ヨーロッパ鉄道紀行
page-19 ローマ行の国際夜行列車
 夜行列車の発着駅「ウィーン南駅」は、かって東側諸国との玄関口として賑わった。そのせいか、先程行った時も昼間なのにどことなく薄暗い様相を呈していた。

ウィーン南駅でのイベント
 ▲静かな駅を賑やかにしていた職員らのイベント
 ところが、今、駅構内では大音量で音楽が鳴り響いている。国鉄職員らによるお祭りのようで、駅構内にステージを組み、取り巻く人々が拳を振り上げたり、踊ったり、コンサート会場のように盛り上がっている。

 我々も混じって一緒に盛りあがってみた。長い旅への出発の雰囲気としては悪くない。

 長距離列車のターミナル駅らしく、構内にはスーパーも本屋もある。列車待ちの時間を過ごすには最適だ。

 本屋には鉄道専門書コーナーがあり、ドイツ語は理解できないのに、なぜか楽しく1時間近くも熟読してしまった。マニア心は国境をも越える。荷物にさえならなければ何冊も買って帰りたい心境だった。

 EN(ユーロナイト)「レムス」号はウィーン−ローマ間、約1200キロの道のりを約13時間半で結ぶ国際夜行特急。紀元前のローマ建国伝説「ロムルス・レムス兄弟」の名前がついている。イタリア国鉄(FS)の列車だ。

落書されているFSの寝台客車
 ▲イタリア国鉄の車両はよく落書されている。
 列車は、人気もなく静まり返った薄暗いホームに入線していた。青の寝台車と白の座席車。オーストリア国鉄の赤い1等座席車も連結されているが、国内で切り離される。

 やはり外見は老朽化しているようで薄汚い。カラフルな落書きをされてしまった車両もある。いかにも陽気なイタリア人、というような声の大きい髭づら車掌が寝台車両の前で待ち構えていた。

 髭車掌は我々の寝台券を確認すると、明日の朝はカプチーノかコーヒーか紅茶か何がいい?と聞いてた。

 私は内心、そんな物はどうでもいい、と思いつつ「カプチーノ」と答え、髭車掌に切符とパスポートを預けた。彼に預けるのはどうも心配だが、これが西欧の国際夜行列車の流儀なれば仕方ない。

 車内に乗り込むと、廊下にはアパートのような扉が並んでいる。2人用の寝台車は、日本の古いA個室のようなシンプルな造り。洗面台兼テーブルもある。
 2階のベッド部分を壁にたたみ込むと、黒白の風景画が描かれていた。無機質な車内に落ち着きを与えてくれる。このあたりはいかにも西欧の寝台車というべきだろうか。炭酸入りのミネラルウォーターがサービスとして置かれてあるが、日本のように浴衣やスリッパはなかった。

「レムス」号のFS車掌
 ▲レムス号に乗務するイタリア国鉄の車掌。
 我々の乗った車両は「落書の被害車両」だった。窓の下のほうは落書のせいで景色が見づらい。

 犯人にも腹が立つが、それを消さないイタリア国鉄にもあきれる。国際列車くらいは何とかしてほしい。これに劣らず落書が多いフランス国鉄はともかく、車両への落書などまるでないスイス国鉄へ乗り入れしたら恥ずかしそうだ。

 出発まで時間があるのでホームに降りてみた。閑散としたホームに一人、先程の髭車掌が歌を唄いながら歩きまわっていた。ウィーンの冬寒いホームに、彼だけが南国を持ち込んでいる。

 私が写真を撮っているのを見つけ、シャッターを押してやる、と近づいてきた。自分自身の写真などいらないので、列車の前に彼を立たせて写真を撮る。彼はまんざらでもない表情をしていた。

ウィーン−ローマ間の地図 19時32分、見送る人も発車の合図もなく国際寝台特急「レムス」号はイタリア・ローマに向けて静かに走り出した。

 6割近くの乗車率。一部の車両は途中で切り離され、イタリア第2の都市・ミラノへも行く。乗客はイタリア人が多い。車内はどことなく賑やか。狭い廊下ですれちがう時、ドイツ語で「失礼」と発してみたが、理解できないような顔をしていた。そろそろイタリア語の本とにらめっこをして、巻き舌の練習でもしなければならない。ようやくドイツ語にも耳が慣れてきたのだが、駆け足の旅は忙しい。

