南の島のバス紀行2〜グアム〜
page-2 小さな村々巡る一周バス
グアム島内MAP
 DFSの玄関前で折返し、隣のバスターミナルに行く。

 シルバーのコルゲート板に覆われた大きなバスが停まっていた。行先表には日本語で「路線バス」と書かれてある。

 南国の陽気なアメリカ人、という感がある大柄な運転手が乗り込んで出発。

 1家族だけ台湾系中国人のほかは、車内は9割が日本人観光客。グアム観光客の9割は日本人だと言われているが、まさにこのバスも同じである。

 この島では珍しく運転手は日本語が喋られないようだ。英語で自己紹介ののち、マイク片手に英語での観光案内が続く。ようやく海外へ来た実感が沸いてきた。

 ホテル街のあるタモンを出ると、首都・ハガニアに入る。少しばかり色あせたビル街があった。日本のプロ野球球団がキャンプに使うパセオ球場も見える。小さな首都風景の中を数分で走り抜ける。

 運転手は何やら英語で案内をしているのだが、ともかく「ディユーティー・フリー(免税)」という言葉が端々で聞こえる。買物に興味がないゆえか、どうもこの島に来てからこの言葉は聞き飽きた気がする。

 時間が止まったように穏やかな海外線が続く。流れゆく蒼い海原をぼんやり眺めていると、夢の中に引き込まれてしまいそうになる。

 アガットの街からは海岸線を離れ、眼前には山々が迫る。山を登るとセッティ湾展望台に着く。5分間の休憩。標高が高いためか、突如、黒い雲に覆われた。くすんだフィリピン海が眼下に見えた。

 グアムで最も小さな村・ウマタックを越え、島の最南部に入る。木々が生い茂り道路が狭くなってきた。小さなジャングルの中を走っているようで、悪くない風景だ。小さな家々にはこの島の人々の生活の空気も感じられる。ようやく観光地ではない風景に出会えた。

 最南端の村、メリッツオの桟橋で30分の小休止。ここの沖合2.4キロにある小島・ココスに渡るフェリー乗場がある。島に渡ってみたい気もするが、マリン・スポーツのための無人島で、入島料なるものまで徴収される。私が行く場所ではないような気もする。
メリッツオ桟橋の風景
 ▲メリッツオ桟橋の風景。遠くに見えるのがココス島。

 何をするあてもなく、コバルトブルーの浅瀬の海を眺めて時間をつぶす。風の音が聞こえる位に静かだ。
 バスは再び、島の最南部の狭い道路を走る。途中、イナラハンという小さな村を通る。運転手はここに住んでいるらしく「この村は私のものです」と言って、車内から笑い声が上がる。

 島の反対側、太平洋沿いのタロフォフォの埃っぽいドライブインで再び休憩。ここから15分歩いた所に元日本兵の横井庄一さんが潜伏していたという洞穴がある。戦時中から28年間、終戦を知らずにただ一人生き延びてきた場所だ。行ってはみたいが時間が10分ではどうしょうもない。

 売店では横井庄一さんグッズが置いてあり、潜伏時の洞窟と横井さんを写真プリントしたTシャツまで売っている。苦笑しながら眺めていると、もう出るよ、と運転手が呼びに来た。

 少し標高の高いゾーニャの街からパゴ湾を見下ろす。遠くにはグアム大学も見える。この島に大学まであるとは驚きである。

 40分ほど淡々と走って終点のマイクロネシア・モールに到着。出口で運転手が乗客一人一人と握手してバス観光は終了。

 まだ昼下がり、また何もあてがなくなっても困るので、別のバスに飛び乗る。
 いくつかバスを乗り継ぎ、ハガニャ・ショッピングセンターに着いた。
 ブランド免税品店が立ち並ぶショッピングセンターが多い中、ここは地元民が日常使う買物スポットである。

 私の旅の目的は、鉄道、路線バス、船、本屋、地元スーパーという順になっている。

 「グアム最大」という触れ込みの本屋がこのショッピング・センター内にある。
 昔、よく駅のそばにあった小さな書店を少しだけ大きくしたような店だった。
 何の目的もなく、本を立ち読みして時間をつぶしていると、本棚の片隅にアメリカの鉄道雑誌を見つけた。
 「レイルファン&レイルロード」と書かれた薄っぺらの雑誌の中には、広大なアメリカ大陸を、屈強な機関車に牽かれて走る列車が写っている。

 宝物を探し当てたように嬉しくなった。心だけ、アメリカ大陸を鉄道で旅している気になって読み続けた。

 ほんの少し、グアムに来た甲斐もあったと思うことにした。

=2000年2月)

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