あの海に抱かれたい〜北海道まほろば紀行
page-6 雪と闘う北海道の鉄路
函館駅で 日が暮れた頃、函館に戻る。雨が降っている。北海道を旅行中のAさんと逢う。早速、雨の中、街に繰り出す。
 どうにも酔えない。2件ほど廻ったが、飲んでも陽気になれない。

 ホテルに戻り、Aさんの部屋で紅白を見ながらまた、飲んでいたが、気分が乗らない。自分の部屋に戻り、一人、机にすわり窓の外を眺める。

止むことがなく舞う粉雪。時計の針だけが先を急いでいる。日付が変わる。新しい年が来る。外の景色は何も変わらない。
 今日もまた、長い夜をさまよわなければならなかった。

 翌朝、1996年1月1日、雪の中、市電に乗り函館八幡宮に参拝する。有名な神社ながら、都会のあの人ごみはなく、さすがに落ち着いている。本殿からは日本海が望める。これが初詣なのである。人を見に行くのではないのだ。この雰囲気を感じたくて毎年、北海道に来てしまう。

 Aさんと別れ、函館駅に戻る。北海道の旅の出発点、原点に戻ったのである。ここへ来るとまた、違った緊張感に包まれる。行き止まり式のホームから列車に乗り込むその瞬間に、北海道への旅の第一歩が始まるような気がするのだ。函館を通らない北海道の旅など旅する意味がない。

 11時24分発札幌行特急「スーパー北斗7号」に乗る。ステンレスに青いラインの振り子式新型ディーゼルカーが停まっている。振り子式の原理により、カーブの多いこの線区でもスピードを落さず走れるように開発された車両である。函館ー札幌間、約320キロを2時間59分の速さで結ぶ。
 ついつい鉄道マニアの血が騒ぎ、この列車を選んでしまった。

 発車直前、隣のホームに大阪からの寝台特急「日本海1号」が雪だらけの姿になって滑り込む。大阪から1000キロ余り、18時間もの間、走り続けてたどり着いた函館の地である。よくぞここまで来たなあ、ご苦労様、と心の中で言葉を贈る。

 列車は流れるように函館駅を出る。吹雪模様の天候を、ものともせず、徹底して加速する。白雪の煙と黒煙が辺り一面に舞う。
 列車は七飯で上り線の線路を乗り越すための高架橋をかなりのスピードで渡る。空を飛んでいるかのような気分である。正面には真っ白な駒ケ岳がそびえ立つ。北海道を胸に感じる風景である。

 トンネルを抜けると大沼駅。猛スピードで通過。右に大沼、左に小沼、白く凍り付いている。大沼公園駅を過ぎ、峠を軽く越え、森駅を通過。右手には内浦湾が寄り添う。列車の音に驚き、カモメが一斉に空へと飛び立つ。
海 エンジンをうならせ、海と併草する。ドカ雪積もる線路で少しスピードを落としながらも、必死に走り続ける。雪と闘う北海道の鉄道員たちの不屈の魂と期待が、この列車には込められているのだ。

 夏ならば蒼い海と緑の草原、そこに放たれた牛や馬たちがのんびり過ごすこの地も、今はただの白い原野。雪で凍りついたサイロだけがぽつりと立ち、遠くに灰色の海が見える。
 夏の牧歌的な雰囲気もたまらなく良いが、冬の黙り込んだ風景は心に染みる。
 北海道に来たら、まず、この函館本線の景色を見なければならない。千歳や札幌から北海道に入り込む人は、北海道の魅力の半分以上を放棄している。ただ、もったいないと感じる。

 列車は長万部を通過する。函館本線とは別れ、そのまま室蘭本線に入る。最近では、山間部の多い函館本線を通り札幌へ行く優等列車はない。今や単線非電化のローカル線になってしまったのだ。

 室蘭本線に入った列車は、これまでと変わりなくスピードを上げ続ける。車内は元旦とは思えぬ混雑で、煙草の煙と暖房の暑いまでの空気が蔓延している。ニコチン中毒気味の私でさえ我慢できなくなり、デッキへ避難する。やはりここの方が居心地がいい。

 それにしても元旦だというのにこの人出には驚く。ここ5、6年ほど正月は北海道で過ごしているが、以前は元旦の日の列車などは貸切状態だった。ところが昨年あたりから様子が変わってきている。正月という概念がなくなりつつあるようだ。我々は忙しい民族なのだなあ、とつくづく感じる。

