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page-5 レイクショア・リミテッド号(1)
(シカゴユニオン駅〜エルクハート)
レイクショア・リミテッド号(シカゴ・ユニオン駅で)
 ▲シカゴユニオン駅に停車する
 レイクショア・リミテッド号

 ニューヨーク/ボストン行の「レイクショア・リミテッド」は中部時間の19時55分にシカゴ・ユニオン駅を出発する。

 発車までは時間があるので、シカゴ川を挟んでユニオン駅を見下ろすようにそびえ立つシアーズタワーに上ってみた。かつての世界一高いビルである。


 不揃いの剣山のように高層ビル群が浮かぶミシガン湖の反対側は、地球の果てまで続くかのようなのっぺりとした街並みで、方々から集まってきた無数のレールが、巨大な貨物ヤードや終端駅に突っ込み果てている。全米中の線路をすべて飲み込んでしまっているかのような風景があった。

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ユニオン駅の地下1階にある寝台利用客用の待合室
 ▲寝台利用客用の待合室

 ユニオン駅の地下にあるアムトラック寝台利用者の専用待合室に向かう。絨毯が敷かれソファーも置かれているが、多少うす暗く低い天井は安ホテルのロビーといった感もある。

 珈琲やソフトドリンクは好きなだけ飲めるけれど、酒類を持ち込める雰囲気ではない。ダイエットペプシなどを黙々と飲んでいると、夜行列車に乗る前の高揚感がしぼんでいきそうになってきた。
ユニオン駅の改札口前の一般待合室
 ▲改札口前の待合室

 悶々とした地下室を出て改札前の待合室へ行くと、既に行列ができている。
 座席車(Coach=コーチと呼ぶ)の利用者は貧乏そうな若い客も多く、優雅な鉄道旅を期待する人々が憩う地下待合室とは対照的である。
 ちなみにこの列車、シカゴからボストンまで座席車だと75ドル(8630円)だが、寝台車利用だとスタンダード部屋でも1室(2人まで使える)あたり294ドル(33810円)の追加料金が必要となる(※)。
飾り気の少ないホーム
 ▲飾り気の少ないホーム

 発車20分前に改札が始まったが、切符に記載された名前とIDとの照合が行われて列が進まない。
 国民の行動を逐一管理してどこが自由の国なのか、と独り言のようにつぶやいてみたが、隣の妻さえも聞こえはていないだろう。私の右手は随分前からパスポートとチケットを握り締めている。

 改札を抜けると、半地下空間に行き止まり式のホームが並んでいて、銀色の大きな客車の最後部が突っ込むように停車している。上野駅に似ていなくもないが、飾り気のない薄暗く無機質で広い構内は、荷物集積場のような様相である。
編成の前方に寝台車両を連結
 ▲前方に寝台車を連結

 列車は前のほうから「ビューライナー」という背の高い寝台車が3両続き、食堂車とカフェカーを挟んで、後ろ4両が座席車で、そのほか、荷物車が前方に1両ある。先頭はジェネシス型のディーゼル機関車2両が連なり、これらを牽引していく。

 ホームの先端まで行って一通り編成を点検し、指定された4810号車(48列車の10号車という意だと思われる)に入った。

 車内は「ルーメット」(Roomette)という名のスタンダード個室が進行方向に向かって両側に並んでいて、端にはデラックス寝台の「ベッドルーム」(Bedroom)も2部屋ほどある。
個室(ベッドルーム)にある便器と洗面台
 ▲部屋の便器と洗面台

 ルーメットの中は、小さなソファーが向かい合わせにあり、両側の座席を引き出すとベッドになる。頭上には高低調節が可能な寝台が吊り下がっていて、日本の「トワイライトエクスプレス」や「サンライズ」に連結されているB寝台個室「シングルツイン」に構造が似ている。

 ただ、片隅の梯子(はしご)代わりの踏み台を引き出すと洗面台が現れ、下の蓋を空けると洋式便器が出てくるあたりは、アメリカらしい合理的設計だと思う。
 だけど、この狭い寝室空間で用を足すのは拷問に近い気がするし、洗面台で顔を洗うのも曲芸並みの労力を要するだろう。

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寝台車両の両側に部屋が並ぶ
 ▲車内両側に部屋が並ぶ

 長距離列車がホームを離れていくという最も悦楽を感じる瞬間を待っていたが、待合室で無料のソフトドリンクを大量に飲んだためか尿意をもよおしてきた。室内で用を足さぬ旨は、先ほど妻と合意に達している。
 車両を右往左往し、カフェカーでトイレを見つけて入ると、列車は何の予告もなく動き出した。

 「レイクショア・リミテッド」号がシカゴ・ユニオン駅を出発したのは、定刻より1分遅れて現地(中部)時間の19時56分であった。

 部屋に戻ると、さして陽気でも陰気でもない黒人の寝台世話係がやってきて、夕食の希望時間を聞いてくる。景色を楽しむためになるだけ早い時間を伝えたら、私の名前を散々間違えた末に、OK、OK! と発して次の部屋に向かって行った。
左手に見えるセルラーフィールド
 ▲セルラーフィールドが見えた

 ボストンまでは1600キロ余り、22時間の旅だから、この先は思う存分車窓を楽しめるはずである。午後8時だというのに外は明るく、左手には大リーグ「ホワイトソックス」のセルラーフィールド(野球場)が赤くなっている。昨夜、観戦に訪れた時は夏祭り会場のように賑やかだったのに、今日は誰一人いない。

