ヨーロッパ鉄道紀行
page-9 国際特急「モーツァルト」
 まだ暗い朝7時、パリ東駅の窓口で「ユーロパス」に日付を入れてもらう。
 フランス、ドイツ、スイス、イタリア、スペインの5カ国の鉄道に6日間乗り放題の切符に、オプションとしてオーストリアとハンガリー2カ国を追加した「欧州7カ国鉄道周遊券」だ。これで1人4万円。決して高くない。

 今日は手始めにパリからドイツのシュツットガルトまで、6時間の国際特急列車の旅。胸が踊る。

停車中のEC「モーツァルト」号
 ▲パリ東駅に停車中のEC「モーツァルト」号

 パリ東駅7時49発、オーストリアのウィーン行国際特急「EC (Euro City)」の「モーツァルト」号。

 オレンジ色のオーストリア国鉄車両が、細長い5番線ホームの端まで果てなく連なっている。モーツァルトという列車名からしてオーストリア国鉄の担当列車と分かる。もの珍しさと鉄道マニアの習性があいまって1両1両、確かめるように先頭車両まで歩いてみる。機関車はまだつながれていない。

 1等車は客車の横に「1」と大きく書かれており、小部屋タイプのコンパートメント車になっている。2等車は「2」と書かれ、固定された向かい合わせのクロスシートの車両があったと思えば、1等車と同じようなコンパートメント車もある。

 1等車と2等車はだいたい同じ位の比率で連結されているが、編成はランダム。10両編成の中ほどには食堂車もある。落書きされた客車があったり、色違いの旧式車両があったりして全体的に少し古ぼけているが国際特急らしい堂々とした編成だ。

 人々は暗いホームを急ぎ足で、重い荷物を背に次々と乗り込んでいる。我々も「1」と書かれた車両に乗り込む。ユーロパスでは1等車自由席に乗ることができる。

 西欧では座席やコンパートメントに予約の紙切れが入っていない限り自由席。紙切れに書かれた予約済み区間以外も自動的に自由席となる。実に合理的だが、出発の2時間前には指定券販売が終了するという難点もある。

 どうせ空いているだろうと楽観視していたが、ホームを歩きまわっているうちにすべてのコンパートメントが埋まってしまった。空いている部屋には予約の紙切れが挟まっている。初老のマダムが1人で座っていたコンパートメントにお邪魔する。

「モーツァルト」号の行先表示板
 ▲各ドアにある列車の行先表示板。
 コンパートメントは全面ガラス張りのドアで仕切られた小部屋だが、カーテンを閉めると完全な「密室」にもなる。3人向かい合わせで6つある座席のクッションはホテルのソファーのように落ち着ける。客車の外観は古びているが中は豪華。伝統的な「西欧の国際特急」とはこういうものなのだろうか。

 定刻より少し遅れて7時53分、何の合図もなくパリ東駅を滑り出す。

 西欧の鉄道では発車合図は一切なく、遅れる理由もいちいち説明しない。連結器に緩衝器(バッファ)が付いているせいか電車のように滑らかな発進。

モーツァルト号路線MAP 国際特急「モーツァルト」号は、これからオーストリアの首都・ウィーンまで、1400キロもの道のりを約13時間かけて走り抜ける。
 我々は途中、ドイツのシュツットガルトまでの667キロの乗車。行程の約半分だが、それでも長距離だ。

 11月のパリ、長い夜がようやく明けてきた。通勤電車を横目に列車はグングン加速。通過する駅名板も見えない位になった。機関車が牽引する客車列車で、ここまで速い列車は生まれて初めてである。130km/h近いスピードが出ているようだが、揺れはほとんど感じない。

 少しばかりパリの都市近郊風景が続いた後、あっという間に一面緑の草原が広がる風景に変わった。フランスが巨大な農業国と呼ばれるゆえんだろう。

 イル・ド・フランス地方のモーという駅を通過。通り過ぎていく街を黙殺するかのように高速。列車は次の停車駅、ナンシーまで3時間近くノンストップで走り続ける。パリからほとんどの都市へはTGV(新幹線)化されているが、アルザス・ストラスブール方面へ向かうこの東部路線だけが高速化から取り残されている。今後、TGV化する計画もあるが、これでも充分に高速だと思う。

 セーヌの支流というマルヌ川に寄り添いながら列車は走る。河岸工事は施されていないから、自然のままの姿で流れている。朝日を浴びた水面が輝き、背後には延々と緑の盆地が広がる。エペルネー、シャロンシュルマルヌとシャンパーニュ地方の中都市を通り過ぎる。

 同室になった初老のマダムは、眼鏡をかけたり外したりしながら淡々と何かを書き続けている。仕事だろうか。私もおとなしく車窓と時刻表を交互に眺める。

 気晴らしにデッキに行って煙草をいただく。目の前の禁煙マークが気になるので急ぎ火を消すと、アメリカ人観光客がやってきた。
 「Can you speaking English?」。
 国が隣接して様々な言語が入り混じる西欧では、観光客同士でも挨拶代わりの合言葉である。「No」と答える訳にもいかず、「yes」と答えると、煙草を吸いたいが一体どこに行けばいいのか、と尋ねてきた。
 うーん、in Room??などと冷や汗をかきながら答える。どこで煙草が吸えるのかは私が知りたい疑問でもある。

