ヨーロッパ鉄道紀行
page-12 「黒い森」とローカル線
 田舎の小都市という雰囲気のジンゲン駅。ここからが本当のローカル線紀行となる。

 日本語で「地域間急行」と訳されているIR(インターレギオ)の「シュヴァルツヴァルト(黒い森)」号に乗り換える。ドイツ鉄道には優等列車だけで種別が6つもあり、日本風には訳しづらい。

 名前の通り「黒い森」内を走る列車。薄汚れた客車を10両も連結している。車内は閑散としており、乗車率は2割程度。観光客で混雑する夏場ならこの編成でも良いのだろうが、JRの短編成に慣らされた身としては、恐ろしく無駄な気がする。

 ドイツ鉄道「DB」(Deutsche Bahn)は1994年に旧東西ドイツ国鉄を統合し、民営化した鉄道会社。国鉄ではないだけに経営の心配までしてしまう。

 今度も2等車に乗る。1等車もあるが、編成の前のほうまで歩くのも面倒な気がしたし、2等車もコンパートメントになっている。座席のクッションは少し悪い。

シュヴァルツヴァルト号の行先表示板
シュヴァルツヴァルト(黒い森)号の表示板
 12時15分、定刻通りに出発。座席に置かれていた時刻表を見ると、始発はスイス国境の観光地・ボーデン湖のほとりコンスタンツ。ドイツ南端だ。終着はベルリンより北に位置するハンブルグ。

 名前の通り、「黒い森」の観光急行かと思ったら、ドイツ国内を縦断する形でその距離600キロ以上、10時間近くも走り続ける長距離急行でもあった。

 ジンゲンを出発した列車は、先ほど通った線路を逆戻りする。いつの間にか本線と分かれ、シュヴァルツヴァルト線に入った。黒い森の真ん中を縦断する路線。険しい山々を縫うように走る。名称付きの観光急行が運転されるだけはある。迫力ある景色だ。

 いくつものトンネルを繰り返しながら、ドイツ鉄道最高の806メートルの駅、ザンクトゲオルンに着く。登山らしき客が数名乗降したのち発車。「ドイツ鉄道で標高がもっとも高い駅」というものに憧れ、下車してみたくもなるが、先を急ぐ。
長大編成で山々に挑むIR「黒い森」号
 長大編成で山々に挑むIR「黒い森」号

 車内を歩き回ってみる。食堂車も連結している。急行用の車両なのか、半室だけのコンパートメント車や、真ん中だけが開放座席というものもある。不思議な配置の車両が多くて面白い。

 列車は山を下り始めた。三角屋根の家々が立ち並ぶ箱庭のような小さな集落が、山の合間に現れる。緑の絨毯には、茶色や赤の屋根と白壁がよく映える。山頂には時折、廃城らしきコンクリート塊も見える。急行列車のスピードに似合う風景だ。

 1時間半で乗り換え駅のハウサッシュに到着。ここからは普通列車しか走っていないローカル線。たった1両きりの赤いディーゼルカーが待っていた。運転手だけのワンマン運転。ローカル線の普通列車が1両ワンマン運転というのはドイツも日本も同じらしい。

 13時51分、汽笛を鳴らして発車。スピードがさらに遅くなったためか、レールのリズムがローカル線らしくなってきた。

1両きりのローカル列車(ハウサッシュ駅)
 ▲1両きりのローカル線列車(ハウサッシュ駅)
 途中の無人駅で乗降するのは老人と学生ばかり。ローカル線の定番客。そして中高生が車内で騒ぐ。これも定番風景。中にはビールを飲む者や、ネオナチ風な髪型の若者もおり、田舎ならではの柄の悪さもある。老人は温かい日差しを浴びてうたた寝。見知らぬ小駅で次々降りて行く人々をぼんやり眺める。車窓よりも車内の様子を観察するのが楽しい。