 静狩という小駅を過ぎたあたりから、突然、断崖絶壁の海岸線が続くようになる。短いトンネルが無数に続く。岩場を切り開いた小さな漁港には、カラフルな大漁旗を立てた漁船たちが賑やかに停泊している姿が見える。

 程なくしてこの列車最初の停車駅、洞爺に着く。洞爺湖で有名である。幕末、仙台藩の伊達氏が移住したことからその名がついた伊達紋別を通過し、右手に製鉄所の煙突が見えた頃、東室蘭に着く。大量の客が押し寄せる。

 ここから先は電化区間なので、架線柱の下を走る。すぐに温泉の町、登別に到着。海岸沿いを走るものの、市街地化した景色が単調でつまらなくなってきた。併走する国道にも車は多いが、太平洋側だけあってか雪は少ない。

 白老を過ぎ、製紙工場の高い煙突を望みながら、苫小牧に着く。札幌の通勤圏内に入ってきた。すれ違う電車も多くなる。
 日本一長いという果てしなくまっすぐに伸びたレールの上を走る。海岸線とは離れ、少し内陸部に入り込む。なだらかな丘陵が白く雪化粧し、ポプラ並木に向かって一本の細い道がのびている。ここは、私の好きな景色なのであるが、今日は雪が少なく残念である。この列車最後の見せ場である。

 10分ほどで南千歳に着く。乗降する客もまばら。かっての千歳空港駅だが、新千歳空港駅が出来て以来、ただの乗り換え駅になった感がある。
 列車は高架に入り、札幌近郊をゆく。低いへの字型の家並みが続く。外が見えないくらいの吹雪になってきた。札幌は雪が多い。

 豊平川を越え、14時27分、終着駅札幌に到着した。言うまでもなくすべての面において北海道の中心地である。人口は170万、全道人口の3分の1を占めている。札幌駅の1日の乗降客数は12万人。鉄道においても中心地である。

 やはり駅にも人があふれている。猛吹雪のため列車が遅れ気味のようでホームで折り返し作業をやっている。

 次に乗るのが、旭川行特急「スーパーホワイトアロー15号」である。この列車もまた、速い。札幌ー旭川間130キロあまりを80分で結ぶ。雪の多いこの区間を、最高時速130Km/hまで出せるというステンレスの新型車両が使われている。スーパー北斗とともにJR北海道自慢の列車である。

 元旦だというのに6両の列車はすぐに満員。15時ちょうど、定刻通りに札幌駅を離れる。吹雪の中、列車はぐんぐん加速し、最高速度に達する。ポプラ並木が流れる。パウダースノーを蹴散らす。外の景色はすべて白。

 ところが10分もすると、列車のスピードは見る見るうちに落ちてきた。ついには止まる位のスピードで走っている。左手に見える道央自動車道には、一寸の隙間もないほどの車の列が果てしなく伸びていて、まったく動いていない。
 かなりの豪雪である。人間も文明も所詮、自然には逆らえない。

 岩見沢には10分遅れで到着。しかし、ここからは素晴らしい走りを見せてくれた。遅れを取り戻すがの如く、レールの雪を砕きながら流れるように走る。

 ポツン、ポツンと所々に家があるほかは、白い平原だけが続く。
 美唄を過ぎ、左手には凍りついた石狩川を差し挟んで浦臼山、ピンネシリと続く山々。そこへ伸びるひたすらまっすぐな道。すべてが白色世界での嘘のような絵巻物だ。景色に縛りつけられて一歩も動けない。私は、茫然と窓の外を眺めるほかなかった。

 列車は砂川を過ぎ、右に左に蛇行する石狩川を渡って滝川に着く。ホームの古い洗面台がかっての鉄道の中心駅だということを物語る。
 4時になったばかりだというのに辺りは暗い。深川に着く。景色はもう見えない。幾度かトンネルを繰り返し、16時25分、5分遅れて終点の旭川に到着。やはり雪である。

 今日1日で、函館ー旭川間、430キロ余りを走破したことになる。東京ー名古屋間より100キロも長い距離だ。少々、急ぎすぎた気もするが、北海道の鉄路の強さと、自然の美しさを充分に見られたと思う。
 明日はさらに北上する。北海道はまだまだ広い。
(1996,1)


写真(上から):函館駅で、海鳥舞う空