ハワイ 路線バス紀行
page-3 ノースショアの波と風の音
ノースショアを走る「The Bus」
 ▲ノース・ショアを走る「The Bus」
 パールハーバーのあるパールシティー付近から海沿いを離れ、進路を北へと変える。ここからは、ハイウエイと言っても高架橋が延々と続く「高速道路」ではなく、片側1車線、日本で言う「国道」と言った感じだ。

 島の中心部を北へと貫く道路の途中にあるミラリニ、ワイハワという山間部の町を過ぎると、右に左にパイナップル畑が現れる。

 蒼い空の下、まっすぐに果てなく伸びた道の緩やかな坂の下には海が見え、一面には、ひたすらパイナップル畑。蒼い空と海に吸い込まれてゆくようにバスは坂を下ってゆく。

 こんな風景の中で作られたのだろうか、頭の中でふと「カントリーロード」の音楽が浮かんだ。妙に景色とマッチしてアメリカ大陸の荒野を旅しているような錯覚に陥る。海へ続く道の先には何があるのか、バスに揺られながら遥か遠くの風景を想像して幸せな気分になる。

 坂を下り切った先にはハレイワという小さな田舎街があった。

 時が止まったようなおだやかな雰囲気と、真っ青な海から風に誘われ、バスを思わず降りてしまった。
 「ヘイ、バスは行ってしまったぜ、いいのかい?」
 去り行くバスを指差し、陽気なハワイアンが私に向かって笑いながら叫んだ。
 英語で返す言葉も出て来ず、手を振ってこちらも笑いかけた。

 ノースショアと呼ばれるこの北部の小さな町はサーファーの街として有名だという。ホノルルの喧騒さが嘘のように、風の音や波の音が絶え間なく聞こえる。激しく照りつける太陽の光の下、海から運んで来た温かな風に吹かれながら街を歩く。砂埃舞う黄砂の世界。ここはアメリカの一部なのだと実感した。

 この街で最も有名だというかき氷店に行ってみた。「アオキ」という名だった。アメリカ本土からの観光客は多いものの、日本人観光客の姿はない。日系の地元人と間違われたのか、すぐさま英語で声をかけられたが、何も理解できなかった。

 店番の老婆はどうみても日本人であったが、英語を喋っていた。私の顔を見るなり「カキ氷、ナニカケマスカ?」と実に流暢な日本語で聞いてきた。この田舎街の雰囲気と日本語があまりにも似合わず、この島における日系人の歴史の深さを感じた。

 ▲ノース・ショアの街・ハレイワの風景

 どこまでも続いている蒼い海を眺めながら、妙に甘いかき氷を食べていると砂埃を立て黄色いバスがやってきた。
 この島の美しさや空気に魅せられる人が多いのもうなづける気がした。

 バスは延々と島の東海岸沿いを走る。いくつもの小さな街を通り過ぎていた。心地好い揺れと車窓にいつまでも寄り添う蒼い海の眩しさに抱かれながら浅い眠りの中に落ちていった。いつしか、海外という警戒感は消えていた。

 約半日間のバスの旅が終わり、ハワイの気候や風土に完全に打ちのめされてしまった私は、日本への帰路に就いた。
 昼過ぎにホノルルを飛び立った飛行機は、何もない大西洋上空をひたすら飛び続けた。
 
 時差の関係上、睡眠をすすめるためかカーテンが閉じられようとした頃、蒼い大平原にポツリと浮かぶミッドウエーの小さな島影が眼下に見えた。
心だけ大西洋の海原に吸い込まれた。
 
 ハワイにはまたいつか訪れるだろうと心に誓った。

=1998,7)



▼参考リンク
The Bus(英語)
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