ヨーロッパ鉄道紀行
page-14 国際特急「マリアテレジア」
チューリッヒ駅に停車中のEC「マリアテレジア」号
 ▲チューリッヒに停車中のマリアテレジア号
 
 チューリッヒ発ウィーン行の国際特急「マリアテレジア」号は、客車を頭に、チューリッヒ中央駅の行き止まり式ホームに入線してきた。

 先日も乗ったオーストリア国鉄「OBB」の赤い客車だった。先日の「モーツァルト」といい、この「マリアテレジア」といい、ウィーン行の国際特急にふさわしい良い列車名がついている。

 またしても長大編成のせいか、さして混雑する気配もなく、楽々と最後尾の1等車コンパートメントを1室確保。今日の宿泊地オーストリアのザルツブルグまでは約470キロ、6時間の旅だが、この快適さなら特に苦でもなさそうだ。

 13時33分、定刻通りに列車は動き出す。次のオーストリア国境近くの街・ザルガンスまで1時間近くノンストップで走る。列車はすぐに加速を始めた。検札に来たのは、サッカー日本代表のフランス人監督・トルシェ氏(2001年当時)にそっくりの車掌だった。以後、彼のことを密かにトルシェ車掌と呼ぶようになった。

 灰色の低い雲が立ち込めたチューリッヒ湖を左手に列車は快調に飛ばす。天気が良ければ風光明媚な路線だ。湖のほとりに立つ別荘のような家々には、夏は世界中からお金持ちが避暑にやって来るのだろう、とぼんやり想像していたら、突然、激しい衝撃とともに列車が急停車。テーブルの飲み物と、座席に置いてあった重い荷物が床に転げ落ちた。
ECマリアテレジア号の路線図
 あ然としているうちに列車が再び動き出す。スピードが乗ってきた頃に、また急停車した。

 一体何が?と思って廊下に出て見ても、静まり返っており、誰も騒ぐ者もいない。もちろん車内放送もない。トルシェ車掌に問い詰めて見たいが、その英語力もない。
 車両故障かいたずらだろうと想像しながらも釈然としない気持ちで車窓を眺める。スピードが速いだけに事故になると被害は大きそうだ。とにかく無事に走ってくれよ、と祈るような気持ちになった。

 チューリッヒ湖、ヴァレン湖と水辺を走り、目の前に雪を抱いた岩山が迫るザルガンス駅に到着。列車はクーアフィルステン山地に抱かれた緑の草原を縫うように走る。10分程でスイス最後の駅、ブックスに到着。国境警察官が乗ってきた。

沿線には峻厳な山々が広がる
 ▲沿線には峻厳な山々が広がる。
 2人組はコンパートメントを1つ1つ廻ってパスポートをチェック。私のパスポートを持って出て行った。何か悪いことでもしたのかと不安になったが、汽車マークの国境通過スタンプを押してくれた。列車内でのスタンプは初めてだったので、少し嬉しい。

 次の小国リヒテンシュタイン国内には3つの駅があるが、鈍行列車しか停まらない。この国際特急は国家の存在などないかのように平然と通過する。通過する景色を見て国を感じようとしたが、風景は今までと何ら変わりない。緑と羊だけが目に入る。スイスの一市町村のような国だからこんなものか。
 それでも世界に認められた「国家」。西欧の歴史の深さと複雑さを感じる。

 わずか20分ほど、あっという間にリヒテンシュタイン国内を越え、オーストリア最初の駅・フェルトキルヒに到着。これから先、オーストリアの真ん中、アールベルク街道を縦断してザルツブルグに向かう。

 小都市・ブルーデンツを過ぎ、チロルの奥深い森に入ると、白い雪も目立つようになってきた。
 先程までの高速列車が嘘のように、一転、苦しそうに山越えに挑む。3000メートル級の峻険な山々が次々と眼前に迫る。日本では見たこともない険しい車窓に、息つく暇もなく魅せられる。

 列車はアルベルク峠に差し掛かる。標高約1800メートルの覆道に出たり入ったりしながら、約10キロの長いトンネルを越えると、標高1300メートルの地まで下ってザンクトアントン駅に到着する。チロル最高級のゲレンデを持つこの地らしく、目の前にはリゾート風のホテルも見える。本格的なスキーシーズンではないためか、若干の乗降ののち、再び、難所に挑む。
夕暮れのランデック駅で
 ▲夕暮れ近いランデック駅で停車。
 車掌はホームで反対列車を見守る。

 チロルの夕暮れが近づいてきた。個室の電気を消し、外を見ると、下界に小さな生活の灯りと、国道を走る自動車のヘッドライトが流れて見える。

 16時31分、ランデックに到着。峠は随分下ったはずなのに、まだ空気が冷たい。列車はイン川に沿って、インスブルックへ向かって再び走り出した。山中の小さな駅にも駅員がおり列車が通過する時には必ずホームで見送る。オーストリア国鉄の伝統。かっての日本国鉄のようで胸が熱くなる。

 17時19分、インスブルックに到着。人口約11万、チロル州の州都でもある。日本でも有名なクリスタル製品・スワロフスキーの本社はここにある。

 列車は10分の小休止。煙草を買いに駅構内へと走る。日本とは違い、ホームの自販機や売店で、というようなことはない。

 通勤帰りの客で賑わう駅構内に「TABAK(タバック)」と書かれたスタンドが見えた。一目散に駆け寄り「何でもいいからオーストリア産の煙草をくれ」と言うと、威勢の良い老婆が「ここにあるのは全部だよ」と指差した。手渡されたのは「MADE IN USA」であった。イギリス、フランス、ドイツと、その国でしか吸えない煙草を探し出して吸ってきたのだが、いきなりつまづいてしまった。

 インスブルックとザルツブルグを結ぶルートは2つある。一旦、国外へ出てドイツ領内を走るほうが近いため、ほとんどの優等列車はドイツ経由で走る。領内は停車しないので「回廊列車」と呼ばれている。

 インスブルックを出た列車は、SL列車で有名なイエンバッハを過ぎ、ヴェルグル、クフシュタインとオーストリアの主要駅に停車した後、ドイツ・ミュンヘン方面へ方向を変えて走り出す。闇夜の中、車窓に目を凝らしてみると、ドイツ鉄道をあらわす「DB」と書かれた駅名板や列車が見えた。通過するだけなのだが、またドイツに戻れたようで、落ち着きのようなものを感じた。

 ドイツ国内をノンストップで走りきると、オーストリア国内に入ってすぐザルツブルグ駅に到着。
 まだ夜の7時半だというのに、駅前は闇夜の中に静まり返っていた。オーストリアでは首都・ウィーンに次いで有名な都市だと思ったのだが、人口は14万人しかいない。この暗さに戸惑いながらも、駅近くのホテルにたどり着いた。列車の旅には、多少高くとも駅近くのホテルが一番いい。知らない都市だとなおさらだろう。

 ホテルの豪華さと反比例した外の暗さに、妻は「共産主義国のようだ」と怖がり外に出たがらない。やむなく夕食はルームサービスを頼む。ピザとパスタとともに大きなテーブルと花瓶の花まで持ち込まれた。部屋が華やかになる。味も良い。冷蔵庫からドイツ製のビールを取り出し、いい気分になってTVをつけると、ほとんどがドイツ国内向けの番組だった。

 オーストリアの放送は国営の2チャンネルだけ。同じドイツ語圏とはいえ、オーストリア人はこれで満足なのだろうか、疑問に思いつつ、国営放送のつまらない番組を見ながら、眠りについた。

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