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page-9 ニューヨーク半日散歩
(地下鉄・スタテン島フェリー・バス・グランドセントラル駅)
マンハッタン〜スタテン島〜ブルックリン 地図

 ニューヨークでは明日の朝まで半日余しか時間がない。
 そこで考えたのは、船から自由の女神像を眺め、ニューヨーク湾に浮かぶスタテン島(Staten Island)に渡り、島内鉄道とバスに乗り継いでマンハッタンに戻るという観光周遊コースである。

 市内交通(MTA)の一日乗車券(7ドル=810円)は同島内でも使えるし、島へ渡るフェリーの料金は無料である。途中で寄り道をしながら、市内観光も済ませてしまおうという意図もあった。
駅前の一等地にあるペンシルバニアホテル
 ▲ペンシルバニアホテル

 ペンシルバニア駅の7番街口から地上に出て、目の前にそびえるペンシルバニアホテル(Pennsylvania Hotel)に荷物を預ける。
 米国最大の規模を誇っていたというペンシルバニア鉄道が、1919年に建てた著名ホテルである。
 今は経営母体も代わり、私達が気楽に泊まれるほどの安価な老朽施設に成り下がってしまっているが、駅前という好立地は変わらないし、グレン・ミラーの曲名にもなった電話番号は下5桁に残っていた。

 ▲最上階が雲に隠れる
 エンパイアステートビル

 早速、市内見物を、と狭い33番通りを雨に濡れながら7分ほど歩き、エンパイアステートビルの展望台へ上る。

 阿呆らしいとは頭では分かっていても、ついつい高い所に行きたくなってしまう。風雨が絶え間なく傘に敲(たた)きつける中、103階の野外展望台から見えたのは、流れて行く雲霞だけであった。

 ケンタッキーフライドチキンで胸焼けするような昼食を手早くとった後、ヘラルドスクエア(Herald Sq)にある地下鉄34丁目駅(34 st.)にもぐった。

                 
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地下鉄の自動券売機
 ▲自動券売機で
 1日券は買えるが…

 市内交通の一日券を購入すべく、自動券売機と格闘したが一向に買える気配がない。
 宝くじ売り場のような係員詰所の防弾ガラスを叩いて、大柄の黒人女性に必死に訴えると、彼女は怒り気味になって出てきた。面倒くさそうにブツブツ言いながら販売機を操作し、「これよ」と販売画面を示して、一転、おのぼり東洋人を面白がるかのような笑みを浮かべている。
ニューヨーク地下鉄の一日券

 地下鉄の「Broadway Local(黄色)」ラインのうち、「N」と「R」系統の列車に乗るとマンハッタンの南端まで行ける。

 ところが、ホームの案内板も列車の行先表示も曖昧で、南北どちら方面へ行く電車なのか、全く分からない。悩んでいるうちにNマークが来た。乗り込もうとすると、現地人らしき若い白人女性に「これはどこに行くのか」といきなり問われた。
 もごもごと英単語を発しているわずか10秒ほどの間にドアが閉まり、列車は去っていった。

NY地下鉄の路線図(一部)
 ▲マンハッタンとブルックリンの
 地下鉄路線図(MTAサイトより)
 それにしても、ニューヨークの地下鉄の難解ぶりは東京並みか、それ以上だと思う。
 路線数は27に過ぎないが、同じ場所を走る別の線があったり、途中で分岐して行先が変わったり、複々線区間の真ん中に急行(EXPRESS)が運転されていたりもする。
 何よりも困るのが、列車や駅の不案内ぶりである。料金が安い分(全線均一2ドル)、案内や観光客対応の経費を抑制しているのかと疑いたくなる。唯一頼りになるのが系統番号(数字とアルファベット)だが、これも反対方面の列車に乗ってしまう間違いは防げない。
地下鉄車両
 ▲先頭部に色と系統を表示

 次にやって来たRマークに乗れた。方向も間違えてはいなかった。
 ステンレス製の車両は比較的新しく、80年代に多く見られたという激しい落書きもない。たまに窓ガラスに消去不能な白い溶液を使い意味不明な文字が書かれているが、目立つ存在ではない。この手の落書きについては、日本製の次期新型車両では対策が施されるという。
ワールドトレードセンター駅
 ▲新しくなったWTC駅

