ヨーロッパ鉄道紀行
page-1 シベリアの空の上で

イギリスへの空路
 関西国際空港を飛び立った飛行機は日本海側を北上。富山付近で北西へと旋回する。日本海を一気に飛び越えてロシア・ウラジオストックの上空に差し掛かる。

 未明の旭川を出てから鉄道と国内線を乗り継ぎ、関西空港発正午過ぎの飛行機に乗り込み、すでにロシアの空を飛んでいる。ひたすら鉄道を愛用していた身には、国境をいとも簡単に越えてしまう飛行機の速さには、未だに不思議な気がする。

 イギリスまでは13時間、冬で欧州の観光客が少ない時期だというのに、エコノミーシートは満席で、窮屈さを増幅させている。

 座席モニターでは、飛行位置を示すナビゲーション画面と機体下や機長室からのカメラ映像が見られる。白い荒野のロシア・シベリア。この広大な原野にはどのような人々が暮らしているのか、この下にシベリア鉄道が走っているのか、などと想像を巡らせているうちに、眠ってしまった。飛行機はロシア第2の都市、サンクトペテルブルグを目標に飛び続ける。

 「新婚旅行」などという名目ではあったが、まだ見ぬ国の鉄道、それも鉄道先進国・欧州の鉄道に10日近くも乗れるのは嬉しかった。20年以上の間、乗り尽くしたせいか、日本の鉄道には感動や新たな発見が失われつつあった。「欧州鉄道時刻表」の赤い表紙を何度もめくりながら、
鉄道の旅を組み立てていくのは、幸せなひとときだった。観光は最小限に抑え、いかに多くの国の鉄道に乗れるか、だけをを第一に考えた。

 イギリス・ロンドンへ飛び、ユーロスターでフランス・パリへ。ここからドイツのシュトットゥガルトへ行き、黒い森のローカル線周遊。シュツットガルトからはドイツの新幹線車両「ICE」でスイスへ抜け、アルベルク峠を越える景勝路線を通り、オーストリア・ザルツブルグとウィーンへ。最後はウィーンから夜行でローマに入って終了、という慌しいスケジュールになった。

 海外か日本かが違うだけで鉄道中心の旅程の組み方は昔と何も変わっていない。

 音楽好きの妻には、シュツットガルト、ザルツブルグ、ウィーンという都市を行程の中に入れることで承認してもらった。
 多くの国を回りたい、という欲張りな思いだけは共通していたのが幸いだった。

 目が覚める。飛行機は相変わらず、ただひたすら白い北シベリアの大地を飛んでいる。
 人が息づく気配がまったく感じられず、蛇のように曲がりくねっている川となだらかなで低い山々が果てなく続く。

 ようやくサンクトペテルブルグの上空に差し掛かろうとした頃、厚い雲に覆われ、何も見えなくなった。ロシアの大都市を空から眺めることはかなわなかった。
 少々落胆しながら、ナビゲーション画面をぼんやり眺める。ロシア上空を飛んだのだから、そのまま、地図上最短距離に見える、バルト3国のエストニア共和国の上空も飛ぶのかとかすかに期待していたのだが、逃げるかのごとくフィンランド方向へと向かった。やはり安全そうな国の上空を飛ぶらしい。

 日本時間では真夜中2時頃。現地時間の夕方4時前、イギリス・ロンドン上空に差し掛かる。整然とした緑と茶色の美しい街並みに吸い込まれていくように高度を下げる。妻は、やはりイギリスは美しい街並みだ、としきりに感動している。

 私は、あ、っと一言言葉を発したきり言葉にならなかった。
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