 その昔、鉄道の旅から旅を続けている頃、夜行列車に乗ると興奮して眠れなかった。
 白熱灯に照らされた駅名看板を眺めては、薄暗い座席車で時刻表の小さな活字を目で追った。
 夜を越え、知らない街をも越えていく。眠れぬ夜を過ごしながら、闇夜へ吸い込まれるレールの響きに酔いしれた。

 今日はまさにそんな心境だ。異国での初めての夜汽車。レールの響きとともに、ドイツビールにも酔いしれていた。

 列車は、ウィーン近郊の街・バーデン、ヴィーナノイシュタットで停車したのち、セメリンク峠に挑む。昼間なら息つく暇もない迫力ある景色が眺められるのだろう。車輪の軋みが夜空に鳴り響いている。

イタリア国鉄の寝台車(時刻表より)
 ▲イタリア国鉄の寝台車各種。
 (寝台車時刻表より)
 昔のように体力がなくなったのか、飲み過ぎか、それとも慣れない海外疲れか。まだ夜9時過ぎだというのに睡魔が襲ってきた。寝台はまだセットされていない。車掌室に行くと髭車掌が待ち構えていた。部屋にやって来て、手際良く寝台をセッティングした。彼の緑の制服が少しだけ頼もしく見えた。

 列車は0時過ぎ、オーストリア最後の駅、フィラッハで最後尾を切り離したのち、イタリアへと入る。月夜がレールを照らす。私はすでに夢の中。明日は着いたらすぐにローマ観光だ。

 南国の暖かな朝日で目を覚ました。今日、初めて見る風景が知らない街であるというのも夜汽車の旅の楽しみだと思う。
 朝7時前、イタリア・フレンツェ駅に到着。すでに外は明るい。南へ下ったことを実感する。早朝のターミナル駅には西欧各国からの夜行列車が次々と到着している。

 できれば未明のベネチアで起きたかったのだが、昨夜、カーン、カーンという客車の異音のせいで寝苦しかった。落書を放置するだけでなく車両整備まで怠っているのかと少し腹が立ったが、妻に話すと「そんなものは聞こえなかった」とにべもない。やはり私は初めての夜汽車で緊張していたのだろうか。

 列車は快調に飛ばしている。「ディレッティシマ(直行線)」と呼ばれる列車専用線を走っているようだ。廊下の補助椅子に腰をかけ、煙草をいただきながら流れる景色をぼんやり眺める。

 車掌室では例の髭車掌が新聞を読んでいた。煙草を吸いながら時折、激しく咳き込んでいる。私に気づくなり、「カプチーノ?」と言って、車掌室に備え付けられた機械で作り始めた。彼は約束通り「カプチーノ」を2個運んできたが、それだけだった。夜行列車には簡単な朝食がつくと聞いていたが、それは違ったようだ。9時過ぎのローマ到着まで空腹に耐える羽目になった。

 専用線ならではの退屈な景色が続く。小都市・チウシ、オルヴィエトと途中駅からも乗客を拾い、列車は首都ローマへと走る。
 終点、ローマ・テルミニ駅に近づくと、信号待ちでの停車が多くなった。かっては平気で30分や1時間も遅れたらしいが、何とか数分の遅れで到着。

 出入口扉の前では笑みを浮かべた髭車掌が待っていた。
 「ありがとう。さようなら」。
 覚えたてのイタリア語を私が発すると、彼は拝むように手を合わせ礼をした。そして彼と堅く握手をした。こんなフレンドリーな別れも悪くない。
ローマ・テルミニ駅に到着したEN「レムス」号
 ▲ローマ・テルミニ駅に到着したEN「レムス」号

 この旅最後の都市、ローマ。スリ・置き引きが多発しているとされ、特にこのテルミニ駅は要注意だそうである。夜行明けの疲れもそこそこに気を引き締める。

 西暦2000年を機に新装されたためか、思っていたよりも駅が明るく近代的である。予想されていた客引きもいない。

 昨日の極寒ウィーンとはうって変わって春のような暖かさ。暖かい所ほど治安が悪い。油断ならない。

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