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「鉄道紀行への誘い」作者による雑記・日記のページです 〜
■10年前の長い悪夢のような光景 (2005年1月17日)

 今日で阪神・淡路大震災の発生から10年が経過しました。もう10年という気もしますし、まだ10年かという気もしますが、一つの区切りを迎えたのは事実です。
 当時、私はまだ大学生。大阪の実家で暮らしていました。

 色んな記憶がありますが、覚えているのは、家の食器の次々と割れた音、家族の悲鳴。

 テレビをつけると真っ黒の画面から「落ち着いてください、落ち着いてください」と叫ぶアナウンサー。生放送中だった関西ローカル番組のスタジオ。電気が落ちて割れてしまったことを説明する声。

 NHK速報で「高速道路がなぎ倒されて落ちているということです」と淡々と伝えられた時、身震いするような驚き。

 二日後、神戸に向かいました。
 そこで見た光景は、忘れることができません、いや、できることなら忘れたい光景かもしれません。

 崩れたマンションに貼られた「6人生き埋め、救出願う」との貼り紙。
 焼け跡の中、列を組んで闊歩する自衛隊員。
 倒壊した家のそばに放置された卒業アルバムや写真。
 倒れた電柱。焦げ臭い街並み。瓦礫となった家の前で立ち尽くす人々。

 凄惨な光景を見せ付けられ、足を棒のようにして大阪に帰るといつもの風景。
 スキーやスノーボードを抱えた若者が楽しそうにスキーバスに乗っている。

 「大阪も、壊れてしまえばいい!」

 若さゆえか、そんな不条理に義憤を強く感じたことも、今となっては遠い記憶です。

 しかし、今回、10年を機にテレビでは多数の特集番組が組まれており、当時の悲惨な映像が流れています。未だに目を背けてしまう、自分がいます。


※写真は地震後にJR西日本がしばらく運転していた迂回臨時快速列車に乗り込む人々。神戸付近の不通区間を避けるため、大阪から福知山・山陰線を通り、和田山へ。そこから播但線経由で姫路まで結んでいました。特急型ディーゼル車両を使用し、グリーン車両も含め全車自由席開放。


■現実世界に引き戻す効果抜群!成田空港 (2005年1月11日)
チャインエアラインの機体(成田空港で)
 ご無沙汰しております。
 この連休中、珍しく海外旅行などをしておりました。

 行先は台湾。目的はただ一つ、鉄道に乗るためです。今年10月に高速鉄道(日本の新幹線が初輸出!)開業を控え、鉄道近代化の完成前夜の状況をこの目で見て感じ取りたいと思い、海を越えてきました。

 日本では鉄道の近代化と合理化に伴って、旅情のない列車が幅を利かせていますが、台湾ではまだ、鉄道の魅力たっぷりの列車が残っています。
 それらに乗って、まるで「夢のような」日々を過ごすことができました。

 そんな最高の思い出を胸に成田に降り立つと、再入国フロアには溢れんばかりの人・人・人…。身動きさえ取れない有様です。

 うんざりしながら、なんとか再入国したものの、今度は成田から東京までの長い長い道のりが待っています。
 JRの乗場に行くと、快速列車はなく特急「成田エクスプレス」ばかり。
 空港バスに乗ろうと思うと、運賃は約3000円!
 「自強号」(台湾の特急列車)で台北〜高雄間(台湾の北から南まで約350キロ)を移動する運賃より高いのです。

 なんだか、日本の現実に一気に突きつけられたようで、最もエコノミーな京成電鉄の料金無料特急電車(スカイライナーではない一般電車だと上野まで1000円)でトボトボ都内へ帰ったのでした。

 ある意味、成田の遠さや混雑ぶりは海外の遊山気分を吹き飛ばす効果があるのかもしれません。

 ただ、夢心地を持続させたい私にとって、できれば成田は金輪際避けて通りたいものであります。

 以前のように、台湾便だけでも羽田発着を復活できないものでしょうか…。


※写真は今回乗った中華航空(チャイナエアライン)の機体です。


前回の内容はこちらから

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