香港・広州鉄道紀行 九広鉄道の旅
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尖沙咀(チムサーチョイ)の街並み
 ▲ 香港最大の繁華街である
 尖沙咀(チムサーチョイ)の街並み

 
雪虫が舞い初雪が降った。北海道の長い冬の覚悟を決めはじめた2001年11月、香港へと出かけることになった。厳しい冬を前に逃げる訳ではないが、初夏のような気候の地に行けるのは嬉しかった。

 1997年6月、英国の統治下にあった香港は中国に返還された。正式名称は中華人民共和国香港特別行政区となり、中国へと「回帰」した。
 しかし、「旅する場所」としては返還前も変換後も何も変わっていないと感じる。韓国とともにショッピング、エステ、グルメが楽しめる「西側の海外旅行地」として今も君臨しているようだ。

 夕方に成田を飛び立った飛行機は、鹿児島をかすめ、光の粒が散りばめられた台北の上空を通って香港へと向かう。
 成田から4時間強、香港チェクラップコック国際空港に着く。ビル街をかすめるよう着陸していたかっての啓徳空港を廃し、1998年に出来た香港の真新しい国際空港である。

 新空港は香港最大の島・ランタオ島内にある。九龍半島とは高速道路でつながっているので島という感じがしない。並行して空港鉄道も併走しており、九龍を経由し香港島まで直通している。時折「エアポート・エクスプレス」の流線型の真新しい車両が見え、やはり鉄道に乗ってみたかった、と悔やむ。

 ホテルは九龍半島の最南端、香港最大の繁華街・尖沙咀(チムサーチョイ)の一等地にあった。
 滞在できる時間は僅か2日間だが、香港に行ったからには中国本土へ鉄道で渡ってみたかった。1日は香港で過ごし、その2日目には香港と広州を結んでいる「九広鉄道」で中国へ渡ることにした。

 香港も同じ「中国」なったとはいえ、中国本土とは国家制度が違う「特別行政区」。本土へ入るにはビザが必要となる。香港の中国領事館へ行けば個人でも申請できるが、残念ながら今日から週末。あらかじめ日本の大手旅行社を通し、札幌の中国総領事館でビザだけは取っておいた。


 翌朝、ホテルの隣にある「香港中国旅行社」を尋ね、中国の広州へ行く列車の切符を手配する。極端に愛想の悪い男が面倒くさそうにコンピュータを叩くが、帰りの切符は売切だという。どうにも諦めきれず、他をあたってみることにした。

 九広鉄道の始発は、九龍のホンハム(漢字では紅と碪に力)という駅。駅なら切符が買えるかもしれないと単純に考え、ホンハム駅へと向かう。ここ尖沙咀(チムサーチョイ)からは徒歩かバスでしか行けない場所にある。街の見物を兼ねて歩く。

 尖沙咀(チムサーチョイ)のメーンストリート・彌敦道(ネーザンドウ)では、道に突き出した派手な看板をかすめるように2階建てバスが悠然と通過する。著名な安宿、重慶(チョンキン)マンションの前では、インド系風貌の人物が「ニセモノ、アルゾ、ミテイケ」などと声をかけて来る。その横では香港の高校生らが、日本でいう「赤い羽根」の募金活動をしている。九龍一の繁華街は、朝から雑然としている。

 ホンハムへ向かう海沿いの道路上では、いたる所で地下鉄工事が行われていた。近い将来に九広鉄道を尖沙咀(チムサーチョイ)まで乗り入れさせるためだという。完成すると便利にはなるが、歩行者は通行止めが多く迂回ばかりさせられる。
九広鉄道(KCR)の始発・ホンハム駅
 ▲ 九広鉄道(KCR)の始発・九龍のホンハム駅

 爽やかな初夏という感じの気候。汗をかいて迷いながらホンハム駅に着く。大陸への始発駅。また香港島内唯一の「国鉄」始発駅でもある。歴史的な風格は感じないが、全面ガラス張りの近代風駅舎は、西側文化が注入された香港らしい気がする。

 駅の切符売場と駅構内の旅行社を全部まわってみるが、やはり帰りの切符はすべて売切れ。鉄道の切符が手に入らないとはさすがにここも中国、などと変に感心する。旅の初めからつまずいた。とりあえず、広州まで往きの切符だけ買ってあとは現地で何とかしてみることにした。

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