃は月に2〜3度は札幌へ来ていた。仕事やら遊びやら旭川になくとも札幌にはたいていのものはあったが、大阪人が東京に向けるような反発心のようなものが自分の中にあり、あまり好きではなかった。
 ゆえに未だに地理関係、飲食店関係にはまったく明るくないどころか、南口(バスターミナル・道庁側)と北口(北大側)さえ間違う始末である。仕事関係で機械的に行った場所しか覚えていないのも、今となっては少し悲しい。

札幌駅の列車案内板

 札幌と旭川の間は特急「スーパーホワイトアロー」でわずか1時間20分の距離だが、これから乗る札幌9時6分発の旭川行普通列車は、旭川まで3時間40分もの時間を要する。

 岩見沢で32分、滝川で44分の停車時間がある。札幌−岩見沢、岩見沢−滝川、滝川−旭川という3区間の列車を無理やりつなぎ合わせたような格好だが、札幌と旭川を直通する貴重な普通列車である。特急は1時間に2本も走っているが、岩見沢以降の普通列車は数えるほどしかない。

札幌駅に到着した旭川行普通列車
 ▲旭川へ直通する貴重な普通列車

 札幌駅の寒い高架ホームで列車を待つ。旭川行の普通列車は小樽が始発。北海道でよく見る赤い交流型電車が6両でやってきた。

 札幌の通勤区間である岩見沢までは6両で運転し、以降は切り離して3両での運転となる。いつもは岩見沢まで乗客がそれなりに乗っているが、今日は今年最後の大晦日ということもあり、少ない。

 札幌駅を出た列車は、千歳線と併走しながら苗穂へ向かう。駅の隣にはJRの苗穂工場。たまに古い車両なども置いてある。ついつい目が行ってしまう。

野幌駅で。反対列車は新型車両の普通電車
 ▲札幌近郊にはマンションや家々も多い

 白石で千歳線と分かれ、厚別に着く。サッカーJリーグのコンサドーレ札幌の本拠地はここにある。道内経済とともに、このチームの状態も今は悪い。

 森林公園、大麻、野幌とマンションや住宅が多い札幌の市街地が続く。札幌から30分ほどで江別に到着。ここは江別市なので札幌ではないが、完全な通勤圏内である。


江別を過ぎると急に家々が少なくなる(車窓から)
 ▲江別を過ぎると急に家々が少なくなる

 江別を過ぎるとようやく家々の数も少なくなってきた。豊幌を過ぎ、次の幌向(ほろむい)では特急列車に抜かれるため6分間の停車。
 この列車は旭川までに5本の特急に追い抜かれることになっている。まずはその1本目、「ライラック」が粉雪を舞い上げて通過した。

 札幌発旭川行の特急は毎時0分が「スーパーホワイトアロー」、30分が「ライラック」となっている。ライラックのほうは車両が古いため、札幌−旭川間の所要時間が10分長い90分となっている。
 仕事で使っている時などは、この10分が長く感じたりしたものだが、旅で鈍行列車に揺られていると、10分どころか1時間でも長く感じないのが不思議だ。

岩見沢駅ホームと駅名板
 ▲ばんえい馬の像も見える岩見沢駅

 幌向を過ぎると、左手の車窓には鉄道防雪林が続く。突然、森に入ったような錯覚に陥る。

 10時3分、岩見沢に到着。ここでは32分間の停車。
 オホーツクとホワイトアローの2本の特急に抜かれる。後3両の切り離し作業も行われる。
 乗客もほとんど下車してしまい、残ったのは青春18きっぷの旅人が大半となる。

 岩見沢市は人口8万4千。旭川や倶知安と並ぶ豪雪地帯である。付近では30名以上の保線要員が除雪を行っている。

 駅構内は広く、かっては炭産地からの貨物列車で賑わっていたことが想像される。その昔は石炭輸送のメッカだった室蘭本線の始発駅でもある。今は札幌への通勤圏としての始発駅の役割も担っている。 
特急「オホーツク」に追い抜かれる
 ▲雪深い岩見沢に進入する特急「オホーツク」

 隣のホームには立て続けに特急「オホーツク3号」、「スーパーホワイトアロー7号」と到着し、多くの乗客を乗せて急いで去っていく。

 我らが鈍行列車は、それらが去って10分以上経ってから岩見沢駅を離れる。とことん急いでいない列車だ。





岩見沢を過ぎると大雪原の中を走る
 ▲車窓には辺り一面の大雪原が広がる

 峰信、光珠内(こうしゅない)と過ぎると、車窓には辺り一面の雪原。
 遠くに1本の木と平面に広がる緩やかな丘。まるで前田真三さんの写真作品のような世界が広がる。

 ここは特急列車だと高速で通過するので見逃してしまう。遅い普通列車だからこそじっくり味わえる風景だ。

運転室の様子
 ▲鈍行列車はのんびり走る

 美唄(びばい)から先は北に向かって一直線に線路が伸びる。

 並行する国道12号線もひたすら直線で、その距離は30キロ以上。日本一だそうだ。
夏道なら思いっきりスピードが出せそうな区間だが、対向2車線しかない。いつも大型車に行く手を阻まれ、安全運転をさせてもらえる。