 部屋に戻ると、妻が5カ国語会話本を片手に同室のマダムに話し掛けていた。娘の所に行くおばあさんだった。そうは見えないが、やはり古いフランス人らしく「英語はまったく分からない」という。フランス単語だけの会話が始まる。意思が通じた時、お互いの笑顔が嬉しい。

 列車はロレーヌ地方に入る。マダムは孫の写真を見せてくれた。ナンシーに住む娘と孫に会うため、南部のトゥルーズから夜汽車に揺られて来たという。孫を語る時の嬉しそうな顔はどこの国も変わらない。

ナンシー駅
 ▲ロレーヌ地方の中心駅・ナンシー

 10時30分、最初の停車駅ナンシーに着く。ロレーヌ地方の中心都市。10万人が住む県都でもある。ホームには、どこかあどけなさを残した笑顔の娘さんが迎えに来ていた。マダムとともに手を振りながら人の流れの中に消えていった。

 国も言葉も越えた見知らぬ人との束の間の語らい、鉄道の旅の楽しさがここにある。

 乗客の大半が下車して軽くなった列車は、ドイツと国境を接するアルザス地方に入る。ヴォージュ山脈が迫りつつある。相変わらず高速で走り続けているので、景色をゆっくりと楽しむ余裕はない。

 同室人がいなくなって気が緩んだのか、逆に退屈になる。ガランとした車内を見て廻る。後ろの3両は途中で切り離され、オーストリア第2の都市、グラーツへ行くらしい。そのためかさらに乗客が少ない。日本だったら即座に分割廃止されそうな列車だ。

 退屈だとお腹も空く。食料を調達するため食堂車へ足を運ぶ。テーブルには花が飾られ、日本の食堂車よりは優雅な感じがする。2人の調理人が慌しく動いているが、なぜかラジカセからは「コンドルが飛んでいく」のメロディーが流れ、手には煙草を持っている。

 1人を呼び寄せ、サンドイッチはないか、と聞くと、オーケー、オーケー、と呟きながら奥から何点か持ってきた。彼らはドイツ人だろうと思い、気を利かしてドイツマルクで支払ったが、別の財布からお釣りのマルク紙幣を取り出して難しそうな顔で計算をしていた。フランス国内では、食堂車もフランスの会社が担当するようだ。ユーロ通貨になれば、彼らもさぞ楽になるだろう。

 11時54分フランス最後の駅、ストラスブールに到着。
 パリから約500キロ、EU本部があるこの古都は、旧市街が世界文化遺産にもなっている人口25万の国際都市。車窓からも古い教会の大きな搭が見える。ドイツ国境に接し、長い歴史の中で何度かドイツ領になったこともある。

 ここで車掌も機関車も交代。これから国境を越えるためか、いよいよ車内は空気輸送のような状態になる。
 航空運賃が安くなった今、西欧といえど長距離を長時間かけて列車で移動する人は少なくなっているのだろう。世界的な流れとは言え、鉄道好きとしては悲しい思いがする。

 ストラスブールで国境警察官が乗り込んだが、車内にその姿はない。国を隔てるライン川鉄橋をノロノロ運転で越え、10分ほどでドイツ最初の駅ケールに滑り込む。乗る者はなく、降りたのは国境警察官の2人だけ。運転停車のような感じだ。

ドイツ国鉄の列車別時刻表
 ▲列車ごと配られるドイツの時刻表
 ドイツ国内へ入るとすぐに、車内では時刻表が配られた。
 停車駅や時刻だけでなく、ドイツ国内の乗り換え列車等の案内がこと細かに書き記されている。車内放送はフランス語からドイツ語に変わり、加えて英語でも行われるようになった。検札に来たのは若い女性車掌。我々の顔を見るなり流暢な英語で喋り始めた。

 ドイツは「西欧でもっとも旅行しやすい国の1つ」と言われるだけあって、鉄道のレベルも高いようだ。

 ドイツに入ったためか、突如、市街地が多くなる。フランス国内では、ほとんど人のいない自然の中を走って来たので、国を越えたことを実感する。

 たった1日半でもフランス滞在は楽しかっただけに寂しいような気持ちがある。反面、新しい国への高ぶる期待もある。これから国境を越える度に、こんな複雑な気持ちになるのだろう。

 30分もすると、世界的に有名な古い温泉保養地、バーデンバーデンに停車。
 「バーデン」とは温泉の意味ということで、直訳するとまさに「温泉温泉」駅である。アメリカ人観光客が何組か下車している。西欧の温泉地というものに一度は行ってみたいが、貧乏旅行者には少し高級だ。

シュツットガルト駅に到着した「モーツァルト」号
シュツットガルト駅に到着した「モーツァルト」号。
 機関車もドイツ鉄道「DB」製に変わっていた。

 列車はライン川に沿って北に走る。
 カールスイーエ、フォルツハイムなど、バーデンウュルテンベルグ州の主要都市に停車し、13時43分、同州の州都であるシュツットガルト駅の行き止まり式ホームに突っ込むように到着した。

 今日から2日間の短いドイツ滞在が始まる。

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