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page-7 レイクショア・リミテッド号(3)
(オルバニー〜ボストン)
ボストン行の連絡列車
 ▲ボストン行の連絡列車
 「レイクショア・リミテッド」の右隣には、独特の丸みを帯びたアムフリート型客車3両と荷物車の計4両が連結されたボストン行列車が待っていた。

 出発時間はもう過ぎているが、乗客の重そうなトランク類を荷物車に積み込む作業をしていて、いつ発車するのかは分からない。
 黒いサングラスをかけた車掌に聞いたが、早く乗れ、と言うだけで、右手は火の点いた煙草を挟みもてあそんでいる。

オルバニー〜ボストン間の地図
 結局、ボストン行の連絡列車は定時より1時間遅れて14時ちょうどにオルバニー・レンセラー駅を離れた。この先、マサチューセッツ州を縦断する形で、ボストンまでの約320キロを5時間半かけて走る。

 座席車の座り心地は悪くないが、飛行機のように小さな窓は景色を眺めやすいとは言い難い。それに2両
目の座席車は非常に空いているのに、ボストンまで行く乗客は一つの車両にまとめられ、少々窮屈である。

車内は二人掛けのシートが並ぶ
 ▲車内は二人掛けのシートが並ぶ
 出発はしたもののすぐに列車は急停止。逆走をはじめて、再びホームに舞い戻ってしまった。忘れ物でもしたのかと思ったが、ドアは開かない。

 相変わらず理由は分からないまま、14時7分にオルバニー・レンセラーを再出発した。

 スピードが上ると、今度は砂利道でも走っているのかと思うほどの激しい上下振動が断続的に続き、景色を眺めるどころではなくなってきた。
 10分ほど走った後、また止まってしまった。

 前途に不安を感じる列車ではあるが、一人として顔色を変える乗客はいないから日常的なことなのかもしれない。同じ景色をまんじりと眺めていたら、20分ほどしてのっそりと動き出した。

                        ◇
車内改札の様子
 ▲発車後すぐに車内改札

 国道を走る黄色いスクールバスにまで追い抜かれながら、列車は眠くなるようなスピードでマサチューセッツ州に入り、西端のピッツフィールド(Pittsfield)に着いた。

 寝台車から持ってきた沿線の案内冊子によると、メルヴィルが『白鯨』を執筆した地であると記されている。この山間の中都市で、人喰い鮫の姿が頭に浮かんでくることが意外であり、一人でにやけてしまう。
バークシャーの山の中に入る
 ▲バークシャーの山の中に入った

 この先、バークシャーの山並の中に入る。
 沿線案内には「息を飲むような風景が見られる」とあるが、残念なことに空が雲ってきて、湿地帯の草原や木々、蛇行するウエストフィールド川の水面もくすんだ色になってきた。
コネティカット川の鉄橋を渡る
 ▲コネティカット川の鉄橋を渡る

 丘陵のような森の中を越えた列車は、コネティカット川の鉄橋を渡り、17時10分、定刻より1時間23分遅れてスプリングフィールド(Springfield)駅に到着。

スプリングフィールドに到着した列車

 車内には10分程停車する旨の放送が流れ、煙草を手にした客が嬉々としてデッキに集まり始めた。昨日以来、停車時間の公式なアナウンスははじめてである。

 先頭にいた車掌がドアを開けてホームに降り、踏み台を置いた。降り立った十数人から一斉に煙があがった。

 それにしても、列車が到着したというのに、付近に人の気配がまったく感じられない。

スプリングフィールド駅の構内は廃駅のようだった
 ▲構内は廃駅のような雰囲気
 貨物駅のような茫とした敷地には、アスファルトが割れて地面が波打った低層のプラットホーム1本だけが残っている。屋根は完膚なきまでに赤茶色に錆びつき、乗務員詰所とおぼしき四角い建物のガラスは、銃撃でもされたかのような穴がいくつも開いている。

