香港・広州鉄道紀行 九広鉄道の旅
page-4 広州の中華料理店とデパートへ
広州東駅
 ▲香港からの列車が着く広州東駅

 
広州東駅では、またしても入国の紙を書かされる。書き方も分からず、いい加減面倒になってきて適当に殴り書く。入国審査官にチラリと顔を睨まれたものの、無事に入国。共産主義国ゆえか、いつもより安堵感が漂う。

 開店休業中のような暗い両替所で、香港ドルから人民元への両替を頼む。奥から出てきた女性に「隣に機械があるのでご自由にどうぞ」と機械の方を案内された。香港ドルを入れると、自動的に人民元となって戻ってきた。用紙くらいは書かされると思っていたのが、簡単すぎて拍子抜けである。

 国際線の改札を出ると、観光案内所の職員なのか、ホテルの案内員なのか、待ってました、とばかりに男が数人が近づいてきた。広州の地図を片手に怪しげな英語で何やら喋っているが、よく分からない。追い払っても追い払ってもまとわり付いて来る。少々手荒な入国歓迎を受け、逃げるように国内線の駅へ向かう。

 実はまだ広州から香港へ帰る切符が入手できていない。昨日の時点で香港への直通列車は全部売り切れていた。

 初めて来た地なのに帰りの切符がないのでは不安がある。早速、切符を手配するために広州東駅の窓口を尋ねる。広州と深セン間には1時間に1本の割合で列車が走っている。壁に掲げられた巨大な時刻表を眺め、適当な時間の列車番号を書いて紙を出す。窓口の中年女性は手馴れた様子で機械操作をし、いとも簡単に切符を発券してくれた。深センまで行けば、歩いて国境を越えて香港に帰ることができる。これで不安解消である。

 中国の駅ということで、もう少し薄汚れて人が密集しているイメージがあったが、切符売場はオンライン化されており、ほとんど並ぶ必要もない。駅内も、構内から地下鉄に続くコンコースも全面禁煙。ゴミ1つ落ちておらず美しい。前面ガラス張りの駅ビルはデパートのようで、「人民駅」という雰囲気でもない。


 広州までやってきたものの、相変わらずやるべき事も予定もない。
 とりあえず地下鉄に乗って街中心部のデパートに行ってみることにした。広州市は人口約400万。中国華南地方最大の都市。1人当たりの国内総生産は上海を抜いて中国トップであるという。中国で最も裕福な地域のデパートはどんなものだろうか。

 香港からの国際列車が着く「広州東駅」は中心部の外れ、新興開発地にあり、広州駅のある方面が中心部になる。現在、広州東−西朗間に地下鉄が走っており、広州一の繁華街「北京路」へ行くことができる。近い将来、新たにもう1本路線が開通し、広州駅へも伸びるという。

 黄色い地下鉄は、自動改札も切符も車内も香港に似ていた。新しいということもあろうが、駅も車内も汚れはない。今日は日曜日のためか途中駅から家族連れが大勢乗り込んできて満員になった。若者も多い。服装や雰囲気も、香港ほど華やいでいないが、特に流行に遅れているという感じはない。もちろん、人民服など着ている人は皆無である。

 広州東駅から5駅ほど、繁華街が近い公園前という駅で下車。地上に出ると、中山五路という大きな通りがある。トロリーバスが走っているのと、自転車、バイクの数が多少多いと感じる以外、日本とあまり変わらない。
広州一の繁華街「北京路」の様子
 ▲広州一の繁華街「北京路」の様子

 少し歩いて、中山五路と北京路が交わる繁華街に「新大新百貨商店」という9階建ての大きな老舗百貨店がある。

 日本でいうところの伊勢丹や高島屋を狭くしたような雰囲気。地下に食料品、1階には化粧品や女性ファッション関係、その他、婦人服、紳士服、音楽CD、電化製品などの定番商品。売っている物も差異はない。

 ただ、やたらと制服の女性店員が多く、各通路3メートルおきぐらいに立って客を迎えているが、どことなく表情が固い。近くに行っても声をかけてくれず、直立したまま。かっての国営企業体質の名残だろうか。

 広州一の繁華街・北京路は、日曜の買物客で大混雑している。古書店が何軒かあり、喜んで入ってみる。学習書や旅行書が多い。香港の繁体字は日本の旧字のようなので多少は読めたが、中国大陸の簡体字は、省略しすぎていて同じ漢字でもあまり読めない。

 昼を過ぎ、そろそろ空腹になってきた。屋台から流れるジャンクフード類の香りに足が引かれる。しかしここ広州は「食は広州に在り」と言われる程、中華料理の中でも最高レベルを誇るという。通りには何軒もの中華料理店が並んでいるが、高級そうなところは避け、大衆食堂のような薄汚れた店に入ってみた。

 文字で書かれただけのメニューを見てもさっぱり内容が分からない。もちろん英語など通じるはずもなく、私は中国語も広東語も分からない。香港でもそうだったが、外国人の立ち寄らない店では広東語以外は通じない分、料金が安い。地元の人の食べるメニューや様子を見られるのも楽しい。

