香港・広州鉄道紀行 九広鉄道の旅
page-3 香港−広州「九広鉄道」に乗って
香港「九広鉄道」(KCR)所属の「九廣通」
 ▲ 香港「九広鉄道」(KCR)所属の「九廣通」広州東行は
 近代的な2階建てダブルデッカー車両を使っていた。

 
翌早朝、九広鉄道(KCR)ホンハム(漢字では紅と碪に力)駅に立つ。

 終着駅であり、中国本土への始発駅。駅に来ると、これから出る旅への緊張感とともに、言いようのない期待感や嬉しい気分に包まれる。売店で中国本土の地図を買い、独り悦に入る。鉄道の旅をする前、駅でのこういう意味のない時間が好きだ。

 昨日の「通勤電車」の自動改札と違い、「国際列車」は出入国カウンターのある別の改札口から乗ることになる。

 改札口を通ると、すぐに出国(実際には香港と中国は同じ国なので「出入境」となるが…)手続きの紙を書かされる。幾度書いても面倒だ。最近、日本でさえ廃止されたのだから、何とかしてほしい、と一人思いながら殴り書きの紙をパスポートとともに出す。

 何やら2〜3言聞かれて、無事通過。特に悪いことはしていないが、いつもこの瞬間はほっとする。

 「国際列車」ということで、コンコースにはお馴染みの免税店が並ぶ。香港では税金のため恐ろしく高かった煙草も格安で売っている。免税品のために来た訳ではない、と意地を張りながらも煙草の安さには目を奪われてしまう。

 九龍ホンハム駅発、広州東駅行き高速軟席直通特快客車「T820」列車は、米国のアムトラックのような巨大なアルミ製の2階建てダブルデッカー車。

 1日7往復ある香港−広州間の列車には、「新時速」「九廣通」「準高速」の3つの列車種別があり、中国、香港それぞれの車両が使われている。
香港−広州間を走る列車
 ▲九広鉄道を走る列車。上から「新時速」、 「九廣通」、
 最下段が「準高速」。(車内誌「直通列車」から転載)

 新時速に使われている車両は、最高時速200km/h 。「X2000」というスウェーデンでも走る新型高速電車が導入されている。中国国鉄の所属で、九広鉄道自慢の列車だ。

 その次に速いのが、これから乗る「九廣通」。こちらは香港「九広鉄道」の所属らしく、2階建て客車を電気機関車が引っ張る"西欧式"である。

 「準高速」は古びた中国国鉄の長距離仕様客車を使っている。いかにも遅そうだが料金は最も安い。

 近代的な「九廣通」の隣には、白地に青の「準高速」客車が停まっている。食堂車も連結し、「廣州東−九龍」と書かれたいかめしい「サボ(行先表示板)」が取りつけられている。昔の日本国鉄の長距離列車のようで、懐かしい雰囲気がある。こちらのほうが中国への旅らしくて良いような気もした。

 切符に指定された席は、進行方向逆向きの通路側の座席だった。進行方向など気にしない"西欧式"ゆえか、座席は回転しない。全席指定だから仕方ないが、景色を眺めるには不運な席だ。


 8時25分、九廣通・広州東駅行きは、発車ベルもなく静かに動き出した。これも「西欧式」。終着駅の広州東までは約1時間40分。途中、どこにも停まらないノンストップ列車となっている。

 発車するとすぐに、紙おしぼりとミネラルウォーターが配布され、壁に埋め込まれたテレビからアメリカ産の無声パロディ映画が始まった。「九広鉄道」の香港側は通勤電車を追い抜けないためか、眠くなるようなノロノロ運転が続く。
九広鉄道の沿線地図
 ▲香港・九龍と中国・広州を結ぶ九広鉄道
 香港内の羅湖までは通勤電車も走っている


 退屈しのぎにテレビを眺めると、ナンセンスなパロディ喜劇が演じられている。見たくはないが、目に入って来て噴出しそうになる。車内のそこかしこから低い笑い声が聞こえる。このスピードの遅さを誤魔化すためのものだろうか、と勘ぐってしまう。

 ビルだらけの九龍の市街地を抜け、ベッドタウンの新界に入ると、初夏のような陽射しを浴びて鏡のように輝く海岸線が見えた。スピードの遅さとあいまってさらに眠気を誘う。新界には人の住んでいない山や荒地も多く、香港でもここなら一戸建ての分譲ができそうだ、と意味もなく考える。

 30分もすると、中国と香港の国境・羅湖(ローウー)駅が近づいてきた。この国境付近は人々が全く住めない地域である。ここを越えると、いよいよ中国本土。国境線に目をこらす。

 九広鉄道の通勤電車から降りた「越境客」であふれる羅湖(ローウー)駅ホームを止まるようなスピードで越える。鉄条網が張り巡らされた深セン(漢字では土に川)川の鉄橋を越えると、正面の建物には赤い旗が揺らめいている。超高層ビルが林立する深センの街並みが見えた。中国本土に入った。

 「深セン站(えき)」と大きく書かれた駅ビルが建つ深セン駅を通過。ホームには「北京西」「武昌」など中国各地からやってきたオレンジや青の中国国鉄車両が停まっている。ここから広大な中国各地へつながっているんだ、と思うと興奮してきた。

 香港にいる時は、「香港」という1つの国家のように感じ、中国の一部などとは微塵も感じなかったが、鉄道だとわずか30分余りで"中国"に入ってしまう。 自由主義と共産主義。制度の壁さえなければ、実に近い。ただ、ここから先は私にとって未知なる共産主義国だと思うと、少し、緊張する。
香港と中国“国境” 深セン川
 ▲香港と中国の“国境”である深セン川。

 しばらくは深センのビル街の中を走る。香港のビル街とは違い、土地が広いせいか「密集」という雰囲気ではない。元々は小さな農村で、近年、急激に発展したためか建設途中のビルも多い。どことなく香港のような華やかさもない。

 深センは人口400万人。香港に隣接する都市とあって、外資を積極的に受け入れる「経済特区」。中国本土とは少し違う経済制度になっている。中国の「入口」として、恥ずかしい姿も見せたくはないし、外貨を稼ぐにも丁度良い場所なのだろう。

 ビル街が途切れると、突然、崩れかけたような古い民家が軒を連ねる。あとは荒れた広大な原野が続く。この付近、華南地方の広東省は中国で最も裕福な地域だと聞くが、都市部以外では、まだ開発の手はついていないようだ。

 列車は中国本土に入ると、突如、スピードを上げた。広大な中国、香港内のように通勤電車にも邪魔されることはない。読めそうで読めない大陸簡体字の駅名板を眺めても、どこを走っているのか分からない。

 果てなく続く水田とあぜ道。水牛。濁り切った泥の川。崩れかけた壁や家。無造作に放置されたままの廃棄物、何かの残骸。遠くから手を振る子どもたち。どこか遠い記憶の中に眠る懐かしい風景がいつまでも続く。決して美しくはないのに、なぜか、ほっとさせられる。

 列車は東莞(どんがん)に入る。ここは著名な工業地帯。台湾や日本企業の電子部品の生産拠点だというが、郊外は相変わらず荒野が続く。東莞市の中心駅、常平(じょうへい)を少しスピードを落として通過。深センほどの派手さや規模はなく、地方の小都市駅といった感じがする。

 列車は華南の大地を走り抜け、香港から1時間40分余りで終着の広州東駅に着いた。
 ホームでは、緑色の服を着た人民警察が降車客に睨みを効かせている。風貌といい目つきといい、どことなく威圧的な感じがする。ここが共産主義国家であることを実感する。

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