ヨーロッパ鉄道紀行
page-18 首都・ウィーンの街を歩く
 翌日はいつものように観光デーとなる。ウィーン市内24時間チケットを買う。市内の交通が乗り放題で約500円。

 今日の夜には、寝台列車でローマへ立つことになっている。夜行列車の始発駅「ウィーン南駅」へ向かい、コインロッカーに荷物を預ける。スイス・チューリッヒ駅のように、鍵が抜けないような事態もなく、「アリガトウゴザイマシタ」という怪しげな日本語の表示が出てきた。

 国電や地下鉄を乗り継ぎ、本日1つ目の観光地、シェーンブルン宮殿に向かう。西欧の観光は宮殿と庭園のオンパレード。

シェーンブルン宮殿のパンフレット
 ▲宮殿のパンフレット
 シェーンブルンとは「美しい泉」という意味があり、ハプスブルグ家、女帝マリア・テレジアの宮殿としてウィーン観光のメッカである。地下鉄の駅を降りると路上には観光バスが連なっていた。朝も早くから観光客が集まっている。

 ガイドツアーもあるが、面倒なので自由見学を選ぶ。入口のけだるそうな若い女性に、英語のガイドフォンか日本語の解説書を選ぶように言われる。大袈裟な日本語が書かれた解説書を読みながら、宮殿内を巡る。

 金ピカ部屋と豪華絢爛な家具調度類、威圧するように重厚で大きな肖像画の数々。これらは西欧観光に欠かせないツール。すでにお腹一杯である。女帝マリア・テレジアを想像する時、どうしてもテレビアニメ「ベルサイユのばら」に出てきたあの太っちょの画像を思い出してしまう。美しく描かれた肖像画と見比べながら、そのギャップを埋めていった。

 次の目的地は街外れにある「ハイリゲンシュタット」。ベートーベンの「田園」が作られた場所で、かって住んでいた家も残されているという。

 地下鉄の「ハイリゲンシュタット」駅を降りると、構内に「SUSHI」と書かれたスタンドがあった。日の丸をイメージした看板につられ、買ってみる。日本の食べ物を売っているとは言え、日本語が通じる訳ではなく、「ハマチ」「マキ(巻き)」などの言葉とともに、指差しながら注文する。味噌汁もあって日本食が恋しい身には有難い。最近、西欧では寿司ブームらしく、この店もチェーン店のようだ。隣の地元民も上手に箸を操っている。

 地下鉄駅から「ハイリゲンシュタット」までは少し遠い。2駅ほど路面電車に揺られ終点で下車。何の変哲もない閑静な住宅地の中で降ろされた。

ベートーベンガング(小道)
 ▲郊外の静かな住宅地にある「ベートーベンガング」
 木々の緑の中に「ベートーベンガング」という土の小道がある。ここで「田園」の構想は練られたという。妻は歩くことで気分に酔いしれているようだ。

 この道を歩き切った先には「ベートーベンの家」とやらがあるはずなのだが、いつまで歩いても現れない。散歩中の老人に道を尋ねる。英語はもちろん通じない。
 「ベートーベン、ベートーベン、ジャジャヤジャーン」などと意味不明な言葉を何度か発してみる。
 しばらく間が空いたが、老人は思い出したかのように「ベートホーゥヴェン」と発し、指差しながら道を教えてくれた。

 小道を歩ききった先に「ホイリゲ酒場」と呼ばれる酒場街が現れた。ホイリゲとは「今年の新酒ワイン」の意味。それを飲ませる酒場が集まっている。昨日のNさんにも「ホイリゲは行ったほうがいいですよ」と言われていたので、昼食も兼ねて直ちに店を選ぶ。

 黄色い小さな建物が連なる酒場街の中で、1つだけホテルのような異彩を放つ建物があった。1階がレストランとなっていた。軒先の看板を見ると、ランチ1000円などということが書かれてある。明朗会計につられ、この場所に不似合いな自動ドアをくぐって中に入った。

 愛想の良い店員が英語を喋ってくれた。ランチとワインとビールを注文。先程の寒さと歩き疲れたのも忘れ、昼間から良い気分になる。
 時折、看護婦に付き添われた老人が出入りしてくる。不思議に思って店員に尋ねると、ここは老人ホームが経営するレストランなのだという。酒場街に老人ホームを建て、そこでレストランを経営するとは驚きである。日本の老人ホームでは考えられないことだ。

 老人ホームのすぐ隣に「ベートーベン遺書の家」があった。1802年、聴覚を失ったベートーベンが兄弟に宛て「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた家が記念館として公開されている。狭い家の中を見学。2人ほど観光客らしき人がいるほかは閑散としている。楽譜やピアノをぼんやり眺める。残念ながらドイツ語の解説はよく分からない。

ウィーンの路面電車
 ▲ウィーン市内をくまなく走る路面電車は利用者も多い。
 狭い路地に路面電車の駅があった。この住宅地のどこの路地にも架線が張り巡らされ、路面電車かトロリーバスが走っている。2両編成の赤く細長い電車に乗る。木のベンチが暖かい。20分、ウィーン市街へ戻る。電車に乗っている時が最も落ち着く。

 次の観光地もベートーベン。「引越し魔」だったという彼のお陰で、ウィーンにはゆかりの観光地が多い。
 黄金期を過ごしたという家が「パスクァラティハウス」。普通のアパートの5階にある。ウィーン市内観光地の目印である「赤白旗」がないと、誰にも分かりそうにない。

 薄暗いらせん階段を5階まで昇る。普通の人が住むアパートだけに、玄関先には生活が漂っていて興味深いが、「パスクァラティハウス」の中には小奇麗にピアノなどの展示物が並んでいた。

 ウィーン観光の最後に繁華街が見たかった。地下鉄シュテファンプラッツ駅を降りて地上に出ると、巨大な石の塊が行く手を遮った。

 ウィーンの象徴「シュテファン寺院」。近代的な歩行者天国の中にそびえる石の巨大建造物。
 塔の高さ137メートル。13世紀からの長い年月によって黒くなった建物がライトアップされ、その威容は圧巻だ。見た瞬間に「あっ!」と思わず感嘆の声を上げてしまった。

 塔の先端へ昇るエレベーターはすでに営業終了だが、薄暗い寺院の中を見学させてもらう。観光地とはいえ、一般に開放された寺院だから入場料金は不要。礼拝が行われるらしく、長椅子には聖歌の歌詞が書かれた紙が置いてある。信心深くもない物見遊山な観光客は、ただちに退散した。建物を見られただけで満足である。

 ケルントナー通りを歩く。高級ブティックやホテル、カフェが立ち並ぶウィーン隋一の繁華街。CDショップを冷やかした後、日本でいう「スターバックス」のようなカフェに入ってみる。若い店員は英語も通じる。地元民気取りで時間をつぶす。こういう何気ない時間こそが旅で一番印象に残ったりするものだ。

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