 日本の中華料理店でお馴染みの「炒飯」「麻婆豆腐」という漢字を見つけて指差して注文。若い女性店員は一応、頷いている。10分もすると、皿に大盛りになったチャーハンとマーボー豆腐が出てきた。一口目は感嘆する位に旨いのだが、日本の物と比べて味が濃く、量も多いためか食べ疲れてくる。
 無念にも3分の1ほど残して店を出る。当分は何も食べたくない位に胸焼けがする。


 行きと同じ道を通っても仕方がないので、帰りはバスで駅に戻ってみることにした。

 バス停の路線図と格闘していると、中年の女性からバスのことを聞かれた。私は聞き易そうな顔をしているのか、それとも物知りに思われるのかは分からないが、日本国内では数え切れず、海外に出てもよく見知らぬ人から道や乗場を聞かれる。

 英語も現地語もろくに話せないので以前は逃げるか笑って誤魔化していたが、今回は聞かれることを予測して「日本人(ヤップンヤン)です」という広東語をあらかじめ覚えておいた。この言葉を発するのは香港に続き2回目。「ああ、ヤップンヤン(日本人)」と頷いている。香港の時と同じ反応が返ってきた。
 実はバス路線に関しては、私もよく分からない。

 「汽駅行」と行先が書かれたバスに乗り込んでみる。料金は1元(約15円)。車内は満員。日本の一昔前の路線バス。かっての中国みたいにクラクションの乱打はないが、とにかく割り込みが多く、急ブレーキが多い。古いバスは、ブレーキを踏み過ぎたためか、普通に踏んでもキイキイ鳴っている。また、いくら飛ばしてもスピードメーターは0km/hのまま。壊れている。

 本来、広州の街には歴史的な見所も多いのだが、今日は日帰り。バスの中から遠くにそれらを眺める。
 バスが着いた所は、広州東駅ではなく、広州駅に近い「広州バスターミナル」であった。中国ではバスを「汽車」と呼び、鉄道は「火車」である。「汽駅」とはバスターミナルのことだった。初心者らしいミスをしてしまった。

 中国各地から長距離バスが発着しているためか、バスの数も人の数も桁違いに多い。先程の華やかさはなく、大きな荷物を背負い、田舎や近隣から出てきた人でひしめいている。長距離バスの窓からミカンの皮やゴミが落ちてきた。バスの付近はゴミだらけ。これぞ中国、と変に感心してしまう。

 バスターミナルから広州駅までの道のりは歩けないほどの人で埋まっていた。北京路のようにショッピングを楽しむ緩やかな歩調ではなく、重い荷物を抱え、皆必死の顔で歩いている。遠くの街から出てきたのだろうか、緑色の軍服を来た軍人団体も目につく。
広州駅駅舎
 ▲中国各地への列車が出る広州駅

 「統一祖国 振興中華」というスローガンと、赤い中国国旗を駅天井に堂々と掲げる広州駅舎。凸型の画一的なコンクリート建築物。学校の校舎のようだ。近代的な広州東駅とは随分違う。

 駅付近も大混雑しており、ただっ広い駅前では人々が地べたに座り込む。切符を持たない者は駅構内に入るべからず、と人民警察が睨みを効かせている。
 私の乗る列車はこの広州駅が始発だった。しかし、切符は広州東駅からになっている。わざわざ戻るのも面倒なので、変更してもらおうと駅の窓口に行った。

 何度か人民警察に止められながら、駅の中に入ると、今度はダフ屋らしき男性に幾度も声をかけられた。長距離列車の指定券入手が難しい中国では、彼らのような商売が成り立っているのだろう。あいにく、私の「深セン行」の切符は価値がないようで、切符を見せるとすぐに去っていく。

 窓口に並びに並んで、つたない英単語で変更を申し出てみると、隣に行け、という。指示通り隣に行って数分並んで見ると、今度は「一番端の窓口に行け」という。で、一番端で申し出たのだが、「それは無理だ」と一言。あまりにも役所的な対応に苦笑いするしかなかった。

 仕方がなく、駅前に無数に停まっているバスの中から広州東駅へ行くバスを探す。
 それらしきバスを見つけ運転手に「広州(ガンゾウ)イースト!」と切符の文字を指差しながら大声で叫ぶ。運転手は面倒臭そうに、早く乗れ、という仕草をした。

 このバスの運賃は2元(約30円)。香港でも同じだったが、空調がついているかどうかで料金が高くなる。かといって、車に装備されているだけで、窓を開け放し、冷房をつける様子はない。

 発車したものの、ドアを閉めて走り出した瞬間に人々が走り寄ってきて、バスのドアを叩く。その度に乗車が繰り返され、いつまでも停留所を離れられない。

 広州駅から20分ほどで広州東駅に到着。先程の広州駅の喧騒さが嘘のように静かで、駅も美しい。結局のところ、東駅は香港方面からやって来る外国人のためのショーウィンドウなのだろう。東駅や繁華街だけ見ていれば、広州や中国の発展ぶりに驚かざるを得ない。

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