 市街地を離れると、雑草だらけの空き地や汚れたレンガ造りの工場が多くなり、窓の外の風景が荒れてきた。列車のスピードも上がり、ようやく興がのってきたところで、いつの間にか夕食の時間となっていた。

食堂車の様子

 食堂車内は、飾り気がほとんどない簡素な造りであるが、食事が不味く感じるような不快さはない。この国お得意の効率追及と機能優先の結集なのであろう。

 スーツ姿の中年白人ウエイターに促され、食堂車内では唯一だった黒人夫妻の前に並んで座る。

 アムトラックの寝台車料金には食事代が含まれていて、メニューに掲載された8種類の中から1つを選ぶことができた。
寝台利用者はメニューから一種類を選ぶ
 ▲メニューから1種を選べる

 いつもは散々に迷うのに、妻は最も高価な「ビーフ・ラグー」(Beef Ragout=ビーフシチュー)を即座に選択している。私は悩んだ末に上から4番目に載っていたロースト・チキンなるものを注文し、さりげなく赤ワインも加えた。

 同席の夫妻はカリフォルニア州の在住で、ハーバード大にいる息子が近日中に卒業式を迎えるので、この列車でボストンへ向かうのだという。
一番高価なビーフ・ラグー

 以上は妻との会話から聞こえてきた内容で、彼が「飛行機が嫌いだからずっと列車で移動している」「ハワイが好き」と発した時だけ私は大きく頷いたが、それ以外は車窓を見ることと、焦臭い巨大チキンを処理するのに懸命である。夫妻は全くの下戸らしく、一人でワインを飲んでいるのは後ろめたさがあるが、こちらはすぐに片付いた。

 そのうち妻から、「少しくらいは喋ったら?」ときた。
 私は英語が不自由なのである。しかも、フォークとナイフで目前のチキンを食すために、プラスチックの皿が割れんばかりに格闘中なのである。

 「夫は自閉症だと言っておいてくれ」

 呆れた顔した妻は、自閉症という英単語が分からなかったのか、「夫は相当な照れ屋なんですよ」と英語で言い、夫妻は気を使ってか大袈裟に笑った。
 カリフォルニア夫妻が席を立った後、妻はポケットから海外旅行用の特殊な計算機を取り出し、食事の合計金額の1.5割のチップとワイン代を過不足なくテーブルに置いて食堂車を出た。

                        ◇
カフェカーの売店
 ▲カフェカーの売店

 夜9時を過ぎて車窓が見られなくなったので、私は用もないのに座席車(Coach=コーチ車)のほうへ向かった。車内の巡回である。

 食堂車の隣はカフェカーで、「クラブ シカゴ」と名づけられている。酒類や軽食を扱う売店があり、強化プラスチックでできた4人掛けテーブルと椅子が備えられ、どこかけだるそうな若い面々が所在なげに1人2人と座っている。
座席車(同型車両)
 ▲座席車内(同型車両の別列車)

 コーチ車のドアを開けると、眠そうな客から一斉に鋭い視線を浴びた。それらを逸らし、車内の造作に目をやる。日本の特急列車と同じ2人掛けのシートはかなり幅広く、巨体の御仁やご婦人方もはみ出すことなく収まっている。

 日曜夜の出発便なのに座席は8割ほどが埋まっていて、心なしか若者と有色人種の率が高い。荷物棚のところに差し込まれた行先札を見ていくと、未明に到着する大都市、クリーブランド(Cleveland)の客もいるが、ニューヨーク(NYP)が目立つ。
 ニューヨークまでの距離は約1540キロ、この列車で19時間を要する。安いとはいえ、大阪から札幌までと同距離を座席車で移動するのかと思うと、乗る体力が今の私にあるのかどうかを真剣に考え込んでしまう。

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シカゴ〜エリー間の地図
 列車は初めての停車駅、インディアナ州のサウスベンド(South Bend)に着いた。屋根のない暗いホームにまばらな人影が動いているのが見える。

 私の時計は21時25分を指しているが、アムトラックの時刻表には東部時間(ET=East Time)の22時25分とある。インディアナ州は東部標準時が採用されていて中部時間(CT=Central Time)より1時間遅くなる。通勤電車が運転されているほどの隣接した都市間でも、州を越えただけで時間が変わるのは不思議な気がする。
エルクハート駅

 サウスベンド駅を出ると、灯り一つ見えない夜の中を20分ほど走って州内のエルクハート(Elkhart)に停車。心細そうな黄色い電灯がぽつんぽつんと光っているだけで、駅前ロータリーにいた1台の車が、列車から降りた女性を乗せて走り去ると、人の気配がまったく消えてしまった。

 街を離れた列車は、また何一つ見えない長い暗闇の中に入る。その境界があいまいで、どこまでが市街地なのかが分からない。日本のように建物が密集してないからだろう。

 カフェカーの売店で買ってきたビールもなくなり、窓に映る間抜けな赤ら顔を眺めていたら、急に眠くなってきた。
 寝台世話係の彼を呼びに行くことさえ億劫になり、自分で寝台をセットしてみる。頭の上の寝台を低い位置まで降ろし、下の座席を引き出すと完成。こんな面白い作業を人に任せるのはもったいない。

 消灯してしばらくはカーテンの隙間から窓をチラチラと覗いていたが、木々や雑草が月の光でぼんやり見えるだけ。
 こんな時に一軒でも家の灯りがあれば、慰められる気持ちにもなるのだけれど、夜の草木は吸い込まれてしまいそうで恐怖心が沸いてくる。


※アムトラックの料金(運賃)は曜日や時期などによって変動があり、一定ではない。

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(エリー〜オルバニー・ルネッサー)

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