 フロイデンシュタットで、カールスルーエへ抜けるローカル線に再び乗り換え。
 雨上がりの駅前には人気はなく、ポストとバス停だけ。この付近では大きい部類に入る駅なのに静まり返っている。売店でビールを買い求め、また1両きりの列車に揺られる。

 次の駅に着くと、突然、車内の乗客が降り始めた。赤毛の若い女学生が「カールスルーエ行はあっちに乗り換えですよ」と指差して親切に教えてくれた。向かいのホームに停まっていたディーゼルカーに乗り換えさせられる。乗客が多かったためだろうか、時刻表には書いていなかったが、今度は2両編成の列車に変わった。

 ローカル線なのに1等車のマークがある。車両の5分の1ほどを区切って1等車としていた。面白そうなので乗ってみたが、誰も乗っていない。座席は2等車とほとんど変わりない。退屈なので2等車に移動。乗客の様子が見えないと面白くない。

沿線の車窓から
 ▲車窓には箱庭のような美しい集落もときおり現れた

 列車はライン川の支流に沿って、シュヴァルツヴァルト山脈の中を走る。途中の小駅で列車交換。

 何気ない風景だが、反対方向へ向かう列車の乗客と目があったりすると楽しい。お互い、生涯二度と出逢うことはない偶然を楽しむ。

 街へ向かうローカル列車のためか、次第に混雑してきた。4人掛けの座席にもすべて人が座っている。

 前に座った青年が分厚いパソコン関係を読み始めた。興味があるので話し掛けると、熱っぽく語り出した。趣味でパソコンの電算部分を作っているらしい。知識人なのか、母国語のように英語を話す。私から話し掛けては見たものの、こちらは時折、思い出したように英単語を言うのと相槌で精一杯。

 会話になるっているのかどうかは不明だが、彼は日本の地図まで上手く書いて見せた。カールスルーエに住んでいることは分かったが、彼の生業は不明だった。母国語ではない彼が英語を喋ったことで、私も多少は身につけなければ、と今更ながら反省する。

 カールスルーエは「黒い森」地方の北端に位置する人口26万人の都市。古い歴史を持つ工科大学もある。
 駅前ターミナルにはLRTだろうか、長編成の路面電車が乗り入れ、トロリーバス用の架線が四方に張り巡らされている。人々が急ぎ足で夕暮れの駅前を行き交う。私の住む人口36万人の旭川駅前に比べ3倍は活気に溢れている。整備された市内交通や大学は人口規模以上の活気を街に与えるのだろう、などと一人考えてみる。

 カールスルーエからシュツットガルトまでは約40分。先程と同じIR(インターレギオ=急行)に乗る。専用線を走っているのか、列車が壊れそうな程の猛スピードで走り抜ける。客車列車の高速ぶりには相変わらず驚かされる。街の光はなく真っ暗闇。どこを走っているのかさえ分からない。

シュツットガルト駅構内
 ▲X'マスマーケットで賑やかなシュツットガルト駅
 クリスマスが迫ったシュツットガルト駅構内ではマーケットが開かれていた。

 華やかさに誘われ、駅構内のレストランで夕食。待ちに待ったドイツ風の濃厚な食事と黒ビール。とにかく旨い。ドイツのビールは水とホップ以外は使ってはならないという法律があるらしい。日本のように過酷な酒税もなく、貧乏人の私でも気軽に飲める。

 若い女性ウエイターは英語が理解ほとんど理解できないためか、何を言っても無愛想。酔いに任せ、本を片手に「美味しかった」とドイツ語でたどたどしく言ってみる。ようやく笑顔を見せてくれた。

 英語で無理やり話そうとしたことに少し恥ずかしさも感じた。無理にでも、フランスの時のように話すべきだった。あまりにも英語が通じるので甘えていたが、ここは正真正銘のドイツ語の国だった。

前のページへ戻る
前のページへ
欧州鉄道紀行のTOPへ
欧州鉄道紀行のトップへ
次のページへ進む
次のページへ
ホームに戻る 世界編のトップに戻る