 茶志内(ちゃしない)、奈井江(ないえ)、豊沼と平野部でものんびりと走り抜け、11時9分に砂川到着。
 かっては炭産地の歌志内と上砂川へ歌志内線、函館本線・上砂川支線が延びていた。
 今は人口2万強の小さな「市」であるが、特急列車のほとんどが停車する。


旭川行普通列車(右)と特急ライラック(滝川駅で)
旭川行普通列車(右)と特急スーパーホワイトアロー(滝川駅で)
 ▲
滝川では45分の停車。特急「ライラック」
 (上)と「ホワイトアロー」(下)に追い抜かれる
 7分ほど走ると列車は滝川に着く。ここで45分の大休止。2本の特急に追い抜かれる。

 この頃になると長い停車時間にも不思議と慣れてくる。誰もじたばたせずに車内でおとなしくしている。

 再び、ライラック、スーパーホワイトアローの2本が去り、10分以上経ってから滝川を発車する。

 北へ一直線に8分ほど走ると江部乙(えべおつ)に着く。駅前に公衆浴場風の温泉がある。
 JRの区分でいうとここまでが札幌管内で、この先が旭川管内となる。

 石狩川を鉄橋で越えると、妹背牛(もせうし)に停車。雨竜郡妹背牛町、人口4千2百の米産地。

 旭川にいた時はここのお米をよく食べた。駅から10分程度歩いた所には公共温泉がある。北海道の小さな町の多くが独自に温泉を掘りたがるが、ここも例外ではない。


旭川行普通列車の車内
 ▲岩見沢より先は車内も閑散としてくる

 妹背牛を出た列車は北東にカーブして深川に着く。

 留萌本線との乗換え駅。かっては日本一の赤字ローカル線・深名(しんめい)線の起点駅としても有名だった。1995(平成7)年9月に廃止となってから、もう随分と経った。

 深名線の廃止後はJRバスが代行バスを運転していたが、その本数も年々減らされ、ついには民間別会社に運営委託したという話も聞く。バス運行ですら大変な所に90年代半ばまで鉄道を走らせていたのは奇跡にも近い。

 次の納内(おさむない)を過ぎると、列車は旭川市との境の神居トンネルに入る。
神居古潭付近のトンネル
 ▲神居古潭付近は長いトンネルが続く
 これより先は長いトンネルが続く。旭川市街地から遠く離れた伊納(いのう)に停車し、さらに長いトンネルが幾つか続く。

 かって昭和30年代までは神居古潭(かむいこたん)の渓谷美が楽しめたが、今は鉄道も道路もトンネル化している。旧線跡はサイクリング道路となり、旧神居古潭駅の駅舎やホームは観光史跡として今も残っているが、車がないと行きづらい。

 嵐山トンネルを越えると、旭川市街の近文(ちかぶみ)に到着。私はこの駅の近くに5年ほど住んでいた。以前は駅員が4人もいたが、今は簡易委託駅になっている。大晦日ゆえか乗降客はない。車掌が時計を見ながら、30秒ほどでドアを閉めた。
第2石狩川鉄橋
 ▲第二石狩川鉄橋を越えると旭川駅に着く

 右手に運転免許試験場、左手に住宅地を見ながら、列車は第二石狩川鉄橋に差しかかる。
 地方都市の車社会に対抗するべく、移住当時は日々通勤で乗っていた区間。毎日、ラッシュとは無縁の同じ顔ぶれが乗る通勤電車というものを生まれて初めて体験した。

 鉄橋の向こうには、旭川の大きくもなく小さくもない街が見える。相変わらず深い雪に埋もれている。
 12時49分、終着駅の旭川に着く。旭川市は人口36万人、北海道では札幌に続く第二の都市。日本最北の都市ともいえる。


旭川駅駅名板

 函館、札幌、旭川と道内三大都市を結ぶ約420キロの函館本線はここが終点。海も山も大地も北海道のすべてが展開される長大路線は、鈍行列車の旅を充分に楽しめた気がする。

 千歳空港から入ったり、夜行で北海道入りするというのは、北海道での鉄道旅の魅力を半分以上放棄している気がしないでもない。北海道の鉄道旅行エッセンスは、函館本線にある。

 東京から約1400キロ、ムーンライトえちご、羽越本線、奥羽本線、津軽海峡線、函館本線と2泊3日をかけた鈍行列車の旅も終る。

 日本をのんびり眺めながら鈍行列車で旅をするのは、時に疲れるが、いつも新しい発見がある。

 さて、この先、広い北海道のどこへ行こうか。さらに乗り継げば、稚内だって網走だって行ける。住民ではなく、観光客として久しぶりに北海道をとことん味わって帰ろうかと思う。北の旅はまだ続く。

                                          <終>


▼DATA
■旅行日:2002/12/下旬
■「鉄道紀行への誘い」公開日:2003/3/15
■最終更新日:2003/3/15
■参考文献
「北海道JR私鉄2800キロ」(全線全駅鉄道の旅1、1991年小学館、宮脇俊三・原田勝正編)
「奥羽・羽越JR私鉄1800キロ」(全線全駅鉄道の旅3、1991年小学館、宮脇俊三・原田勝正編)
■文章・写真:西村 健太郎

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