 ガイドブックの治安情報に洗脳されているせいか、車内では、乗客が少なくなってくると多少身構えてしまう。ところが意外にも地元の客は居眠りや読書をしている。

 7つ目のシティーホール(City Hall)駅で下車し、歩いてワールドトレードセンター(WTC)ビル跡に行く。すでにビルの再建が始まっていて、新しい大きな駅入口が新設されていた。
サウスフェリー駅とスタテン島行きのフェリー乗場は直結している
 ▲駅とフェリー乗場は直結

 WTC駅と地下でつながったパークプレイス(Park Place)駅から赤色の「7 AVE EXPRESS」に乗る。少しややこしいが、北へ1駅だけ乗ってチェンバーズ・ストリート(Chambers St.)で下車。
 今度は同じ赤色の南方面行1・9番の電車に乗り換え、終点のサウス・フェリー(South Ferry)駅で下車。ここがマンハッタン島の最南端。駅舎はスタテン島へのフェリーが発着するホワイトホール(Whitehall)ターミナルとつながっていた。

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スタテン島を結ぶオレンジ色の大型フェリー
 ▲スタテン島を結ぶ大型フェリー

 スタテン島は、小豆島と同規模の大きさを持つが、ニューヨーク市の一部に組み込まれている。マンハッタンやブルックリン、ニュージャージー州側からも独立して湾上に浮かんでおり、各岸とは4つの橋と1つの航路、幾つかの路線バスで結ばれている。
真新しい待合室

 島内に観光地は見当たらないが、フェリー上から自由の女神像やマンハッタンの摩天楼が眺められ、かつ24時間無料で乗れるということで、観光ガイドブックの片隅にその名を見ることもある。
フェリーに乗り込む乗客
 ▲一斉にフェリーへ乗り込む乗客

 真新しいターミナルビルには、今から長距離航路にでも乗船するかのような広い待合室もあって、すでに300人近い客が乗船を待っていた。
 出航時間を過ぎてやってきたのはJohn,Marchiなる州上院議員名を冠した4500人乗りの新しい大型船。彼がターミナルや船の新造に政治力を注いだのであろう。Marchi氏はスタテン島選挙区の選出である。
フェリーから見えた自由の女神像

 14時15分、船は定刻より15分遅れて出航した。スタテン島のセント・ジョージ(St. George)フェリーターミナルまでは8.4キロ、航行時間は25分ほど。

 海上に浮かぶかのようなマンハッタンの楼閣群。女神像からは遠からず、近からずの場所を航行している。

 雨の海に左手を上げたシルエットが浮かび、徐々に近付き真正面へ。表情までは分からないが、こもうれで十分。大きいものほど、遠くから眺めたほうが美しく見える。

 山の緑を背にしたマンションと家々が混在した陸地が近づいてきて、船はスタテンの港に着岸した。マンハッタンからは数十分の距離なのに、辺りは海と木々の香がほのかに漂っていて、はるばる離島に来たな、という感じがする。
スタテン島行きフェリーのデッキ
 ▲デッキで潮風を浴びるのもいい

 かつてこの島を訪れた永井荷風は、ニューヨーク市中からこの島に来ると「その変化の烈しさに、人はただ夢とばかり驚くであろう」(「六月の夜の夢」岩波文庫『あめりか物語』所蔵)と書き残している。
 100年前の言葉のままに、ここは今も別天地の感があった。

 フェリーターミナルにはスタテン島鉄道が乗り入れていて、下船後すぐに乗り換えることができる。
NY地下鉄と同じ車両を使うスタテン島鉄道
 ▲スタテン島鉄道の電車
 この鉄道は、島の北端であるここセント・ジョージから東海岸に沿って、約23キロ先の南端トッテンヴィル(Tottenville)まで、ニューヨーク地下鉄と同じ形の電車が40分ほどかけて走っている。

