礼文島へ 飛行機に乗って
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〜礼文島へ行く飛行機に乗る〜
稚内空港 昨年の正月、奥尻島へ日帰りで行ってこようと、スカイメイトの会員になった。スカイメイトとは22歳未満の者なら誰でも入会でき、会員は航空各社のほぼ全路線を35%割引で利用できる制度だ。

 今年も新年早々、北海道に渡り、はるばる稚内から礼文島に向かう飛行機に乗ることにした。
 稚内からのバスを間違えてしまい、とぼとぼ空港までの一直線の何もない道を歩いている私を、通りかかった札幌ナンバーの車が拾ってくれた。40代前半と見られるそのおじさんは「気をつけて行ってきなさい」とまるで父親のような言葉で送り出してくれた。なんとも泣けてくる。

 稚内空港は稚内駅からバスで30分くらいの場所にある。あたりは一面原野で空港以外は何もない。夏は東京からの直行便があるそうだが、今は、千歳、丘珠行各1便と、礼文行1便、利尻行2便の計5便が発着する。
 千歳・丘珠行はYS−11型という60人乗りのプロペラ機が使われている。一方、私が乗ろうとする礼文行便はDHC−6型という19人乗りの飛行機だそうである。

 利尻島や礼文島へ向かう便だけは、全日空の孫会社のような「エアー北海道」による運行である。エアー北海道は「運行は不定期であり、便数・発着時刻等は標準的なもの」だという。なんとも不安になってくる。そしてさらに驚いたのが、DHCという飛行機はセスナ機を少し大きくしたもので、隣のYS11型の半分の大きさもない。スチュアーデスも乗務しないため、待合室で救命胴衣の説明を受ける。不安は最高潮に達する。


飛行機内
 乗客は私と老夫妻と老人男性のたった4人。なぜか整備士に迎えられ、機内に入る。恐ろしく狭い。椅子は19人分はあるようだが、本当に乗れるのだろうか。ドア−を閉め、すぐに発車準備にかかる。コックピット、というより操縦室のドアは開いており、操縦士と副操縦士2人の細かい動作まで分かる。

 直接、口で言ったほうが早いと思うものの、「この飛行機はエアー北海道365便、礼文行です…」と操縦士がマイクで案内。即時シートベルトを締めるように言われる。腹が出ているせいかベルトが閉まらず焦るが、なんとか着用。プロペラを回したり、止めたり、なかなか飛びたてないでいるようで、なにやら管制塔と英語で交信している。

 プロペラの音で何も聞こえない中、私の不安をよそにDHC19型機は稚内空港を飛び立った。ふわっと自分が空に浮かぶような感じである。白い宗谷の山々と稚内の街並みが次第に箱庭のように小さく見えてくる。それほど高く飛ばないものの、海上に出るとガタガタと揺れ、ストンと落ちたりフワッと上がったり、エレベーターに乗っているような不気味な感覚に陥る。もう勘弁して欲しい…。ジャンボジェット機が大型豪華客船ならこちらはポンポン船か漁船に乗っているかのようだ。

 「こんな飛行機が墜落しても新聞のベタ記事くらいか…」などと考えてしまうほど不安な飛行機である。ベルトは到着まで外せない。薄暗い機内では機内誌などとうてい読む気にはなれない。ようやく、利尻冨士が見え、礼文島が近づいてきた。実際には10数分しか飛行していないのだが恐ろしく長く感じたのだ。



礼文島上空
 空港は島のもっとも北側にあるので旋回して高度を下げて行く。このまま青い海に突っ込んでしまいそうな気がするくらいに高度を下げているが、実際には相当に高い所を飛んでいるのだろう。

 眼下の海面には船体が半分沈んでいるような船が見えた。酔っているのか、気のせいだろう。空港には消防車が赤いランプを回転させながら待機しているのが見え、ぞっとする。飛行機はさらに高度を下げ、狭い利尻空港へ着陸成功。またもや整備士の人に誘導され、ローカル線の中心駅位の大きさの空港ターミナルビルへ行くと、いかにも「礼文島の人!」と思える空港係員が「ご苦労様でした」と迎えてくれた。預けた荷物は整備士の人が持ってきてくれた。あのベルトコンベア−のようなものはないらしい。

 「11:35発・366便・稚内行」と書かれたプレートが下げてあり、本当にローカル線の駅舎のようである。今日の発車便はこの1便だけである。
 空港前にはタクシーさえもいない。仕方なく、前の一本道を酔っ払いの如く、フラフラと歩き始めた。足もとおぼつかない。

 ある地元民いわく「あんなセスナ機みたいな飛行機、よほどのことなきゃ乗らない。たとえ20分でも耐えるのはつらいからね。船の方が楽だし安心だよ」。

 私の気持ちを代弁しているかのような言葉であった。当分、飛行機には乗らないだろうと思った。
(1995,1)

写真(上から):稚内空港、飛行機内、礼文島上空
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