 レンガ造りの巨大駅舎だけが立派で、構内はもはや廃駅の様相を呈していた。
 結局、列車は29分間の停車の後に駅を離れた。

                       ◇
カフェカーの様子
 ▲カフェカーも連結

 車内では、右隣の席のエリーがまた泣き出した。若い夫妻が連れている子で、まだ3歳から4歳くらいに見える。

 出発以来、寝ている時以外はグズグズ言っていて、今度はマミーマミーマミーと31回連呼してようやく止んだ。欠伸ばかり繰り返している母親はずっと誰かと雑談でもしたそうな顔をしているが、我々を中国人と認識しているらしく、どこまで行くのか、と聞いてきただけで話は止んでしまった。

 私は小腹が空いてきて、一人で最後尾のカフェカーに行った。
 席に客はおらず、車掌一人が新聞を広げている。暇そうな爺さん店員に「ホットドック」と「サミエル・アダムス」を注文。袋ごと電子レンジで暖めただけのソーセージ入りパンは、チーズが溶けて外装にまではみ出している。変化のない車窓を酔いで誤魔化すべく、苦いボストンビールを一気に飲み干した。
白亜のウースター駅舎
 ▲白亜のウースター駅舎

 左手に宮殿のような白亜の駅舎が見え、1時間43分遅れでウースター(Worcester)に着く。
 停車時間があることを期待してデッキに行くと、ドアに車掌が立ちはだかり、すぐに列車を出発させた。

 先ほどスプリングフィールド駅で煙草を二本立て続けに吹かしていた老婦人がその様子を見て、煙草ケースを手に無念そうな顔で座席へ戻っていく。

 ウースターからは、「T」マークを付けたボストンの近郊列車が走る区間に入る。
フラミングハム駅の駅名板
 ▲フラミングハム駅

 紫色のラインが入った客車とすれ違うことが多くなり、一定間隔で駅が現れるようになった。これまでほとんどなかった駅名板もしっかりと見える。

 そうなると、車窓の退屈さがなくなり、このニューイングランドの風景が愉快に感じられてきた。事実、緑地帯は整然としてきたし、鋭角の塔を備えた三角屋根の建築物も散見される。

 集落があっても駅がなく、列車が走っていることにさえ関心を示さないような土地よりは、鉄道が生活に根ざした街の車窓が面白いと思う。
ニューイングランドらしい風景?
 ▲ニューイングランドらしい車窓

 近郊区間で遅れを多少回復し、フラミングハム(Framingham)を90分遅れで出た列車は、ボストン近郊の小都市部を走り抜け、いつの間にか左手にインターステート(高速道路)90号線が右に寄り添ってきた。

 スピードは車に及ばないが、線路が良くなったのか出発時よりははるかに速くなっている。
高速道路が併走

 車窓に映る建物が密集してきた頃、エリーの母親がこちらに向かって大声で、
 「やっとボストンだ!」と叫び、ポップス!クラムチャウダー!レッドソックス!
 と続け、長い苦行を終えたかのように大きく笑い出した。
 私も思わず笑った。
ボストンに到着
 ▲シカゴから23時間後に
 ボストン南駅に到着した

 終着の直前にあるバックベイ駅(Back Bay)で20人ほどの客を降ろし、列車はビル街の地下に吸い込まれるように、徐行しながらボストン南駅に入っていく。

 19時51分、定刻より1時間21分遅れてホームに停車。シカゴを出てちょうど23時間後であった。




>>page-8 アセラ・エクスプレス

(ボストン南駅〜ニューヨーク・ペンシルバニア駅)


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雑記編p2『ボストン市内を東へ西へ【1】』
〜ボストンユースホステル(YH)、個室はあるけれど…/ボストンの誇り、レッドソックスの「フェンウェイパーク」/濃厚食事に我慢限界、ニューベリー通りの寿司店へ/観光バスツアーのような「フリーダムトレイル」を歩く〜
雑記編p3『ボストン市内を東へ西へ【2】』
〜「T」マークのボストン地下鉄はなかなかユニーク/世界中のエリートが集結するハーバード大学へ/まるで音楽会のような「ボストンポップス」公演〜
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