 車内はフェリーから乗り継いだ制服姿の学生や買い物帰りの主婦など、いかにも郊外然とした客で満席だった。

グラスミア駅駅舎
 ▲小さなグラスミア駅
 巨大タンカーが浮かぶニューヨーク湾を左手に望みながら、列車は海沿いの町を走っていく。10分弱で4駅目のグラスミア(Grasmere)に到着。
 終点まで行ってみたいとは思ったが、ここからブルックリンの地下鉄「R」線86丁目駅(86 Street)まで「S53系統」の路線バスが出ているので、降りてみることにした。

ブルックリンを結ぶS53系統のバス
 ▲ブルックリン行のS53バス
 無人の小さな駅舎を出ると、目の前に狭い2車線の道路とバス停があり、雨の中3人の客が雨除けの下に立ってバスを待っていた。時刻表はなく、いつ来るのか分からないのだが、他に客がいると少しは心強い。

 およそ15分が過ぎた頃、角張った白いバスがやってきた。車内はすでに人が溢れている。

                        ◇
バスは混雑していた

 スタテン島内の住宅地で乗降を繰り返したバスは、ブルックリンへ架けられた1.2キロのベラザノ橋(Verrazano Bridge)を渡る。
 かつては世界一の長さを誇った吊橋で、今も米国最大であるという。私は吊革を持って窓の外を眺めたが、雨と人いきれで窓が曇り、海の色だけが微かに眼下に流れて見えた。

 バスは30分足らずで、郊外の商店街のような場所にある終点86丁目駅に到着。
ブルックリンの86丁目駅
 ▲ブルックリンの86丁目駅
 再びマンハッタンを目指す

 再び地下鉄イエロー線「Broadway Local」のR系統に乗り込み、マンハッタンを目指す。次の目的地をニューヨーク中心部の42丁目にあるグランドセントラル駅に決めたのだが、途中25駅に停車していくので、相当に時間がかかりそうだ。

 速い経路を探そうと、6つ目の36丁目駅(36 St)で降りてみた。ホームで路線図を眺めて思案していると、ボーイスカウトのような身なりの青年が「どうかしましたか?」と声をかけてきて、便利なルートを教えてくれた。
 彼と一緒にオレンジ色の「6Avenue Express」D系統に乗り込む。この路線は急行運転しているので「R」より停車駅が半分くらいで済むのである。

 延々と地下を走ってきた電車が突然速度を緩め、車内が急に明るくなった。イーストリバーにかかるマンハッタン橋(Manhattan Bridge)の上に出る。窓の外を食い入るように眺めたが、今度はガラスへの白い落書きに邪魔され、付着した雨粒と鉄柱くらいしか見えない。
 渡り終えてマンハッタン島に入ると地下にもぐってしまい、再び暗闇の中の退屈な時間を過ごす。

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グランドセントラル駅
 ▲グランドセントラル駅

 1つ手前の駅で青年とも別れ、42丁目/ブライアント・パーク(42 Street-Bryant Park)で地下鉄を降りる。

 東に500メートルほど歩くと、古代劇場のような石造物が、高層ビルの谷間に埋もれながらも鎮座していた。グランド・セントラル(Grand Central)駅である。

 ペンシルベニア駅は愛想のない地下駅なので、ここグランドセントラルがニューヨークを代表するターミナル駅として観光客には必須のスポットになっている。
グランドセントラル駅のコンコース
 ▲高い天井のコンコース

 コンコースの丸天井にはプラネタリウムのごとく星座が描かれ、大理石造りの床や壁は淡い光のシャンデリアで照らされ、勇壮な雰囲気がある。

 こんな鉄道栄光時代の面影を眺めてから長距離列車に乗り込めば、旅の気分は相当に高まりそうに思うが、今、この駅にはメトロノースの近郊列車だけが発着し、アムトラックは乗り入れていない。
グランドセントラル駅のホーム
 ▲グランドセントラル駅のホーム

 馬蹄のような形をした大理石の狭い出入口からプラットホームに入ってみる。

 華やかな駅構内が嘘のように、薄暗く殺風景な空間に電車が停まっていた。天井は黒く汚れたダクトや配管が剥き出しになっていて、ペンシルバニア駅と同じように饐(す)えたような異臭が漂い鼻を突く。


>>page-10 リージョナル号

(ニューヨーク・ペンシルバニア駅〜ボルチモア・ペンシルバニア駅)
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